第9話 もう二人の新人

伯亜はくあ達がアジトの中へ入るとそこには知らない人が四人いた。

一人目は甲虫の擬人化の様な鎧を身に纏って顔の見えない人。

二人目は白いマントを着て、橙色の瞳に白髪。その顔には重そうな鉄製のマスクを口元にしている男。

三人目は紺色の何処か虚ろな瞳と髪を藤色のリボンでツインテールにして、藍色のパーカーを着た、伯亜や蒼と同い年か年下の少女。

四人目は空色の瞳に明るめの茶髪を三人目の少女と同じ藤色のリボンでサイドテールにしていて、黒いナポレオンコートを着た三人目の少女同様の年頃の少女。


「えーと、どなたですか?」

「女子二人は伯亜君達の同期にあたる子達だよ。後の二人は先輩だよ」


「我はカイマン・ボア・ドラグーン」と二人目の男が鉄製のマスクで籠もった声で自己紹介した。

「で、こっちがカブト・インセクト」と一人目の男を指差し紹介するとカブトと紹介された人はペコッとお辞儀をした。


「アンタが噂の光国人ね。」

四人目の少女が伯亜に向って言った。

「アタシと勝負しなさい!」

「え?ちょっと待って、いきなりそんなこといわれても…。」

伯亜は動揺して答える。

「そうね。自己紹介が先ね。アタシの名前はエリス・アレイン。こっちのカワイイ子は紺藤輪廻こんどう りんね

自分の紹介ついでにエリスの後ろに隠れる三人目の少女の紹介もした。


「紹介済んだでしょ?さあアタシと闘いなさい!」

彼女がそれを言い終わると、


グウウウッと誰かのお腹が鳴った。


「闘う前に腹拵はらごしえにするか?」と蓮我が聞いた。

「うん!するする!」とクレインは能天気に答えた。

「じゃあ今日は新人歓迎会も交えて…おいお前ら!今日は何が食いたい!」

蓮我はエプロンを付けながら伯亜達に向って聞いた。

「アタシはビーフシチュー!」

エリスはビーフシチューが好きらしい。

「よっしゃ、わかった!後、敬語使えよ」

「ボクは鰤大根が食べたいです」

蒼は鰤大根が好きらしい。

「応!任せろ!伯亜は何が食いたい?」


「自分はカツカレーで」

何故、カツカレーが食べたいなどと言ったのか伯亜は疑問に思った。

あんなに嫌な記憶の側にある食べ物を何故食べたいと思ったのか。

人の嫌な記憶も食欲の前では無に帰るという事なのか…。

「任せとけ!頬が落ちても知らねえぞ!輪廻、お前は?」

「…………」

輪廻はエリスの耳元に顔を近づけ、

「(ゴニョゴニョ)」

「輪廻は味噌汁だって」

「応!わかった!後、敬語使えよ!」



「名家の出なのにあれほど料理できるなんて珍しいですよね」

長机に座って、キッチンに向かう蓮我の背中を見ながらクレインが黒瑠に話しかける。


「名家ってなんですか?」

クレインの会話を聞いてた伯亜は思わず聞いた。

「名家ってのは有能な異能を伝承し続ける家系で、蓮我はその石塋せきえい家の出なんだが一零才の時にはもう家出してたからね」

黒瑠が答える。

「金が全ての光国で言ったら財閥みたいなもんだよ」と蓮我が毒づく。


「ほら、出来たぞ」

「わぁぁ」

余りの豪華さに皆思わず声が漏れる。

「まあ、当然の反応だな」

蓮我が胸を張って答える。


「和洋折衷」

蒼が呟いた。

「そうだね…。そういうこと考えずに答えちゃったからね…。」

「まあ、胃に入りゃ同じだよ」

蓮我の楽観的発言。

「それにカレーとビーフシチューは一緒に食べない」

経はボソッと一言零す。

「それぐらい食わなきゃ、この仕事はやっていけねぇよ」

また蓮我のテキトーな発言。


「それでは…頂く前に命に感謝して…黙祷。」

伯亜と蒼を除いた全員が手を合わせ、黙祷する。

伯亜も蒼も皆がする様に黙祷した。

これが影国、クリスティア式の食事前の挨拶なのだろう。


「いただきます!」

伯亜は出されたカツカレーを頬張る。あの日食べたカツカレーのカツは豚カツだったが、今食べているカツは牛カツだった。

蒼は汁の染みた濃い口の鰤大根を食べている。その愛おしさに伯亜は惹かれつつあった。

そして胸の中で『生きてて良かった。助けられて良かった』と安堵した。


「ヘヘッ!戴きッ!」

「おいッ!コラッ!何、人のカツ取んなッ!

