閑話:伍 歪んだ英雄像

一方、蓮我はスーツ姿のネクロが姿を消した回廊を走っている。その時、回廊の続くと思われる闇の中に二つの赤い光が見える。

直後、蓮我は足を止め、身構える。複数体のネクロの進撃を視認した。真っ直ぐに突進してくるネクロのコアを石英岩を纏わせた右足で後ろ回し蹴りをして打ち砕く。脚部の石英岩はコアを打ち砕いた勢いで回廊の柱に突き刺さる。

最初のネクロを筆頭に雪崩込んでくるネクロの攻撃を、突き刺さった右足を軸に体を反転させ、宙に舞って躱す。宙に舞っている間に体を回転させ、石英岩で作った棘を飛ばし、コアを貫いてゆく。

着地した蓮我は「弱過ぎる」と呟いて再び、追尾を開始する。

(計画的、且つ組織的な犯行。個々は弱いとしてもさっきの奴は程々だろうな…。となると相手にとって不足無し。)

蓮我は走りながら考える。

暫く走り続けると巨大なドアが蓮我の行く手を阻む。そのドアの左右に少女のネクロが立っている。

石塋蓮我せきえい れんが様。お待ちして下りました。」

蓮我を見上げ話す右側の少女。

「只今よりこの門を開門致します。ご準備はいいでしょうか?」

今度は左側の少女が問う。

蓮我は二人のネクロを殺そうか、と悩んだが、その姿がまるでこれまで見てきた可哀想な子ども達の姿と重なり、手に掛ける事が出来なかった。

ギイイイと、重々しい音と共にドアが開く。そこには広いドーム状の空間、その中央にスーツのネクロの姿があった。

「まさか貴方があの蓮我様だとは。先程の失礼を、どうかお許し下さい。」

両腕を広げ、謝る素振りを見せるもその声はとても高揚していた。

「私の名は満鞄バンホウ。我等が宗教、〈宵闇教〉の教祖であります。以後お見知り置きを」

ネクロの割に丁寧な挨拶まで流暢にこなす。

「一つ問う。宵闇教?ってのはなんだ?」

「宵闇教は貴方様があの日、御相手されたあの方、夜宵ヤヨイ様を崇める宗教で御座います」

そしてこう続ける。

「私達の目的は貴方です。貴方をネクロにすればあの方に認めて貰える。あの方は貴方の虜なのですよ。」

まるで自分が求められているかの様に昂った声で話す満鞄。

「一方的な感情だな。困ったもんだ。」

ぼやく様に呟いた後、蓮我は言い返す。

「まあ俺を殺して、見直して貰えるように精々頑張れや!」と。

「ですから先手は打ってあります。」

その言葉の直後、蓮我はある事に気付く。自分の体が動かない事に。そして傍らに立つネクロに。

(いつの間に!気配が全くしなかった!)

蓮我の四肢と胴体には金属製の枷が付いている。その枷の影響で身動きが取れない。

その枷は傍らに立つネクロのイビルだった。

「それでは暫く私の話を聞いて貰いましょうか。さすれば、少しは私の思想を理解頂けるかと。」

蓮我はどうする事も出来ないので仕方無く話を聞くことにした。


「今の社会はいいものですね。誰にでも発言権があり、誰にでも誰かを否定出来てしまう。しかし、私は思うのです。"否定する者はその者を殺す覚悟を持つべき"だと。可笑しいと思いませんか?存在意義や必要性などは否定するのに死ぬかどうかはその者次第。否定をするならば、その命までを否定するべきだ!」

先程のたかぶりからは考えられない程、声は荒らげられて、怒りが込められている。まるで自分が経験したかの様である。


実際、満鞄は六年前まで光国の一般企業に勤めていた。その際に上司に否定的な言葉を浴びせられ、辞職した。その後は何度も自殺を試み、死の寸前でネクロと化したのだ。


「なので私は決めたのですよ。"覚悟無き否定をする者には死をもって罰を。覚悟無き否定をされた者には死をもって新たな人生を授ける"と。それが私達、ネクロの存在意義であると。有意義な行いだと思いませんか?」

