閑話:参 ヒナタと妃屶

蓮我の入隊後、隊長は裂間斬次さきま きりつぐから王黒瑠ワン ヘイルに変わり、隊名は『黒刃の亀甲』から『黒鋼の亀甲』に変わった。

何故隊名が変わるのか聞いたところ、

「隊の象徴である隊長のイビルに合わせて変わる」とのことだ。


『あの日』から1年が経った。

”爆刹”を放って折れた両腕もすっかり治り、身を粉にして任務に取り組んでいた。

この一年間どんな任務も難なくこなしていた。


そんなある日ある任務を任された。

黒都のすぐ側の森林地域にある【姑獲鳥うぶめ村】で起きる神隠しについての任務で、この神隠しの原因究明とその対処が任務完了の条件である。

しかも一人で。これまで同期のボアと一緒の任務だったのだが、初の一人任務。


気を引き締めて行こう。そう思って任務用の赤のライダースジャケットを着込んで任務に出た。


村はそこまで遠くに位置している訳ではなかった為三十分も経たない内に到着した。

村には男児がほとんど居なかった。それもそのはず。神隠しに遭ったのは全て男児だからだ。

蓮我は村に到着して直様調査を開始した。

村は基本的に森に囲まれている。神隠しにはお誂え向きの場所だ。

神隠しの正体をおびき寄せる為に態と木が生えておらず見晴らしのよい古道を歩いた。


ガサッと道端の茂みから物音がした。

音がした方へ体を向け警戒態勢に入る。


茂みから一人の女が出てきた。

全身をマント付きの白装束に包み、顔はベールで隠されていてよく見えない。

「何者だ?」

蓮我は声を低くして言い放った。

その者は「忘れちゃった?」と一言だけ答えた。

その声は少し高く、聞き覚えのある声だった。声の主はどうやら女のようだ。

突然女の頭のベールが風に靡き、その顔が見えた。その顔は見覚えのある、なんてものではなかった。その顔は『黒都の悪夢』より拝むことの出来なくなった彼女、ヒナタの顔。

「なんでヒナタ…お前がここに?生きていたのか?」

頭に浮かんだ疑問を連続でぶつけた。

それに何故、彼女の声を『聞き覚えのある声』で済ませてしまったのだろう。

「そうだ!一緒に来てくれ!また一緒に暮らそう。俺たちでも住める所を見つけたんだ!」とヒナタの生存の嬉しさからか、ついつい沢山話してしまった。

「そうだ!その前にまずはこの任務を片付けなくちゃ。俺今、すぐそこの村で起きた神隠しについて調べてるんだ!…手伝ってよ!で、一緒に帰ろう」嬉しさのあまり凄く喋っていた。

しかし彼女は

「ごめんね。それは出来ないの。…私にも別に帰る所があるから。」と応えた。

「それに…まず蓮我が帰れる未来も無いから」

「え?」

彼女の意外な言葉につい声が漏れた。

そして彼女は自分の顔の右半分を隠したかと思うと手を右へスライドした。

蓮我はその驚愕の事実に度肝を抜いた。

彼女の顔には鋭い牙と角が生え、肌は赤黒く褐色し、目は赤く、そして不気味に輝いていた。その姿はまさに鬼型のネクロだった。

一瞬にして血の気が引いた。さらにその瞬間一つの可能性が頭に浮かんだ。

「もしかして、神隠しの正体?」

「流石、蓮我は勘がいいね。野生の勘みたいなやつかな?」

嘘だろ。と心の中で感嘆を漏らした。

「私の名前は妃屶ヒナタ改めてよろしくね。そして、さようなら!」

妃屶は一瞬で蓮我の間合いに入った。鬼形の右半身には一本の棍を持っている。

蓮我は「ちょっと待て!」と反射的に叫んだが、聞き入れて貰える訳もなく彼女の棍は蓮我の腹部を打ち付けた。蓮我は辛うじて自身のイビル〘石英岩〙の半透明の岩石を身に纏いダメージを緩和していた。それでも軽く吹き飛ばされ、背後の樹木に身を打たれた。

「くそがッ!痛ぇな!」

「あらあら、そんなに汚い言葉遣いで。いけない子ね。お仕置きが必要かしら?」

蓮我はまた、一瞬で間合いに入られた。しかし、蓮我も二度も同じ様なことになることはなかった。

足で爆撃を起こし、その爆風で妃屶の頭の上を軽々と飛び越える。その速さからか妃屶は目で追えなかった。そんな妃屶の目に輝く一つの石が映った。その石は樹に刺さり、パチパチと不規則に輝く。

