第2話 勇気
僕がペンギンを好きになった理由。
それは僕が5歳の時だった。
僕は産まれてからずっと動物園にしか行ったことがなかった。この世には動物しかいない。
そう思っていた。そんなある日、お母さんが新たなステージを開いてくれた。
「海にも生き物がいるのよ」
その時、陸にしかいないと思っていたその常識が覆った。
「そうなの?」
「今日、水族館に行ってみる?」
「うん。行きたい」
僕は嬉しそうに兄の部屋に入って、誘った。
「兄ちゃんも行こうよ」
兄は険しい顔していた。
「どうしたの?」
お母さんが心配して兄に聞いた。
兄は1週間後に動物変化の儀式を控えていた。
そのため、緊張で頭がいっぱいだったそうだ。
まあ気持ちはわかる気がする。
僕だって生きて帰れるかも分からない儀式をやれって言われたら……。
怖くて足が出ない気がする。
「俺、怖いよ……。
なんでこの儀式が生まれたの?」
「この儀式は神様からの罰なの。
アダムとイブの話知ってる?」
アダムとイブ。
人間が生まれる前に天に住んでいた神。
テレビとかで聞いたことはあったが、詳しくは知らない。
「アダムとイブが許可無くリンゴを食べたことで、女は妊娠するようになり、男は働くようになり、人間は死ぬことになったの。
この儀式も誰かがやったことへの罪滅ぼしかもしれないね」
僕はこの話を聞いて何も感じなかったが、兄の顔は真っ赤に燃えていた。
「それって俺たち関係ないじゃん!!」
確かに。僕たちが何でその人の罪滅ぼしを
しないといけないんだよ……。
「気分転換に水族館に行きましょう」
この空気を察してお母さんが車を出して水族館へ向かった。
結局、兄も付いて行くことになった。
そもそも水族館にずっとお母さんが連れて行ってくれなかった理由はこの村にないからだ。
人口が少ないということもあって、動物園だけで手がいっぱいらしい。
ここから水族館まで2時間はかかるらしい。
それでもこの村の住人は子供を必ず水族館に連れて行くらしい。
水族館は多くの人でにぎわっていた。
チケットを買って中に入ると、大きな魚が出迎えてくれた。
「ママ、これ何?」
「これはまぐろだよ」
マグロか……。テレビでは見たこともあったけど、こんなに泳ぐのが早いんだ。
僕の問題にお母さんはすべて答えてくれた。
魚の名前を聞いてもすぐに答えてくれる。
なんでこんなに覚えているのか不思議に思った。
「ねえ、もしあなたたちが動物になれるとしたら何になりたい?」
お母さんは水族館のベンチに座って聞きだした。
「俺は……シャチかな」
「なんで?」
僕が聞くと兄はリュックから小さい図鑑を取り出してシャチのページを見せてきた。
『シャチ 体長 5.8~6.7メートル 体重 約4000キログラム
海の食物連鎖のトップに立つといわれている』
「シャチって海の中で一番強いんだよ」
食物連鎖って何だろう?
まだ5歳の僕にはこの言葉の意味が分からなかった。ただ海の中で1番強いということだけが分かった。
「なんで強いほうが良いの?」
お母さんが不思議そうに兄に聞いていた。
「強ければ強いほど、誰かを守ることができるだろ?」
「確かに……。剛は?」
急に僕に振られてびっくりした。
何になりたいか。兄の話に夢中で何も考えてなかった。どうしよう。
象かなあ。でも体が大きいから動きにくそう。
キリンとか。でも首が長すぎて不便そう。
でも魚とかよくわからないし……。
「こっちにこいよ」
どこからか声が聞こえた。
誰だろう。どこから聞こえるんだよ。
「俺が見えないの?」
僕はとうとう幽霊の声が聞こえ始めたのかな。
怖さで鳥肌が騒ぎ始める中、知らない声はどんどん大きくなる。
「早く気づけよ。お前にしか聞こえないんだから」
その瞬間、ガラス越しにペンギンと目が合った。
「この声って君だったの?」
「そうだよ。お前もペンギンになってみたら?」
「楽しいの?」
「なってみればわかるよ」
「剛、大丈夫?さっきから意識なかったけど」
お母さんの声でやっと我に返った。
幻覚だったのかな。
「もう一度聞くけど……剛は何になりたいの?」
動物変化の儀式がいつか自分にも訪れるとすれば……。自分は。
「ペンギンかな」
「ペンギンか。どうしてペンギンなの?」
「楽しそうだから」
この日、ペンギンと話したからこそ僕はもっとペンギンについてい調べようと思った。
調べていく中で、どんどん好きになっていく自分がいた。
それからキーホルダー、ぬいぐるみ、ボールペンなどたくさんのものを買った。
そんな思い出が過ぎる中、
今、目の前にペンギンの肉がある。
もしかしたらあの日、
出会ったペンギンかもしれない。
そう思うだけで怖くなる。
僕は本当にペンギンになりたかったのか?
あのニュース以来、ペンギンになりたい夢を
避けていた。
「次のニュースです。
南極のペンギンがシャチに大量に喰われて
絶滅の危機が訪れています」
あの日、僕はペンギンになるのが怖くなった。
「剛、早く食べなさい」
お母さんに急かされても食べる勇気が出なかった。このペンギンはどうやって殺されたのか。
友達多かったのかな。
そんなことを考えてしまうと手が止まってしまう。
「やっぱり無理だ……」
僕は家を出て暗闇の中、行く当てもなくただ歩き続けた。
僕は成人の儀式を受けられないまま一生子供として過ごさないといけないのかな。
不安が頭の中をかき乱し、空腹が限界を迎える中、ついに歩き続けた足が止まってしまった。
「ここはどこなんだ……」
思わず言葉が漏れてしまった。
周りは木しかなく、家も動物もいない。静かな場所だった。
もう家には帰れない……。
そう諦めかけた時、
「こっちにおいで」
どこからか女の声が聞こえた。
静かな森の中にその声だけが響いていた。
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