第6話 孤独と後悔、故の決意

家に向かって歩く事、約十五分、家に着いた。幸い死胎ネクロと遭遇はしなかった。

いつも通りカバンから鍵を出し、玄関のドアを開けた。そして「ただいま」とリビングに向かって普段より声を張って叫んだ。

いつもとは違い、返事がない。

(何かおかしい)

伯亜はくあの直感がそう言っている。

こっそりとリビングまで忍んでドアに手を掛けた。

いつも通りの無機質なドアノブに少し温もりを感じた。ドアを引き開けるとき扉が何故か重かった。

開けると、切断された前腕がドアノブを握っていた。

血の気が全て引いてしまった。

そこには父親と母親の死体があった。父は胸部を切り裂かれ、心臓を潰されていた。

母は前腕を切り離されていて、死体から溢れた大量の血が床を赤く染めている。失血死だろう。


両親が死んでいるのにも関わらず、声も、涙も、出なかった。

(嗚呼、そうだった。コイツらは本当の両親じゃなかったんだっけ。)

冷たい表情で両親を見つめている。

(でも…この人たちは他人の俺を育ててくれた恩人みたいな人か…)

胸の痛みが増した。

その悲しみを全て還元したかのように伯亜の中に溢れ出した感情。

それは一〇〇%以上の怒り。

その感情は両親を殺した相手へ向けられたモノか。はたまた、合格発表後、すぐに家に帰らなかった自分へ向けられたモノかは定かではない。


様子がおかしい伯亜を心配してか、黒瑠がリビングを覗き込んだ。

「どうしました?」


「ッ!」

様子を伺った黒瑠は短く声を漏らした。


黒瑠は両親の死体に歩み寄り状態を見た。

「伯亜君…残念ですが…」


「俺、戦線に入るよ。戦線に入って俺の家族を…家族を…こんな目に合わせた奴をぶっ殺す!」


伯亜は強張る喉から無理矢理声を絞り出した。


「何故、突然そんな事を…?」

黒瑠は唐突な伯亜の言葉に問う。

「これは奴等の仕業だろ…。人間なんかにこんな事、出来っこない」

伯亜は怒りに呑まれ、脳内の総てが憎悪に満ち、侵されていた。


「………………」

しばらく沈黙が続き、その沈黙を黒瑠が口を開き、沈黙を破る。

「伯亜君…本当にいいんですか?」

「ああ、良いんだ!」

怒りに満ち、荒れた声で怒鳴る。

「伯亜君…それは己の復讐心を肥やす為ではないですか?戦線も立派な仕事です。命に関わる仕事です。その厳しさは光国の警察や消防となんら変わりありません。むしろ、異能イビルなんていう超常がある分、君の想像もできないような酷い死も目にします。心臓を貫かれたり、グチャグチャにされたり、目の前で救えない命も今後、死ぬ程その目に焼き付けなければならない。両親を殺した相手への復讐…。動機としては充分かもしれません。はっきりと言わせて貰います。今、君の中を満たす怒りなどほんの一時のことなのです。覚悟が…この仕事では覚悟が最も必要なのです。君にその覚悟がありますか?もし、自分の両親を殺した相手が目の前に現れ、その相手が人質をとった場合…。君は人質よりも相手を殺す事を優先しませんか?この仕事は民を守るのが本質です。君がもしそんな境遇に陥ったとき、君は自分の命を投げ打ってでも人質を守る覚悟がありますか?ちゃんと考えてからものを言ってください」


さっきまでの優しさはどこへ行ったのやら、そう思わせる程の強い口調で言う。


黒瑠は自身が相当多くの死に関わってきたということが、さっきの言葉から伺える。また、この仕事自体が影国のように闇が深いのだとも感じ取れた。

しかし、伯亜はもう決めていた。


「そうですね。復讐心かも。でも…それでも、復讐かもしれないけど、その『過程』で助けられる命があるのなら。俺はやる…戦う」

「君にその力があると?」

「俺には、俺の中には何かいるんだ。信じて貰えるかは分からないけど。さっきは其奴のおかげであの死胎ネクロを倒せた。俺の中に何がいるかは分からない…。でもその力をいつか自分の物にして沢山の人を助けて、両親の仇を討つ」