「石?」

妃屶の台詞。

「ああ、喰らえ。"手榴弾石ロックグレネード"!」

石の輝きが増し、爆発音とともに炸裂する。

爆発によって折れた樹が妃屶を押し潰す、筈だった。だが、彼女は蓮我の目にも止まらぬスピードで棍を振り回し、そして最後にコンッと小突いた瞬間、樹はバラバラに散った。


「一つ聞かせろ。…お前は何故、いや…あの後どういう経緯でここまで辿り着いた?」

「もう〜、知りたがりなんだから…。それじゃ一つじゃないじゃん」

呆れたような妃屶の声が蓮我を苛立たせる。

「いいから。聞かせろ…。」

「そうね。あの後私が目を覚ました時…私はもうネクロだった。そして、あの方は私の名前に漢字をくださった。それからは特に無し」

妃屶は白装束の泥汚れを払いながらそう話した。

「唯、ネクロになっただけで、アイツに名前貰っただけで、ここまで変わっちまうのかよ!」

あの頃の優しく蓮我の心を浄化してくれたヒナタはもう居ないのだと彼は実感した。


「ごめんな、ヒナタ。お前を人間のまま殺してやれなくて。」

「大丈夫。弱い私達が悪かったんだから。」

「ヒナタの口にそんなこと言わせんな!」

「それにこれが私。これが本当の私なの。清々しい気分だよ」

「そうかよ。でも、ヒナタにそんなキモい角なかったぞ?」

そう言い終わるとまるでゴングが鳴ったかのように戦闘が開始された。

妃屶の棍と蓮我の腕に纏った石英岩が激しくぶつかり火花を散らす。

「酷いね〜。女子にキモいだなんて」

「事実を述べたまでだが?」

「あっそ、私が人間じゃないって分かったら急に態度変えちゃって…。本当に悲しいよ」

「没落人種と仲良くする気は甚だねぇよ」

「はいはい、もういいよ!」

彼女はそう言うと打ち付けた棍で岩腕を強く弾き飛ばす。その力はまるで大の大人の様に強く、蓮我は軽々と吹き飛ばされた。その衝撃で石英岩が妃屶の周りに飛び散る。

飛散した石英岩は先の様に煌めき、また爆散する。

黒煙と土煙が空中で混じり、漂う。その煙を妃屶の棍は振り払い、彼女の姿を露わにした。

「まったく小癪な手を使うなぁ。蓮我は」

また呆れたような声で彼女は言った。しかし、彼女の目に蓮我は映っていなかった。

「そうだな。だが、これが俺だ!」

そう聞こえた蓮我の声は妃屶の頭上からだった。

蓮我は岩腕を振り降ろし、棍とぶつかる。岩腕は往なされ、地面に叩きつけられた。そして、間合いをはかる。

「そんな子供騙しで通ると思った?」

「思う訳ねえーだろ?だから保険掛けたんだ」

そう言うと蓮我は指を弾き、「"軌跡爆アフターグロウ"!」と叫んだ。

先に爆散した環状列石が再び輝きを取り戻し、再度爆散した。

爆発した石英岩は蓮我にとっての文字通りの布石だったようだ。


蓮我は一気に間合いを詰める。舞う塵煙の中に妃屶の魔力を感知すると、岩腕を引き絞り、突きだす。


岩腕は腹部に突き刺さったように思われたがネクロ特有の堅牢な装甲に防御されていた。

だが…蓮我は不気味にも笑っていた。

そして「"軌跡爆"」と呟いた。

妃屶は軽々吹き飛ばされた。

「くそッ!予測出来なかった。」

「予備動作見えなきゃ察知できねえんだろ!それにまだ終わらねえよ!」


蓮我は拳に纏わせた石英岩を地面に打ち付けた。

「最近会得した技だ!存分に味わえ!"石英刺殺爆道ヴィア・ドロローサ"!」


地面から石英岩がうねり出て妃屶を繭のように包み込む。さらにその繭状の石英岩を大樹のような石英岩が上空高くに持ち上げる。


石英刺殺爆道が完成した直後繭にひびが入り、砕けた。

「ホントに、想定外。ってか、ここどこよ!」

砕けた繭から一歩踏み出す。

その瞬間、パンッと小さな爆発音。

妃屶は足元を見る。そこには樹の幹の様な石英岩が大地へ繋がる唯一の道の様に続いている。その道には無数の小さな棘があり、棘の先端には赤い閃光がパチパチと瞬いている。その様子を見て蓮我のイビルの正体を把握した。

