【KAC20225】米寿の懺悔

心桜 鶉

第1話 約束

 私だけ88歳になってしまったよ……



 今日、88歳の誕生日を迎えた。

 米寿である。

 大変嬉しいことだが、私の体は床についていた。

 ここ数年、昔のように歩き回ることさえもできなくなっている。

 お迎えが来るのもまもなく近いだろう。

 体は衰え、生きる気力もなくなってきているのを感じ始めている。

 よいしょ、と顔を横に向ける。


 ふうっ――


 気だるさを吹き飛ばすため一息吐いた。

 呼吸も日に日に浅くなり、このように体を少し動かすのも辛くなってきている。

 視線の先には1つの写真立てがあった。

 その写真立てには1枚の写真が収められている。

 学生時代に撮った親友の武(たけ)との写真だ。

 彼は3年前にこの世を去った。

 私にとって最後の友達だった。

 かつて友人は5人いたが、私だけがこの世に残ってしまった。

 その5人とは高校時代に仲良くなり、よく喧嘩もしたが、喧嘩をしたことで絆を強く結びあい、誓いあった。



 俺たち5人ずっと友達でい続けよう――――と


 なのに、なぜ私だけ――――


 なぜ私だけ一人残されたのか。

 急な眠気に襲われ、重いまぶたに耐えきれずにそのまま目を閉じた。




 夢を見た。

 懐かしく、一度も忘れたことがなかった学生時代の悲しい夢だった。

 だが、同時にその夢は今まで自分自身を騙しながらずっと心の奥底に隠し続けていた箱の蓋をあけた。




 私が武と友だちになったのは高校時代だった。

 私は高校生活を満喫するべく、部活に入ろうと思っていた。

 文化部、運動部と部活がたくさんある中から、文化部の写真部を選んだ。

 私が写真部を選んだ理由は特に無い。

 私は流れ行く現実をただ、切り取って記録に残したかったのだ。

 写真部員は全員で20人近くいた。

 内訳は3年生が15人、2年生が2人、1年生が3人。

 3年生は4年生になるまえに引退し、2年生に引き継ぐので1年後は実質7人で新入生が入らなければ、将来的に部の存続が危うくなってしまう。

 武は私と同時に入部した、新入部員の中の1人だ。

 私たち1年生の最初の目標は、写真部に慣れることと1年生の中でまだ部活に入っていない生徒を勧誘すること。

 勧誘するためには写真部のことを知らないと行けないので、最初の3ヶ月は部活動を楽しむことに集中することになった。

 1ヶ月に1度行く撮影旅行から、日々行われる写真講習など毎日忙しく過ごしているうちに3ヶ月が過ぎた。

 3ヶ月たった今も友達と呼べる人は少なかった。

 授業が終わるとすぐに部活に向かうくらい、部活動にのめり込んでいた。

 クラスメイトと仲良く遊ぶよりも、部活動を選んでいた。

 そのため勧誘しようにも、話しかける人が少ない。

 私は勇気がいるが、1人のクラスメイトに声をかけることにした。

 そのクラスメイトは1人の女子生徒だ。

 入学時に席が隣だった女子である。

 名前は石橋 虹花(いしばし ななか)。

 私は授業の準備をするため、ロッカーに向かう石橋さんに声を掛けた。


「石橋さん、次の授業で何か必要なものあったっけ?」


 まずは無難に授業の話から始めることにした。


「ん〜確か、辞書必要だったかな」


 思わぬ誤算があった。

 話の導入として授業の話題を選んだつもりが、忘れ物に気づき、少し焦ってしまった。

 だが、落ち着いて冷静に慣れれば、この状況を上手く使えるかもしれない。


「辞書!?今日持ってくるの忘れたな…もし使うときがあったら見せてくれない?」


「良いよ!私英語苦手だからさ、わからないところあったら教えてくれない?」


「うん。分かることなら、教えるよ」


「ありがと。そういえば日尾さんは、部活入ってる?」


 石橋さんの方から部活の話題を振ってくれた。

 まさかの展開に驚いたが、これなら自然に話すことができると私は思った。


「入っているよ。写真部。石橋さんは?」


「私はまだ入ってないよ。部活たくさんありすぎて迷っているの。写真部はどう?」


「この学校部の数多いよね。俺も部活選び迷ったな。写真部楽しいよ。撮るのも楽しいけど、撮影旅行でいろんな場所に行けるから、今まで行ったことがが無い場所だと新しい発見とかがあって良いよ!今も部員募集しているから石橋さんもよかったらどう?」


「え!?良いの?体験入部させてください。よろしくおねがいします」


 そう言うと石橋さんは丁寧に頭を下げた。






 石橋さんが正式に入部して半年がたった。

 写真部は石橋さんの他にも1年生が入部し5人になった。

 仮入部から正式な入部まで数ヶ月以上も期間があったが、その感覚が無いくらいあっという間だった。

 石橋さんは最初、初めて触れるカメラに操作方法などの扱い方などで戸惑っていた。

 特に私たちの写真部は、デジタルカメラだけでなく、全国でも珍しい銀塩カメラで撮ったネガも現像できる暗室があるので、初心者の石橋さんにとって覚えることがたくさんありすぎたのだ。

