第7話 黒鋼の異能者

一蹴りで三棟のビルを飛び越える。そして四棟目に着地する。

「まず、死胎ネクロ戦に於いて大事な事は人を殺させない事です。もし、一体の死胎ネクロを前にして一人が死ねば敵は二人に増える。まあ長期戦は避ける様にしましょうね」

「だったら隊長も戦った方が…」

「確かにこの界隈は人手不足です。私が今、此処に居る訳…もうすぐ分かりますよ」

「えっ…」

辺りの気配が一変する。


伯亜達の立つビルが巨大な影に呑まれる。

「こりゃあ又、大層御立派な出来ですこと」

黒瑠は余裕な口振りで言った。

伯亜はその影に怯えながら、ぎこちなく振り向く。

背後には巨大な死胎ネクロが腕を振り上げ、悠々と伯亜を見下ろしている。

その容姿は伯亜が最初に下した死胎ネクロと同様であった。しかし体長はビルの高さを遥かに超えている。

「そ、そんな呑気な事言ってる場合じゃないッスよ!!」

死胎は腕を振り下ろし、ビルを倒壊させる。

伯亜は黒瑠に再び抱えられ、辛うじて躱す。


「ちょっと見てて下さい」

伯亜を降ろすと再度、空中へ舞い上がる。

黒瑠は素手の拳を握り締め、死胎ネクロの胴体を抉る様に衝き上げる。

人の体と同じ位の太さの肋骨が剥き出しとなり、臓物などは辺りに見当たらない。胸部の奥に赤く光る"何か"が有る。


黒瑠は元の場所に着地して、言う。

「アレがコアです。元々は人の心臓に当たる器官でしたが、死胎ネクロになる過程で硬質化する事で形成される異能細胞。あ、因みに異能いのう細胞は文字通り異能イビルを発動する細胞で、発動の為に必要なエネルギーを日食エクリプス因子って言うんですよ。日食因子には異能を発動する以外にも作用が有ります。手刀は本物の刃の様に汎ゆる物を切り、打拳は削岩機の様に汎ゆる物を砕く。その名も『因子効用』。さっきの打撃やジャンプも異能は使わず、因子効用を使用いた身体強化だけなんですよ」

「そんなに長々喋っていいんですか?止めも刺ずに…」


ふと、死胎ネクロに目を遣ると伯亜達に背を向け、その場から退こうとしている。

「全く、戦場で敵に背を向けて逃げるとは…」

黒瑠は向けられた背中に向かって掌を翳す。

指先から黒い鉄屑が中央に集約され、一つのビー玉大の六方晶系状の球を創る。

「済みませんね。今、楽にしますね。"宝壊希晶ロンズデーライト"」

放たれた黒鋼の小さな塊は銃弾の様に螺旋を描きながら核を貫通し、射線上に存在する建物すら、破壊する。

「あっちゃー、やり過ぎましたね。まあ不器用なんでしょうが無いですよね」


先の大破壊を起こした本人とは思えぬ、言い草に伯亜は唖然とする。

「ッ!?…」

余りに強力な一撃に伯亜は言葉が出せなかった。


「お、終わったんですか?」

伯亜の素朴な質問に黒瑠は答える。

「あの死胎ネクロコアはもう砕けました。しかし、まだ強力な死胎ネクロは居ますね。根本も別に。あの程度の知能の死胎ネクロに集団奇襲を仕掛ける事はありませんからね。手を抜けるのもここまでですかね」


「キャハハハッ!」

突然、誰かの笑い声が響く。

声の方へ振り返ると、赤子の様な姿の巨大な死胎ネクロの肩に座って脚を組んでいる座っている女が哄笑こうしょうしている。


狂気的な哄笑から女の異常さを伯亜は感じた。しかし他にも違和感があった。それは女が笑っている事。伯亜がこれまで目にした死胎ネクロは唯、殺意の赴くままに、本能的に殺人を繰り返す殺戮兵器の様な死胎ネクロばかりで、どれも感情や知能、況してや理性がある様には感じ無かった。