「なるほど。そうことね。」


蓮我のイビルは石英岩でも爆撃でもない。その正体は〘双性岩漿ユニークマグマ〙。蓮我は体から二種類の溶岩を分泌することが出来る。一種類目は空気に触れると瞬間冷却され石英岩と化す溶岩。二種類目は空気に触れた瞬間に爆発する溶岩。これまで使った技は石英岩で起爆性の溶岩を包んでおり、岩石にひびが入ると起爆性の溶岩が空気に触れて爆発、という仕組みだ。


「今の爆発からして…一発一発は大したダメージじゃないけど…積み重なれば…キツイかな。ひょっとして足元すくわれるかもね…」

だが、その道を辿ってでしか大地に辿り着く方法はない。

「やってくれたね。ホントに面倒臭い!」

そう言いつつも妃屶は走り出した。



「動いたな。そんじゃあ、追撃といくか!」

地面から生やした石英岩で追撃を開始した。


足元の爆発も相まって妃屶は苦しそうに追撃を棍を使って回避している。追撃の石英岩にも小さな棘、そして赤い閃光、棍が石英岩に当たる度に砕け、爆発する。

「本当に嫌らしい攻め方。本当に変わったね」


その時、蓮我はあることに気が付き、目を見開いた。

妃屶は常に右へ右へと回避行動を行っている。しかも、左に避けようとしてから右へ避けることもしばしばある。それはつまり、左に何か隠したいものがあるということである。幸運にも彼女は追撃の防衛に必死で蓮我を見る余裕もなさそうだ。

