第2話 警視庁刑事部特殊能力隊「真名課」


「ふわぁああああ〜」


深夜三時を回ろうかという時刻にも歌舞伎町には様々な色のネオンが煌めく。

そのネオンに混じるようにパトカーランプが赤々と煌めく雑居ビルへと向かって、赤城周あかぎあまねは大あくびをしていた。


普段なら深夜三時など昼間のように人通りがある歌舞伎町という街だが、現在事件現場の雑居ビルを中心に半径3キロメートルに緊急警備が敷かれているため人通りはない。


そんな普段とは全く違う歌舞伎町の街を赤城周は先ほど合流した上司、遊佐七黄ゆさななきと共に歩いていた。

周はのんびりとした歩調だが長い脚のおかげで、隣をせかせかと歩く小柄な七黄とほぼ同じ速度で雑居ビルへと向かっていた。


「ふわぁああああ〜、あらどっこい」

「…周」


七黄は何度もあくびを繰り返す周を見上げた。


「ちょっとは緊張感を持ってみようか。もう現着だぞ」

「いやそうは言ってもよ、こりゃ大事だぜ?気合い入れてのんびりしとかないとなぁ」


周の柔らかな声に七黄は一つ息をついた。

仕立ての良いスーツに身を包み、金色に近い茶色の髪をオールバックに整えている七黄と、ニット帽を浅く被り、赤い立ち襟のパーカーをざっくりと羽織る周は、歌舞伎町という街に溶ける存在だったが、雑居ビルの周りに仰々しく張り巡らされた「立入禁止」のテープをくぐる時、近づいてきた警官に七黄は鋭い視線を向けた。


「警視庁刑事部特殊能力隊「真名課」、課長の遊佐七黄です」

「同じく赤城周」


スーツとパーカーから取り出した警察手帳を見た警官は素早く敬礼し、


「はっ!お待ちしておりました!仮設本部に稲葉警部がおられます。ご案内します」


と言って七黄と周を雑居ビルから少し離れたところに建てられた仮設テントへと案内した。




「おう、待っとたばい」


普段から深い眉間の皺をさらに深く刻んで、稲葉は七黄に声をかけた。


「お久しぶりです稲葉警部」

「挨拶はよか、見ての通り「権化」が発生しとるったい」


稲葉の視線に七黄は目の前の雑居ビルを見つめた。ビルは黒々とした溶岩流のようなものに包まれ黒煙を上げていた。


「これはまた…とんでもない量の「権化」ですね」


眉を顰める七黄の横で、周は胸の前に抱えたボディバックからサンドイッチを取り出し頬張った。


「もぐもぐ、しかしなー、こんなにストレス溜め込める人間、そういるか?もぐもぐ」

「おい周」

「ん?」

「なんで今パン食べようと思った?」

「お。七黄も食うか?花音が作ってくれたフルーツサンド」

「君の妹が作るパンがうまいことは知ってる!けど今は稲葉警部の話をだな…」

「ああ、よかよか」


二人のやり取りに稲葉が割って入った。


「周の力は知っとる。突入前にできるだけ補給しとけ」

「ありがとう稲葉っち」

「呼び方!」


眉間に皺を寄せる七黄の横で、周はニッカリ笑ってサランラップに包まれたみかんとキウイのフルーツサンドを頬張った。


「しかしな、周のいう通りったいね」


稲葉はじっと雑居ビルを見つめた。


「ストレスを溜め込み続けると、いつしかそれが爆発して「ストレスの権化」っちゅーバケモンを産み出す。産み出されたバケモンは同じようなストレスを抱えとる人間を見つけては、そのストレスを飲み込んでより強く大きなバケモンになる」


