今は亡き8月32日、僕は幼馴染とセックスした

華川とうふ

彼女の最後の誕生日

「誕生日がもっとたくさんあればいいのに……」


 幼馴染のくるみは子供のころそう願った。

 そして、その願いは叶ってしまった。

 くるみには1年に4回誕生日がある。


“るうる日”のせいだ。

 るうる日というのは僕が勝手につけた名前だ。

 4年に1回のうるう年の逆だから。るうる日。

 もともと、くるみが誕生日がたくさんあればいいのにと願う前は32日まである月もあったのだ。

 だけれど、願いを叶えるために世界の理は変わってしまった。

 32日まである月はなくなってしまった。

 その代わりに多くの人が認識できない32日目がもともとあった月にくるみの誕生日があることになったのだ。

 そのせいで、くるみは今年88歳になる。

 どうみても僕と同い年の20代、いやそれよりも幼く制服を着れば女子高生として通じる見た目だというのに。


「誕生日、おめでとう」


 こうやって僕は毎回くるみの誕生日を祝う。

 一度だって欠かしたことはない。

 くるみの誕生日を、32日目を認識できるのはどうやらくるみの周りでは僕だけだから。

 くるみは誕生日を4回に1回しか祝ってもらえない。

 それは彼女が大切にしている家族であっても変わらない。

 よく、うるう年の人が誕生日を4年に1回しか祝ってもらえなくて損だというけれど、くるみだって4回に1回しか大切な家族から祝ってもらうことはできないんのだ。


「ありがとう」


 くるみはほほ笑む。

 すごく可愛らしい。

 ミルクのように滑らかな肌に桃色の頬、瞳は淡いはしばみ色だ。

 色素が薄くて儚くて、男ならみんな彼女を振り返る。

 僕だけがずっと毎回、彼女の誕生日を祝い続けている。


「誕生日プレゼントは何がいい?」


 これも僕たちのお決まりだ。

 サプライズのプレゼントじゃなくて、くるみのリクエストによるプレゼント。

 それはくるみの誕生日に発表される。

 前もって用意できないので、どちらかというとこちらがサプライズ――どきどきさせられる。


「ケーキバイキング行きたい」


 くるみの願いは年頃の女の子らしかった。

 甘いものばかりそんなに食べられるのか不思議だが、確かにまわりの女の子たちはよくケーキの食べ放題とかお菓子パーティーの写真をSNSに投稿しているので女の子というのはそういう生き物なのだろう。


「了解しました。お姫様」


 簡単なおねだりでよかった。

 僕はいつもひやひやするのだ。もし、くるみの願いを叶えて上げられなかったらどうしようって。

 彼女の誕生日を毎回祝うことができるのは僕だけなのだから。

 僕がちゃんとお祝いしてあげなければ、くるみは世界でひとりぼっちになったように感じるだろう。

 僕がくるみの誕生日を祝ってあげなきゃだめなんだ。



 くるみはケーキバイキングでケーキをひとつしか食べなかった。

 彼女の一番好きなホワイトチョコのケーキ。

 ルビーみたいないちごが飾られていてきれいだった。


「食べ放題なのに一つでいいのかい?」

「こんなにたくさんあるのに一つだけ選べる大人になったの」


 僕が聞くとくるみはそうすまして答えた。

 釈然としない。

 それならバイキングにくるよりもケーキ一つだけ買ったほうが安いのにとも思ったが……それよりもくるみがとても悲しそうに笑った気がしたから。


「ねえ、最後にセックスしてくれない?」


 くるみの88回目の誕生日が終わる少し前、彼女はそう僕にねだった。

 僕たちはもうとっくの昔にそんな関係になっていたけれど、なぜだか最近はそういうこともしなくなっていた。

 僕だって男の子だ。

 そうやって誘われたらするに決まっている。

 というか、本音としては誘われなくてもしたい。


 僕はくるみと久しぶりにセックスをした。

 すべすべの肌に、甘いシャンプーの香りがする髪がキスをする僕の頬をくすぐった。

 あたたかくて、熱くて、生きているって感じがした。

 あまくて、しょっぱくて、濃厚なバターの海を泳いでいるみたいな気分だった。

 ずっとくるみと一つでい続けたかった。


 日付が変わる少し前、くるみは言った。


「私、もう88歳じゃない? ……もうおばあちゃんだよ」


 見た目は僕と同い年だというのに、その言葉は重々しかった。

 僕がなにも言えないでいるとくるみは言葉を続ける。


「人の寿命って生まれたときから決まってるんだって。そして私の寿命は今日までなんだって」


 そういって一粒涙を落したあとほほ笑んだ。


「楽しい誕生日をありがとう。私の誕生日を毎回祝ってくれてありがとう。ずっと、そばにいてくれてありがとう……」


 僕の目の前が涙で潤んでくずれていく。

 くるみの声は小さくどこかに溶けていく。


 時計の針が12を指した次の瞬間、くるみと32日目がある月は世界から消えた。


 あれから僕はときどき31日になると、カレンダーを見つめてしまう。

 32日目が再びやってこないか。

 僕の愛する女の子の誕生日が再び世界に現れたら、彼女が戻ってくるんじゃないかと希望をもっているから……。








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今は亡き8月32日、僕は幼馴染とセックスした 華川とうふ @hayakawa5

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