伯亜は自分の覚悟を伝えた。


すると黒瑠は優しい表情に戻り、口を開く。

「そうですか。合格です。君を我等が黒鋼くろがね亀甲きっこうに迎えましょう。返答次第では記憶を消して、ここに置いて行こうとも考えていたんですけどね。思い過ごしでしたか…。それと私は君の覚悟を認めましたが、まだ君自身を認めていないので、一度ならず、二度も逃げようとした人を信じろという方が無理がありますので、私の信頼を勝ち取れるように頑張って下さい」

字面にすると辛辣だが、言葉としては優しかった。

「ご家族のご遺体はこちらで預かって後日、埋葬しますね。」

「はい…。火葬ではないのですか?」

「影国には火葬という文化はないんですよ。それでは、アジトに戻りましょうか」



伯亜達は行きと同じ通路を通って帰って来た。アジトの扉を開けようとした時、黒瑠が制止した。

「ちょっと待って下さい」

「どうしました?」

「アジトに入る前に聞きたいことがあります。【あのこと】について皆に言いますか?」

「言うつもりはありません。あの方々に俺の苦悩を背負わせたくは無いので…」

「なるほど、分かりました。私が言ってしまわないように注意しないとですね。」

「た、頼みますよ」

口の軽そうな黒瑠を見上げながら、言った。


「嗚呼、そうそう。隊員は皆、良い子達なんですけど、一寸、難が有る子達でもあるので」

「例えば?」

「今居るメンツだと『戦闘狂』、『ムードブレイカー』、『コミュ障』と言った処でしょうか」

「な、成程…。(大分キャラ濃いな)」


今度こそアジトの扉を開け、伯亜は大きな声で、「色々あって結局、隊に入ることになりました。玄影伯亜です。何卒宜しくお願いします。」と両親が死んだことを悟られないように少し明るくして見せた。

それはあの時のような無意識の偽装ではなく意識のある気遣い?とか最低限度の配慮?のようなものだった。

伯亜は強い視線を感じた。視線を感じた方へ目を向けると、あの砂色サンドカラーの髪色の経とかいう男が伯亜を睨んでいた。

伯亜は(また、やってしまった)と思い、「すみません」と慌てて口を塞いだ。

「三人共自己紹介を」と黒瑠が指示をだした。「はいは〜い、私から〜」と深緑色のボブヘアのクレインとかいう女が伯亜とその男の間に割って入って、「私はクレイン・アラクネで〜す。よろしくね〜。伯亜キュ〜ン」と自己紹介をした。

(キュ、キュ〜ン?この人がムードブレイカーか)