満鞄は蓮我の様子を伺うが、反応は特にないため、続けた。

「貴方はその何方にも該当しない。それはつまり、貴方が私達を導く道標。さあ、ネクロにって下さい。心の死をもって。」

そう言い終わると同時に床から一つの檻が現れた。その中には連れ去られた『白骨の亡虎』の隊員が二人、閉じ込められている。その二人の首元には爆弾が付いていた。

「待て!何をする気だぁ!」

慌てて叫ぶ蓮我。それを気にせず、二人に問う満鞄。

「御二人は彼が貴方達を救えると思いますか?思わないのであれば自害し、新たな人生を望みなさい。」

せ!めろぉぉ!」

二人は虚ろな表情で躊躇わず爆弾のピンを抜く。直後、爆音が轟き、檻は炎に包まれた。

満鞄は蓮我の様子を伺い「おや、まだ絶望が足りませんか。」と冷たく呟いた。

「では、教えて差し上げましょう。貴方が英雄などではなく、死ぬまで破壊の限りを尽くす暴虐の王である事を!」

そう言うと手に持った鞄を徐ろに漁り、無数のナイフを上方へ投げる。

蓮我はすかさず、固定されていた右腕のギプスから本体の右腕を引き抜き、傍らに立つネクロの胸ぐらを掴む。そして、そのネクロの体を頭上に運び、ナイフの雨を遮った。

盾にされたネクロはコアを穿たれ死んでいた。その遺骸を側に投げ捨てる。

蓮我の表情は怒りに歪んでいた。

「もうどうでもいい。唯、俺のヒナタを返せ!」

「仕方ありません。そうしなければ貴方を倒す事など出来る訳がない」



ネクロの身体能力は異常で、最大で生前の約五倍強化されると言われてる。

満鞄の身体能力も最大強化に匹敵する程だった。しかし、蓮我は片腕を骨折しているにも関わらず、その満鞄の身体能力と対等に渡り合えるものだった。


満鞄は右手に鞄を持ち、空いた左手で短剣を持って戦っていた。蓮我は左腕に石英岩を纏わせ、応戦している。


「なかなかやるじゃねえか」

「ネクロの身体能力に着いて来れる人間なんてなかなか居ませんよ。このままでは埒が明きませんね。それでは多少、人間の利器を使いましょうか」

そう言うと鞄から回転式多銃身機関銃ガトリングの銃口を蓮我に向ける。


数え切れない程の無数の銃声と共に放たれる銃弾が蓮我を目掛けて飛翔する。


蓮我は足元から石英岩の壁で隔たりを作る。その壁の両脇から石英刺殺爆道ヴィア・ドロローサを蠢かせ、満鞄を襲わせる。満鞄は上方へ飛び、回避する。

蓮我はそれを見ると笑みを浮かべた。

「引っ掛かった」

直後、満鞄の跳躍地の両側から棘樹のようにヴィア・ドロローサを天に伸ばす。

天に伸びたヴィア・ドロローサは両側から満鞄を挟み込み、衝突する。ひびが入り、そして起爆する。

爆散した残骸がボロボロと床に落ちる。その残骸の中から満鞄が這い出した。蓮我はすかさず、満鞄の懐に入り、拳を突き出そうとするが、満鞄は鞄を開け、盾にする。その鞄の開け口から妃屶の顔が覗いた。

「くッ!」

蓮我はそのまま攻撃すべきか、ヒナタを掴み、連れ出すかの選択を強いられる。二つの選択肢の間で葛藤する蓮我。

(そうだ!自ら彼女を手に掛け、後悔しろ!さすればネクロになる!)

「グアァァァァァ」

しかし、蓮我はその期待に沿わず、咆哮と共に左の拳を引き、その勢いで折れた右腕の掌が満鞄の眼前に迫る。

「死ねや。下衆。爆刹ばくせつ!」

最大火力の爆破が満鞄を襲う。

蓮我と満鞄はお互いに軽く吹き飛ぶ。蓮我は爆発時の風圧で五指が反曲する。相当な痛みのはずが、蓮我の狂気じみた笑みは消えなかった。更に反曲した五指を自身の握力で強引に戻す。蓮我は今後、五指が反曲しないように石英岩で包み、固定する。直後、石英岩は黒く変色しだす。黒く変色した石英岩は"黒曜石"に昇華される。

「お前等なんて、全員死んじまえばいいんだ。」

気怠そうな蓮我のセリフ。直後、床が揺れだした。

「皆さん早く出口へ!」

満鞄は慌てて叫ぶ。満鞄の声を聞いたネクロ達が何処からともなく現れ、出口のドアへと向かう。中には子どもや老人のネクロも居た。

「もう遅い。弱者は死ね。"尖穿黒曜山せんせんこくようざん" 」

一本の黒曜石の棘が床ごと満鞄を突き刺す。

「何人たりとも逃がすか。"黒曜鋒刃増こくようほうじんぞう"」

無数の黒曜石の棘が出口を塞ぎ、更に逃亡者を突き刺す。

入口のドアの左右に居た子どもが満鞄に駆け寄り、涙を流す。

「は、早く逃げるんだ。早く」

血を吐きながら満鞄は諭す。

蓮我はその子どもに歩み寄ると、握った黒曜石でコアを串刺しにする。先程まで殺す事すら考えられなかったはずなのに。

「地獄を見ろ。"軌跡爆 焼炙(しょうしゃ)"」

又しても呟く。

今度は貫通部から炎が芽吹く。先に爆散した檻の側から首から上の無いネクロが駆け寄って襲いかかる。が、しかし蓮我は"爆刹"で軽く吹き飛ばす。

「俺はお前を、否定してやるよ。だから殺す。」


「なあ、ヒナタ。コイツらを救うのは英雄ヒーローの仕事じゃねえよな…。」

無数の棘で串刺しになったネクロの遺骸を横目で見て蓮我は言った。


「弱いお前等が悪いんだ」

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