第60話ダンジョン四階層と五階層

 テーブルの真ん中に置かれた大きな土鍋は、グツグツ音を立てて煮え、香ばしい味噌の香りと共に、白い湯気が立ちのぼっていた。


「ごめんね、エールがないの。料理用の買い置きのお酒で良かったら、好きなのを飲んで」


 八穂やほが出してきたのは、日本酒に赤白のワイン、ブランデーの小瓶とラム酒だった。

いずれも、料理やお菓子作りに使うためにストックしてあったもの。


「色々あるね」

「じゅうぶん、じゅうぶん」


十矢とうやは真っ先に日本酒をコップに注いだ。

ラングは興味深そうにラム酒、トルティンはブランテーを選び、香りをかいで嬉しそうにしていた。


「いい香りだ」

「はじめて見る酒だな」


「強いお酒だから気をつけて」


八穂が注意する間もなく、一気に流し込んだラングが、派手に咳き込んだ。

「うは、確かに強い」


トルティンはラングの教訓を得て、ちびちびと確認するようにブランテーをなめていた。


「ミーニャはどうする?」

八穂が聞くと、ミーニャは少し迷ってから、白ワインを指さした。


「それじゃ、私も。白にするか」

ワインの栓をを開け、コップに注ぐと、ミーニャに手渡した。


「八穂も飲むなんて、珍しいな」

十矢が言った。


「今夜は特別。みんなが無事戻ったお祝いだから、少しね」

「そうか、それじゃ乾杯だな」


「乾杯!!」


みんなで杯を掲げて笑い合った。


「それで? ダンジョンの調査はどんなだったの」

八穂が聞くと、みんな口々に話しはじめた。


「四階層へ降りるのは縦穴でさ。ローブで伝って下りるしかなかった」

「あそこは、梯子をかけるか、できれば階段を作った方がいいだろうな」

「でも、工事するのもなあ。まわりに魔獣がうようよしてたから、やっかいだ」


 彼らの話をまとめると、四階層は延々と、乾燥した砂地が続き、まわりの景色がほとんど変わらないため、どこを歩いているのか、方向がわからなくなるという。


 たまに砂を盛り上げたような小山ができていることがあって、そこは巨大な蟻の魔獣が作った蟻塚だったらしい。


「最初、何だろうと思って、砂をくずした時は大変だった」

ラングがおどけたように首をすくめた。


「あれは参ったな。五百? 千匹以上いたかもな。でかい蟻に囲まれて、身動きできなかった」


「それで、大丈夫だったの? 話を聞くだけで目眩がしそうなんだけど」

「だいじょうぶよ。ヤホ。私が水で溺れさせたから」

目を見張る八穂に、ミーニャが何でもないように言った。


 こんな恐ろしげなことが、笑い話になるんだなと、八穂は驚いた。


「やはり、ジェストさんはすごいな。どんなに困っても、いつも解決方法を考えてくれた」

トルティンが言うと、十矢もうなずいた。

「経験が違うよな。どれほどの経験をしてるんだか、桁違いだよ」


 四階層には他にも、毒を持つサソリや蛇などがいて、回復師がいなかったら命を落とす可能性もあったという。


「ヤホちゃん、ダンジョンの天井にはお日様が出るんだぜ」

ラングが言った。


「明るいの?」

「うん、洞窟型の地形の時は、壁に光苔ひかりごけが生えていて、薄明かりだけど、砂漠には太陽があって、暑かったよ」


「そうなんだ。夜もある?」

「うん、日が沈むと真っ暗闇で、星も月もなかったな」

「それで、気温も急に寒くなって、震えるくらい」


「うわあ、過酷ね」


「寝る時はどうしてたの? テント」

八穂が不思議に思って聞くと、みんな顔を見合わせて、ニヤニヤ笑った。


「なに? どうしたの」

「それがさ、普通はテント張って、見張りを交代しながら寝るのよ」

トルティンが説明した。


「ジェストさんが、さすがSランク。すごいの持ってたのさ」

「へえ」


「魔道具の家だよ。小屋じゃなくて、家だよ」

ラングが笑った。


「そんなものがあるんだ」

「オレも初めて見た。魔獣除け付きで、三部屋もある建物。マジックバッグから出て来て驚いた」

十矢も見たことが無かったらしい。みんな口々に、いつかは、あんなのが欲しいと言っていた。


「おかげで、疲れもとれたし、よく眠れたし」

「そうだったのね。ちょっと安心したかも」


「普通は、そんなのないぞ」

十矢が笑った。


「おかげで、予定より長く潜っちゃったし」

ミーニャが肩をすくめた。


 五階層はジャングルのように木が茂った湿地帯だったという。四階層で暑さと乾燥に耐えた後は、湿気と蒸し暑さとの戦いだったようだ。


 巨大な蚊のような魔獣や、猿人、大型のは虫類などがいて、大きな魔獣は木の間に潜んでいて、いつの間にか囲まれていたりしたらしい。


「それでさ、これが遅くなった原因なんだけど」

「何かあったの?」


「うん、ジャングルの奥に、古代遺跡みたいなの見つけたんだよ」

トルティンが嬉しそうに言った。


「石を積んだ城壁で囲まれててさ、外から見ただけだけど。あれは、いつか中を探検してしてみたいな」


 冒険者にとって、新しい発見は嬉しいのだろう、みんなニコニコ笑いながらうなずいていた。


「そうだ、八穂、これ土産みやげ

十矢がポーチから出して、八穂の手のひらにコロンと乗せたのは、小さな石だった。小指の先くらいで、虹色にキラキラ光っていた。


「きれい、何?」

「たぶん魔石だ。でっかい蝶の魔獣を倒したらドロップした」

「宝石みたいね、ありがとう」


「魔道具屋でアクセサリーを作るといいわよ」

ミーニャが教えてくれた。


「そうね、今度行ってみる」

八穂は大事そうに、彼女の神様ポーチにしまった。


「それから、これ」


続いて十矢が出してきたのは、十個ほどの、洋梨に似た形の果物だった。赤紫のどぎつい色をしているので、八穂は少しためらった。


「五階層に生えてた木になってたんだ」

「食べられるの?」


「うん、猿人がかじってたから、食ってみたら、うまかった」

ラングが言った。


「私も食べたから、本当よ」

首を傾げる八穂を安心させるように、ミーニャが説明した。


「それじゃ、食べてみる」

薄い外皮をむいてみると、中は薄いピンク色の果肉だった。おそるおそる口に入れてみると、ふわっと既視感のある甘さ。


「これって」

八穂は驚いて十矢を見た。


「だろう?」

十矢はおかしそうに笑って、自分でもひとつ取って、他の三人にも勧めた。


「バナナだ。味はバナナだね」

八穂が嬉しそうに果物にかじりついた。


「見た目は怪しいけど、味はいいよな」

「そうだね。ダンジョンで採れるなら人気になりそうね」

「手軽に手に入ればいいんだけど、五階層までどれだけの冒険者が行けるかだよな」

「ああ、そうか」


それでも、見たことのない新しい食材が出てくるかもしれないと思うと、期待してしまう八穂だった。

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