△▼これだから年寄りは困る△▼

異端者

『これだから年寄りは困る』本文

「最近では、梅の花がきれいで――」

 話し出してから、15分――既に「ハズレ」を任されたのではないかという気になっていた。

 私はある建設会社の営業で、新築、リフォームの相談を承っている。

 今回はかなり高齢の一人暮らしの老人からのリフォームの依頼だった。

「ええ、ちょうど花の時期ですからね」

 老人の家の応接間で、私は適当に話を合わせる。

 困ったことに、ずっとこの調子だった。これでは商談がろくに進まない。

 ボイスレコーダーの電源は入っていた。これは後で自分が聞き直して内容を確認するためであったが、施主からの言った言わないというトラブルを防ぐ目的もあった。

 実際、こういう中高年が相手の場合は依頼した内容を忘れていて、後で詐欺だのなんだのと文句を付けられたことも多々あった。裁判を起こすとまで言われたこともあったが、録音した内容を聞かせると黙って引き下がった。

「しかし、この家を完全にリフォームするとなるとかなりの高額となりますが――」

 そうだった。最初は段差をなくして手摺りを付ける簡単なバリアフリーぐらいで良いかと思っていたが、実際に家を見ると老朽化が激しく全体的なリフォーム、ほぼ建て直しが必要ではないかという結論に至った。

「構いませんよ。ろくすっぽ顔を見せにも来ない息子夫婦に遺産を残してやる義理もない」

 それを聞いて私は安心した。金額のトラブルは多い。施主の言う通り工事したのに、やれ高すぎる、やれぼったくりだの言ってくるのも少なくないからだ。

「それでは、こちらのプランはいかがでしょうか?」

 私は老人に向かってカタログを開きながら言った。

 老人も興味津々でカタログを見ている――良かった。なんとかまとまりそうだ。

 それからは割と順調に商談は進んだ。

 少なくともこの老人は耄碌しているという訳ではなさそうだった。おそらく、一人暮らしで話し相手が欲しかっただけなのだろう。

「――それで、外壁の色はいかがいたしましょう?」

 私はカタログの色見本のページを開いていった。

「色? ……ああ、色ですか。……なんと言ったかな? 落ち着いた感じの、え~88! ああ、そう言えば私は今年で88歳になるんですよ!」

「は、はあ……そうなんですか。ご健康そうで何よりです」

 やっぱり耄碌していたのだろうか?

 その後はまともな商談にならず、ほとんど雑談だった。


 会社に帰ると、施主の要望をまとめていたが、どうにも外壁の色だけが分からない。

「どうした? 難しそうな顔をして」

 悩んでいると、先輩社員がこちらに声を掛けた。

 私はそれを相談して、録音した内容を聞かせた。すると――

「なんだ。簡単じゃないか」

 先輩はこともなげに言った。


 リフォームが完成した家の外壁は、見事なベージュ(米寿)色だった。

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