染まってしまった

おやすみワサビ

第1話



 ポンポンと誘うように叩かれた膝に、もうしょうがないなあ、なんて言いながら私は体を傾けて膝に頭を置く。ちょっと硬くて、でもちょっと柔らかい。男の躰。上をちらりと見ると、細く鋭い目が見えた。いつもは少し怖いけど、今は優しさを持って私を見ている。

 なんだか恥ずかしくなって身をよじると、女の子とは違うびっしりと生えた毛が耳をこしょばせたり、頬をくすぐった。

「へへへ」

 口を歪めて笑うと、彼は大きくて骨ばった右手で私の頭を押さえつけるように撫でつける。同時に彼は少し腰を動かして、撫でられる度に側頭部に何かが当たるようになった。私を女にした、男の象徴。髪の乱れに比例して、それは段々大きくなっていく。

 頬が自然と上がるのを自覚して、もう一度ちらりと彼を見る。しっかりと目を合わせる。彼の表情は変わっていない。最初から私をその気にさせるためのお互いが裸でする膝枕。自分が興奮するための膝枕だから。予定調和の戯れ。左手が私の胸を掴んできた。手のひらを馴染ませるように胸全体に触れさせて絞るように力を入れていく。痛い、と言う直前ぐらいで力を抜いて、乳首をそっと撫でる。摘まんで、指で弾いて、乳輪をなぞる。

「んん」

 熱い吐息を漏らす私の顔に彼が迫ってくる。キスはまだしてくれない。耳をほじくるように舌が入ってくる。この感触はいつまで経っても慣れない。じゅらりじゅらりと、ぞわりと肌が泡立つような音が脳髄に刻み込まれるみたいで気持ち悪くて、「ねえ、耳、やだ」と離れようとするけど、がっしりと頭を掴まれて耳の凌辱が続く。

「んああ」

 意味の無い抵抗で彼のアソコはどんどん固さを増していく。それが嬉しくて、でも耳を舐められるのはやっぱり嫌で、なんだかよく分からないまま興奮してしまう。

 ちょっと前に由美子に自慢した時、あんたの彼氏はあんたでオナニーしているだけだよ。ただの性欲処理にしか使われてないよ。もういい加減別れなって。なんて言われたけど、彼は私のおかげで興奮して、私も彼のおかげで興奮してる。それの何が悪いんだろう。普通のセックスじゃん。

 私の興奮に合わせて彼の手が私のアソコに添えられる。強引な指使いでクチュクチュと恥ずかしい音がどんどん大きくなっていく。



「な、お茶、持ってきて」

「わかった!」

 ゴムをゆっくり外している彼にそう言われて、冷蔵庫の元へペタペタと歩いて開ける。流れ出てくる冷気に襲われて、僅かに身体を震わせる。

 行為後でも、彼は私に服の一切を着ることを許さない。一人暮らししている彼の家に入った瞬間から、家を出るまで裸だ。玄関で服を着替えなければならない。だからこの家での思い出の中の私はいつも生まれたままの姿で、いやらしいこと以外のこともしていたはずなのに、ずっとセックスしかしていないような気がする。反対に彼が裸になっているのはあんまり記憶にない。行為の前後くらいだろうか。一歳年上とはいえ同じ高校生なのに変な性癖を持っているなあとは思うけど、そんなとこも含めて私は好きだ。由美子は未だに彼氏と性行為をしていないらしい。私よりちょっと可愛いのに、なんでそんな意気地のない男と付き合っているのか理解が出来ない。いい男なんていくらでもいるのに、なんで。

「はい、お茶」

 ベットに座ったままの彼は黙ってタンブラーを受け取って飲むと、私を手招きした。

「舐めて」

 私は黙って彼の股の間に座って萎れたモノに口をつける。舐めて、しゃぶって彼を見上げる。

「まだだよ。もっと」そう言って彼は私の頭を撫でる。「お前の口やっぱいいなあ」その言葉が嘘でないことは、大きく、苦しくなる口の中のモノが告げていた。

 彼の優しい撫で方と優しい声は私の心を休ませるには十分だ。でもすぐに撫でるのを止めようとしたから口を離して、「もっと撫でて」って言おうとした。

「おい、何止めてんだ。もっとだって言っただろ」

 ちょっとだけ怖い声に私は仕方なく再開する。

 彼はたまに怖い。背が高くて、肩幅が広くて、力も強い。だからもし怒らせたら、小柄な私じゃどうにもならない。だけど顔が整っていて、彼に話しかけられるまで彼氏どころか男友達すらいなかった私に色々なことを教えてくれて、一人の女にしてくれた、優しくて物知りな男。短い期間でそこらの同級生たちより遥に進んだ私はこうやって一日中セックスをする。

