THE・ソバットマン

古杉連太郎

ソバットマン・ビギンズ


業紗夢市 ごうさむし。そこは摩天楼が連なり真夜中にあってもネオンライトが途切れることのない国内有数の大都市。人口1千万を誇り国内のGDPの大半を担うそこは、住みたくないランキングNo1.を誇る大犯罪地域として知られている。

30秒に1件強盗が発生し、1分に2件殺人事件が発生。交通事故発生件数は一日に100件を超える。


ありとあらゆる犯罪者たちがのさばる危険な場所ーーー。

そう呼ばれていた街は、今変わりつつあった。

理由は警察権力とは別のマスクをつけた自警団ーーーライトフェイスの誕生である。

自らの正体を隠しながら正義のために犯罪者と戦う彼らの力によって街は秩序を取り戻しつつあった。

だが同時に犯罪者の中でも特に残酷かつ思想的な犯罪に手を染める者たちが出てきた。自分自身が何者かを明かさない、覆面をつけた凶悪犯ーーーそれがダークフェイスである。

正義と悪が、自らの素顔を隠しながら争い合う。世はまさにノーフェイス時代。


そんな中で、ビルの屋上で4人のノーフェイス達が対峙していた。

「……観念しろ。お前たちの企みは、ここまでだ」

一人は黒衣に身を包んだ男。口元以外の顔をすべて隠し、ボディアーマーと一体化した特製のスーツに身を包む彼は、ソバットマン。

寡黙だがその確かな実力によって警察とも協力して悪人退治を行うことでその名を知られるライトフェイスだ。


対峙するのは、パトロール中に遭遇した三人のダークフェイス。

「くくく、悪い冗談みたいな話だよなあ。ほんとうに……もっと笑えよ」

そう言って傍らからナイフで切りつけてくるのは、コメディー。

道化師風の白塗りの化粧をした男で、愉快犯罪でその名を知られている。口元に塗られた赤いラインは、大きく笑っているように見える。

ソバットマンは乱雑に振り回されるナイフを躱し、反撃の一打を叩き込む。

だがそこに立ちはだかるのは禿頭の巨漢。

「どうした、ソバットマン。そんなものか。……この世のすべての痛みを味わい尽くした俺に、そんな技はきかねえぜ」

ペインと名乗り犯罪組織を率いる彼は、鍛え上げられた肉体をソバットマンに晒す。

「ふふん……!!」

ソバットマンの連打を眉一つ動かさず受け切ると、ペインは盛り上がった筋肉で殴りかかる。障害物となるパイプやコンクリートの壁を拳で打ち砕きながら、ソバットマンは回避するしかない。


「そこまでにしよう。遊んでいる時間はもうない」

そして最後の一人はフルフェイスマスクの男。名はマヨラー。

様々な犯罪行為を行う一方、その中に人を迷わせる仕掛けを好むのが特徴だ。

彼にとってはすべてがゲーム感覚で、彼を追う者たちをあざ笑う。


マヨラーの言葉にペインは舌打ちし、コメディーはわざとらしく天を仰ぐ。

「さて、ソバットマン。一つ、なぞなぞだ」

マヨラーのマスクの向こう。唯一露出しているゴーグル越しの眼光が、鋭くソバットマンを捉えている。

「転がっていても立ってしまうもの、立てば見えなくなるもの。それはなんだと思う?」「何……?」

瞬間、足元から突如白い煙が吹き上げる。

「くそ、答えは煙……か」

誰もいなくなった屋上で、ソバットマンはひとりごつ。凶悪な事件を起こすことで知られる三人のダークフェイス。奴らを捉える機会を逃してしまったことに、苦い思いが湧き上がる。


ライトフェイスとダークフェイス。

光と闇の戦いに、終わりはない。


だが深夜をすでに回っている時間。ソバットマンは再びパトロールを行う前に、次なる一手を定めた。ここから奴らを追跡する上で自身の体力を取り戻すために必要なのは、

「腹ごしらえだ……」


*****


ノーフェイス活動中、マスクを剥がれることは自らの正体が明かされ、社会的な死にいたることと同義である。それ故に自身のマスクを簡単に外されないように様々な処置が施してある。外そうとすれば電流が流れたり、手をかけた人間ごと自爆したり。

だがそれは同時に自分でも容易には脱げないということも意味している。

そうなると問題になるのが食事である。

マスクをつけたままの食事を、どこでとるか。


外で食べるという手段もあるが、それこそこの犯罪あふれる街中ではひと目のつかないあらゆる場所が危険地帯になる。そのためどこかの店に入るのがベストだ。

ソバットマンも、以前深夜営業のファミレスに行ったことがあった。

その時はうっかり合コン上がりの大学生たちと遭遇してしまい、苦い思いをした。

ちゃらい若者たちが絡んでくるのを前に、ドリンクバーを一杯飲んですぐさま逃げるしかなかった。あのときのような惨めな思いは二度としたくない。未だにあの辺りのパトロールだけはしない。