何に関して笑っているのかは定かではないが、笑っているという事は感情があるという事になる。


「貴方が黒鋼の隊長…王黒瑠ワン ヘイルね?」

女は哄笑を止め、黒瑠に問うた。

「ええ。そうです。して、私に何の用でしょう」

「貴方の体が欲しいの」

女の一言で周囲は静寂に包まれる。


その静寂を破ったのは黒瑠の一言だった。

「色々とこじらせたヤンデレですか?」

「ち、違うわよ!た、確かに男のくせにその艶のある長い黒髪は羨ましいけど。ってそんなのどうでもいいのよ!貴方を死胎ネクロにして、その異能イビルをこっち側に貰うのよ!」

「こっち側とは…死胎ネクロ側という事ですね…」

呟く様に黒瑠は俯いて言った。

黒瑠は一気に顔を上げた。

その顔は笑みを抱いていた。

「そうですか。御自分の力で解決出来るのであればどうぞ」

それに答える様に女型死胎めがたネクロ―籠女は自身の頭髪を操る異能〘血余惧具けつよぐぐ〙を発動する。


黒瑠は伯亜を巻き込まない為に隣のビルに飛び移る。赤子の肩から飛び降りた籠女も黒瑠と同じビルに髪を突き刺し、滞空する。

滞空したまま籠女は黒瑠に鞭を振るい、猛打する。黒瑠は拳に黒鋼を纏わせ、鞭を殴り飛ばす。

猛打を跳ね返すと、宝壊希晶を幾つか創り、籠女に向けて牽制する。

籠女は滞空姿勢を維持したまま、身を回転させてそれを躱す。

回避の直後、髪を針の様に尖らせ、黒瑠に向けて伸ばす。

髪の針は屋上の床を突き刺す。

黒瑠は身の危険を感じ、更に隣のビルへ飛び移る。

直後、獣の顔の様に形成された髪が下からビルを噛み砕く。

先に突き刺した髪を下層で集合させ、獣を形成していた様だ。

「勘がいいのね。黒瑠。でもこれは読めなかったみたいね」

籠女は振り返り、伯亜に向けて鞭を振るう。


「クフッ」と不気味な笑い声を上げたが、すぐにその笑みは消えた。


伸ばされた髪は伯亜の灰色の刀の一太刀で斬り裂かれた。


「貴女の方こそ、読めていなかった様ですね。私は戦えない者を戦場に出すなどの愚行はしませんよ」

「じゃあ…。数で潰すわ…」


伯亜の立つビルの壁面を数体の異形の死胎ネクロが野生獣の如く登り、襲い掛かる。

(くッ!さっきは反射で斬れたけど…流石に量がッ!)