「もしかして、とらわれた子ども達を?」

蓮我は左にある妃屶の隠したい"何か"を見つけた。それは古びた寺院だった。

「隠したかったのは…これか?この中に子ども達が…」

寺院の戸を開けるとそこには予想通りに酷く衰弱した男児が沢山いた。衰弱し過ぎて回復の出来る隊員が到着する前に果ててしまいそうだった。

子どもは「もう無理…殺して…。お願い」と痩せこけた手でライダースジャケットの裾に縋り付いてきた。

「ホントにごめんな。俺がもっと早く来てさえいれば。」

唇を強く噛み締め蓮我は言った。


蓮我は寺院から出た。手を赤く染めて…。


ガサッと茂みから物音がした。

「もう降りて来たのか…?妃屶」

蓮我は問うが返答がない。

「おい。聞いてんのか?」

茂みから出てきたのは妃屶ではなかった。それに返答がないのも当然の様なものだ。

何故なら茂みから出てきたのは妃屶とは違う思考の余りない微考ネクロだったからだ。


奴らは一人ではなかった。そして、妃屶と同じくネクロの姿へと変わってしまった[ハウス]のみんなだった。

その様子を見て「おいおい、またかよ。頗る迷惑な輩だ。俺の神経を逆撫でする。嗚呼、もう!まじで…ムカつく!」と悪態をつき、吐き捨てる。


「妃屶様ノ邪魔サセナイ。オレ邪魔モノ、喰ウ」

ネクロ達の筆頭の口が大きく拡張され、蓮我目掛けて喰らいつく。


血だけが飛び散り、惨状の範囲を拡大する。


一方、妃屶は未だ大地に辿り着くことが出来ていなかった。しかし、追撃の手が緩んできている為、その時はもうすぐだ。

防御に余裕ができ、蓮我の居るはずの方向へ目を向けた。しかし、そこには蓮我の姿はなかった。

「嘘でしょ!ど、何処へ?まさか"アレ"に気付いたの?」

この台詞を吐いた直後、妃屶は焦り出した。


あと一歩で地面に辿り着こうとした瞬間、妃屶から見て右へ強く白装束のマントを引っ張られる。


マントを引っ張っている正体は蓮我だった。片手でマントを掴み、残った片手で爆発を起こし、高速で飛行する。

「ちょっと、何するつもり!?」

「すぐに分かるさッ!」

蓮我は寺院の真上に着いたその瞬間掴んだマントで妃屶を投げ飛ばした。さらに石英岩を棘を飛ばし、妃屶を寺院の屋根に磔にする。


蓮我は足を振り上げ、脚部で爆発を起こし、妃屶を目掛けて踵を振り下ろす。


豪快な爆発音と共に蓮我は再び宙へ舞い上がった。

当然先の攻撃では妃屶はやられていない。だからこれはトドメの一撃だ。


蓮我は拳を引き絞る。

「じゃあなッ!妃屶!」と叫び、爆撃とともに突き出す。


「"爆散炎腕フラムブラキウム"!」

拳は妃屶の胸部に直撃し、次の瞬間、爆炎が立ち昇り、爆風が周囲の木々を薙ぎ払う。

寺院は全壊し、辺りは地面は焦土と化した。

そして妃屶の禍々しい角は折れていた。


爆刹の火力で拳を突き出したので、また腕は折れてしまった。

「あーあ、このライダース気に入ってたんだけどな…」

と、胸部から引き抜かれ、破れた袖を見ながら呟いた。

「うぅ、蓮我…。」

ヒナタの呻き声と蓮我を呼ぶ声が聞こえた。

「何だよ…。」

蓮我は痛む身体を無理に奮い、立ち上がる。

「こっちからも一つ質問…答えて。なんで変わっちゃったの?あの頃はあんなに優しかったのに」

「お前も言ってたと思うが…何も変わっちゃいねえよ。それは多分あの頃は…偽りの関係…だったってことじゃねえか?」

「そうね。処で一つお願い、聞いてくれる?」

「何だよ。」

「今後、私達みたいな悲しい子どもがいなくなるように。この世界の"英雄ヒーロー"になって…そうすれば私もあの子達もずっとあなたの側にいれるから…お願い」

ヒナタは寺院の周りに倒れ込んだネクロの遺骸に目を向け、言った。

「わかった。俺がこの世界の"英雄"になってやるよ」

「蓮我の爆閃は、この暗闇から子どもを導く道標に、なる筈だから。ありがとう」

ヒナタはそう言って微笑むと息を引き取った。今更だが、ヒナタを抱いて蓮我は涙を零した。


人間の遺体をそのままにしておくとネクロにされる可能性がある為に蓮我は石英岩で作った棺桶に遺体をしまった。


その後、遺体の入った棺桶を葬専に預け、ヒナタの持っていた棍を持ち帰った。


アジトに帰還すると黒瑠は「おかえり、君が無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」と迎えた。


数日後

蓮我は自らが手に掛けた子ども達の遺留品を届ける為に村を訪れた。

「子ども達を解放して下さりありがとうございます」と村長が代表して礼を言ってきたが、村の中には「あの子を返してよ!」と子ども同様に袖に縋り付いて泣き崩れる人もいた。

そんな人に対して蓮我は「本当に…申し訳ないです」と謝ることしか出来なかった。


被害者十二人"死亡"という不甲斐ない結果を残して今回の任務は幕を閉じた。そして蓮我はヒナタとの約束を絶対に守ろうと心に刻んだのだった。



影国 『黒鋼の亀甲』アジト


「なんでだよ!」

蓮我の声がアジト内に反響する。

「今回、貴公の元に妃屶と名乗るネクロが現れたことでカイエン殿が探しているマーリン殿がネクロとして向こう側についている可能性が出てきたため、カイエン殿は隊を離れるだけである」

