閑話:壱 もう一人、
日食地域(エクリプスエリア) 黒都
二〇一五年―日食星ができてから三百十年後
街は火の粉が舞い上がり、悲鳴が木霊する。
日食地域に現れる怪物【
普段は大人に見つからないように少し遠回りをして路地裏からこっそり買い出しなどをしてから帰っているのだが、今はそんな暇は無い。
それに瓦礫で道が塞がっている可能性も高い。
「くそっ!何で、どうしてこうなった?あいつらは、ハァ…あいつ等は無事なのか?」
呼吸を荒くしながら声を漏らす。
余りにも突然の事でそんな言葉が出た。
十分前
「じゃあ、行ってくる」
ハウスの皆にそう言って出ようとした。
「いってらっしゃい」
皆が言った。が、一人は違った。
「待って」
蓮我の裾を掴み、彼女は見上げていた。
「早く帰って来てね」
少し泣きそうになる彼女の頭を撫でると彼女はそう言った。
「ああ、すぐに戻るさ」
彼女は安心した表情で浮かべ、柔らかく微笑む。
そして「待ってる」と蓮我から離れた。
それから五分後、買い出しの最中に突然の爆発と同時に大量のネクロの奇襲。
それは黒都を管理する対:
蓮我は直様ハウスに向かって走り出した。
道中、幾つかのネクロと遭遇した。
大通りに出た直後、別の路地裏からネクロが飛び出して来た。
「エ、獲物…見ィ…ツケタ」
覚束無い足取りで言葉を発して立ちはだかる。
「やっぱ、そう簡単に通してくれねえよな!」
前腕に石英岩を纏い、肘で爆破を起こす。爆発時の推力を利用して高質量の岩腕を高速で撃ち込む。
「失せろ。人外。」
この異能は巷では【イビル】と呼ばれる。
蓮我はそのイビルを使って何体ものネクロを打破した。
ハウスの入り口は瓦礫で覆われていた。
これもイビルで破壊した。
「っ!?」
目の前に広がる悲惨な光景に全身が強張った。
ハウスの皆は血まみれで倒れていた。
あの時、蓮我の足を止めさせた彼女も見るも無惨な姿で倒れていた。
「フフッ…フフフッ」
蓮我の背後から不気味な笑い声が聞こえる。
「お前が殺ったのか?」
振り返り、後方を見据える蓮我。
それと対峙するのは女型の思考種ネクロ。
それは風変わりな服を着込み、エクリプスの陰より濃い黒髪の一人のネクロだった。
「フフッ…怖い怖い。そんな顔で見ないでよ。だって…『弱い君たちが悪いんだよ』」と獲物を見つけた猛禽類の様に唯でさえ赤い目を爛々と輝かせ舌舐めずりをした。
『弱い君たちが悪いんだよ』
この言葉が蓮我の奥底で燻る
蓮我の父親は蓮我と母に拳を振る外道だった。そして、いつも口癖のように蓮我達を殴った後
『弱いお前らが悪い』と言っていた。
蓮我が十歳の時、イビルが発現した。蓮我はそれを使って父親を母に手を出せなくなるまで殴ってから家を出た。その後、黒都で蓮我と同じような子供達を集め、ハウスで一緒に過ごしていた。
初めは黒都で子供を助けようとは思っていなかった。初めはそんな子供を横目に過ごしていた。
しかし
「オイオイ、こんだけか?もっと持って来いつったよな?こちとら今月厳しいんだけど?」
子供が自分よりも幼い子供に集り、金を巻き上げる。
そして、最後には
「何だよその目は?”弱いお前が悪いんだぜ”?」
「っ……」
怒りが込み上げた。
「今…なんて言った?」
あの女に向けて鋭く放つ。
「だ・か・ら、『弱い君たちが悪い』って言ったんだけど?」
「悪いのはお前だろ!」
イビルを発動し、先と同様に岩石を纏い、爆破によっての高速攻撃を仕掛ける。
「フフッ、来たね。いいよ。相手してあげる。
女もイビルを発動し、手元の影から自身の黒髪より尚濃い黒色の鞭を創り出した。
鞭が腹部にめり込み途轍もない痛みが俺を襲う。
「…ガアッ!」
体が後方に飛び、瓦礫の山に身を打った。
その一撃で体に力が入らなくなった。
その後、鞭による連撃。
「フフッ…食後の運動にもならないよ?ほらほら、頑張って」
「クソが…やってやるよ!」
これまでに出したことの無い程の掌からの最大火力。両腕がもげようと関係無い。
「くたばれッ!」
直後、
辺りは砂埃が蔓延し、建物の外壁が崩れる程の威力だったが。
「なになに〜、急な最大威力?フフッ、頑張ったんだねぇ?でもおねえさんの服汚しちゃうなんて悪い子だねぇ?おねえさん怒っちゃうよ?」