「伯亜!伏せろ!」

蓮我に強く指示され、伯亜の体は反射的に動く。

周囲にひらひらと舞う裏銀小灰蝶ウラギンシジミの鱗粉が刹那の間に爆発する。


「ったく。女の子がトイレ行ってるのに…。それを邪魔するなんてね」

望遠鏡を覗くクレインは眼下に伯亜を収め、言う。

「女の子なんて居たか?」

傍らに立つ経が独り言の様に呟く。

「私でしょ!わ・た・し!」

「嗚呼、そういえばそうか…。」

「さっさと仕事しろ!」

「はぁい…。」

気怠げな声と足取りでその場を去る。


爆煙が立ち込める中、蓮我が姿を現す。両手で握った棍に石英岩の刃を纏わせ、鉈を創る。

鉈で鱗粉が炸裂した死胎ネクロコアを断ち斬る。


「大丈夫か?」

「は、はい」

蓮我は伯亜の右手に握られた刀に目を向ける。

「その刀は…何だ?」

次にその反対の手に握られた鞘を見る。

「一寸、その鞘、見せてくれないか?」

伯亜は快く承諾しようとしたが、蓮我の背後に黒い皮膚の四手の異形の死胎ネクロが現れる。

石塋せきえい先輩ッ!」

伯亜が声を掛ける前に蓮我は拳を握った一つの石英岩を放り投げる。

すると、石英岩は橙色の閃光を放ち、爆散する。

「"手榴弾岩ロックグレネード"」


爆撃が炸裂した四手の死胎ネクロは飛び退き、別のビルの壁面に鉤爪を引っ掛け、ぶら下がる。

「苗字で呼ぶな…。気持ち悪ぃ」

空いた二手から銃口が現れた。

「先輩ッ!」

その銃口から放たれた弾は蓮我の創造した遮蔽物に因って阻まれる。

「それも分かってる。後、先輩も止めろ」


「この鞘…まるで蛇の鱗みたいな表面だな…」

鞘を擦りながら、言った。

それをジト目で見る伯亜。

「何でそんなに切り替え早いんスか…」

「で、この刀は何処で?」

「自分が初めて死胎ネクロに襲われた時、急に目の前に出てきて…」

「それにしても変わった鞘だな…。鞘なのに結構な重量。鉄とも思えない変わった不可思議な感触。お前、刀握るの初めてか?」

蓮我の質問に伯亜は頷く。

「初めてでよく振れるな。相当な重量だろ。それ。」

「な、何ででしょう。正直、自分にも…さっぱり…です。あはは」

「まあいい。却説さて、此処ももう安全じゃねえからな…」


蓮我は伯亜を抱える。

「え…?」

遮蔽物から回り込んだ先の死胎ネクロが銃弾を放つ。

蓮我は伯亜を抱えたまま地面に着地する。


一方、黒瑠は巨漢の死胎ネクロ瓦斯ガスタンクに拘束されていた。

「貴方の異能イビル。実に素晴らしいモノよ。でも黒鋼を形作るにはある程度の時間を要するんでしょッ!」

先程、伯亜達を襲っていた四手の死胎ネクロがそのタンクを撃つ。

タンクに空いた穴から小さな炎が漏れた。

穴から芽吹いた小さな炎は一瞬にして巨大な火球となり、膨れ上がる。

黒瑠は拘束していた巨漢の死胎ネクロ諸共、眩い橙色の光に呑み込まれた。

その様子はしっかりと伯亜の目に焼き付いていた。

「隊長ォォ!」

伯亜の表情は強張り、喉からは自然と叫び声が出る。

そんな伯亜とは反対にヤケに無反応な蓮我。

「お前、阿呆か?あの程度で死ぬ様なら…其奴は隊長じゃねぇ」


爆煙から先端に楔の付いた一本の鎖が籠女を突き刺す。

「何ッ!」

「貴女の読み…。非常に鋭いものでした。しかし、この『天赦てんしゃの鎖』は例外。天、神に赦された私だけが扱える神具」

黒瑠は全身に天赦の鎖を巻き付け、爆炎から身を守っていた。


黒瑠は籠女に刺さった鎖を引き寄せ、近距離戦に持ち込む。


黒瑠の打拳が籠女の腹部を突く。

打拳の衝撃で鎖が抜け、開放された籠女は間合いを切ろうとするが、今度は鎖が首に巻き付き、再度引き寄せられる。

黒瑠の放った蹴りは次に顔に命中する。

籠女は体と髪の動作を阻害され、抵抗の術が無く、滅多打ちにされる。

膝蹴りが入った腹を抱え、苦しむ籠女。

黒瑠は下がった頭に打拳を放ったが、籠女は襟足を獣の顔に変形させ、黒瑠の腕に噛み付かせる。