稲葉の視線に、七黄は小さく顎を引いた。


「「権化」には銃火器や細菌兵器などありとあらゆる人知の結晶が通じません。唯一「権化」に対応できるのは「真名」と呼ばれる特殊な力に目覚めた人間だけです。」

「ああ、それも知っとる」


稲葉は深く息を吐いた。


「俺もここ何年かで「権化」が関わっとる事件に遭遇した。お前達「真名課」の次に権化には詳しいと思うったい。…けど、あんなにでっかい権化は初めて見た」

「でっかい?」

「ああ、俺の後輩が一人喰われた。人ひとり丸呑みするようなでっかい鮫ばい」

「でか」


いちごと桃のフルーツサンドを頬張る周がポツリとこぼした。稲葉はさらに眉根を寄せた。


「しかもただデカいだけやなかった。…俺が目視で確認できただけでもその鮫、五、六匹はおった」

「げ」

「なるほど、それは「視て」みないとですね」


ため息を吐きながら七黄も眉根を寄せた。

そんな七黄に稲葉がふと聞いた。


「そういや、けい総司郎そうじろうは?」

「ああ、あの二人はそれぞれの「真名」を一番活かせる場所にそれぞれ配置についてもらいました」

「そうか。段取りがよかったいね」


稲葉がそういった時、七黄と周が耳につけているイヤフォンモニターに通信が入った。


「七黄さん」


鈴を鳴らしたような凜とした声が届く。


「はいこちら七黄、どうした総司郎」


七黄はヘッドセット型のマイクに向かい発した。


「はい、森谷総司郎もりやそうじろう、予定通りAー19地点に到着しました。いつでも「包め」ます」

「了解。馨はどうだ?」

「オーライ!」


七黄の言葉に、イヤフォンモニターから華やかな声が届いた。


「愚問だね、この花斑馨はなむらけい、いつでも心の準備はオーケイさぁ」

「いや、心の準備の話じゃなくて目標地点についてるのかって話をね」

「もちろんたどり着いているさ、僕はいつでもパーフェクト⭐︎エリートだからね!」


その声に七黄は眉間にぎゅっと皺をよせる。


「目標地点についたのなら連絡しろ!」

「はーっはっはっはっはっは!」

「全く」


ため息をつく七黄の肩に周が手を置いて笑いかけた。


「準備万端、ってなところだな」

「周」

「なんだ?」

「口の端にクリームついてる」

「おお、これはお弁当つけちまってたな」


周はニッカリと笑って口元を拭った。


「よっしゃ、これで本当に準備万端!」


ため息をつく七黄に稲葉がぽそりと呟いた。


「…お前さんところも大変やね」

「ははは」


七黄は苦笑いを浮かべた後、ふっと息を吐いた。


「でも実力は確かな奴らです。…必ずこの事件解決してみせますよ。僕たちの「真名」の元に」


七黄の言葉に隣で周もニッカリと笑った。


