第5話 常夜の世界〜半幽世〜

「強く殴り過ぎたんじゃねえのか?」

「確かに、きょうは加減下手だもんね」

伯亜はくあの耳にうっすらと、こんな会話が聞こえ、目が覚めた。

伯亜は味気ない部屋の一角のベッドの上で寝ていた。

そこにはあの二人と無駄に派手な赤い髪色の男がいた。

「んっ、目が覚めたか?」と赤髪の男が伯亜に言った。

伯亜が『ここは?』と言おうとしたその瞬間、「良かった、バカ経に強く殴られて、目が覚めないかと思った!」と深緑色のボブヘアの女が優しく、伯亜を抱いた。

「隊長に報告してくる」

赤髪の男はそう言って部屋を出た。

伯亜は状況を理解できず、ベッドから上体を起こしたまま固まっていた。

伯亜を抱いていたその女もそのことを悟ったか、少し慌てて伯亜から離れた。

女から開放された、伯亜は先程聞けなかった、「ここは?」を口に出した。

「ここは日食領域エクリプスエリアだよ」

「日食領域!?」

伯亜は大声で繰り返した。

「うるさい…」

部屋の片隅に置かれた椅子に腰をおろした、伯亜を殴ったと思われる、経と呼ばれる砂色サンドカラーの髪の男が不機嫌そうにぼそっと呟いた。

「あっ…すみません」

伯亜はついつい謝った。

「別に謝らなくてもいいのよ。経は大きな声が嫌いなだけだから…」とだけ言って女は、話を続けた。

しかし伯亜が大声を出してしまったのは、仕方がないことだろう。見知らぬ者達に禁足地に連れて来られ、挙げ句の果てにその人達は禁足地に住んでいるようなのだから。

「あんたら、一体何者?」と伯亜が聞くと、待ってましたと言わんばかりに答える。

「私達は、君がさっき戦った怪物"死胎ネクロ"から、この国"クリスティア"の民を守る為に、設立された、対:死胎 "異能イビル"戦線、分部隊 黒鋼くろがね亀甲きっこうの隊員さ!」

「…………」

理解しかねることをドヤ顔で、ズラズラと連ねられた伯亜は呆然とする。

「………あのー、情報量が多くて、頭が追いつかないんですが…」

「あっ、ごめんなさい。ついつい、話し過ぎちゃった!(テヘペロ)」


その瞬間バンと部屋の扉が開き、背の高い糸目の中国系の顔立ちに黒い長髪をぶら下げ、黒い和服を着た男性が入ってきた。

「ちょっと彼と少し話させて下さい」

男性はそう言うと更に続けた。

「始めまして、黒鋼の亀甲 隊長、王黒瑠ワン ヘイルです」

たかが一般人である伯亜に余りにも丁寧な言いぐさで黒瑠という人物は自己紹介をした。

どうやら、さっきの赤髪の男が報告しに行ったのは彼だったようだ。

「クレイン、経、蓮我れんが、電話番をお願いします」と黒瑠が三人に指示を出した。

「了解!」と先程まで緩い会話をしていた人達とは思え無い程切れのある返事に伯亜は『おっ』

伯亜は胸の内で少し驚いた。

三人は部屋を出ていった。


黒瑠は先程まで、経と呼ばれた砂色サンドカラーの髪の男が座っていた椅子を伯亜の寝ているベットの脇に引き寄せ、腰を降ろし、話し出した。


「どんな、馴れ初めでここへ?」と質問してきた。

伯亜はこれまでのことを余す事なく伝えた。そう『偽りの自分』の事も。



「なるほど…それで日光を避ける為に日陰に入ったら死胎ネクロに襲われたと…君はとことん運が悪いですね…」と少し同情気味に言った。

「でも…あの巨人型の死胎ネクロを撃破するなんてなかなかの逸材かもですね」

彼が言い終えると伯亜の中のもう一つの大きな疑問をぶつけた。

「アレは…あの怪物は一体何なんですか?」と。

「アレは死胎ネクロという人間の死体から生まれる怪物です。ちょっとややこしい話なんですけど、奴等は自ら殺した人間に種を植え付け繁殖する。奴等は後世が途絶える事の無いように殺人行為が生殖行為とった化け物です。殺意の塊です。その姿も様々、君が討伐した巨人の様な姿から鬼や動物の様な姿まで」

表情を一変させた。

伯亜は固唾を呑んで言う。

「人間…ですか。あんな姿でも元人間。じゃあ俺は人を…殺した」

伯亜は顔色を悪くして、俯いた。

「それは違います。奴等は死んだ人間の体を乗っ取って動いているだけです。所謂いわゆる動く屍です」

「じゃあゾンビみたいなものですか?」

「まあそんな感じで把握して於けば大丈夫です」

伯亜をフォローした後、「で、この後はどうするんですか?」と問う。


伯亜には二つの道がある。

一つ目はこの世界でこの人達と一緒に死胎ネクロと戦うか。二つ目は元の世界で普通に生きるか。

二つは一つ目に比べて全然辛くないだろう。

唯、心が苦しいだけだ。

伯亜にはこっちでやり切れる自信がなかった。

この世界の民を守る為にあんな怪物と戦える自信が無い。情けないけど仕方ない。

「一回、元の世界へ帰ります…よ」

「そうですか…うちで雇ってもいいんですけどね」と、残念そうに応えた。

「では、元の世界"光国界こうこくかい"まで案内しますよ」

「光国界?」

「ええ、君達の住む世界のことを光国界、私達の住む世界、要するに日食領域エクリプスエリアのことを"影国界えいこくかい"と呼ぶんですよ。因みに我が国は"クリティアス"。我々の今居るのは黒の都と書いて"黒都"と言います」


