第12話 一体異心:弐
「案外早かったね」
伯亜は掛けられた声を無視して
「おやおや、全く血気盛んな」
そう言うと肉壁から赤い腕を伸ばし、伯亜を襲う。眼前まで迫った腕を伯亜は接する寸前で躱す。しかし伯亜の腕は攻撃に巻き込まれ、折れる。
(折れた…。実に良い手応えだ)
だが伯亜は苦悶の表情を一切見せず、刃を振るう。融異はその斬撃を足元から伸ばした肉塊で受け止める。
(片手でこれ程の腕力。だが、片手ではこの肉塊は断てぬ!)
融異がそう思った束の間、伯亜は折れた筈の腕に力を込め、融異を殴り飛ばす。
吹き飛ばされた融異は後方の肉壁に激しくぶつかる。
「な、何故!確かに腕を折った筈!痛みを感じないのか?」
「まあ多少は痛かったさ。でもあの人の方がよっぽど痛かっただろうし、苦しかっただろうから。俺には痛がる権利も無い」
「何故、折れた腕で
「さあな?唯、手前ェを殺したい。その一心だったからな」
「で、ではもう一つ聞く。何故、殴ったのか。再度、刀を握り、殺せば良かろう。何故殴った?」
「手前ェを殺すのは一隊員としての行為。唯、隊員として手前ェを殺すんじゃ、俺の気が済まねえ。だから殴った。どうせ、手前ェを生かすつもりはねえからな」
伯亜は融異を煽る様に見つめ、語りかける。
「嗚呼、そうかい。では俺も本気でやらせて貰おうか」
「その本気ってのはさっきのみてえな一階に落とす、あのクソみたい遅延戦術の事か?」
伯亜は醜い笑みを浮かべながら煽る。
「まるで莫迦の一つ憶えみてえによォ」
伯亜は更に見下す。
「その
「何、喜んでんだ?手前ェ!」
伯亜は床を強く蹴って融異に斬りかかる。
融異は左右の壁から肉塊を伸ばし、挟み込む。
伯亜はその攻撃を飛び退いて避け、その攻撃の下を潜る。伯亜の足元が盛り上がり、天井と挟み込む。天井は口に変わり、伯亜に向かって綺麗な揃った歯を見せつけて噛み付く。伯亜はユナイトを振って口角を一文字に斬り、咬撃を防ぐ。
次は天井を蹴って、ユナイトを振り下ろす。融異は肩に振り下ろされたユナイトを肉塊で作った腕で受け止める。そして肩から口を作り、その口から水を勢いよく噴射する。
「ほらな。やっぱ、遅延戦術じゃねえかよ」
「
携帯電話を耳に当てながら、クレインは問う。
「
蒼は
「伯亜さんを誤射してしまう可能性もありますし…」
「そうね。暫くそのまま待機しといて」
クレインはそう告げ、蒼との通話を切る。
「わりぃ。遅れた」
クレインの傍らに蓮我が降り立つ。
「状況は?」
「今、伯亜と経で取り残された男性は救助した。でも今度は肉塊に覆われちゃって伯亜の援護に行けなくなっちゃって」
「じゃあ、壁、ぶっ壊すか」
「ま、待って!このビルはれっきとした所有物!北部の廃ビルとは違うのよ!」
「そうでもしねえと伯亜が死んじまうだろ!幾らアイツでも…今回のは…」
そう述べた蓮我は跳躍し、石英岩を纏わせた棍をぶつける。肉塊こそは削ぐ事が出来たが、その奥の壁を破る事は出来なかった。
更に削いだ肉も瞬時に再生し、まるで何事も無かったかの様に戻る。
「クソッ!」
蓮我はそう言うと腕にも石英岩を纏わせた、巨大な鉤爪を形成する。
「次はこれでッ!」
蓮我が棍と爪の二段構えの攻撃を仕掛けようとした瞬間、何者かの声が響く。
「動くな」
見上げると三階程の高さの肉塊に口が形成されていて、その口から言葉が発せられていた。
「少しでも怪しい動きを見せたら、中のガキを殺す。別に脅しじゃない。コイツは今、俺の腹の中。生かすも殺すも俺次第。ガキが死んでも良いなら、殴るでも蹴るでもするんだな」
蓮我、クレイン、エリスは臨戦態勢を崩し、両手を挙げる。
「良い子達だ。」
そう言うとビルと繋がっている肉塊は天を仰ぐ様に哄笑する。
それと同時にビル内で伯亜と対峙する融異の本体も哄笑している。
「ってな訳で、お前の命は俺の掌の上だ」
哄笑し終えた融異の指先は電気を孕んでいた。
「そうだな。だが、外の皆の命はそうはいかねえよな?お前のイビルは精々このビルをその肉塊で呑み込むのでやっとのところだろう」
伯亜の態度に苛立った融異はその指先を勢いよく濡れた床に叩きつけ、電撃を放つ。
電撃は床を伝い、濡れた伯亜の体を痛めつける。
「うわアアアアア!!」
伯亜は悲鳴を上げ、意識を失ってしまった。
電撃の直後、謎の風圧で伯亜の体は吹き飛ばされ、肉壁に叩きつけられた。その衝撃で伯亜は失った意識を取り戻した。
先程の伯亜の問いに融異は答える。
