第5話 Absorb only one
「ふぅむ。やはりあの子は「闇人間」だったんだねぇ」
赤城邸のリビングに遊佐七黄、花斑馨、森谷総司郎が詰めていた。
倉本を寝かせているソファの前の床に周は座り込み、花音が入れてくれた渋茶を飲みながら七黄の報告を聞いていた。
「ああ。現場に残っていた記憶を全部「視た」。あの子は真名の力、つまり特殊な力に目覚た人間を秘密裏に売買する「闇市」で売られていて、あの雑居ビルのオーナーに買われた子供らしい」
「虫唾の走る話だねぇ。それであんなところに閉じ込められていたというのかい?」
馨は細い眉をぎゅっと寄せ、花音の入れてくれた紅茶を啜った。
七黄はため息を払い、話を続けた。
「ああ、あの子は少なくとも七、八年はあそこに閉じ込められていたらしい。」
「…何のためにそんな酷いことを」
総司郎はホットミルクの入ったカップをぎゅっと握った。
「特殊な力を持って産まれたから、と一括りにするのは嫌なんだがな」
七黄は持っていた珈琲カップを傾けた。苦熱い珈琲を飲み干す。そうでもしなければ「視えた」あの歌舞伎町のビルの記憶を、皆に冷静に伝えられる自信がなかった。
「あの子は闇市でコードネームAOOとして売られていた。意味は「Absorb only one」…唯一のものを吸収する人間ということらしい」
「ちょっと待てくれ!」
周が渋茶の入った湯呑みをぎゅっと握った。
「じゃあアオの本当の名前はアオじゃないっていうのか?ただの闇人間のコードネームだっていうのか?」
「おそらく」
「じゃあ俺は、アオをちゃんとした名前ですら呼んでやれてなかったって事かよ」
周はぎゅっと奥歯を噛んだ。
七黄はため息混じりに周の肩に手を置いた。
「仕方ないさ。おそらくあの子自身も本当の名前なんて知らないだろうからね」
「え…?」
「言ったろう?あの子は少なくとも七、八年はあそこに閉じ込めらていたって。どう多くみたって今のあの子は十歳くらいだ。ものごごろつく前からあそこに閉じ込められていたんだよ」
気の遠くなりそうな話に総司郎は顔を覆った。
「…もっと早く見つけてあげたかった」
「過去を振り返っても仕方ない。今あの子にできる最善を考えよう」
七黄はきっとした視線を一同に送った。その視線に皆深く顎を引いた。
「そのためには皆んなにはあの子の真実を知っていてもらう必要があると思う。…俺の「過去視」で視えたあの場所の記憶を共有しておく。…いいか?」
「ああ」
「もちろんだよ」
「お願いします」
その返事に七黄はふっと息を一つつき、意を決して話し始めた。
「あの子はあの雑居ビルの地下でとある「仕事」をさせられていた」
「仕事?」
「ああ。あの子はあの夜事件が起きるまで箱に入れられてたんだ。獅子のレリーフが架けられた箱で、その獅子の口の中に手を入れるとストレスがなくなると言って、その力を闇の人間たちに高値で売りつけられてたらしい」
「何で箱の中になんか…」
今にも泣き出しそうな顔で総司郎がつぶやいた。
「それは…あの子の力が強大なものだから。」
七黄眉根を寄せて話を続けた。
「…あの子が望めば、人の「ストレス」だけじゃなく「何でも」奪うことができたそうだ。知識でも記憶でも、相手が持っているものなら何でも奪うことができたらしい。だから小さい頃から教え込んで…人の「ストレス」だけ奪うように。「ストレス」を奪えば餌が出る。それ以外を奪えば餓死する寸前まで追い込んだらしい」
「アオ…」
周が口を開いた。
「…あいつ、めちゃくちゃ優しいんだよ」
両の瞳にいっぱい涙を溜めていた。
「あいつ俺に「触らないでください」って言ったんだよ。奪いたくないから触らないでくれって。ふとした瞬間に力が暴走して、俺から大事なものを奪うのが嫌だったんだろう。ていうかもう誰かから何かを奪うこと自体嫌だったに違いない。…なのにさっき力を使って、俺とくらもっちゃんを助けてくれたんだ」
「助けた?周を?」
七黄の声に周は何度もうなづいた。
「さっき、くらもっちゃんがストレスの権化を産んだんだ。虫みたいなやつ。俺は倒れてきたくらもっちゃんを支えてて、その権化の浄化をどうしたもんかと考えてた。そしたらアオが助けてくれた。権化に手をあてて、その命を奪ったみたいだった」
「…なるほど」
七黄は深く息をついた。
「あの子の真名は「吸収」じゃなくて「奪」か。…まずいな」
七黄の焦りに馨は片眉を上げた。
「何がまずいんだい?」
「俺は過去の出来事も「視える」が音は聞こえない。だから視えた書類にあったAOOの名の通り、あの子の真名は「吸収」とかその類いだと思ってた」
「でもアオくんの真名は「奪」だった、と。それが大きな問題になるのかい?」
「ああ。「吸収」なら吸い込んだものを自分の力に変えられる可能性は高い。けど「奪」はおそらく…奪ったものを溜め込むだけで、消化することはできない…」
「それがつまり、今回の事件の発端である、ということだね?」
馨の言葉に七黄は深くうなづいた。
「どういうことだ?」
周の視線に七黄は息を深く吐いた。
「…あの子は何年も何年もずっとあのビルの地下の箱の中で他人のストレスを「奪い」続けさせられた。その結果、あの子自身の体にとんでもない量のストレスが溜まってしまった。おそらくあの子は今ものすごく不安定な状態なんだろう。コップになみなみと水が注がれているような…。何かを奪えば、その反動で体に溜まったストレスを吐き出してしまうような」
「じゃあやっぱり」
周はぎゅっと下唇を噛んだ。
「やっぱりアオには、俺の力が必要だったんじゃないか」
ぎゅっと唇を噛む周に七黄が、総司郎が、馨がほほ笑みかけた。
「そうだね。あの子には周が必要だ」
「いつものことですが、周さんの野生の勘はすごいですよね。周さんのことを必要としている人を見抜く力というか」
「オー!この世に周の力が必要ない人間など一人もいやしないさー!」
馨は立ち上がってくるくると回った後、両手を大きく広げた。
「それでは参ろうじゃないか!刑事部特殊能力隊「真名課」、アオくん救出のため出動だよ⭐︎」
「ああ、それじゃあまず俺の眼で…」
七黄がそういった時、スーツの胸ポケットからヴーヴーというスマートフォンの着信音が鳴り響いた。
「はい、こちら遊佐。…え」
一同は七黄に視線を送った。
「はい、はい。了解しました。すぐに向かいます」
そう言って七黄はスマートフォンを胸ポケットにしまい、一同に視線を投げ返した。
「新宿歌舞伎町雑居ビルに、ビル全体を包むほどの権化が出現した…おそらく」
「アオ!?」
周の声に七黄が深くうなづいた。
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