第7話 真名課、出動
「遅くなりました稲葉警部」
先日とは違う歌舞伎町のビル。そのはずだがドス黒い溶岩流に包まれているビルは先日アオのいたビルとほとんど同じ様相を呈していた。
そのビルから数十メートル離れた先に警察庁の名が冠された白いテントが張ってあり、その元に詰めていた稲葉に七黄は敬礼をした。
「ああ七黄。まぁ見ての通りったい」
稲葉はビルを顎で示した。
「こげな短い期間に、二回もどでかい権化が現れるなんて、世紀末っちゅーやつかね」
「…いいえ。人間が溜め込んできた負の遺産が爆発しただけです」
七黄はふーとため息をついた。
その様子に稲葉は
「何かわかったったいね」
と声をかけた。
「はい。今回の事件と前回の事件の発生原因と、その対処法もわかっています」
七黄の左眼にはすでに【瞪】の一文字が浮かび、黒い溶岩流が渦巻くビルも透かして見ていた。
「ならよかったい。七黄に任すけん、解決に導いちゃってん」
「はい」
七黄は稲葉に向かって深く礼をすると、つけていたヘッドセットマイクに向かって声を発した。
「こちら七黄。本部到着。現場を透過して視たところ、目標であるアオくんは権化に突き上げられるようにしてビルの最上階にいる。現在でも時折権化を吐き出している模様、馨、周、現在地を報告してくれ」
「オーライ!こちら馨⭐︎本部から見て、現場のビルの左隣のビルにいるよ〜。現場ビルよりこっちのビルのが低いから、切り込めたとしても四階程度の高さってところかな〜⭐︎」
「了解。馨が切り込んだら周も続いてくれ。」
「おう、任せろ」
「くれぐれも「全部」に力を使わないように」
「えー」
「それで前回倒れてるだろうが!」
「へへへ」
「へへへじゃない!全く…総司郎!」
「はい」
「馨と周が現場ビルに突入したら、ビル全体を包んでくれ。」
「はい!」
「前回よりエリアが広いが、どれくらい時間がかかる?」
「ここに来るまでの車で花音さんの美味しいご飯をいただきましたから…二十秒ってところでしょうか」
「了解。総司郎の囲繞が完了次第、馨と周は最上階を目指してくれ。馨」
「何だい?」
「…すまんが周の道を拓いてやってくれ。どうやら周は俺の指示など聞かず、すぐ力を使い果たしそうな予感がするから」
「はーっはっはっはっは!見透かされていたねぇ周?」
「うーん。七黄は俺のことよく見てるからなぁ」
周は腕を組んで空を見上げた。
「いいか周」
周の耳に七黄の声が響いた。
「アオくんに一番必要なのはお前の力だ。アオくん本人に触れる前に力尽きたら元も子もないだろう?」
「…確かに!」
今気が付いたかのような音で応答を返す周に七黄はふーと息を吐いた。
「みんな、準備はいいな!」
「おう」
「はい」
「オーライ!」
「刑事部特殊能力隊「真名課」出動!」
「了解!」
七黄の凛とした声を受けとった馨は、腰に刺していた細身の剣を抜いた。
「はーーーっっはっはっはっはっはー!」
高笑いと共にビルの窓から飛び出し、向かいのビルを覆っている黒い溶岩流を斬りつけた。
「【
そう言って馨が指を鳴らすと、斬りつけられた溶岩流は燃え上がり、上昇気流に吹き上げられるように高く舞った。
「はーーーーーっはっはっはっはー!!!」
馨は燃えながら舞う溶岩流の欠片を踏みつけて空中を歩き、剥き出しになったビルの窓を蹴り破った。
「こちら馨、現場ビル内部侵入に成功したよー」
馨がヘッドセットマイクにそう声をかけた時、ぶち破った窓から周も転がり込んできた。
「こちら周、馨の後についてビル内部侵入成功」
「了解。総司郎」
「はい。【
イヤフォンモニターから総司郎の鈴を転がしたような声が聞こえると、ビル全体があっという間に薄緑色の布で包まれた。
「こちら総司郎です。現場ビル全体の囲繞が完了しました」
「了解。馨、暴れてくれ」
「オーケイ!その言葉を待ってたよ〜⭐︎」
七黄の指示に、馨の瞳が桃色がかった光を発した。
「【颷】の真名の元に力を行使するよ!爆裂ファイヤートルネードソード⭐︎」
馨は剣を上空に突き上げた。その切先から炎を纏う竜巻が真っ直ぐ伸びていった。
「それ、アオに当たるんじゃね?」
「はーっはっはっはっはっはー!僕の炎は人には無害!なんてったってエリートだからね⭐︎」
馨は周に向かって片目を瞑った。
長いまつ毛が大げさに動いてバチコォォオン…というような音が聞こえたような気さえした。
「あ、そうだったな」
ぽんと手を叩く周の耳に七黄から通信が入った。
「…でも、権化以外にもビルの天井には効果抜群だからね…」
その声に周はパッと上を向いた。
「落ちてくる瓦礫には十分注意して」
七黄の言葉通り、頭上から周に向かって大量の瓦礫が落ちてきていた。
「はーっはっはっはっはっはー!!!」
馨は高らかに笑いながらヒラリと宙を舞い、落ちてくる瓦礫を斬りつけたり蹴ったりして積み上げた。
「オーライ!」
数秒後、体をクルクルと回転させて馨は周の目の前に降りたった。
「待たせたねぇ、屋上までの階段、完・成だ⭐︎」
その言葉通り、瓦礫が螺旋階段のように組み上がっていた。
「急拵えで悪いねぇ?本来ならもっとディティールにこだわってロココ調のデザインで作りたかったのだけれど」
馨は人差し指を鳴らして、屋上を指差した。
「早く行ってあげたいだろう?」
周は深くうなづいた。
「馨、ありがとう」
「僕にかかればこれくらい、朝食前のモーニングティーの前のラジオ体操のようなものさ!」
「そっか!本当にありがとうな!」
周はそう言うと、馨の作った螺旋階段を大股で駆け上がっていった。
「さてさて、それでは僕はこの辺りの権化ちゃんたちを燃やし尽くしてあげますかねぇ?」
馨は辺りに蠢く黒い羽虫や鮫や翼竜などを切長の目でじっと見つめた。
「アオくんの体から出てきてくれてありがとうね。これで心置きなく君たちを浄化してあげられるよ」
馨は細長い剣を構えてニッとほほ笑んだ。
「それじゃあ盛り上がろうか!!!」
心底楽しそうな声をあげて、馨は白の革靴で権化の蔓延る床を蹴った。
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