宝壊希晶を放ち、黒瑠は獣に咥えられた腕を開放する。そして再び、連撃を再開する。


巻き付いた鎖が淡い光を放ち、消える。それに因って連撃の終止符が打たれた。


衝撃を正面から受け止めた籠女はビルの鉄柵にぶつかる。


籠女の視線の先に居る黒瑠は力強く構えている。

「流石ね。独自の武術『黒星ヘイシン』の使い手。弾丸の様に速い突き。体術戦に於いて右に出る者は居ないわね」

唇に滲む血を拭いながら、言う。


「矢っ張り…」

籠女は一言零す。

「貴方の危機感知能力は凄い。けどね、感知の穴もある。眼下に収めたものからしか…感知できないんでしょ?後ろをご覧」

黒瑠が振り返ると、背後に立地するビルの最上階に椅子に拘束された一人の男性が居た。


「さぁ!この攻撃を避けてみなさいッ!黒瑠ッ!」


放たれた髪の槍と刃を黒瑠は避けなかった。

槍が肩、腹部、そして下腹部に刺さる。更に、刃が右肩から左脇腹にかけて斬り裂かれる。その髪に血が伝う。

「キャハハハッ!これで終わりねッ!」

更に太く形成した髪の槍を伸ばし、黒瑠を狙う。

しかし、その攻撃は空を切った。

そこに黒瑠は居なかった。唯、残ったのは揺蕩う水面の様な静けさだけ。



刹那の間に黒瑠は籠女の目の前に現れ、拳を突き出す。

瞬時に右腕に髪を纏わせ、拳を受け止めるが。


気が付くと右半身の殆んどは無くなっていた。


黒瑠の身体から白い煙とシューっと音が溢れる。


「な、何がッ…起きたの…」

籠女は目を大きく見開き、そんな言葉を漏らす事しか出来なかった。


籠女の瞳に映り込んだ黒瑠の体には傷は一切無かった。

「な、何なのよッ!こ、この化け物ッ!もうッ…アンタなんて死んじゃえばいいんだわァ!死ねッ!死ねェ!」

髪を束ね、獣を創る。その獣が牙を剥き出し、黒瑠に噛み付く。

だが、一瞬の間にバラバラに斬り刻まれる。


黒瑠の時空を歪む程の強力な打撃が籠女の左胸を、核を貫通する。


「後ろからは殺さないであげましたよ」

白い息を吐いた後、黒瑠は拳を引き抜き、言った。


うつ伏せに倒れそうになる彼女を黒瑠は抱き止め、仰向けに寝かせる。

「安らかに…」


ビルの上に伯亜を抱えた蓮我が飛び乗ってきた。

「お疲れ様です。隊長。」

伯亜を降ろした蓮我が黒瑠に声を掛ける。


「ギャァァァッ!」

大泣きする赤子の声が突然響く。

「ママッ!マァマッ!」

横たわる彼女を見て、巨大な赤子の死胎ネクロが泣いている様だ。


ドスッドスッ、と歩み寄る赤子の死胎ネクロは大きさを維持したまま三体に分身する。


分身した三体の死胎ネクロは一瞬にして、倒された。

一体目は白いタキシードを着た男のうなじから伸びた獣の頭骨の牙でコアを噛み砕かれた。

「"白骨覇者ヴァイスボーン 棘間顕虎きょくかんけんこッ"!」


二体目は白衣に紫のインナーを着た女が放った紫色の電撃でコアを分解された。

「"紫雲鴉アマランスレイヴン 滅紫壊雷めっしかいらいッ"!」


三体目は黄色の浴衣を着た女の召喚した旧獣『獬豸かいち』の角でコアを穿たれた。

「"旧獣王ビースト・ワン 獬豸ッ"!」



「おい、黒瑠。其奴、知らねぇ顔だな。誰だ?」

上品なタキシードには似合わない下品な言い草をする男。

「彼は東京で拾ったんです。名前は玄影伯亜」

「玄影ですッ!」

伯亜の明朗な挨拶を無視し、男は言った。

「東京って…!真逆、光国のか?」

「ええ。そうですよ」

「まあ、いい。光国の奴等、全員が悪いって決めつけんのは良くねぇな」

「そうですね。成長しましたね。偉いですよ。昔はホントに目に余る程の暴君でしたのに」

「五月蝿ェ!手前ェは俺の親かッ!」


「紹介しますね。右から『白骨はっこつ亡虎ぼうこ』隊長、白尾魁聖はくび かいせい、『紫嘴しし雷鴉らいう』隊長、ヨザキ・二ルヴァーナ、『黄懐おうかい麒麟きりん』隊長、黄燐果フィン リンカです」