先に事情を聞かされていたボアが蓮我に事情を説明していた。

「でも、隊を離脱することはないだろ?」

「誰も離脱なんて言ってはおらぬ。ちょっと離れるだけのこと」

「そうか、なら良かった。ちなみにそのマーリンって人はどんなイビル使ってたんだ?」

「貴公同様我もよく知らぬが故…だが…名は〘肉体傀儡化マリオネット〙。どうやら【肉体を操る】イビルとのこと」

「なんだよ…それ、強過ぎだろ」

「故に、奴らに狙われたのだろ」

「じゃあ、なんで筆頭のアイツはそのマーリンって人のとこじゃなくて俺のところへ…?」

「さあ、我には理解出来ぬ…。」


「ちょっと二人共いいかな?」と黒瑠が手招きして蓮我とボアを呼びつける。

「なんです?用とは?」

「それが…葬専が移動中に襲われたそうなんです」


葬専とは人間の遺体をネクロから守り埋葬することを専門とした部隊だ。


「護衛はつけなかったのですか?」

「いや、つけてたみたいなんだけど…やられたみたいです」

「まじかよ」

「という訳で次の君の任務は攫われた隊員達の救助、そして被害者の遺体と遺骸名『妃屶』の再回収。蓮我は腕折れてるので、ボア、一人で行けますか?」

「無論。問題ありません。」

「ちょっと待て!俺も行く!」

「だが…貴公。その体では…」

「ナメんな。ヒナタは俺の女だ。俺が迎えに行く!」


蓮我はいつも通り赤のライダースジャケットに折れ、ギプスに包まれた右腕は通さずに身を包み、妃屶の棍の異能具〘纏棍マガイ〙を腰に刺す。

そうして二人は新たな任務に出た。






ネクロ明主、日月非人カゲツ ヒビト 根城


「非人様、申し訳ありません。私の配下の者が器と思われる少年と接触したのですが、その、彼は器ではなかったようです。」

女が申し訳無さそうに言う。

「そうかい。まあ仕方ない。まだ候補はいるから、問題ないさ。丁度良かった、君の体はまだ万全ではないのだろ?群馬にでも行って温泉に浸かってくると良い。暫く休暇を取りなさい。夜宵ヤヨイ。」

男は女を夜宵と呼んだ。

夜宵と呼ばれた女は「有難き幸せ」と軽くお辞儀をしてその場を離れた。

部屋の扉を静かに閉めきった瞬間…、

「お疲れ様です。夜宵様」と甲高い声が耳に響く。

「ええ、お疲れ…唇蛭シヒル。」

夜宵に声を掛けてきたのは夜宵と同じく十獄天冥将の第二冥将の唇蛭だった。

夜宵のミスが嬉しいのか普段の甲高い声がより上擦っていた。

その様子に心の中で呆れてから

「そうだ、唇蛭頼んでいたもの出来てる?」

「ええ、勿論ですわ。猟呀リョウガさんに頼んでおいたので…もう出来てますわ。でも『"グレイバース"の件で壊れた施設をやっと直してやっと『モノトーン』の開発の続き出来るのに!』って怒ってましたけど。」

「ああそう。じょあ、私の拠点に送っといて」

「了解しましたわ。…それとあの人もネクロに出来そうですよ。でも夜宵様の配下ではなく、もうすぐ始まる第四冥将の選定に出しますので…ご了承ください」

「あの人?」

「ええ、夜宵様が心臓を握り潰したあの人ですわ。最初は無理かと思ったのですが、結構良いイビルをお持ちだったので。」

「そう。まあいいわ、私の配下はあの日に結構増えたから」

そう言って夜宵はその場を後にした。

夜宵が離れた後、

「配下は結構増えたみたいだけど…体を亡くした方が痛いくせに…強がっちゃって…私より数下のくせに」と聞こえないように悪態をつく。

「こらこら、唇蛭。十獄天冥将の数に意味なんてないよ?」

唇蛭の後ろから非人の声がした。

「ひ、非人様!これは失礼しました」

「十獄天冥将の数字には意味はあるから、正確には数の大きい小さいには意味はないんだよ?彼女は純潔の数字である七を、君は慈愛の数字である二を十獄天冥将にはそれぞれの個性があり、それぞれが別の役割があるのさ。だからみんな違ってみんな良い。僕はそういう発想で居たいんだ。ごめんね、唇蛭。でもこんな我儘な僕に仕えてくれるかい?」

「ええ、勿論でございます!」

唇蛭は跪き、顔を降ろし、言う。

「そうかい、ありがとう」と非人は下がった頭を撫でて言った。

「だから、みんな仲良くね」

「はい、承知しました」

唇蛭は少し不服そうに答える。

「じゃあ、群馬にでも行って温泉浸かってきな?夜宵と」

「え?」

唇蛭は目を点にして言った。

「処で唇蛭。光陰コウインの様子はどうだい?」

「あ、はい。とても良好です。夜宵様のイビル定着率99.6%です」

「そうかい…じゃあ、伝言お願いしようかな?」

「はい。何卒お申し付け下さい」

「『そろそろ新たな器候補が良好期間に入るからその選定を宜しく』と伝えてくれ」

「了解しました。して、器候補とは?」

「アレン・フォーザゲートだよ。『刃剣之神器ファーストユナイト』の『神器従者ユナイトテイマー』さ」



影国 白都郊外 枯れ往く森


現在、葬儀専門部隊、通称『葬専』は戦線の分部隊『白骨の亡虎』が兼任している為、葬専が襲われたのは白都付近の郊外だ。白都付近は白都特有の影国随一不気味な土地として有名だ。