蓮我の目は無情にも爆煙の中に立つ女の姿を捉えた。
女のその言葉を最後に蓮我の意識は完全に途絶えた。
「この子をどうするんですか?」
「この子に行く場所が無ければここで預かる予定です」
蓮我の耳にうっすらと、こんな会話が聞こえ、目が覚めた。
蓮我は味気ない部屋の一角のベッドの上で寝ていた。
「良かった、目をさました」
猫を彷彿とさせる顔立ちの男が言った。
「あの女は?」
「もう大丈夫、彼女は私達が倒しました」と猫男とは別の黒の短髪に糸目の黒い和服を着た長身の男が言った。
「あの爆発は君のかい?」
黒髪男が聞く。
「ああ、そうだ」
「ありがとう、あの爆発をおかげで君を助ける事ができた」
男は不思議にも礼を言った。
五時間前
途轍もない爆音がカイエン、
「今のは…?」
「誰かのイビルでしょうか?」
「黒都中央の方ですね」
カイエンは自身のイビルを発動する。
「
ジッポライターから吹き出る火を操り、身に纏う。
赤い炎が脚を中心に渦巻き、炎の洋風の長靴と洋風の猫耳付きの帽子が装備される。
「先に向かいます!」
黒都のビルを越える程の跳躍で爆発のあった方向へ向かって飛んでいった。
「自分達も早く向かいましょう」
「ああ、なんだかやばい予感がするぜ」
ビルを越え、その屋上を蹴って爆心地の上空に辿り着いた。
カイエンの目に複数の倒れた子供と今にも倒れそうな子供―蓮我。そして土煙の中、邪悪な魔力を放つ一体のネクロの姿を捉える。
「と、
そのネクロは近頃多発している国民をイビルによって撲殺する『宵闇事件』を引き起こした張本人である。十獄天冥将〈第七冥将
『十獄天冥将』
思考を持ち、組織化するネクロの中で最も強力なイビルを持つ十体のネクロを指す。
その夜宵は右手に握る黒い鞭を今にも倒れそうな子供に振り下ろそうとしている。
「おねえさん怒っちゃおうかな!」
静寂に鞭の音が響く。
カイエンは間一髪、蓮我を抱きかかえながら回避した。
「ちょっと〜、誰よ?邪魔しないでよね?今から楽しくなりそうなのに〜」
女の手慣れた様子に不快感を覚えつつも会話を試みる。
「何が楽しくだ!一方的に痛ぶって」
「だって〜仕方無いじゃない?それがネクロの本能だも〜ん。君たち人間が様々な欲があるように私たちには強〜い殺人欲があるんだもの」
確かにネクロには人間が抱く様々な欲が無く、殺人のみに沸く性質がある。
「だからといって、人を殺していい理由にはならない!」
「もう〜、お堅いこと言わないのよ。モテないよ?」
「そんなのどうでもいい!今は唯…この子を守るだけだ!」
「じゃあ、やって見せてよ!」と鞭を振るう。
カイエンは蓮我を抱えたまま、円を描く様に走って、建物の内壁を蹴って跳び上がる。
空中で鞭を回避する為に身を捻って、そのまま膝を夜宵に打ち付ける。
しかし夜宵は自身の影から盾を創り出し、防御していた。
「なになに〜。意気揚々としてたけど、口だけ?」
夜宵はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
そして、また新たな技を発動する。
「闇黒物質 黒手腕」
夜宵の傍らの闇から鞭と同じ濃さの色の手腕が現れた。
「さっさと捕まって」
そう夜宵が呟くと、その言葉に呼応する様に幾本もの手腕が蠢き、カイエン達を目掛けて伸び出した。
連続的に襲い掛かる手腕を避けながらの攻撃はカイエンには出来なかった。
(くそっ、回避に精一杯!このままじゃ確実にこっちが先に潰れる)
「フフッ、動きが鈍くなってきたわよ?」
攻撃に一層速さが増した。
突然脚が動かなくなった。
足は手腕に掴まれていた。
「しまった!」
今度は激しい痛みに襲われた。
何も無かった筈が激しく背中が痛んだ。
「フフッ、見えなかったでしょ?私の新技
夜宵は見えない黒鞭を振り降ろした。
カイエンは次の衝撃に備えて目を瞑った。しかし衝撃が来ることはなかった。その代わりに斬裂音が黒鞭と静寂を引き裂いた。
「よう頑張ったな!」
「もう大丈夫ですよ!」
そこに現れたのは黒い生地に金の糸で縫われた亀甲模様のマントを羽織った隊長の
カイエンに向けられた二人の背中はとても頼もしかった。
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