黒瑠は伯亜の方へ振り返り、言った。

魁聖は無反応、ヨザキは「宜しく」と短く、そしてやや冷たく、燐果は微笑んで軽く会釈と、各々の対応を見せる。

『燐果さんは良い人そう』

伯亜は冷たい反応の先の二人を見て、最後の燐果の反応に好印象を抱いた。


「ねぇねぇ、黒瑠君。大丈夫?服に血付いてますよ?」

燐果は黒瑠に駆け寄り、止血の為に浴衣の裾を千切ろうとするが、黒瑠が静止する。

「大丈夫ですよ。『オーバードライブ』を使ったので完治しています」

「流石!黒瑠君。それなら大丈夫ですね」


「オーバードライブってなんですか?」

話している二人の間を伯亜が割って入る。

「え…?何…」

燐果が伯亜を睨みつける。

『こ、怖ッ!この人も怖いッ!』

伯亜は胸中で声を漏らす。

『何、邪魔してんのよ!』

燐果は胸中で声を漏らす。

「説明しますね!では、医師のヨザキ先生お願いします」

不穏な空気を能天気な黒瑠が破る。

『あ、有り難う!隊長』

伯亜は再び、胸中で声を漏らす。

『え!?へ、黒瑠君ッ!良いの?私達の楽しい会話に水を差されたままで良いの?』

燐果は再び、胸中で声を漏らす。


「はぁ!?私がかい?」

ヨザキは終始、溜息を吐きながら説明を始めた。


「因子効用を最大限活用した最高威力の打撃の事よ。その威力は通常時の凡そ四. 零五倍を誇る。オーバードライブは血液が全身の末端に達した時にのみ発動するわ。強力な攻撃故に異能との併用は不可。何故、その様な現象が起こるのか。仕組みは至って簡単よ。それは因子は血液と共に体内を流動し続けているから。因子は血中のヘモグロビン、つまり赤血球が酸素と結合すると同時に結合し、酸素と共に運ばれているからなの。だから、指先から爪先まで余す事無く因子効用が働くのよ。又、強化されるのは身体能力だけで無く、身体の治癒能力も強化される。だから黒瑠の傷もこの通り、綺麗サッパリって訳さ。分かったかしら?」

「な、成程」

口ではそう言ったが伯亜の頭は停止寸前だった。



黒瑠は先の奇襲の報告をするため、魁聖、ヨザキ、燐果と共に対:死胎省の総隊長室を訪れていた。


「成程。慈愛の使徒、籠女。自らの頭髪を操作する異能イビルを有している死胎ネクロね…。ズボラ君、調査ファイルにお願い」

総隊長席に座るイリーゼは傍らの薄洞鑑はくどう かがみに指示をする。

「はい。後、総隊長。自分の名前は『薄洞』です。『ウスボラ』と間違えるならまだ分かります。状況から考えて唯、椅子に座って仕事を部下に振っているだけの貴女の方こそ、ズボラと云うべきでしょう」