そのテンションの高さと名前の後の〈キュ〜ン〉に終始引き…圧倒されながら、差し出された左手を握った。

「俺は、陸島経くがしま きょうだ。さっきは睨んで悪かった。後、殴ったりしても悪かった」とサンドカラーの男が謝ってきた。

「いえいえ、こちらこそ、大きな声を出してすみませんでした。(この人がコミュ障なのか?)」伯亜も謝った。

更に無駄に目立つ赤髪の男が言う。

「俺は石塋蓮我せきえい れんがだ。よろしく」

髪色の割に普通な挨拶をしてきた。

「宜しくお願いします。(髪色の割に普通だ…。消去法でこの人が戦闘狂…?)」

伯亜も普通の挨拶を交わした。


挨拶が終わったその時。

ジリリリリン、ジリリリリン、

事務用の机の上に置かれた固定電話が鳴る。


受話器を持ち上げ、黒瑠が電話に出る。

「もしもし。あー、はいはい。あ〜、はい。了解」

受話器を下ろし、踵を返して言った。

「それでは今居る皆で【虹都こうと】に向かいますよ〜」

「「はあ!?虹都に!?」」

蓮我とクレインが過剰に反応する。

「虹都まで何十キロあると思ってんすか!」

黒都と虹都は相当距離が有るらしく、それ故に二人は慌てて反対の意を示している様だ。

「行きたく無いなら、置いて行きますけど?」

「あ、あのー。皆さんが居ない間は誰が黒都を守るんですか?」

伯亜が神妙な面持ちで問う。

「良い質問ですね!その調子ですよ!実に感心な部下ですね!」

普段の飄々とした調子で応える。

「で、あの。答えて下さい」

「その間は別部隊の『緑樹りょくじゅ木霊こだま』の派遣隊員が代替してくれますので問題ありませんよ」



ボンネットに金色の亀甲模様の刻まれた黒いセダンに乗って、整備された長い歩道を走る。


街は一面黒いコンクリートに覆われ、ビルが幾つも並んでいる。

街の周囲は高い壁で囲われていて、


黒都と虹都の間は真っ直ぐな一本道で左右には森林が広がっている。


何時間経ったか分からない程、延々と車の中で揺らされる。

虹都は高い二重の岩壁に囲まれている。

一枚目の岩壁の内側には石畳の歩道と石造りの建物が存在し、旧ヨーロッパを彷彿とさせる景色が広がる。

二枚目の岩壁の内側には現代の東京の様にビルが建ち並び、その間を幾つもの交通機関が入り乱れる。

その中央に二つの尚高い建物が並ぶ。

「あの建物ってなんですか?」

「左がネクロを管理する我等が組織、戦線の本部がある【対:死胎ネクロ省】。右がクリティアスを始めとする全世界の異能者イビラーを管理、監視する【対:異能者イビラー省】。まあお互い仲良く無いので余り、目を付けられ無い様にしましょうね」

まるで伯亜以外の者にも言い聞かせる様に言う。

岩壁には門が有り、『朱翼しゅよく燕雀えんじゃく』の隊員が立つ。

「あの人達は?」

伯亜は隊員達に目を向け、問う。

「あれは検問だ」

蓮我は端的に答える。

今回は『亀甲』所有の専用車に乗車していたので、チェックをパスした。

警戒の厳しさがクリティアスの最重要機関の管理の厳しさを物語る。

「厳重な警備ですね」

警備体制が目に止まった伯亜が言葉を漏らす。

「そうですね。処で何故こんなに警備が厳重なのか分かります?」

「えーと、何か守るべき物があるとか?」

突然の質問に一瞬考え、即座に回答した。

「そりゃそうだろ」

蓮我に毒突かれ「は、はい…。スミマセン」と蓮我と経の間で伯亜は身を縮めて謝る。

「まあそうですね。間違いでは無いですけど…。最適解ではありませんね。正解は『虹都には生活の要となる機関が沢山ある!』でした」

黒瑠が相変わらず能天気な声で言う。しかしその後、発された言葉は声色を一変させていた。

「後は『死胎ネクロに為られたら世界が終わる人間が居るから』とかですかね」

「えっ?それはどういう事ですか?」

「戦線の総隊長、イリーゼ・セラフィム。彼女の異能イビルは〘万象の始祖エレメントルーツ〙。地球のあらゆる現象のエネルギーを体内に吸収し、それを自由な時に放射出来る能力。彼女が死胎ネクロに為った時点で世界は終わり。地球は球体では無くなるといわれる程強力なモノです」

伯亜は固唾を飲んで聞いている。

「我々、異能者イビラーには異能イビル、戦闘能力、援護能力から【刻級】と呼ばれる十二の階級に分けられるのですが、彼女は最上位の【ちゅうの刻】に属する実力者。この世界に四人しか居ない逸材です。因みに私は【いんの刻】です!」

「チュウ…?イン…?」

「十二支の丑と寅の事だ」

蓮我が黒瑠の代わりに答える。

「十二支なのに子が最初じゃないんですね」

「それは丑と寅が鬼門と言われているからです。後は最上位が子では締まりがないって事で丑を最上位にしたみたいです」


「それにしても上層部も莫迦ですね。あんな下級の隊員を置いたところで…無意味なのに」

「え?」

不意に放たれた言葉に伯亜の声が漏れた。



虹都 南門入口


「はい。御協力有り難うございます。御通り下さい」

「ええ、有り難う。処で…貴方達。聞いた事あるでしょ?【慈愛じあい使徒しと】 籠女かごめという名前」

「な、何故、貴女からその名前がッ!?」

「フフッ、本当に鈍いわね!雑魚共がッ!」

隊員達は素早く反応し、攻撃を仕掛けるが、次の瞬間には高い岩壁に磔にされていた。

籠女は磔にした隊員達に背を向けて、立ち去った。



車を路肩に止め、皆は車を降りる。

真っ先にクレインが飛び降りた。そして直ぐ側の建物のトイレに駆け込む。

「ど、どうしたんですか!?」

「酔ったらしい。これだから阿呆は…」

「それ阿呆と関係有ります?」


突然、警報音サイレンが騒々しく響き渡る。

警報音の直後、ビルから黒煙が立ち昇り、激しい爆発音が轟く。


「蓮我と経は住民の避難を最優先!」

黒瑠は迅速に指示を出すと、伯亜を脇に抱える。

「えっ?」

「丁度良い機会です」

「何のですか!?」

「早速現場に直行しますよ!」

「えぇ!?」


黒瑠はガードレールを強く蹴って、飛翔する。

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