 だが、カメラの扱い方やフィルムの現像方法などに慣れ始めると、そこからの成長は凄まじいものだった。

 彼女は県内の高校が集まって開催される、写真コンテストで優秀賞に輝いた。

 何年も活動している上級生も参加している中で、新人の、まだ経験が浅い新入部員が大賞を受賞するのは初めてだった。

 彼女も私と同じように写真というものに夢中になっていたのだ。

 そんな夢中になっている彼女に私は恋をしたのだった。




 私たちが高校に入学してから2年がたち、上級生になった。

 1年生の頃に15人いた3年生は引退し、2人いた2年生は1人が勉強に集中したからという理由で抜けてしまい、残り1人の2年の先輩も私たちが3年生になる前に抜けてしまった。

 そのため、入部当時多くいた部員数も現在は5人になってしまった。

 体験入部には来たが新入部員は入らなかったため、私たちが引退するまでに1人も入らなければこの写真部は廃部となってしまう。

 この2年間、活動を共にしてきた私たち5人はせめて引退するまでの最後まで活動し続け、廃部を見届けようと誓った。

 1年生から才能を開花させた石橋さんは部長になり、そのことを示す彼女の腕は衰えておらず、未だ健在だった。

 体験入部に来た新入生は彼女の技術を見て差を感じてしまったのかもしれないが、とにかく彼女は圧倒的だった。

 そんな石橋さんへの私の好意もこの2年間変わらなかった。

 それは他の男子3人も同じだった。

 しかし、仲間であり、みんなで写真部として続けていくために、誰か一人抜け駆けするのはよしておこう、というのはお互いが暗黙の了解として同じように感じていた。

 だが、一度想ってしまうと、分かっていてもその感情は止まらない。

 そんなとき、ある出来事は起きた。

 それは一生忘れられない思い出となってしまった。

 ある日、石橋さんを除く私たち男子4人は喧嘩をしたのだ。

 4人の中で抜け駆けした人がいたからだった。

 4人に取っては些細なことだったが、この日を堺に写真部内の雰囲気が悪くなってしまった。

 部長の石橋さんが招集を掛けても集まるのは私だけだった。

 他の3人は忙しくなったからというのもあり、2人だけで活動は行われたが、どこか締りが悪かった。

 ある時、石橋さんは行った。


 一度、活動はお休みにしましょう――――と。


 だが、4日後に彼女は自殺してしまった。


 4人とも原因は分かっていた。

 だが、自分たちが気づいたときには遅かった。

 石橋さんの願いはみんな5人でずっと仲良しでいたかったこと。

 彼女は思い込みが過ぎていた部分もあったが、自分を巡る喧嘩、その情景は彼女を少しずつ苦しめ、傷つけてしまっていた。

 しかし、本当のその原因を作ったのは紛れもなく私自身だった。

 実は武も悩んでいた。

 才能あふれる石橋さんのことが好きだったのだ。

 自分と同じぐらい恋に悩んでいた武に、ある日私は


「そんなに悩んでいるなら思いを伝えるだけ伝えたら?」


 と提案してしまった。

 武はその後押しするきっかけとなる提案に少し喜んでいたが、やはり自分だけというのはまずいという認識も、もちろんあったようだった。

 また、武の誕生日が近いということもあったので、遠回しに石橋さんにそのことを伝えたら、仲間思いの彼女は、みんなでプレゼントを買いましょうと提案した。

 幹事の石橋さんのもと、無事に武の誕生日パーティが終わり、解散になった後、誰もいないところで武は石橋さんに告白をしたらしい。

 結果はもちろん振られた。

 その日から武と石橋さんとの距離感が遠くなった。

 私は本当に告白をすると思っていなかったので、まさかと思い直接武に聞いて知ったが、そのことに他の2人も薄々気づいていった。

 2人が石橋さんに問いただし、武に告白されたと知って事実が確定したとき、お互い我慢して募らせていた思いが一気に爆発してしまったのだ。

 些細な喧嘩だったが、それが部の雰囲気を悪くしてしまい、そして最後にはあのような結果になってしまった。

 そのため、この原因を――武の背中を押してしまったのは私自身だった。

 私が彼女を殺したのだ。

 そして武の心にも傷を負わせてしまった。

 卒業後、私たちは離れ離れになってしまったが、楽しい思い出だけ残し、あの出来事は何十年もの間、私自身を騙しながら、事実さえも自分の中で曲げて隠してきた。

 だが、今日、今になってあの日の出来事を思い出したのだ、それも正確に。

 自分自身の手で心の奥底にある箱の蓋を開けたのだった。


 なぜ私だけ一人残されたのか。

 それはすでに気づいていた。

 私だけ一人残された理由。

 私がこの歳まで生きようと思った理由――――



 すまなかった。



 私はその言葉をずっと言いたかったのだろう。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20225】米寿の懺悔 心桜 鶉 @shiou0uzura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説