閑話:弐 真夜中之支配者
「よう持ちこたえたな。カイエン!」
右手に握る刀の背を肩に当てながら
「も〜、次から次に何なのよ?私はその子が欲しいだけなんだけど?」
夜宵は口を尖らせながら言った。
「悪ぃな。こっちも仕事なんでね」
肩に当てた刀を構え直し、斬次は応える。
重苦しい空気の中、カイエンと黒璃はこの空間に存在しているだけで辛いが、隊長の威厳を見せるかの様に余裕な言い草だった。
「もう仕方ないな〜。これは使いたくなかったんだけど…仕方ないよねぇ〜。じゃあやっちゃうよ?」
辺りが更に不穏な気配に包まれ、死の脅威が眼前に差し迫るのを感じた。
「カイエン!その子を連れてここから離れろ!」
そう言った斬次の声は強張っていた。
カイエンは返事もせずにその場から離れようと走ったが、その前に二人の帰路は断たれた。
「フッ、逃さない。黙示録 漆黒
夜宵の後方から出た真っ黒なドーム状の闇が周囲を包み込んだ。
イビルの中でも高等な技。
その内の一つ『黙示録』
黙示録はその者のイビルの属性、色によって様々な変化を見せる為、発現するまで分からない『黙示』から黙示録と名付けられた。
「くそっ!間に合わなかったか!」
「フフッ、残念だったね。でも、まだ終わりじゃないよ!私の本当を魅せてあげる。
イビルの中でも高等な技。
その内のもう一つ『宿魔装色』
異能因子をあらかじめ自身に這わせた状態で、イビルを発動することで発動者を新たな姿に変える技である。
暁闇の結界内の底の闇が夜宵を繭の様に包み込んだ。闇が晴れた時、夜宵は風変わりな服から黒い巫女の様な和服に変わっており、顔には仮面が装着されていた。更に長い黒髪には深紅色の花の髪飾りも付いていた。
そして眼が赤く光る。
「フフッ、これが私の真の姿だよ」
「眼が赤く光るとかなんかのゲームかよ。」
「フフッ、私からしたらお遊戯だけどね。」
「人の命を、何だと思ってるんだ。」
「別にいいんじゃない。どうせ貴方達三人も含めてみんな仲良くネクロに"リサイクル"されるんだから。」
「これだからネクロは…」
呆れたように後頭部を掻きながら悪態をつく。
一方、カイエンは抱きかかえた蓮我の様子を伺った。蓮我の息はあるが瀕死に近い状態であった。
(早くこの子を安全なところに連れて行きたいけど、今はせめて二人の手助けを)
蓮我を抱いたまま戦える技を選択し、発動する。
「
自身の『炎猫長靴』の炎から二匹のハイエナを創り出した。
斬次は左手からもう一本の日本刀を創り出す。
黒瑠は伸ばした指先から肘にかけて黒鋼で纏わす『黒鋼ノ鉄剣』を発動する。
これで全員の戦闘準備が完了した。
「さあ、始めようか。
夜宵は微笑んで言った。
「行け!鬣犬!」
カイエンの合図に合わせて一斉に黒手腕に飛び掛かる。鬣犬は黒手腕に噛み付き、カイエンが指を弾く。
「
他の二人も黒鋼を纏わせた両腕、もしくは両腕に携えた刀で蓮我を抱えたカイエンを守るように黒手腕を切り裂く。
「やっぱり三人同時はキツイかな?」
これまでより鋭く鞭を振る。鞭は黒手腕の間を縫うようにして斬次の双刀に届き、双刀をへし折る。
「そうだな。だが、もっとキツくなるぞ?」
しかし斬次は笑みを浮かべていた。
「
すると、これまで両手に握っていた刀は手に吸い込まれるように消え、一本のこれまでの刀とは違う気配を放つ刀が精製された。
『布都斯魂剣』
布都斯魂剣は使用者の魂を擦り減らして初めて精製することの出来る特殊な刀であり、通常の人間ならば精製しただけで死に至るのだが、斬次は他の人間とは魂の格が違う特殊な魂を持つ特異体質『
「俺は奴の相手に専念する!カイエンはその子を、黒瑠はカイエンを死ぬ気で守れ!絶対死ぬなよ!」
斬次は二人へ強く指示を出した。
「了解!」
明朗な声で返答した。
斬次は疾駆し、振るわれる鞭を避けながら一気に間合いを詰める。
夜宵のコアを斬りつけようとしたが、後ろから気配を感じ、振り返って刀を振る。
次の瞬間、火花が散った。
夜宵は愕然として目を見開いた。
「えっ!これ防ぐの!?」
人間は驚愕時、隙が生まれる。ネクロもまた然り。また間合いを詰め、一気に斬り込む。
「
夜宵を擦れ違い様に斬りつける。
