夏の日の
茉白
第1話
それは18歳の夏休みの事だった。
私は、田舎の祖母の家にいくことになっていた。
「おばーちゃーん、いないのー?」
長い時間かけて着いた祖母の家には人影がなかった。
縁側に回ると、誰かがタオルを顔にかけて横になっている。
ドキンとして思わず後ずさると、その音に反応したのか、むくりと起き上がった。
「お前、誰だよ。」
20代前半くらいの男が、威嚇するように話しかけてくる。
「私は、ここの孫なんだけど。あなたこそ誰よ。」
「俺は留守番だよ。ばあちゃんに頼まれてんの。」
「人のおばーちゃんの事を気安くばあちゃんなんて呼ばないでよ。」
言い合いに発展しそうになっていると、庭におばあちゃんが入ってきた。
「ああ、ユカリ。よく来たね。」
「おばーちゃん。心配したよ。誰この人。」
「これはコージさんだよ。よく相手をしに来てくれるんだ。」
「俺は地域の防犯組合もやってるからな。」
「お世話になってるんだよ。」
おばーちゃんがありがたそうに言うので、私はそれ以上言えなくなった。
「コージさん、いつもおばーちゃんがありがとうございます。」
「何だ、そんな口も利けるのか。」
コージが面白そうに言ったので、内心はムカついていた。
「ユカリはいつまでいる予定?」
馴れ馴れしく呼ばれて苛立った。
「…お盆が明けるまでですけど。」
「じゃあそれまでよろしく。」
そう言うと、コージは自転車に乗って行ってしまった。
日焼けした顔や腕が印象的だった。
次の日からも、何かにつけてコージは家に来た。
長い時間立ち寄る訳じゃなかったけれど、おばーちゃんは嬉しそうだった。
「ばあちゃんは一人だからな。」
そう言って、小さな用事を片付けてくれていた。
人のいい笑顔に、悪い出会いの印象はがらりと変えられてしまった。
コージは面白く、人当たりがよく、かっこよかった。
「ユカリ、今晩花火見に行こうぜ。」
そう誘われたのは帰る前日の事だった。
「ダメよ。変える準備しなくっちゃ。」
「そんなこと言わないで、迎えに来るから。」
そう言うと、コージは風のように自転車に乗って走り去ってしまった。
「おばーちゃん、どうしよう。」
途方に暮れていると、おばあちゃんはニコニコして言った。
「ここの花火はきれいだよ。せっかくだから見ておいで。」
私はおばーちゃんに後押しされて、行くことに決めた。
日も暮れたころ、コージが迎えに来た。
「何だ、浴衣も来てないのか。」
「だって、急だったし…」
「まあいいや、行こう。」
コージが不意に私の手を握る。
「ばあちゃん、ちょっと借りるね。」
「はいよ、気をつけてな。」
手を振り払うタイミングを失くした私は、そのまま手を引かれて歩いて行った。
「ここ、穴場だから。」
結構な高台に連れてこられて、私は花火どころではなく疲れていた。
「もう帰りたい。」
「そう言うなよ。ほら。」
コージはペットボトルのお茶を取り出し、私に渡した。
私はそれを受け取り、ゴクゴクと一気に飲み干した。
静寂が辺りを包んだ。
「ユカリ、明日帰るんだろ。」
「うん。」
「もう少しいたら。」
「何で。」
「ばあちゃん、淋しいだろうし。」
「コージさんが来てくれたら安心だよ。」
「…俺も淋しいし。」
ドーン!
花火が始まって、よく聞こえなかった。
「何?」
私は大きな声で聞き返す。
ドーン!ドーン!
「俺、ユカリが好きだ!」
コージの張り上げた声は、花火に負けていなかった。
花火に照らされたコージの顔は赤く染まって見える。
きっと私の顔も同じように真っ赤だろう。
私はなんて返事したらいいのか戸惑っていた。
しばらくの間、ただ花火があがるのをぼんやりと見ていた。
20分もすると花火は終わった。
「返事聞かせて欲しい。」
「…ごめんなさい。」
「そっか、仕方ないな。」
帰り道、来た時のように手をつなぐ事は無かった。
次の日、駅で一人電車を待っていると、コージが現れた。
「さよならだね。」
「ああ、でもばあちゃんが淋しがるからまた来いよ」
「次は、お正月かな。」
「そっか。」
電車が来る。
乗り込んだ私は、急いで窓を開けた。
「コージさん、ちょっと。」
耳打ちするかのようにすると、コージが近づいてきた。
私はそっと触れるだけのキスを頬にした。
ビックリしたようにコージが後ずさる。
「今度は初詣に連れて行って。」
私がそういうと、しばしの別れを惜しむように電車が発車した。
夏の日の 茉白 @yasuebi
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