イビル=エクリプス

苅田 巧哉

第0話 紅月下の分岐点

今宵は赤月の夜。赤月に照らされ赤きものが見えざる時。


一七〇五年 午後八時八分 海洋中央地 


そこに学び舎へ向かうひとりの少年がいた。少年は右手に一本の刃物を持っている。少年の名は紅野葉月こうのはづき、十六歳である。葉月はひとつ違和感を覚えていた。葉月が刃物を持ってきたのは台所なのだが、刃物の本数が、ひとつ足りない。いや、しかし葉月にとってそんなことどうでもいい…。葉月が学び舎へ向かう理由…それは葉月をはめ、同級生から白い目で見られるように、仕組んだクソ野郎、不破貴蔵ふわたかぞうを殺す為である。【今晩学び舎へ来い】とヤツに果たし状を叩きつけた。必ずヤツを…。



学び舎 午後八時〇分


「何だよ、自分から呼び出しといて遅刻かよ」と、溜め息を吐きながら、側の石ころを蹴飛ばした。

ガシッと石を踏みしめる音が貴蔵の耳に届いた。

(やっと来たか…)と心の中で愚痴を漏らしてから音のした方向を振り返る。

「おい!遅えぞ。手前ェから呼び出したんだろうが…」

そう言い掛けたが、最後まで言い切れなかった。次に貴蔵の口から出た言葉は「なんで…お前が」だった。



葉月は学び舎に着いた。少し遅れたが、アイツが悪いのだから、どうだって良い。


学校の何処を探しても、貴蔵の姿は見当たらなかった。

「やっぱり、来なかった…。」

念の為、葉月は校内も見回った。

まず生徒の教室から、次に特別教室。

「矢っ張り、居ない」

葉月ががっかりして、帰ろうとしたとき、校内の一つの扉の前を通った。


準備室と書かれた札の掛かった扉

その扉の事がやけに気になり、葉月の目に止まる。

(まさか...な。そんな訳…)

そう思いながら、準備室の扉を開けた。


ゴトッと足元からする鈍い音。

葉月は自身の足元に目を向けた。


「えッ…」


貴蔵の頭が転がっていた。


(獲物を………取られた。)

葉月の脳内は獲物を取られたという事実で一杯になった。



葉月が学校から家に帰る途中、軍警に職務質問を受けた。当然の事だ。片手に包丁を持っているのだから。


「君、ちょっといいかな?」

「何ですか?」

「いや、何かって分かるよね?包丁持って出歩いてるんだから」

葉月は構わず、その場を立ち去ろうとした。

「ちょっと待ちなさい!」

軍警が葉月の手首を掴んだ。


「離せっ!」

葉月は包丁を振った。


軍警の手首から先が切り落とされる。軍警は痛みを怯むが、透かさず腰道具に手を伸ばす。


「俺の邪魔をするな!」

今度はの首が飛んでいた。

バタッと音を立てて、首の無い軍警の体が膝から崩れ落ちた。


何処の誰がアイツを殺ったのか。

絶対に許さない。

俺からアイツを獲物を奪った奴を俺は絶対に許さない。

葉月の顔が狂気に歪む。



そういえばもう一本の包丁は何処へいったのだろう。

そんな疑念を抱えたまま家に向かう。


「ただいま…」

葉月は疲れた声で呟いた。

「おかえり、こんな遅くに何処行ってたの」

心配をする母の声。

「いや、何でもない」

「何でもない訳無いでしょ!」

(うるさい…)

「何で黙ってるの?」

(うるさいッ…)

「何で包丁なんか持ち出したの?答えなさい!」

「うるさいッ!邪魔だ!退けッ!」



階段を一歩ずつ登る度に軋み、葉月の苛立ちを余計に駆り立てる。



皐月さつき』と書かれた名札の掛かっている部屋の扉を強く開ける。この部屋は葉月の弟、皐月の部屋だ。


「オイ、皐月!包丁知らないか?」


「何だよ、兄さん。こんな時間に?」と皐月は眠そうな眼を擦りながらぼやいた。

「包丁?知らないよ。それより母さんが心配してたよ?」

「そうか…。じゃあおやすみ」

(皐月じゃないのか…じゃあ本当に誰が)


部屋を立ち去ろうとしたその時、葉月の眼に袖に血の着いた制服が入った。


「なぁ皐月、これって?」

「何って制服だけど…」

「いや、血だよ…」

「あ、これね…アイツのだよ。兄さんをあんな目に合わせたアイツの」


葉月は黙って俯く。

「お前が殺ったのか」

次に口を開いたのは葉月だった。

「だってアイツが裏で兄さんを陥れたんだ…。だから…だから俺が殺したんだ。ハハッ、ざまあみろだ。糞野郎がッ!」


「よくも俺の獲物を奪ったな…」

ボソッと呟く。

「に…兄さん?」

首を傾げ、問う皐月。

葉月は右手に握った包丁をより強く握る。

「よくも俺の獲物を奪ったなッ!」



紅野家の庭に一人、赤月を見上げている少年が居た。

名を紅野葉月という。右手に包丁を握り、左手に実の母の頸を持っていた。


彼は自身が人を三人殺したというのに一片の罪悪感も無かった。それは赤月のせいである。

赤月は暗い夜の底を赤く染め上げ、赤きものは見えざるものへと化す。故に流れる血も血の滴る死体も見えない。しかし赤月は永遠に沈まないことはない。

少しずつ、少しずつ赤月は沈む。

葉月は赤月が沈んでいくのを理解した。


「沈まないでくれ!沈まないでくれ!」

彼は必死に叫ぶ。

「沈まないでくれ!沈まないでくれ!」

彼は必死に叫ぶ。しかし、赤月は止まらない。故にどんどん沈む。

「沈まないでくれ!沈まないでくれ!」

しかし止まらない。



上空から赤月に向かって必死に叫ぶ少年を奴は見ていた。そして奴は不適な左上がりの笑みを浮かべ、背中に生えたの二対の翼を羽ばたかせて言った。

「なぁ小僧。月に叫んだって何も変わらんぞ」

そして続ける。

「お前自身の力でどうにかしてみろ」

「どうにかって?」

「俺の力をやろう。お前は十分になり得る可能性を秘めている。自分で作れ、新たな星を。お前の異能イビルで。名前はそうだな…【日食星エクリプス】ってのはどうだ?」


今晩の出来事がこの世界線を最悪へ向かわせる分岐点となった。

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