「おう、俺たちがいるからもう大丈夫だぜ」


そう言って笑う周を見た稲葉の心に、ホッと暖かな光が灯るような感覚があった。


「…ありがとう。よろしく頼むばい」


稲葉の言葉に深くうなづくと、七黄は目を瞑り思い切り息を吸い込んだ。


「…それじゃ皆行くよ」


七黄の発した声にイヤフォンモニターから


「おう」

「はい」

「オーライ!」


との返事が届く。

七黄は目を開いた。その瞳は金色に光り輝き、左目には【とう】の一文字が浮かんでいた。


「【とう】の真名においてその力を行使する、透過視とうかし


そう発した時、七黄の瞳に映る目の前のビルが透明になった。黒い溶岩流が渦巻くビルの構造も建材も透明にして、七黄はただひたすら現状を「視る」ことに努めた。


「これは想像以上だね…」


七黄は視えた光景に下唇を噛んだ。


「総司郎、事件発生ビルの地下三階から地下一階までを厚く「包んで」。権化の発生はそのエリアに限られてる」

「はい」


イヤフォンモニターから涼やかな声が聞こえた。


「【】の真名においてその力を行使します、囲繞いにょう


その声とともに、薄緑色の柔らかな布のようなものが地上から生えるようにして雑居ビルの周囲を包んだ。


「事件発生ビルの地下三階から地下一階まで包みました。布のエリア内の事でしたら何でもお申し付けください」

「ありがとう。俺がこれからエリア内を番号で指示するから、ビルの中からミイラ運びだせるか?」

「はいもちろん」

「よろしく。それから馨」

「オーなんだい七黄?」

「一階から屋上までに発生している溶岩流のような権化は核を持たない。おそらく地下にいる権化から切り離されたものだろう。随分と脆いように視える」

「オーケイ理解⭐︎」

「だが地下一階に稲葉警部が見たっていう黒い鮫が七匹海遊してる。しかも地下に降りていけば降りていくほど強そうな「権化」がうじゃうじゃいやがる」

「ワァオ!そんなに沢山の権化がいるなんて、今夜はパーティかい?」

「さてね。権化のパーティなんて聞いたこともないけど。…突破を頼めるか?」


七黄がそう発した時、雑居ビルの隣のビルの屋上から人が飛び降りた。

人影は空高く舞い、ビルに渦巻いている黒い溶岩流を細身の剣で切り裂きながら、七黄の目の前に降りてきた。


「もちろん⭐︎」


男はにこりと笑った。

数瞬の後、男の後ろに切り裂かれた溶岩流が空からボトボトと落ちてきた。


「わー!ちょっと危ないだろ、馨!」


七黄は稲葉をその背に庇った。

慌てる七黄の前で男はスーツの襟を正し、ピンクのシャツの上に着けていた濃いピンクの蝶ネクタイを一度掴んで、引っ張って離した。バチイィぃいんという音と共に喉元に蝶ネクタイがぶつかると、男は高笑いした。


