【旧版】トワの広場でゆで小豆を売る~自宅ごと異世界へ飛ばされた八穂のほのぼの生活

仲津麻子

第1部

第1話地震?

「ただいま、リク」

玄関のドアを開けて、自転車を土間に運び入れながら、飼猫のリクを呼んだ。


 七瀬八穂ななせ やほ二一歳。今は亡き両親が残してくれた二階家で、飼猫のリクと暮らしている。


 隣の家まで二十分ほども歩かなければならない、野中の一軒家だが、住人同士はみんな知り合いの、田舎ということで、治安は悪くなかった。


 三年間の派遣契約が切れて、次の仕事が決まるまでの間、久しぶりの長期休暇を楽しんでいるところだ。


 今日は、時々通っている料理教室の特別講習で、手作り味噌を習ってきた。

片手には味噌の材料を入れた、大きなビニール袋を持ち、もう一方の肩には、テキスト、サイフなどを入れたバッグを下げ、さらに、お昼ご飯用に買って来た、お気に入りベーカリーのベーグル三個が入った紙袋も待っている。


「さすがに、味噌造りセットは重い。リク!」

ドサッとキッチンのテーブルに荷物を置いて、紺色のシュシュでくくっていた髪をほどき、再びリクを呼んだ。


 すると、横の茶の間から、白と銀色と黒のまだら模様の大きな猫が、のっそり、あらわれた。

顎のまわりには白く柔らかい毛が、たてがみのようにめぐっている。シッポはフサフサと長く、顔つきの無愛想とは正反対に表情豊かに揺れていた。


「なぁーん」

リクは気だるそうに伸びをして、八穂の足に体をこすりつけた。

「リク、どこにいたの? お昼寝してたのかな」


グルルと喉を鳴らして見上げるリク。

「うんうん、お腹空いたね、今あげるね」

保存容器からキャットフードを出して、皿に出してやる。


 自分も昼ご飯にしようと、コーヒーメーカーに豆をセットして、スイッチを入れてから、サラダの準備にかかった。

と、言っても、買い置きのカット野菜を器に盛って、プチトマトを二つ乗せ、朝食の残りのスライスハムを1枚添えただけだ。


 買って来たベーグルの一つを半分にカットして、トースターで温め、テーブルに運ぶ。

いれたてのコーヒーをカップに注ぎ、冷蔵庫のクリームチーズを出そうと、立ち上がったところで、家が揺れた。


 地震! 軽い揺れならよくあることだったが、揺れはすぐにはおさまらなかった。激しい縦揺れが続いた。

家全体がジャンプするように持ち上がるので、このままでは、家が潰れてしまいそうだ。


「リク、リクどこ? 外へ避難しよう」

八穂はキャリーケースを用意しながら、呼びかけているが、逃げてしまったのかリクの姿は見えなかった。


 避難するにしても、リクを残しては行けないので、八穂はあわてて家具の隙間や机の下などを見てまわっていた。


 その時、ドーンと家全体を揺さぶるような衝撃がした。

バリバリバリと、何かが裂ける音がして、家が沈み、次の瞬間には激しい縦揺れが襲った。

八穂は声も出せないようすで、床にへたりこんだ。


 家は縦揺れから小刻みな横揺れへ、また再び突き上げられるような縦揺れへと。ゴゴォォォォ! という大音量を伴った振動が、目まぐるしく変化して行った。


 家にかかる振動は、当然八穂の体にも伝わって、あっちに傾き、こっちに傾き強風にあおられるように、翻弄ほんろうされた。


 これはいつもの地震じゃない。きっとこのまま家に潰されて死ぬのかもしれない、八穂がそう考えた時、急激な浮遊感があった。


 ジェットコースターで落ちる瞬間の、フワッと体が浮く感覚、頼りなく身の置きどころが無いような不安。八穂の目からは、いつの間にか涙が流れて、床をぬらしていた。

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