「そうだな。だがその代わりに俺は入念に準備をしてきた。この影国の全土を巡り、戦線隊員の情報を集めていた。しかし、いざ、目の前に現れたお前は黒都に居なかった。お前は光国の人間だろ?俺には何となく分かるぞ。その身なりからある程度の教育は終えているだろう。お前はどの教科が得意だ?俺は理科が好きでな。先の風圧もその応用さ。電撃から生じる熱によって水が急激に気化する。その名も『スチームボム』。ショボいネーミングだよなぁ。吸収する前に披露された技だ。そいつらも今では俺の血となり肉となった。俺のイビルもだが、お前のも大したモノだ。先程の肉人形との戦闘で見せてもらった。面白いイビルだな。だが、頭が使えなきゃなぁ。そんじゃそこらの雑魚ネクロと変わらねえ。どんな経緯で黒都に入り浸っているかは知らんが、多少なりとも希望を抱いていただろう?愚かしいガキだ。お前は光国でも影国でも変わらず、唯の"代替品"なんだよ」
融異はぐったりと壁に凭れかかっている伯亜を見下し、好き勝手に罵る。
「もう暫く、そのままにしといてやるよ。現世に思い
伯亜は朦朧とする意識の中で、思考を巡らせていた。
(クソッ。好き勝手言いやがって。でも、アイツの言う通りなのかもしれない。俺が蒼を助けられたのは偶然だったかも。もし、あの場に居たのが、エリスだったら、あの強引ぶりで蒼の目を覚まさせていたのかな。もし、蓮我さんだったら、あの破天荒さで水虎を倒していたのかな。もし、隊長だったら、きっとあの冷静な思考とその力で最善を尽くしていたのかな。俺みたいに蒼を、こんな世界からは遠ざけてくれたのかな。いや、そんな事考えるな!今、目の前のネクロを倒せるのは俺だけなんだ!)
伯亜は強引に思考を切り替える。
(現状、イビルを完璧に使いこなしているアイツと、未だに自分のイビルを使いこなせない俺とでは、実力差は歴然。勝敗を覆せるとしたら、それは"体内因子量"だけか)
伯亜は首元にぶら下がる
『オーブは体内に取り込む事で体内因子量を大幅に向上させるアイテムだよ。因子量を大幅に増やす代わりに一歩間違えると死に至る可能性もあるから、持ってる分にはいいけど、摂取するのはオススメはしないよ』
以前に聞いたオーブの説明をするクレインの言葉が伯亜の頭の中で鳴り響く。
(一歩間違えると死、か…。今はこれしか方法は無い!俺は、死んでもアイツを殺さなきゃいけないんだッ!)
オーブを強く握り締め、目を閉じる。速まる鼓動を深呼吸で落ち着かせる。覚悟を決めて、目を見開いたその時、あの不可思議な異空間―
伯亜の目の前に立つ男―グレイは鋭く伯亜を睨み、言う。
「小僧。貴様、何のつもりだ?」
「え?何って…」
「死んでも?全く無責任な奴だな、お前は。それにくだらん事に頭を使いおって。既に終わった事を考えても意味など無いであろう。月島の事、後悔しているのか?」
「まあ、それなりにはね。蒼に言った事は本意なんだけどさ、考え直したら、無責任だったなって。それに巻き込まないでも済んだんじゃないかなっても、思った…」
「お前の尊敬するあの男なら、それが可能だと?確かにあの男は強い。しかし奴は加減を知らん
グレイは掌で灰炎を瞬かせる。
「これはお前の過去の記憶だ。お前の中では薄れきった記憶、故にお前は覚えていないかもしれん。思い出させてやろう」
「いい?伯亜。絶ッ対に!暗くなる前に帰って来るのよ!分かった?」
背中に小さな鞄を背負った伯亜の顔を覗き込む様に母が言い聞かせる。
「うん!分かったよ!」
まだ幼い伯亜は明朗な返事をする。
「私達は親子。何があっても離れない絆があるのよ。いつでも、パパとママが守ってあげるからね」
母のその言葉の直後、伯亜の瞳から涙が零れた。
「ちゃんと哀哭出来るではないか」
グレイはそう言うと一歩、伯亜に近づき、胸に指を突き立てる。
「お前と月島の魂は約束と云う名の鎖で繋がっている。月島にとって、お前は"代替"の効かない存在なのだ」
「ッ!」
グレイの台詞に伯亜は大きく目を見開く。その瞬間、浮かんだ涙が弾ける。
伯亜は握っていたオーブから手を離す。
『お前は今、〘忌灰月炎〙の一割も使えていない。三回。後、三回、
ユナイトを構える伯亜の脳にグレイは直接、語りかける。
イビル=エクリプス 苅田 巧哉 @kandakouya
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