「はーっはっはっはっは!ソーリーソーリー☆でも心配は、ご無用さ⭐︎」


蝶ネクタイの男、花斑馨は切長の瞳を片方瞑って見せた。


「【ひょう】の真名において力を行使するよ、燃え上がっちゃいなベイビィ?」


馨はそう言って白手袋をした指をパチンと鳴らす。

すると落ちてきた溶岩流は燃え上がり、煙をあげて溶けた。


「パーティタイムだよ〜⭐︎!」


燃え上がる権化に指を突きつけている馨の後ろ頭を、七黄が思いっきり叩いた。


「こら馨!お前なら燃やしながら斬ってこれただろ!なんで斬るだけ斬って、落ちてきたところを燃やすんだ!」

「オー!そんなの決まってるじゃないか」


馨は右手を天空に翳し、左手を顔に被せた。


「その方がドラマティックだからさ⭐︎」

「カッコつけてないで、さっさと地下の権化を浄化しに行ってこい!」


七黄の右手が馨の頭を叩いた。


「はーっはっはっはっはは!そうだったね⭐︎」


馨はまるで歌劇団のショーかのように両手を広げると、きらりとした白い歯を見せて周にほほ笑みかけた。


「さぁて僕が道を拓くよ。共に行こうじゃないか周」

「ああ、よろしく頼むぜ馨」


周は劇的な馨に全く動じることなく、ニッカリ笑って頷いた。


「オーライ!それじゃあ行こうか!」

「ああ」


馨と周は燃えて溶ける黒い溶岩流の間を縫う様にして雑居ビルの中へと侵入した。


「……七黄」

「はい」

「…美味しい焼き鳥屋があるったい。今度連れてっちゃるけん」


稲葉の真摯で柔らかな眼差しが、七黄の心に染みた。




馨と周が地下に続く階段を降りると、すぐに黒々とした鮫が二人に向かってギョロリとした視線を投げた。


「オーケー!カモーン!」


馨は一足飛びに斬りかかり、指を鳴らそうと構えた。


「馨!」


馨のイヤフォンモニターに七黄の声が響いた。


「その黒い鮫には取り込まれてる人間がいる!「核」の破壊を頼む」

「オーライ」


馨は口の端を引き上げると、舞うように剣を振るった。

ヒレを落とし、頭を落とし、まるで巨大な魚を三枚おろしにするかのように馨は剣を振った。


「そこだね」


剥き出しになった喉元に鈍く脈打つ黒い塊を見つけ、馨は素早く剣を突き立てた。


「【ひょう】の真名において力を行使するよ、情熱の輪舞曲」


黒い鮫は桃色の炎に包まれた。すると、まるで熱された鉄板に落ちた水滴のように、黒い鮫は一瞬にして霧になって消えた。


鮫が消えた後には一人の男が転がっていた。


「要救護者を確認したよ⭐︎」


馨の報告に、七黄の声が届いた。


「ありがとう馨。総司郎、ビル内地下一階Aー12地点に要救護者。移送を頼める?」

「はい」


七黄の声に続き、鈴のなるような声が聞こえると、黒い鮫の中から出てきた男を薄緑色の布が包んだ。


「至急病院へお運びします」

「オーケー、よろしく頼むよ」


馨は薄緑色の布に包まれ出口へと運ばれていく男を見送った後、視線をビルの奥へと向けた。


「僕と戦いたいベイビィたちが、まだまだたーくさん居るみたいだからねぇ☆」


そうつぶやく馨に、周はニッカリとしたほほ笑みを見せた。


「大丈夫だ。絶対」


周のそのほほ笑みに馨もニッと笑った。


「ああ、周がいてくれるんだ。僕に怖いものはないね」


馨は軽やかに地面を蹴った。




ウオオオオオオオ、という嘶きは幾度も響いた。

地下一階で黒い鮫を撃破した馨は、地下二階では真っ黒な狼を、地下三階では真っ黒な飛龍を撃破した。


躍進を遂げる馨の耳に、ポツリとした七黄の声が届いた。


「馨、周、ちょっと待ってくれ。…おかしい」


イヤホンモニターに聞こえた七黄の言葉に、馨も周も首を傾げた。


「どうしたんだ七黄?」

「いや、それが変なんだ」

「変?」


神妙な声の七黄に周はゆっくりとした声を発した。


「どうした、何が「視えた」?」

「…さっきから馨が「権化」を斬って燃やしてるだろう?」

「ああ、大小様々二十は斬ったかな」


馨は顎をあげてほほえんだ。

だが七黄の声は晴れなかった。


「おかしいんだ。確かに馨が権化を浄化しているのは僕にも視えてる。それなのに権化の数が一向に減る様子がない。それどころかどんどん増えているんだ。」


七黄の奥歯を噛むような声に、周はゆっくりとした声で


「そんなことあるのか?」


と返した。


「これまで視たことがないケースだ」

「ふむ。しかしどうするんだい?」


七黄の声に今度は馨が襲いかかってくる黒い飛龍を薙斬りながら発した。


「僕が斬っても燃やしても「権化」が増えているというのなら、いずれはこちらの体力が消耗しちゃうよ?まぁ僕はまだまだ元気でソウルフルだけどね⭐︎」

「…作戦はある」


七黄の小さな声に、周はイヤフォンモニターを押さえた。


「どんな?」

「僕の目が、間違ってなければの話だけど…」


七黄はため息混じりに話したが、周はこれまでの付き合いの中で七黄の目に見えるものが間違っていたことなど記憶になかった。


「…現在馨と周がいる地点から十メートル程奥に進んだところに、一見すると行き止まりに見える壁がある。けれど壁には隠し扉が付いていて、その奥にもまだ部屋があるんだ。」

