第61話ダンジョン町タウルの食堂

 雪が降ることもなく、比較的穏やかな冬が過ぎて、葉が落ちた枝に新芽が芽吹きはじめた頃、八穂やほの小さな食堂が完成した。


 食堂の開店準備に力を入れるため、常連のお客さんには惜しまれたものの、トワ広場での屋台は引退して、自宅前だけでの営業に切り替えていた。


 ゆで小豆のレシピは、商業ギルドに託したので、家庭で作りたい人も、屋台で商売をはじめたい人も、安価で手に入れられるようにしてあった。


 八穂としては、別に無料でも良かったのだが、他の登録者との兼ね合いがあるということで、値段をつけるよう言われてしまった。


 食堂のオープンは、ダンジョンのオープン、そして同時にダンジョン町のはじまりの日に合わせることにして、準備を進めていた。


 当面は、八穂一人での経営になるので、メニューは多くせず、日替わりの定食と、副菜を一、二品ということで考え、試作を繰り返していた。


 八穂の自宅周辺はすっかり様変わりして、商店街らしく新しい建物が増えていた。


 斜め向かいの雑貨店のご主人レオンさんは。二十代後半くらいの青年で、ビンガ豆を売っているトワの穀物屋の三男だそうだ。


『親爺から許可をもらっている』とのことで、ビンガ豆やバイツ粉、シュガルなど食材の注文も引き受けてもらえることになった。


 雑貨屋の隣には、現在食料品店が建設中で、まだご主人とは顔を合わせていなかったが、野菜や肉などはここで調達できそうだった。


 広場近くの宿屋は、冒険者たちの希望が多かったため、いち早くオープンした。

ご主人は料理人のザルガさん。女将さんは先日ご挨拶したことのあるリーナさんだ。他に従業員が何人かいるらしかった。


 役所関係にも人が増えた。町役場には、初代町長に就任予定のエルマン氏をはじめ、二十人あまりの職員が仕事をしていたし、冒険者、商業、職人ギルドの支所も置かれるようになって、人の出入りも多くなった。


 八穂はまだ見ていなかったが、ダンジョン入口の近くには、鍛治屋や冒険者の装備を扱う店、ダンジョンで出たアイテムを買い取る店などができているらしかった。


 町の入口近くには、警備隊の詰め所もできた。今はまだ、トワ男爵の私兵が警備しているが、行く行くは専任の警備員を募集する予定らしい。


 まだまだ町の住人は少ないが、徐々に人は集まってきていた。



 森の木々が萌黄色に染まり、やわらかな日差しが降り注ぐようになった春の日。

町の広場に集まった人々の前で、正式に町長に就任したエルマン氏が、「ダンジョン町タウル」の開町宣言かいちょうせんげんを行った。


 続いて、冒険者ギルドタウル支所長アランは、「イルアの森ダンジョン」の存在を公表し、正式に国からダンジョン探索の許可が下りることになった。


 式典の後、十矢とうやと『ソールの剣』は、それぞれダンジョンに入って行った。日帰りで二階層、三階層付近で狩りをしてくるらしい。



八穂は大急ぎで食堂に戻って、開店の準備をはじめた。

食堂は、午後六時の夕食からのオープンの予定だった。


二日目からは、昼十一時から昼食メニュー、午後四時から五時は休憩で、午後六時からは夕食メニューになる。


営業開始最初のメニューは、赤牛レッドカウの煮込みハンバーグとマッシュポテト、卵スープと野菜サラダ、蜂蜜バターを添えた田舎パン。


 ハンバーグは焼いて、時間経過のない神様ポーチに入っているので、注文があったら、デミグラスソースで煮込めばいいだけになっていた。


何度も手順を確認しているので、あわてることはなかった。


「いらっしゃいませ!」


 屋台の馴染み客も、何人も足を運んでくれていた。初日にもかかわらず、お客さんは、入れ替わり入って来て、途切れることがなかった。


 やわらかいハンバーグに顔をほころばせ、パンとスープのお代わりをして、満足そうに帰路につくお客さんを見送りながら、八穂は満ち足りたような気がするのだった。


「ヤホちゃん、オープンおめでとう!」

「ただいま、ヤホちゃん、腹減った」

トルティンと、相変わらずのラングだった。


「おかえりなさい、ありがとう」


「おめでとう、ヤホ」

「ありがとう、ミーニャ 三人とも座って」


テーブルで寛ぐ三人の前に料理を乗せたトレイを置くと、すぐに嬉しそうな笑顔が広がった。


「この料理も初めて食べる」

トルティンは、興味深そうにハンバーグをながめていた。


赤牛レッドカウのミンチを固めて焼いたもの。柔らかいでしょ」

「うん、口の中で崩れる。うまいよヤホちゃん」

「よかった、お口に合って」


「ねね、食堂の名前、ほのぼの食堂ってどういう意味?」

ラングが聞いて来た。


「そうね、私の故郷の言葉で、ホッとするような、あたたかい気持ちになるような、そんな感じかな」


「あー わかるな。家に帰ってきたみたいな気持ち」

「そうね、ヤホの家もそんな感じがする」


「ええ、そうなの? それはうれしいな」


 その時、入口のドアが開いて、ダンジョンから戻ってきたばかりなのだろう、十矢が入って来た。

にぎやかな店中を見回すと、八穂を見つけて目を細めた。


「たただいま、八穂」


八穂は嬉しそうにほほえんで、ゆっくりと振り向いた。

「十矢、おかえり」


(第3部終・完)


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どうもありがとうございました。 


★近況ノートにお話に出て来た料理のイメージ写真を掲載しています。

 よろしければご覧ください。

https://kakuyomu.jp/users/kukiha/news/16817330651079233273


※サイドストーリーを不定期更新中です。

お時間のある時にでも、お立ち寄りいただければ幸いです。

ダンジョン町タウルの小さな食堂

https://kakuyomu.jp/works/16816927860666989230

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