おじいちゃんが百一歳まで生きたい理由(KAC20225)

つとむュー

おじいちゃんが百一歳まで生きたい理由

 私の家は「大和」という駅の近くにある。

 周囲は畑ばかりの超田舎だ。


 えっ、大和駅だったらロマンスカーに乗れば新宿まで四十分だって?

 それは神奈川県の大和駅の話。

 小田急線沿線で都会だし、急行でもほぼ同じ時間で新宿に行くことができる。


 私が住んでいるのは茨城県。

 同じ大和駅でも、水戸線の大和駅なんだ。

 名前はカッコいいけど単線だし、一時間に一本か二本しか電車が来ない。

 電車が走ってるだけマシ? でも終電が東京駅二十一時発ってヤバくない?


 そんなところに家を建てたのは、今年八十八歳になるおじいちゃん。

 昭和九年の九月二日生まれだから、昭和一桁世代の最後にあたる。

 その年の三月に満州国で愛新覚羅溥儀が皇帝になり、八月にヒトラーが統帥になったと言えば、どんな時代だったか分かってもらえるだろう。


 十歳の時に疎開先で終戦を迎え、家族と一緒に東京で苦労して、東京の大学に通って東京に就職した。

 だったら東京に、せめて埼玉か千葉に家を建ててくれればよかったのに……。

 無人の大和駅に降り立つたびにそう思う。


「ねえ、おじいちゃん? なんでこんなところに家を建てたの?」

「それはの、陽那が大人になれば分かることじゃ」


 子供の頃から訊いているけど、いつも同じ答えしか返ってこない。

 そんな私も大学生になった。

 四月から法律が変わって、成年年齢になる。


「おじいちゃん、私、四月から大人になるんだけど」

「あれれ? 陽那の誕生日は六月だったじゃろ?」


 八十を過ぎても記憶がしっかりしてるなんて、おじいちゃんは凄い。

 ちっとも病気になんかならないし、ちゃんと自分の歯で食べることもできる。

 それも田舎に住んでいるおかげってことなのかな?


「四月から法律が変わるの。だから教えてよ、ここに家を建てた理由」

「そうじゃの。わしは百一歳まで生きたくての、ここに住み始めたんじゃ」


 百一歳?

 百歳の間違いじゃないの?

 というか、微妙にはぐらかされてない?


「おじいちゃんの生きる目標じゃないよ。この場所を選んだ理由だよ」

「だから、ここに住んどる理由が生きる目標なんじゃ。わしが百一歳になればわかる」


 そしておじいちゃんは、はっはっはっと笑いながら寝室に引っ込んでいった。


 いやいや、ちっともわかんないんだけど。

 住んでる理由が生きる目標?

 長生きするために、こんな田舎に住んでるってこと?


「なによ。だったら徹底的に調べてやるんだから」


 私はネットで、おじいちゃんが百一歳になる未来のことを調べ始めた。

 そして、すごいことを見つけてしまったのだ。



 ◇



「おじいちゃん! まさかアレを見るためにここに家を建てたの!?」


 翌日、私はおじいちゃんに訊いてみる。

 するとおじいちゃんは凄く嬉しそうな顔をした。


「ほお、陽那にはわかってしもうたか。本当に大人になったんじゃの」

「じゃあ、屋根裏部屋の天窓もそのため?」

「そうじゃよ」


 私の家には、二階のさらに上に屋根裏部屋がある。

 子供の頃、私の恰好の遊び場だったんだけど、そこに設置されている天窓をずっと不思議に思っていた。

 というのも、ガラスの面が真っ黒なのだ。

 太陽光を取り入れるための天窓なのに。


「屋根裏にしまってあるものを傷めないためだと、ずっと思ってたんだけど……」

「違うんじゃよ。真っ黒なのはアレを見るためじゃ」


 おじいちゃんがそこまで考えているとは知らなかった。

 そりゃ、百一歳まで生きなきゃ割りが合わないってもんだ。


「アレはな、東京じゃ見れないんじゃよ。茨城、栃木、群馬、長野、そして富山県民の特権じゃな」


 そうなのだ。埼玉県や千葉県でも見れるけど、埼玉なら東大宮より北に、千葉なら柏よりも北に行かなくちゃ見られない。

 茨城県ではほぼ全域で見れるけど、ここ大和駅付近が一番条件がいいらしい。


「だから、どうしても百一歳まで生きたいんじゃ!」

「私も一緒に見たい。おじいちゃんの長生きを応援するよ」


 二〇三五年、九月二日。

 おじいちゃんの百一歳の誕生日。

 本州で百四十八年ぶりに皆既日食を見ることができる。

 私は初めて、この場所に家があってよかったと思ったんだ。

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おじいちゃんが百一歳まで生きたい理由(KAC20225) つとむュー @tsutomyu

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