「ふむ、興味深いねぇ。」


七黄の話に、剣を振り続ける馨が発した。


「地下三階の廊下奥に隠し扉とは、ただの雑居ビルにしては手の込んだ作りじゃないかい?」

「そうだね。しかも隠し扉の先にはかなり大きな空間があるんだけど、今はその隠し扉を開けたところに「問題」がある」

「問題?」


周は片眉を上げた。七黄の小さなため息が聞こえた。


「ああ。本当に嫌になる話なんだけど…。隠し扉の先に十歳くらいの子供がいる」

「子供?」

「こんなところにかい?」


周と馨の驚いた声が七黄の耳に届いた。


「ああ、そしてその子供の居るちょっと先に、壊れた「箱」が視える。…おそらくその子供は、箱に「閉じ込められていた」んだと思う。理由はわからないが…」

「子供が閉じ込められてるなんて、こうしちゃいられねぇじゃん!」


七黄の言葉を遮り、周は廊下の奥に向かった。


「ちょっと周!話はまだ…」


七黄は叫んだが、その声が耳に届く頃には周は駆け出していた。

馨は周の前に道を拓くように剣をふり、襲ってくる飛龍を斬り払った。

周は馨に顎を引くことで礼を伝えると、そのまま一足飛びに廊下奥まで駆け飛んでいき、行き止まりの壁を拳でぶち破った。


「おい、居るか?」


ガラガラと音を立てて崩れる壁の先には、だだっ広い空間があり、巨大な黒い鮫が何匹も周に向かって飛び出してきた。


「周!」

「大丈夫だ、怖がることはないさ」


周がにこりと笑ってそう言うと、黒い鮫達は急停止した。


「もう大丈夫なんだ」


黒い鮫達は周をじっと見つめ、その言葉を聞いているようだった。


「お前達はよく頑張ったよ」


周がにっこりと笑いかけると、鮫達はすっと瞳を閉じた。

その様子を見つめる馨には、鮫達が涙を流したようにみえた。


「大丈夫。もう大丈夫だからな」


周はそう言いながらゆっくりと歩き始めた。黒い鮫達は周のまわりにいた者から順に紅く煌めき、泡になって溶けていった。

瞳を閉じる黒い鮫達に、周は一匹ずつ丁寧に言葉をかけながら歩いた。そうして歩いた先、鮫の消えた場所に小さくうずくまっている人影が見えた。


「待たせたな、もう大丈夫だぞ」


周の一言に人影はびくりと身を震わせて、小さく動いた。

周はキュッと眉根を寄せた。人影は十歳くらいの少年だった。

手足は痩せこけ、爪の先まで白く、巻かれた包帯の先が赤茶に煤けている。


「待たせて悪かった」


周の言葉に少年は顔を上げた。痩せこけているせいで大きな瞳だけが際立って見え、その瞳には恐怖や困惑が見てとれた。


「俺は赤城周。君は?」


周の問いかけに少年はかすかに口を動かしたが、ひび割れた唇から小さな風の音が


「あ…お…」


と漏れただけだった。


「そうか、アオっていうのか」


周は膝を曲げて少年の視線に入り込むと、ニッカリとした笑顔をみせた。


「なぁ、アオ。俺とこないか?」


少年に向かって周はゆっくりと手を差し出した。

少年は目を見開いて驚き、首を小さく横にふった。


「…アオがここが好きっていうんなら良いんだけどさ。俺にはそうは見えないんだよな」


周の言葉に少年はぎゅっと唇を結んだ。


「言ったろう?もう大丈夫だって。アオの思うようにしていいんだって」


周の言葉を聞いた少年の大きな瞳に涙がたまった。

その様子に周は少年の頭を撫でた。


「行こうぜ。俺腹へった」


戸惑う少年の手を引いて周は立ち上がった。後、すぐ倒れた。

少年は真っ青になった。

馨はクッと笑って床に転がった周に声をかけた。


「オー、エネルギー切れかい?周」

「おう、一歩も動けん」


困惑する少年の手を周はぎゅっと握ったまま笑った。

イヤホンモニターから七黄の声が届いた。


「総司郎、周が戦闘不能だ。包んでやってくれ」

「はい」


その声と同時に薄緑色の布が周と少年を柔らかく包んだ。


「サンキュー総司郎」


薄緑色の布に包まれ、空間を滑るようにして周と少年は雑居ビルの地下から掬い上げられた。


それを見送った馨はヘッドセットマイクに声をかけた。


「…七黄」

「何?」

「君には何が視えたかい?」


その問いかけに七黄は少し黙った後、息を吐いた。


「…物事の側面だけ視て判断するのは性に合わない。少し時間をくれ」

「了解だよ」


絞り出したような七黄の声に馨もふっと息を吐いた。

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