伯亜は彼等の住む影国界から元の世界、彼等の言う光国界に戻ることにした。


伯亜達は黒鋼の亀甲のアジトを出た。

アジトは外から見ると、哀愁漂う煉瓦造りの建物だった。

ふと空を見上げると薄く雲が架かった夜空が広がる。しかし雲だけが見えるだけで月も星も無い、只々真っ黒の塊が存在しているだけだった。月の表面の様にクレーターが幾つも在る。

その存在が日食星エクリプスなのだ。

「本当に在るんですね。日食星」

伯亜は小さく呟いた。

「ええ、我々はもう慣れたものですけど、あっちの世界の人は信じ難いですよね。アレが在るから此処ら辺には陽光が差さないんですよ」


黒都の街並みは元の世界の街並みとさほど変わらなかった。むしろこっちの方が発展しているようにも思えた程だった。

黒都と元の世界は鏡で繋がっていた。

黒瑠と伯亜はその鏡の前に立ち、黒瑠が「鏡ウツシ」と唱えると…。


月明かりの差し込む元の世界のあの路地裏へ戻っていた。

もう日は沈み、あのうざったい暑さも消え失せていた。

「あの鏡は?」

「あれは戦線の幹部の異能イビルですよ」

「イビル?」

「はい、異能イビルです。」

そう言うと彼は長い和服の袖を捲って、見せた。

肘から拳に掛けて黒く変色していた。

「え、えーっと、腕、大丈夫ですか?」

「ええ、問題ありません。これも私の異能イビルなので」

「イ、…イビル?」

「そう、我々は空からの光を失い、その対価として異能いのうを得たのです。これが私の異能イビル黒鋼クロガネです。きっと…君の中でも異能イビルが眠っているはずですよ。あの中型死胎ネクロを倒した強力な異能イビルが。あと、安心してください。ただ纏わせてるだけですので。」

そう言うと黒鋼はシュルシュルとまるで薄い布の様に掌へ吸い込まれた。

その異能イビルは古くから影国に伝承されているらしい。また、不思議なことに異能は日光の下では発動しないらしい。


「ここからは家にナビを使って行けますから、もう大丈夫です。ありがとうございました」

伯亜は黒瑠に感謝の意を伝え、別れを告げる。

「ちょっと待って、夜は危険です。一応、家までは…」

「大丈夫ですよ。一応剣道やってましたし、今は木刀も刀もあるので」

「…カ、タ、ナ?」

「あ、いえなんでもないです」

刀を持っていることがバレたら厄介事になると考え、慌てて誤魔化した。

「そうですか。話を戻しますね。その…危険だというのは光国でも死胎ネクロが出るからなんです」

「えっ…」

「元の世界にも死胎ネクロは存在しています。さっきの鏡を通って」

「え?まず、あんなの通れるんですか?」

「ええ、現に君の倒した死胎ネクロも唯、日陰に入っただけで、まだ光国でしたよね?」

「え?じゃ、じゃあなんであんな物設置してるんですか?」

「アレは君の様な人に人生の選択肢を増やす為の物です」

「でも俺あんなの見た事ないですよ?まずあんなのが普通に公の場に居たら、目立ってしょうがないですよ?」

死胎ネクロは日光の下では生前の姿に戻り、徘徊しているんです。そして夜になると死胎ネクロの姿に戻り、人を殺す…異能イビルを使って」

死胎ネクロ異能イビルを使う?』

伯亜は疑問を抱く。

「イ、異能イビルを?」

「そうです…我々が持っている異能イビル…。彼らも異能イビルを持っています。何故なら死胎ネクロも元は人間。生前の異能イビルが使えるのは当然の事です。我々の体には異能いのう細胞が有り、それが異能いのう発動の鍵。たとえ、死胎ネクロに成り果てようとその細胞は不変。更に死胎ネクロも〘死胎蘇生ネクロマンサー〙という誰かの異能イビルですから」

「でも異能イビルは日光の下では使えないのでは?」

「そうですね。普通なら死胎ネクロ異能イビル発動前の元の遺体に戻るはず。でも発動者が日光に当たらないと異能イビルは発動し続けるのですよ。でも当の本人は夜にならないと異能イビルを使えないので夜になってから異能イビルを使って人殺しをし、増殖する…。だからもしかしたら、君の近くにもいたかもしれません。人間に化けた死胎ネクロが。なので言わせて下さい…」

「何を?」

黒瑠を見上げて、伯亜は問うた。

「私に出会うまで生きていてくれてありがとう。そしてあの死胎ネクロを倒してくれて…ありがとう。君があの死胎ネクロを倒してくれなければ君は死胎ネクロになり、あの死胎は光の下に出て行ってしまった。そしたら、我々では対処しにくくなってしまう。だからありがとう」

伯亜を強く抱きしめて言った。

「そういえば何故、日光の下では異能イビルを使えないのですか?」

「研究者曰く、日光が異能者イビラー異能いのう細胞に何かしらの作用を与えているそうです」

「あっ、そうですか…」

伯亜は返事をしたもののよく理解出来ていない。

「だから、折角なので生きている君を守る為にも送らせて下さい」

抱きしめていた伯亜の体を離して言った。

「はい…お願いします」

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