そんな彼が向かうのは、一軒の店だ。業紗夢 ごうさむ線沿いの高架下に立ち並ぶ店の数々。その中の一見、薄汚れた小さな小料理屋。

そこには様々なマスクを付けた者たちが集まる、聖域であった。


マスク居酒屋「魚地麺 うおちめん」。還暦を迎えた老夫婦が営み、様々な麺料理を出すこの店では、マスクをしたままの食事が認められている。

つまり客がいかなる格好をしていても、そのまま受け入れてもらえるのだ。深夜までの営業に対応してくれて、マスクOKでおまけに味がうまいとなれば、流行らないはずもない。様々なノーフェイスたちの憩いの地として知られている。


ソバットマンは横引の扉を空けて暖簾をくぐり、カウンターへと腰掛ける。

だが店の特徴故に、まさかの展開がある。


「あ……」「「「え……」」」


そこにいたのは、誰あらん。つい先程まで死闘を繰り広げていたダークフェイスの三人だった。


思わず腰を浮かすペインとコメディーに、ファイティングポーズを取るソバットマン。しかし店内にいた他のノーフェイスたちの目が注がれるのを見て、両者動きが止まる。

「余計なことはするな。ここをどこだと思っている」マヨラーの冷徹な声が響く。


そう。今回のようなことは、決して珍しいことではない。

店は光も闇もすべて受け入れる。そのため店内では基本は黙食。かつ店内での戦闘及び食後10分間に何らかの暴力行為はご法度。

もし該当行為があれば、場合、店の常連であるライトフェイス、ダークフェイスの全員が制裁を加える。いつの間にか出来た不文律であり、それゆえに誰もが安心して食事を取れる場所として非戦闘地帯として機能していた。


思わず舌打ちしながらも、ソバットマンは腕を下ろす。そのままカウンターの端に腰掛け、四人がけの席とは距離を置いた位置へと腰をおろした。

如何ともし難い状況だ。だが、やるべきことは一つ。

「コウモリソバ一つ。トッピングはいつもの」

カウンターの向こうにいる店主にそうオーダーする。

なおソバットマンのマスクは、鼻から上を隠す一方で口元が開かれている。そのため食事自体は難しくない。ソバットマンは大のグルメであり、麺類…特にソバに目がなかった。

ソバットマンという名前の由来も実はソバが好きだったからなのだが、飛び蹴りが得意だったことからなぜか「ソバット」を由来にしていると思われている。

「へい、コウモリソバお待ち」

看板メニューであり調理も簡単なため出るのはすぐだ。ダークフェイス達の卓に何も来てないのをほくそ笑みながら、ソバットマンは出てきたソバに早速手を伸ばす。


コウモリソバはこの店の看板メニューの一つ。卵を落とされたソバの上に、コウモリ型のシルエットのノリがのせられたソバだ。海外にいる有名なライトフェイスをモチーフにしているらしいが、ソバットマンには興味ない話だった。重要なのはソバがうまいことだ。

コウモリソバには、いくつかのトッピングがある。小芋に小ネギに小魚にこんにゃくなど、「こ」がつく食べ物を三種類選んでトッピングできるのである。ソバットマンのお気に入りは上記の3つだった。夜風をぶつけられ、冷えた体に蕎麦が染み渡る。小ネギをスパイスにしつつ小魚でダシを取るように沈ませながら小芋を箸でつつく。

舌鼓を打つ一方、ソバットマンには疑問があった。すなわち、あのダークフェイスたちはマスクをしたまま食事が取れるのか、と。

ここに来たからには、わざわざマスクを取ることはしないだろうが……一体何を、どうやって食べるのか。ソバットマンにも興味がわいた。


そうして、ソバットマンが待ち望んだ声が聞こえた。

「へい、お待ち。大爆笑パスタ」

店員が持ってきた料理がダークフェイスたちの卓に置かれたのを見て、ソバットマンは思わず目を見開いた。まず出されたのはナポリタンだった。

その皿が置かれたのは……コメディーの前だった。


まさか。ケチャップソースが大量に浴びせられたそれを、メイクしたまま食べるというのか。ソバットマンは驚愕に箸を止める。そんなことをすれば、口元がベチャベチャになってしまうぞ!

だがそんな葛藤をよそに、コメディーの口元が怪しく歪む。フォークを巧みな指さばきで回転させてパスタを巻きつけると、そのまま口元に運び……口に入れると同時にちゅるりと皿に伸びた麺をすすりあげる。

「……なんてことを」

ソバットマンは思わず声を漏らす。正気の沙汰ではない。

次々と吸い上げられるパスタ。ケチャップソースが飛び散り、口元のベチョベチョの面積はその領土を広げていく。

「くっくっく」

美味。思わず笑みが溢れるといった具合に喜色満面にコメディーはナポリタンを平らげていた。自身の顔がもはや道化師というか、メイクに初挑戦した小学生のように異様な形相になっている。


だがそこから信じられない光景をソバットマンは目の当たりにする。

口元についたケチャップソース。……それをコメディーは口の端に伸ばし始めたのだ。まるでいつものように、道化師の笑い顔を作るように。

「!?」ソバットマンをしても驚きの事実だった。まさかコメディーの口元の赤いペインティング。あれはナポリタンのソースだったとは!!

