メンズネイルの誘惑

ジュン

第1話

「メンズネイルをしてみようと思うんだ」

祐希はそう言った。

「メンズネイル?なんでまた?」

私はそう訊いた。

「俺、イケメンってことで通ってるだろう?」

「そうね。よく言われるわね」

「外見は自信ある。ぶっちゃけ。でも……」

「でも、なんなのよ?」

「ネイル、爪だよな。これって思った以上に手入れが難しいんだ」

「ははあ。それでメンズネイルに興味が」

「そうなんだ。朱美ちゃんは正直どう思う?」

「美しい手になりたいわけだ」

「うん」

「あのね、祐希、美しい手っていうのは、その手の当人の生き方と不可分なものなの」

「その手の当人の生き方と不可分なもの……どういうこと?」

「例えば、お母さんのアカギレだらけの手とか、土木労働者の真っ黒な手は、その手が、その人の生きざまと不可分なの」

「ふむ」

「つまり、それは働く手ね」

「…………」

「そういう手は、美しいのよ」

「…………」

「言っとくけど、メンズネイルを否定してないわよ。それだけ高い美意識も立派なものだと思うわ」

「結局、僕はどうしたら……」

「足が移動手段だとしたら、手は操作や創作の手段の要だわね。だとしたら……」

「だとしたら?」

「美しい手を得る方法は、メンズネイルも一つありだけど、操作や創作を労働の内に含んで働くことで、『くたびれ果てた』美しい手を作り上げることもまた一つの方法なのよ」

朱美は続けて言った。

「とにかく手を動かしなさい!パソコンでも物を書くでも料理でも楽器の演奏でも絵を描くでも、何でも良いから手を働かせなさい!」

「ふむ……」

「そうこうしてる内に、本当に美しい手というものを、祐希はきっと見つけ出せると思うわ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メンズネイルの誘惑 ジュン @mizukubo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