クレインにカツを取られた蓮我がキレる。

一方、静かな者達は一切話さず、黙々と食している。

ボアは仮面を付けたまま、カブトは鎧を着たまま口元は口唇ヒゲを使って食事をしている。


「ごちそうさまでした!」


片付けが一通り終わるとエリスが伯亜を指差し「伯亜!さっきの約束果たしてもらうわよ!」と言った。

「約束?何の話?」

「えぇ?覚えてないの?ご飯食べたら闘うって約束!」

「そんな約束したっけ?まあいいや。やろう」


「ちょっと待てい!」

伯亜とエリスの間をクレインが割って入った。

「ご飯の後は決まってるでしょ!」


「は〜い、という訳で卵達エッグズ。ここがアジト地下の銭湯で〜す」

「地下に闘技場があるんだ〜」

伯亜はそっちの戦闘じゃねえだろとツッコミたくなったが面倒臭いから無視した。


「あ、着替え持ってくるの忘れた。じゃあ一階で着替え持ってきて再集合といこ〜」


伯亜に用意された服は黒を基調としたジャージだった。


「伯亜さん、一緒に行きましょう?」

「う、うん」

蒼が腕に抱えている服は蒼の髪色と同じ青い女物のジャージだった。

(制服は男物だったはずだけど…まあいいか)


「じゃあ俺たち先に行ってます」

アジトの居間で雑談するクレインたちにそう告げて居間を出ようとした。

「あ、ちょっと待って、言ってなかったけど右が女子で左が男子だからね」

「は、はい、分かりました」

(別に男子だけ言えば良くないか…。いや、蒼は女子だからか)

少しの疑念を抱きながら、銭湯へ向かった。

「じゃあ、いってらっしゃ~い」


銭湯へ向かう途中、伯亜は急にトイレに行きたくなった。

「あ、蒼。先に行ってて。ちょっとトイレ行ってくる」


トイレから出ると丁度銭湯へ向かう途中のクレインたちに出くわした。

「あれ?蒼と先に行ったんじゃ?」

「ちょっと御手洗いに行ってまして」



銭湯前まで来るとクレインから声がかかる。

「じゃあアタシら右だから…。…覗かないでよ」

「の、覗きませんよ!」

「ごめんごめん、ちょっとからかっただけだよ。じゃあ、バイバイ」


伯亜も銭湯付属の左の男子更衣室に入った。


更衣室には既に蓮我と経とボアが居た。


「お前も丁度入んのか。」

と言いながら、蓮我は銭湯の戸に手を掛け、

「さあ新人。刮目しろ!ここが黒鋼の亀甲の銭湯だ!」

一気に戸をスライドさせる。

「おお!すげえ!」

檜で出来た床と浴槽。まるで高級旅館の銭湯のようだ。掛け流しまである。


そこには既に先客がいた。

青い髪、青い瞳、透き通る様な白い肌、そして人形の様に整った顔立ちの少女?が居た。

伯亜達は四人揃って、戸の上に書かれた"男"の字を読んだ。

「な、なんでお前が居んだよ!」

「え?だってボク、男ですよ?」

「え、え?…えぇぇぇぇ!」


「まあ、確かに一人称"ボク"だったな…。」

「自分はてっきりボクっ娘かと…」

「同意見だ…」


「やっぱり銭湯は最高だな」

ボアが鉄製のマスクをしたまま湯船に浸かってる。

「あ、暑くないんですか?」


「なあ新人。自分の体見てみな」

と、言われて伯亜は自分の腕に目を向けた。

そこには腕に蒼との闘いでおったはずの傷が無くなっていた。

「傷が無い!」

「その通り!この銭湯の湯には傷を治す回復作用があんだよ!それと美肌効果もある。だから、週末は一般の人に向けて有料で貸出もしてるんだ。その金が隊の主な収入源だ」

「任務で報酬って出ないんですか?」

「いや、出んのは出るんだが…」

「どっかの誰かさんのせいで被害額が報酬を上回っちゃうんだよ」と経が何故か伯亜ではなく蓮我をガン見しながら言った。

「し、仕方ねえだろ!」

(あ、原因この人だ)