 今度こそと思って、口を離す。上目遣いでねだる。

「頭、さ、撫でて、欲しいな」

「しゃあねえなあ」

 雑に頭を一度だけ撫でまわすと、彼は自分の股間を指さす。いきり立ったそれに私が小さく嚥下するのを確認すると、「入れよっか」と言った。

 頷いて、彼に跨って腰を下ろそうとする私に向かってスマホが取り出されて、向けられた。まるで今から撮ろうとしているみたい。まさかそんな、セックスしているのを撮るなんて、無いよね。

「ねえ、それってさ」

「ああこれ? いや、そろそろ撮ろうと思ってさ。俺撮るの好きなんだよね。最近お前も腰動かすの上手くなってきたしさ、いいかなって」

 彼はそれが受け入れられるのが当たり前みたいな顔をしていて、私は戸惑った。頷くのは簡単。でも、これは普通なのかな、彼が言ってる、私が好きな彼が。一杯デートして、一杯愛してるって言ってくれた彼のやることだから、間違ったことではない、のかな。由美子も彼氏とセックスするようになって、慣れてきたら動画も撮るようになるの、かな。皆そうやって大人になって私を置いていくんだ。きっと。

 録音を開始する間抜けな音と共に、彼が逸るよう言う。

「早く腰下ろせって、いつまで焦らしてんだ」

 その言葉を受けて、躊躇を振り切るように彼のモノを掴んで私の中に入れた。



「まだあの男と付き合っているの」

 彼の家に籠って学校を休んだ次の日の朝、偶然一緒になった由美子は私の顔を見るなり苦い顔を浮かべた。

「何、文句あんの」

「あるに決まっているでしょ。私の中学からの親友がどんどん悪い方向に行っているのだから」

「何悪い方向って、意味わかんない。やめてくんない? 鬱陶しいんだけど」

 由美子は見ていられない、とでも言うかのように頭を振る。長く綺麗な、一度も染めたことがない黒く艶やかな髪が揺れる。高校に上がるまで憧れだった人。身長が高くて顔が小さくて、胸は私の方が大きいけど、綺麗で、本当に腹立たしい。

 私は自分の茶髪を手で梳きながら、前を見る。遠くの方に学校が見えてきて、同じ制服を着た人が増えてきた。色んな雑音が増えて、そこに混ざってしまえばいいと思って、小さく呟く。

「由美子のこと嫌いになるかも」

 隣を歩く親友のことは確認しない。ただ前を見て、茶色に染まった髪をきゅっと握って、息を震わせる。

「私はあの人が好き。由美子にも彼氏がいるでしょ。だったらわかるよね? 酷いこと言わないで」

 それから私たちの間に静かな時間が流れた。車のエンジンがブオオとうるさく鳴って、一際大きな風がビュオオとうるさく吹いて、前を歩く男子高校生たちがうるさく笑って、でも由美子は静かで、いつの間にか私は髪を何本か引き抜いてしまう程、手に力を入れてしまっていた。

「由美子こそ、別れた方がいいんじゃないの。あんなダサい彼氏」

 由美子の方は見られない。喉が渇くのを誤魔化すように口を開く。

「まだ、セックスしてないってさ、おかしいよ。もう三か月、だっけ。由美子はいつも、清楚ぶってさ、そういう性のこと避けがちだけど、絶対おかしいから。もっと周り見てみなよ。皆してるよ。なのにその彼氏はまだしてこないんだよね。性欲無いのかな、男としておかしいんじゃないの、由美子って結構可愛いのに、手を出さないなんて、私の彼氏なんて告白したその日に抱いてくれたのに、絶対、おかしいよ」

 何を話しているのか途中から自分でもわからず、でも、何かを話していないといけない。知らない間に身体の中で蠢く熱が苦しい。

「中学の時はさ、私は、モテなかったけどさ、今はかなりモテるんだよ。彼の友達にもさ、可愛いねって言われて、この前なんかさ、彼氏に内緒で、彼の友達ともヤッた、ヤッちゃったんだよ。彼氏のじゃなくても気持ちよくてさ、へへ、凄く、良かったよ」

 ふと俯いていた顔を上げれば、気付けば学校は目前だった。私は髪を触る。由美子には劣るが綺麗な黒髪だったのに、彼氏に言われて染めた髪を。

 隣から震えた息が聞こえた気がして、つい、目を向けてしまう。

 涙が見えた。静かに、声を殺して泣いていた。私の親友が。由美子が。今やたった一人の女友達が。

 私は、へへ、と笑った。

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