閑話:肆 龍王〜ヴルムレックス〜
「貴方、余り頭が宜しくないようですね。相手の数も技量も測れない状況で、一人残るだなんて。」
ボアの目の前に立ちはだかる女は嘲笑う。
「わ、我は別に頭が悪いだけではない!字だってちゃんと書けるし、九九だって言えるのだぞ!」
「クフッ。そんなの小二レベルですわ」
また嘲る。
「
ボアは怒りを込めた声を発する。
「そんな脳のない貴方に質問よろしいでしょうか?」
「『多勢に無勢』という言葉がある様にたった一人では大勢に勝る事は非常に難しいとされています。貴方はどう思います?」
「強いて言うならば、『場合による』…だな」
「はぁ、そうですか」と因璽はボアの返答にがっかりした様にため息を吐いた後、「貴方なんかに聞いた私が馬鹿でした。実につまらない返答ですね。」と告げる。
「そうか。では、少しつまるものにしよう。答えは『否』。例え、どれほど人数が居ようとも質が悪ければ、たった一人に捻じ伏せられるのみ」
そうボアは断言した。
すると、因璽は懐から一つの中央に勾玉の描かれた提灯を取り出した。
「そうですか。先程よりかはマシな答えです。では、それを体現して見せなさい。『多勢に無勢』を『無勢に多勢』に変えられる様に!」
「"
そう唱えながら提灯の前で指を弾く。その瞬間、パチンと指の音と同時に激しい光が煌めいた。
「くッ!目眩ましか!」
しかし、ボアの〘
「我が目となれ。"龍喰"!」
だが、【イビルが発動しない】。
彼女、因璽のイビル〘八尺瓊勾玉〙は太陽からなる閃光を放ち、その副産物として、閃光を浴びた者のイビルを封じる。自分も含めて。
何故、閃光の副産物として異能封じが発動するのか。それは異能者、イビラーは体内に異能細胞と呼ばれる身体器官があり、その中を体内に存在しているイビル因子が流動することで異能、つまりイビルを発動することが出来る。だが、陽光を浴びることで異能細胞が活動しなくなり、イビルを発動出来なくなる。
因璽の傍らにいた多数のネクロが一息にボアへ襲いかかる。その様子は正に『多勢に無勢』。
第一波の攻撃は辛うじて躱すことが出来たが、直様第二波の猛攻が続く。
一定時間経つと猛攻が止み、ネクロ達が一斉に飛び退いた。
更に直後、また激しい陽光が煌めく。
またネクロ達の猛攻が再開される。
ボアは猛攻に耐えながら、思考を回転させていた。そしてある答えに辿り着いた。
ネクロ達が飛び退いたのはイビルが使用可能になってから。それの時間には規則性があり、そして再度使用不可にする為の閃光が一秒後に発せられることに。
「ならば、その一瞬で蹴りをつける!」
発光の一五秒後、ネクロ達が飛び退いた次の瞬間。
「双頭にて喰尽せよ"龍喰:
両腕からそれぞれ龍頭を繰り出し、複数のネクロを内壁に押し付け、コアを噛み砕く。
因璽は残ったものの又しても一掃。
一瞬のことで彼女は啞然とした。そして襲い来る龍頭を見て慌てて閃光を放ち、打ち消した。
ボアは因璽に向かって話す。
「『塵も積もれば山となる』とよく言うが、所詮、塵は塵。龍の吐息ですら、耐え凌ぐ事など不可能なのだ。さあ今度は貴公が答える番だ。この状況は許容範囲内か否か」
猛烈な視線と共に言い放つ。
「きょ、許容範囲内ですわ」
ボアの威圧感に凌駕された因璽はやっとの思いで声を出した。
はぁと残念そうに溜息を吐き、「では貴公をこれで葬り去るとしよう」
そう言うとボアは詠唱を始める。
「遍く空に廻る龍星。我が異能はその一欠片。口腔より芽吹くは虚喰の欲動。死に失せよ!"
ボアの背後から幾つもの橙色の光弾が飛散し、又、収束する。
そして因璽のコアを穿ち貫いた。
彼女はその場に倒れ込んだ。しかしその口元は緩んでいた。
ボアがその事に気付いたその瞬間、「私達の勝ち♡」と彼女の笑みは更に歪み、残虐なモノへと変化していた。
「何を笑っている?」
ボアはその残虐な笑みに気を取られる。
突如として地面から現れた巨大な二つの岩腕に殴られ、軽く吹き飛ぶ。
「因璽様大丈夫ですか?まだ間に合います。急ぎましょう」
青年のネクロが因璽を抱き抱え、走り出す。
内壁に強く身を打ち付けられ、ボアの意識が飛びそうになるが、辛うじて留まった。そしてボアは何かに気付いたのか慌てて口元を触って確かめる。マスクがない。その事を確認すると彼は哄笑を始める。
「ハハッ、アァァハハッ!やってしまったな!貴公等!さぁ後悔しろ!我が胃の中で!」
ボアは、いや、ボアの中の何かが彼の身体を立ち上がらせる。
彼は「ンア"ァ」と声を上げながら大きく口を開く。
口の中から黒い龍の手が現れ、側に倒れているネクロの遺骸を掴み、ボアの口腔に放り込む。
因璽とボアを殴った彼はその
先の詠唱には続きがある。『口腔より芽吹くは虚喰の欲動。幻怪なる"黒龍"は夜明けまでその身、満たされる事無き。夜明け来れば、その器、姿を顕す。』と。
因璽を抱えた青年の元へ黒龍の腕が伸び、今にも届きそうである。
必死になって逃げるもその甲斐虚しく黒龍は青年の足を掴み、ボアの口腔まで引き寄せる。青年は因璽が巻き込まれない様に彼女を優しく投げる。
ボアは怒っていた。あの日も自分達を襲ったネクロに。そして、ネクロごと両親を喰った自分に。
『黒都の悪夢』、あの日からボアはこのイビルに支配されていた。
両親はとても良い人達でご飯もとても美味で毎日毎日食事が楽しみだった。自分のやりたい事を応援してくれる両親だった。あの日も自分の事を
ボアの牙が青年に噛み付こうとした瞬間、激しい閃光が瞬く。
黒龍の腕が消え、ボアの牙は空を切る。空を切った牙が激しくぶつかり、欠ける。
因璽は青年を助けようと閃光を放ったが、青年のコアは黒龍の腕によって砕かれていた。
ボアは目を覚まし、慌てて衣服の布を破り、口元に巻く。
隊員達が身に付けている衣服は特製で、イビルに多小耐性を持っている。その為、先の鉄製マスクには劣るが〘龍喰〙の暴走を抑えることも出来る。
ボアは口元に残る血液を袖で拭ってから、因璽の元へ歩み寄り、止めを刺す。
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