伯亜の直感。というかこの反応を見るに間違い無くこの人が原因だろうな。


スッキリして銭湯から出ると丁度クレインたちが女子風呂が出てきた。

「あ、蒼ちゃん見なかった?先に入ってるはずなんだけど…」

「それならこっちに…」と、蓮我が後ろにいる女子用の青いジャージを着た蒼を指差した。

「男なんだって…」

「あ〜、そうなんだ〜。って、えぇぇぇ!」

「まあ、そういう反応になるよな」

「どうしよう…。女子用のジャージしか用意してないや。そうだ!蓮我の服貸してあげたら?」

「はあ!?嫌だね!」と言いつつも蓮我は蒼に服を貸してくれたが、チェーンやら鉄棘スパイクやら金属物ばかり付いていて寝づらそうだ。

「いや、いいです。今日はこれで寝ます」

「はぁ!?人が貸してやんだぞ!」

怒鳴る蓮我。それを抑える経とボア。

「ごめんね〜、蒼ちゃ〜ん」

「その呼び方止めて!」


「は〜い、皆〜今度は部屋を案内するから二階へ行くよ〜」


先輩たちに連れられて伯亜達は二階へと続く階段を昇った。

階段を昇り終えると、そこには長い廊下が続いていて、八つのドアが並んでいた。

八つのドアの上にオレンジ色のモダンな照明ライトがあり、廊下を照らしている。

「手前から四つは俺達男共の部屋だ。」

「その奥は?」と蓮我に聞き返した。

経がボソッと答えた。

「女子部屋だ」

「そうそうだから、何とかして入ろうとか考えんなよ」と、蓮我が伯亜を指を差して言った。「そ、そんなことする訳ないじゃないですか!」と言い返した。

「なんで顔赤くしてんの?キモッ。」とエリスが伯亜を睨む。

「は!?そ、そんなことない!」

睨まれた伯亜は突拍子もない声を出した。

「後、少し傷付いたぞ…。」

「まぁ、一歩でも踏み入ったら待ってるのは女じゃなくて、"死"だけどな」と蓮我の一言。


”死”という言葉に因って"あの情景"が頭に思い浮かんだ。

しばらく停止する伯亜を見て蒼が「どうかしました?伯亜さん」と俯く伯亜の顔を覗き込んだ。

「あっ、いや…何でも…ないよ」と強張る顔を引き攣らせて笑った。


「お前ら…刮目しろ」と蓮我が伯亜達の注目を集める。

どこから出したのか石ころを女子部屋の方へ投げつける。

石ころはドアの前を通過する度に橙色の照明に照らされたり、翳ったりしながら三番目のドアの前で最頂点に達し、その後は落下軌道を描きながら四番目のドアの前を通り過ぎる。