だたそれでも口元全体の汚れが大きすぎる。逆ピエロみたいになってる。

だがここでさらなる兵器を出してきた。先程配膳の際に脇に置かれていたパルメザンチーズ。味変のためのそれを、コメディは手のひらにまぶせると、そのまま口元につけ始めたのだ。そうして口元のラインを整えていき……いつの間にか、いつもどおりの道化師フェイスが完成していた。


驚きの連続だった。いや、よくみるとコメディーは白いと思っていたが、やや赤みがかった照明のもとでは黄色く見える。あれは白粉ではなかったのか!

取っ組み合いをするときに、ちょっと腐ったような匂いがすると思っていたが、まさかチーズの匂いかあれ!?

ソバットマンは驚きつつも次なる一皿をみるべく、替え玉のそばとごぼ天を追加で注文する。


「へい、激辛地獄ラーメンお待ち」

次なる皿が置かれたのは、ペインだった。彼の眼前に置かれた真っ赤に染まったラーメンのスープは、酸味ほとばしるケチャップとは別物だ。明らかに辛さを施す唐辛子によるものだろう。


そもそもの疑問として、あのチューブをしたままどうやってラーメンを食うのか。ソバットマンはコロッケの油をつゆに吸わせながら、その一挙一動を見つめる。


ペインは湯気が立ち上るスープを前に脂汗を流しながら、チューブに手をかける。そして背中まで伸びたチューブを外し、そのチューブの先をラーメンのスープに浸してしまった!例えるならアフリカの象さんである。ぞうがその長い鼻を伸ばすように、ペインはチューブ腰にあのラーメンを食そうというのか!

チューブの長さは50cmはある。それだけの距離を吸い上げることが、人間に可能なのか。いや、あの並外れた肉体をもつペインならもしや!そんな予感はずぞぞ、という音とともに核心に変わる。こいつまじですすってる!ヌーハラの極地のような轟音とともに次々麺とスープがお椀から消えていく。

そもそもいつもあのチューブで何を吸っているのかわからないが、ラーメンを吸ったあとにチューブ使えるのか。使い物にならないんじゃないのか。だが問題はそこからだった。ペインは吸い上げる音に紛れて苦しそうなうめき声をペインが上げる。

「あ、……やばい」「……くそ、きっつ」「……だめなやつだこれ……」「うわ……ああ、うう」駄目な感じの声だった。先程までソバットマンのパンチを何発受けてもうめき声一つ挙げなかったのに。「俺はこの世のすべての痛みを味わってきたぜ!」とか言ってたけどこれのことか。今度から唐辛子をぶつけてやろうかこいつ。


そんなことを思いながら、中年の巨漢が呻く姿から思わずソバットマンは目を離す。

そして最後にもう一皿がきた。「はい、つけめん汁なし麺なし」

急に流行りのラーメン屋のような品名がだされたが、そもそも汁も麺もないとはどういうことなのか。いや、そもそも出されたの皿ではない。それはソバットマンも見たことのある「器具」だった。

それは製麺機だった。上部がミキサーのように大きく開かれ、ハンドルを回すことによって中にある小麦粉が側面にあるシャワーノズル状の穴から、麺がニュルリと出てくる製造器具。

これが出されたということは……。最後の一人、マヨラーは手にとった。目元以外隠れたマスクにあるのは空気穴のみ。

それをジョイントするかのように製麺機の穴とドッキングさせると……マヨラーはハンドルを回し始めた。勢いよく回されるハンドルとともに押し出される麺が、寸分違わず穴の向こうにあるマヨラーの口の中へと吸い込まれていく。

ちょうどきれいに麺がこぼれることもないあたり、これも計算ということだろうか。なんという頭脳だ。。。ソバットマンは恐れおののきながら、小松菜を追加する。


それから数十分後。上機嫌で立ち去っていったダークフェイスたちを前に、ソバットマンは敗北で打ちひしがれていた。

恐ろしい奴らだった。ソバットマンは自分が食通だと思っていた。食べログでは毎回1000文字以上のレビューを残すし、食レポで50いいねをもらったこともある。だがそんな自分をしても、彼らの食べ方は異次元だった。

「あいつらに……本当に勝てるのか」

それは我知らず言葉に出ていた弱音だった。だがそんな声に、答える物があった。

「……おいおいどうした。そんな顔をして」

ソバットマンは思わず顔を上げる。すると道路の向こう、暗闇から一人の男がこちらに向かってきていた。

「……ソバットマン。あんたは一人じゃない。この業紗夢 ごうさむを守るのなら、俺にも手伝わせてくれ」

そして現れたのは、いつも彼を助けてくれる警察にいる協力者。

素顔を知らずともともに正義のために戦う男。


「あんたは……ウードン刑事!」

「ソバットマン。地獄へ行くのなら、私も付き合うぞ」


なおこのあと景気づけに行った店屋でソバとうどんのどちらを頼むかで揉めることになるのだが、この時の二人はそんな未来が来ることをまだ知らなかった……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

THE・ソバットマン 古杉連太郎 @rentaro634

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