そして、夜宵の周囲に十本の斬撃。否、空間の歪みが現れる。
斬撃は仮面を斬り上げた。又、夜宵の髪飾りは散った。
それはまるで斬次の背中に五対の羽根が生えた様だった。天羽々斬によって生まれた空間の歪みが骨格となり、夜宵からあがる血飛沫が羽毛となって。
突然、カイエン達の方向から肉を裂く様な痛々しい音が聞こえる。
斬次が振り返って見ると、底から黒い棘がカイエン達、二人を突き刺していた。二人の首はもたれていて、その瞼は閉じていた。
「闇黒物質
先程生まれた隙はイビル発動の為に必要な時間だったようだ。
「フフッ、貴方かなり優しいのね。ご自慢の高層魂が揺れ動いてるよ」と斬次を嘲笑う。
「お前にそんな事わからんだろ」
刹那、斬次の全身に痛みが走った。
黒瑠が朦朧とする意識の中、目を開くと斬次は黒瑠達と同じ様に黒刺杭に磔にされていた。
夜宵は履いている下駄をカランコロンと鳴らしながらゆっくりと斬次に近付く。自身の胸元に飛び散った斬次の血をペロリと舐め、妖艶な唇歯を赤く染める。
「さあ、優しきものよ。別れの時だよ。最後に言い残すことは?」
「道連れ…」
斬次はぼそりと呟いた。
「はあ?」
「道連れだって言ってんだよ!」
「何?気持ち悪い。もういいや…さよなら。
斬次の胸に手を当て、技を発動した。
胸に当てられた手がズブズブと沈んでゆき、
グシャリと握り潰した。
夜宵は哄笑していたが、いきなり胸を押さえ、苦しみ始めた。
「道連れだって言っただろ?」
「人生最後の大博打が上手くいって良かったよ」
上手くいった嬉しさからか普段の饒舌に拍車がかかる。
『転写』は自身の傷と同じ箇所を対象に傷を発生させる技。勿論、潰されたものも反映される。
ネクロはコアを破壊されると死に至る。そして、ネクロのコアは心臓から出来上がる。
さらに夜宵は斬次のように全身穴だらけになっていた。
夜宵のドーム状の黙示録の結界は消え失せた。そして、三人は黒刺杭から解放された。
黒刃の亀甲の援護に来た別部隊の隊員にカイエン、黒瑠、そしてカイエンが保護した子供ー蓮我は無事に救助され、夜宵の遺体も見つかったのだが、夜宵の頭部は無かった。そして、斬次の遺体も見つからなかった。
死者百二十人、行方不明五十五人という甚大な被害を出して『闇撃強襲事件』は幕を閉じた。そして『闇撃強襲事件』は『黒都の悪夢』という別名で広く影国に知れ渡り、人々を震撼させた。
現在
「この子をどうするんですか?」
「この子に行く場所が無ければここで預かる予定です」
蓮我の耳にうっすらと、こんな会話が聞こえ、目が覚めた。蓮我は味気ない部屋の一角のベッドの上で寝ていた。
「良かった、目を覚ました」と猫科を彷彿とさせる顔立ちの男が言った。
「あの女は?」
「もう大丈夫、彼女は我々が倒しました」と猫科男とは別の黒の短髪に糸目の黒い和服を着た長身の男が言った。
「あの爆発は君のかい?」黒髪の男が聞く。
「ああ、そうですけど」
「ありがとう、あの爆発のおかげで君を助ける事ができた」
奇しくも礼を言った。
「いや、アレは自分の為だ。あんたらに感謝される筋合いは無い。で、この後、俺をどうするつもりだ?」
顔をしかめ、言った。
猫科男と黒男は顔を見合わせ、猫科男の方が肩を竦めて、顔で何か言えと合図した。
「別にどうにもする気はありませんよ。でも君はこの後、どこに帰るつもりですか?」
まるで蓮我の生い立ちを知っているかのような言い草だった。
「なんだよ!そんなのあんたらに咎められる筋合いもねぇぞ!」
「我々だって咎める気もありません。何にせよ我々の管轄外なので」
「え?」
意外な返答に声が漏れる。
「石塋蓮我君…この隊に入る気はありませんか?」
「俺が入隊するメリットは?」
「そうですね…」
「部屋は?」
「完全防音仕様の二人部屋」
「ベッドは?」
「最低でも二十cm以上のマットレス」
「風呂は?」
「檜の浴場に橙都直通の源泉掛け流し付き」
「よし!入る!」
元々三十人以上も居た隊員は彼を含め四人になってしまった。そして、そのうちの大半は遺体すらまだ見つかっていない。
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