次の瞬間石ころが止まった。

「えっ!」

思わず声が漏れる。

「まぁ、見とけよ」

何処からともなく一匹の蜘蛛が宙を歩いて来た。

そして石ころに辿り着くと、鋭い牙をちらりと見せ、石ころに噛み付いた。

石ころは粉々に粉砕された。

「見ての通りthe endさ」と蓮我が言った。

「つまり女子部屋へは私の許可なく入れないって訳!」とクレインが胸を張って自慢げに言う。

伯亜達が粉々になった石ころに目を奪われいると、

「ほお〜、蜘蛛の糸を張って侵入者を拘束し、蜘蛛の毒牙で噛み殺すトラップですか…。なるほど。なるほど」と後方から何かを勝手に納得した黒瑠の声がした。

「ひっ!」と先輩たちは短く声を発し、ガタガタと震え出した。

「こんな罠、仕掛けたのは一体誰なのでしょうね?」とクレインの元まで歩み寄り、ドスッと肩に手を置く。

「正直に話してくださいね」

爽やかな笑顔でもの凄い重圧を掛ける。

「わ、私です…。ごめんなさい」

重圧に耐え切れずにクレインは答える。

「よく言えました…ね!」と『ね!』の瞬間にクレインの頭を目掛けて拳を振り落とした。

「ぐふッ!」

短く声を上げてその場に倒れ込む。

「まったく。こんな罠を仕掛けた本人が一番悪いですけど…知っていたのに何故教えてくれなかったのでしょうね?ふ・た・り・と・も」

今度は蓮我と経に照準を合わせる。そしてまた笑顔の重圧。

「は、はい。すみませんでした」

「は〜い。よく言えました…ね!」とまたもや繰り返される鉄拳制裁。

そして今度はボアとカブトの元へ歩み寄り、

「二人はどうでしょうか?」

「我々はそんなこと知らぬ故…」

ボアのセリフに対してカブトは猛スピードで首を縦に振った。

「そうですか…。じゃあそこで倒れてる三人の代わりに案内を続けて」

「ぎょ、御意」


「まったく。お前のせいで酷い目に合ったぜ」

「元はといえば、蓮我が"そういう目"で見てるのが悪いんでしょ!」

「見てねえーよ!つーか、"そういう目"ってどういう目だ?」と口論している。

「まったく。女を" そういう目"で見るとかサイテーね」とエリスが呆れた様に呟いた。

「はあ!?"そういう目"で見てねえーわ!まずこんな女郎蜘蛛みてえーな女"そういう目"で見る訳ねえーだろうがよ!つーか、お前は敬語使えよ!」

「嫌よ!私は名家の出身なのよ!部を弁えなさい。低俗が!」

「はあ?俺も名家の出なんですけど?」

「…」

二人共急に黙り込んだ。

「あっそ、じゃあ、アンタも結構苦労したのね」

テンションが急に下がった。

「ああ、苦労なんてもんじゃなかったよ」

さらにテンションが下がった。

「本当に名家って呪われてるわよ」

「ああ、本当に…同感だよ」

二人共暗い顔立ちで俯いて話す。

「え?なになに何があったの?」

「「話したって分からないよ」」


(あの二人実は仲良いんじゃ…)


「でも、私の方が苦労したから!」

「はあ!?俺の方がしたね!」


(あ、やっぱ駄目だった…)


「伯亜さん?」と蒼が伯亜の肩を突き、意識を向けさせた。

「ん?何?」

「さっきからボアが呼んでますよ?」

「あ〜、そういえば案内の途中だったね…。(って呼び捨て!)」


ボアが手招きをしていた。

そして、

「この部屋が貴公らの部屋故」と伯亜と蒼を四番目の部屋に案内した。


伯亜は蒼と同じ部屋でその部屋には二段ベッドと勉強机の様な机が二つ。


公正なジャンケンの元、伯亜が二段ベッドの下、蒼が上と決まった。


自分の着ていた制服を見ると、ボタンが全て取れていた。それは今日一日で起こった様々な良いこと、嫌なことを物語っていた。

その制服をハンガーラックに掛けようした時、ポケットから高校の受験票が落ちた。

それを蒼が拾った。

「伯亜さん…これって」

「ああ、そうだよ。あの高校の受験票だよ」と言うと、突然蒼が泣き出した。

「ご、ごめんなさい。伯亜さん…。何も知らないなんて言ってしまって…。伯亜さんも苦しい思いをしてたなんて…思わなくて…。本当にごめんなさい。」

「ちょ、泣くなって…。あの状況下じゃ無理ないよ…。それにこれのおかげで蒼…君に手を差し伸べることができたんだ…。コイツが無ければまず会えてなかったよ」と慰める様に優しく言う。

「じゃあ、電気消すよ」

そう言って伯亜は壁に埋め込まれた電気のスイッチを切り、ベッドに潜った。


こうして伯亜の一日の出来事にしては余りにも内容の濃過ぎる一日が幕を閉じた。

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