No.10【短編】ドライブ ~another story of 『When you Knock on Heaven's Door』~

鉄生 裕

前編

自分が生きている意味を考えるようになったのはいつからだろう。


生きている意味を考えたところで、どうせ何も変わらないと思うようになったのはいつからだろう。




「なぁピン、今晩暇だろ?ドライブでも行こうぜ」


親も兄弟も恋人もいない僕にとって、

彼だけが、僕がこの世に生き続けることを甘んじて受け入れてくれる唯一の存在だと、

僕は勝手にそう思っている。


そう思っていないと、僕みたいな人間はあっという間に消えてなくなってしまう。


この世界は、一人で生きていくにはあまりにも残酷すぎるから。


「でも、明日も朝から仕事だろ?」


僕がそう尋ねると、

「まぁ、なんとかなるだろ。寝ずに仕事行ったところで、別に死ぬわけじゃないし」

と長い髪をグシャグシャとかきながら煙草に火をつけた。




僕の名前はピン。

名前といっても、あだ名だけど。


どうしてピンになったのかはよく覚えてないけど、

髪の毛がクルクルで、クルクルの反対はピンピンだから、それを略してピン。

そんなしょうもない理由だったと思う。


彼の名前はロン。

もちろん、これもあだ名だ。


ロンは、僕が初めて会った時からロンだった。

どうしてロンなのかは知らない。

たぶん、ロン毛だからロンなのだろうと、僕は勝手にそう思っている。


ちなみに、僕にピンというあだ名をつけたのはロンだ。




その日の夜、僕らはドライブに出かけた。


目的地なんてものは無かったし、そもそもドライブに出かけること自体に何の意味も無い。


もしかしたらロンは、夜風にあたりながらタバコを吸いたい

という理由があったのかもしれないけれど、僕はタバコを吸わない。


だから、強いて言うなら、

僕がドライブに出かけた理由は、“ロンの付き添い”ということになるだろう。


「なぁピン、あいつら何してんだろう?」


彼にそう言われ窓越しに外を見ると、

高校生か大学生くらいの見た目の男子と、幼稚園生くらいの女の子が二人で歩いていた。 


「こんな遅い時間にどうしたんだろう?・・・迷子?ってわけでもなさそうだよね」


僕がそう答えると、ロンは車を路肩に停め二人のもとに駆け寄った。


「何してんの?」

ロンが二人に声をかけると、男子の方が驚いたようにこちらに振り向き

そして何かを考えているかと思ったら、慌てて女の子の手を握り走り去ろうとした。


しかし、すかさずロンが男子の肩を掴むと、

「ちょっと待ってよ。こんな時間にそんな小さい子と二人で何してんの?迷子ってわけでもなさそうだし。とりあえず、すぐそこに交番あるから。一緒に交番まで行こうか」

彼にそう言った。


すると男子は、仕方なさそうに僕らに事情を話してくれた。


どうやら彼らは兄妹らしく、

しかも妹の方は重い病気でずっと入院しているそうだ。


そんな妹の願いを叶えるために、

二人は病院を抜け出し、星を見に海まで行くのだと兄は説明してくれた。


事情を聞いたロンは、

「ピン、ちょっといいか?」

兄妹に背を向けると、僕の耳元で小声でそう言った。


「俺はこいつらを海まで連れていく。ピンはどうする?一緒に来るか?」


やっぱり。


予想していた通りだ。


ロンなら絶対にそう言うと思った。


彼は超が付くほどのお人好しで、超が付くほどのお節介やきだ。


そして、そんなお人好しでお節介やきの彼を止めるのが、

僕のいつもの役目だった。


「何言ってんの!?話聞いてたでしょ?病院を抜け出してきてるんだよ。僕らがしなきゃいけないのは、彼らと一緒に交番に行くか、彼らを病院まで連れていくかのどっちかだよ」


僕は必死にロンを説得しようとしたけど、

僕なんかの説得でロンの意思が変わらないことも当然知っていた。


「そんなことはわかってる。それでも、俺はこいつらに星を見させる。いいかピン、こいつらを止めるのは誰だってできるけど、こいつらに星を見せることが出来るのは、今は俺達しかいないんだ。それが馬鹿な選択だってことはわかってるし、あいつらにとっても良くない事だってのはわかってるよ。でも、あいつらは星を見たがってる。そんな馬鹿げた事に付き合えるのは、馬鹿な俺たちくらいしかいないだろ」


ロンの言う事はいつだってメチャクチャだ。


たぶん彼自身も、自分で何を言っているのか

何が言いたいのかなんてことは、とっくの昔にどうでもよくなっているのだろう。


いつだってメチャクチャだけど、

いつだってメチャクチャなのがロンなのだから、

僕がこれ以上何かを言ったところで、彼を止めることなんて到底無理な話だ。


「わかったよ。僕も付き合うよ。ただし、何かあった際は僕は一目散に皆を置いて逃げるからね」


僕が呆れた顔をしてそう言うと、

「ああ、わかってるよ。それがお前だもんな」

ロンは嬉しそうに笑いながらそう言った。




「よし、わかった。俺達が海まで連れて行くよ」


ロンが二人にそう言うと、兄の方はキョトンとしながら、

本当に連れて行ってくれるのかと何度もロンに尋ねていた。


そして僕ら四人は、星を見るために海を目指した。


海に着くまでずっと起きてると張り切っていた兄も、

気づけば妹と一緒にぐっすりと眠っていた。


一時間程車を走らせたところで、

「悪い、ちょっと休憩するわ」

そう言って、ロンは車をコンビニの駐車場に停めた。


ちょうど車を停めたタイミングで、妹の方だけが目を覚ました。


「ごめんね。起こしちゃったね」


僕が彼女にそう言うと、妹は目をこすりながら、

「・・・のど湧いた」

カサカサした声で言った。


僕とロンと妹の三人は、ぐっすり眠っている兄を車に残してコンビニに入った。


飲み物を選んでいる妹に、僕は何気なく尋ねた。


「そういえば、どうしてサヤちゃんはお星さまを見たいの?」


すると彼女はモジモジしながら、

「お兄ちゃんには内緒だよ」

という前置きをしたうえで、星を見たい理由を教えてくれた。


「病院のお姉ちゃんに教えてもらったの。お星さまにお願いすると、お願い事が叶うんだって。だから、お星さまにお願い事をしたいの」


「お願い事?」


「うん。『お兄ちゃんが、独りぼっちになりませんように』って。私がいなくなったら、きっとお兄ちゃんは独りぼっちになろうとするから。だから、お星さまにお願いするの。お星さまにお願いすれば、叶えてくれるんだよね?」


僕は彼女の問いに答えてあげることが出来なかった。


その問いは、僕にとってはあまりにも難題すぎたから。


きっと、その問いには正解も不正解も無いのだろう。


正解も不正解も無い問題に、何と答えるのが正解なのだろうか。


「きっと海は寒いだろうから、温かい飲み物にしようか。お兄ちゃんの分も買ってあげよう。どれがいいかな?」


僕は無理矢理話をそらして、彼女にそう尋ねた。


彼女は無邪気な笑顔で、「これが良い!」と言いながら『ミルクココア』を指さした。


こんな幼い子の問いにすら答えてあげることが出来ないなんて。


こういう時に、少しでも気の利いたことが言えていたら、

こんな世界でも、もう少しは楽に生きていくことが出来たのだろうか。


そんな事を考えながら、僕は冷たいブラックコーヒーを手に取った。

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