八十八歳、相棒とまだまだ生きる。

仁志隆生

八十八歳、相棒とまだまだ生きる。

 少し前まで寒かったのに、なんかいきなり暖かくなったある日。

 俺は家の縁側でひなたぼっこをしていた。

 ああ、いい天気だなと思っていると、

「にゃあ~」

 うちの猫、トラスケが餌をくれとねだってきた。

 こら、お前はもう年寄りだろうが。あまり食うと体に毒だぞ。

 そう言うと、

「にゃあああ!」

 まるで「俺はまだ若いわい。お前こそ年寄りだろが」と怒ったかのように大きな声で鳴く。

 ああわかったよ。だが少しだけな。


 トラスケと一緒に台所に行き、柔らかい餌を皿に入れてやるとそれをガツガツと食べだした。

 それを見た後、縁側へ戻ってまた座った。


 ……ふう、俺も今日で八十八歳になったが、祝ってくれる人なんていやしない。

 家族もいないし、友人達は皆先に逝きやがったしなあ。


「にゃあ」

 ん? まだ足りないとかいうか?

「にゃあ、ゴロゴロ」

 違うようだ。なんか俺の膝に頭を擦り寄せてくる。

 ……ああ、自分がいるだろってか。

 祝ってやるってか。ありがとうな。


 しばらくすると、トラスケは俺の膝の上で寝てしまった。

 

 ……ふふ、こいつが家に来てもう二十年か。

   

 ❀❀❀


 それは定年退職の日。

 俺が六十八歳になるひと月前の事だった。

 六十歳の定年後は定時社員として働いてきたが、もう延長はない。

 有給消化と公休があるので、今日が最終勤務。

 花束と餞別を貰い、皆に見送られながら会社を出た。


 ……思えば結婚もせず、仕事ばかりで趣味らしい趣味もなかったな。

 友達はいるが、皆あちこちに散らばってしまいなかなか会えない。

 そう思うと寂しいもんだ。




 築何十年だろうかという古ぼけた一軒家。

 それが俺の家。

 今は亡き親から継いだもので、売っても二束三文にもなりはしない。

 ただ家賃が要らないからずっと住み続けているだけだ。


「ん?」

 玄関の前にトラ模様の塊が落ちていた。

 いやよく見ると猫のようだが、小さすぎる。

 生まれて間もないのか?

 

 そうっと抱き上げると、寒いのか鳴きもせず震えていた。

 さて、どこの猫だろう。

 こんな小さいのでは遠くから来れないだろうから、隣近所の猫かな?

 そう思って聞いてみたが、誰も知らないと言う。

 ならば近所で猫たくさん飼ってる爺さんのかと思い行ってみたが、そこの猫でもなかった。

 じゃあ捨て猫か親とはぐれたのかもな。

 なので爺さんにお願いしようとしたのだが……離れてくれない。

 なぜか必死で俺にしがみついている。


「ああ、その子はあんたを親だと思っとるんだろうな。だからその子を飼ってあげたらどうかね?」

 爺さんがそんな事を言う。

「いや、うちは私一人だしとても無理ですよ」

「そうか。じゃあ儂が貰い手を探してあげるから、それまで面倒みるというのはどうかね?」

「うーん、そちらでは無理ですか?」

「うちもこれ以上増えるとちょっとしんどいんだよ。な、縁あって来た子だし、どうかね?」

「……そうですね。どうせもう暇になったんだし、しばらく家に置いときます」


❀❀❀


 ふふ、しばらくがずっとになっちまったな。

 面倒みていたら可愛くて可愛くて、手放したくなくなったもんな。

 爺さんはそれを見越してたのかもな。


 その爺さんはあの時体を悪くしていて、年寄り猫一人を残して後は里子に出してたって後で知ったよ。

 そんな状態でもこういう時はこうすればいいとアドバイスしてくれた。

 それがあったから、俺はトラスケと今まで生きてこれた。

 トラスケが来てくれてからが、俺の本当の人生だったかもな。


 そして爺さんはあの時から数年後、八十八歳になった日に年寄り猫と一緒に仲良く旅立っていった……。




 あれから幾年月、俺も爺さんと同じ歳になった。

 だが俺はまだまだ生きるぞ。

 トラスケもまだまだ生きそうだし、こいつ置いて死にたくはねえもんな。

「にゃあ、ゴロゴロ」

「ああ、『俺もお前を置いて死にたくはねえ』ってか?」

「にゃ」

「そうかそうか。じゃあその時は一緒にな……

「にゃあ」

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八十八歳、相棒とまだまだ生きる。 仁志隆生 @ryuseienbu

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