第3話
「ほら、あの岩見てみなよ」
「え?」
私が来てからトシちゃんは驚異的に調子が良くなっていった。
たまに二人で家を抜け出しては、山を登り、トシちゃんの秘密の場所へ連れて行ってもらっていた。
「あの、メガネみたいな岩!」
トシちゃんの指の先は少し遠い海だった。海の中から生えたようにメガネの型をした岩が月明かりに照らされていた。
「メガネが二つだ」
「だろ?」
満足げに、私を見る。
私は、芝の上に寝転び、満点の星空を眺めながら、このまま吸い込まれたらどうしようと、少し心配だった。
「なあ、よっちゃん」
「何? とっちゃん」
「戦争が終わったらさ、いつかここに来て、またこの岩を二人で見よう」
「うん……」
吸い込まれそうな星空、月明かりが照らす穏やかな海を見ていると、今、戦争が起こっていることも全てが信じられなかった。
とっちゃんも、横になり、今しか見れないからね、この景色――――
「八十八」
「え? 何が?」
「あの岩、こう見たら八十八みたいに見えない? だからお互いさ、八十八歳になったらこのメガネ岩をまた二人で見よう」
「そうだね、トシちゃん――――」
私の声を遮るようにトシちゃんの咳が酷くなり、急いで家まで帰った。
おばさんはあたふたとした様子で言った
「よっちゃん、ここに居て、おばさん、ちょっと、
「分かった」
小さな山の上、町の様子も、ちいさく見える。
空襲警報が聞こえる――――
突然、戦闘機が頭上を飛び去った。逃げて、おばさん、トシちゃん!
そう思ったのも束の間、一瞬で町が真っ赤に染まった。
「トシちゃん! おばさん!」
私は、居ても立ってもいられなくなり、町に向かって全速力で走った。
病院は見るも無残に粉砕されている。私はまた一人ぼっちになってしまった――――
「あれ? よっちゃんじゃない? そうよね?」
それはお母さんの妹、叔母さんだった。
「心配したよー、大変だったね」
それは奇跡と言っていい程の偶然だった。私は叔母さんと一緒に暮らすこととなった。
それから数週間後、戦争は終わった――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます