第38話 初めてのワックス

”いいよー。午前授業だからごはん食べたい!”


 メールの返事は23時と遅かった。普段なら寝ている時間だったけど、メールの返事が気になって睡眠欲に打ち勝った。


”何食べたい?”

”オムライス! いいお店知ってるの”

”おー。楽しみにしてる”


 その日、楽しみすぎてあまり眠れなかったけど目覚めはよかった。朝、いつもなら絶対にしないワックスを使った。うちの学校は校則に緩いからヘアカラーもワックスも、使用したって何も言われない。ただ、スカートの長さは膝上10センチまでで規定がある。男子は髪の長さくらいかな。


「母さん。ワックスつけてくれない?」

「昨日からどういう風の吹きまわしよ。好きな人でもできた?」


 その質問は無視した。母さんはやはり美容師なだけあって、凄く上手だ。無駄な動きがなく、気持ちが良い。

「前髪わければいいのに」「やだよ」前髪をわけたら、西澤先輩と同じになる。あの人と同じ髪型だけは絶対に避けたい。


「できたわよ、薄くつけて、ちょっと抑えめにしたわ。あんたみたいに元がいいのはつけすぎても良くないから」


 さすがだった。初めてつけたけどここまで変わるものなんだ。


「実梨ちゃんとデートか知らないけど、絶対にかっこつけようとするのは厳禁よ。かっこつける男は寒いんだから」


 男女二人で出かけるから、一応デートに入るのか。俺より人生経験が多い母さんの言うことだから信じよう。


「行ってきます」


 外に出て歩き始めると、目の前に実梨の後ろ姿が見えた。最近、自分から実梨に声をかけれるようになった俺には自信がついていた。だから、実梨の元まで小走りして、肩に手をのっけて声をかけることができた。


「実梨」


 こっちを向いたけど、一瞬誰だか気づかなかった。いつもより肌にハリがあって、化粧が施してある。少し赤みのある唇は艶があって綺麗だった。しかし、実梨も俺のことを知らない人を見るような目で見るからお互い気まずくなってしまった。


「……佑樹?」

「う、うん。おはよう」

「おはよう。え、ねぇ、ワックスつけた?」

「つけた。スキンケア変えた?」

「す、少しだけ? 変かな……」顔を見られたくないかのようにそっぽを向かれる。


 まったく変じゃない。


「可愛いよ」

「……ありがとう」


 顔が熱くなってきた。

 二人で登校することは、高校に入ってから初めてだ。

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