イリーゼから報告書を受け取ると鑑は丁寧な言葉遣いで毒づく。

「私の何処がズボラなのかしら?優秀な部下の唯一の欠点である毒舌を毎日毎日受け止めているのよ?それだけでも充分じゃない?」

そう言って手にしたカップに満たされた珈琲を啜る。

「休日に部下を家に呼んで家事をさせる上司なんて居ません」


「あ、あのー。一寸、いいですか?」

燐果が気不味そうに口を挟む。


「そうね。ごめん、燐果ちゃん。で、何の用?」

「黒瑠君から話があるみたいです」

燐果は黒瑠を指して、言う。

「確か、今年の新人の話だったわね?」

「ええ。三人目の新人です。異能名は定かではありませんが『灰色の炎』を放つ異能です」

その場に居た黒瑠以外の全員が顔色を変える。イリーゼ以外のその表情は恐怖に染まっていた。

何故、彼等の顔が恐怖に染まっているのか。それは灰色の炎は『この世の全てを燃やす炎』であるからだ。更にその炎に因って過去に大災害が起きたことも原因である。


「黒瑠。彼を隊に入れるって本気で言ってるのね?」

「勿論です。彼は現状『軌跡撃アフターグロウ』しか使えない様です。私が彼に異能の使い方を教え、それを制御出来る様にする予定です」

「しかしッ!異能イビルを制御出来る様になった途端、虐殺を始めるかもしれませんよッ!」

鑑は慌てて、反論する。

「そのまま光国に放置して暴走されるよりは良いと考えただけです」

黒瑠は冷静に考えを伝える。

「許可するわ」

「しかし、総隊長ッ!」

「その代わり、黒瑠。貴方を信用していない訳では無いけれど。秋成しゅうせいを彼に接触させるわ。彼の前では嘘はつけないからね」

「ええ。構いません。それと、もし彼が犠牲者を出した時には私の命を懸けて」

「それは当然の事よ。その場合、私もなんだから」



セダンに乗り、来た道をそのまま走り、黒都に向かう。

無事、何事も無くアジトに着いた。

「うッ!気持ち悪ッ!」

クレインは再び、トイレに駆け込む。

「またか…。阿呆が」

「だからそれ関係あります?」


ジリリリリン、ジリリリリン、

再び、事務用の机の上に置かれた固定電話が鳴る。


「はい。こちら対:死胎ネクロ異能イビル戦線 黒都支部 分部隊『黒鋼の亀甲』です」

伯亜が気付いた時には既に蓮我が電話に出ていた。

「はい、分かりました。すぐに向かいますッ!」

彼は慌てて電話を切り、「隊長!大変ですッ!黒都に四体の死胎ネクロが出ましたッ!」

「さあ皆仕事の時間です!今すぐ着替えて!」

黒瑠は声色を変えて隊員達に指示をする。その後、机に置かれた赤いボタンを押す。

すると、街に虹都でも聞いた警報音サイレンが鳴る。


「君は着替えなくていいですけど、また、任務に同行してもらいますよ」

「え、いきなり現場なんかに行っていいのですか?」

「さっきも見たでしょ?大丈夫…君は強い。それに彼等と一緒なら大丈夫ですから。さっきも助けてくれたでしょ?」と黒瑠は優しく微笑んだ。

「でも…」

「大丈夫よ!」

高い声が鼓膜へ飛び込む。勿論、女性の声。声の主はクレインだ。

伯亜は声のする方へ目を向ける。

そこには木賊色とくさいろのポンチョに身を包み、黒い手袋にショーパンツを履いたクレインと、自身の髪色と同じ砂色サンドカラー長外套ロングコートを着た経、そして真っ赤なライダースジャケットを着込み、腰に柄に銀の刺繍の入った細い棍棒をぶら下げた蓮我の姿があった。

どの服にも左胸のところに金色の亀甲模様の刺繍が施されている。


「皆さんのその格好は?」

「これが俺たちの戦闘服だ。なんたって俺たちはこの世界の英雄ヒーローだからな。見た目も良くなきゃ駄目なのさ」

蓮我が自身の髪をかき上げながら自慢げに言う。

「そんじゃま、早く始めようぜ」

口元を歪めた蓮我の台詞。

「あ〜、ちょっと〜!今回は私が言うはずだったのに〜」

クレインは頬を膨らませて文句を言う。

「ていうか、なんで蓮我が仕切ってるの?」

経がボソッと呟いた。

「いいだろぉがよッ!先輩として格好ぐらいつけさせろ!」


黒瑠がパンッと手を叩く。

「ほらほら。早く始めますよ?」

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