痩せこけた土地、常に枯れた木々、幾つもの廃虚家屋。その様な土地なので、幽霊だの、人魂だの、そういう噂も絶えなかった。

ネクロなんていうわば、人間と幽霊のハーフ。それを散々、目にしているにも関わらず、何故か人々はオカルトが好きなのだ。


「我は余りこういう場所は得意ではないのだ」とボアは鉄製の仮面をガチガチいわせながら歩く。

「同感だ。何故、人はオカルトがそこまで好きなのか…。よく分からん。アホなのか?」

「そうなのでは無いか?」

ガチガチと音がなる。

話すことがなくなり、沈黙が続く。

その間もボアの鉄仮面はガチガチと音を立てる。

ガチガチ…、ガチガチ…、ガチガチ…。ガチガチ…、ガチ

「ガチガチ、ガチガチうるせえな!」

「し、仕方ないではないか。我のイビルの関係上、封をする必要がある故。少し待て、臭う。」

ボアはそう告げ、目を瞑る。

「何が?」

「異能の残り香」

ボアは五感が鋭い。その目は遥か遠くの物も捉え、その鼻は異能を行使した際に生じる異臭、『異能の残り香』する感知する『龍器感』という特異体質が影響している。

「じゃあ、ここが襲われた場所…?」

「故にそういうことになる。」

「匂いは?匂いはどっちへ向かってる?」

「ここから十時の方向」

ここから十時の方向は道を外れた薄気味悪い森の中である。

「遠回りしよう」と道なりに歩こうとするボアの手を蓮我は掴んだ。

「いや、時間がない。行くぞ。」

「えー…」

「いいから、行くぞ」

「うぅ…」

「何してんだ?置いてくぞ」

「嗚呼、止むを得ん。この※人非人…。」

※人で無し。

「なんとでも言え」


不気味な森を抜けると、そこには巨大なクレーターがあった。そして、そこにはまた巨大な神殿のような建築物がある。


二人は茂みから様子を伺う。見張りとしてネクロが数体、配置されている。

「見張りがいるな。計画的犯行か」

「故に逃げの算段もついているな。我が先に蹴散らす」

そういうとボアは自身のイビルを発動する。

「喰尽せよ"龍喰ヴルムイーター"!」

ボアの背中から橙色のエネルギー体の龍頭が現れる。その後、ボアの指示に従い、ネクロのコアに目掛けて、ボアの背中に繋がったまま、頸を伸ばして噛み付いた。

〘龍喰〙という橙色の龍頭は一瞬にしてネクロを一掃し、発生元のボアの背中に集束する。

「さあ、先に進もう」


神殿の内部は教会の様になっていて、奥には一枚の壁画がある。その壁画には無数の屍とその上に立ち、不気味に笑う一人の長い黒髪の女。さらに女の後ろに太陽が描かれていた。その女はあの日『黒都の悪夢』の元凶とも言えるあのネクロ、夜宵に似ていた。

「ア、アイツだ」

そう告げた蓮我の声は震えていた。

どうやらこの教会は夜宵を祀る教会の様だ。

「何であろうか?この壁画は」

「さぁな。あの狂人を祀ってるんじゃねえか?で、残り香は?」

「ネクロの悪臭が強過ぎる故に分からぬ」

「そうか。じゃあしらみ潰しに探すしか…」とまで言った瞬間、後方から男の声がした。

「おやおや、入教者ですか」

「態々そっちから顔出してくれるとはな」

「おっと、入教者では無い様ですね。これは失礼。なんておぞましい」

「失礼って言った後にもっと失礼なこと言ってるぜ。アンタ」

声の主は堅苦しくスーツを着て、革で出来たカバンを持っているネクロの様だ。


「入教者ではないなら因璽いんじ。丁重にお帰り願おう」

彼がそういうと彼の後ろから一人の女のネクロが現れ、彼はその場から立ち去った。

「それでは御二方お帰り下さい」

「そういう訳にはいかねえな。さっさと亡虎の隊員と子供達の遺体、そして妃屶の遺骸。返して貰わなきゃ。帰れるもんも帰れねえな」

「フッ、では逆に帰れなくして上げましょう」

そういうと因璽は両手を広げ、

「さあ、皆さん生きる事に囚われた可哀想な子供達を!開放してあげましょう」

その声に応じて何体もネクロが現れ、2人目掛けて、飛びかかる。

教会の床が崩壊し、木製の床材の破片が宙に舞う。そしてボアだけが下層に落ちてしまった。

「ボアッ!」

床材と粉塵が舞う中、必死で声を掛ける蓮我。

「問題ない!貴公は先に奴を追え!」

ボアが無事であることに安心した様子で蓮我はスーツの男の後を追った。

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