第12話「アルカナ・パペット」

「ケッ、てめぇらが助けを求めてひぃこら言うのが見たかったつうのに、軽く蹴散らしやがって」


 猫背でポケットに手を突っ込みながら、鶴志つるし先輩が僕達の側までやってきた。  


「俺達は先輩の思い通りにはならねーよ」


「そうかいそうかい」


「それはそれとして、どうしてシアンは契約破棄を一方的に出来たんですか?」


「校則第9条4項。人形ドール特待生に与えられる特権。人形特待生の者は指揮生が自身のオーナーに相応で無いと判断した場合、指揮生の承認を受けず契約を破棄できるものとする」


 なるほど。

 

 人形特待生という人形の中でも選りすぐりな訳だから、それのオーナーになるにはそれだけの信頼関係と能力が無いとダメという事か。


「ただし、その判断が妥当ではない、もしくは悪質な場合は厳正な処罰が与えられる……人形特待生としての権利をはく奪される可能性がある」


「という事は、今のも妥当じゃないと言われたら……」


「シアンは人形特待生代表から外される。けどその心配は杞憂だ。誰が見てもあの指揮生じゃ特待生のオーナーは荷が重い。ましてや次のオーナーが帽子付きなら誰も文句は言えねぇさ」


 そう言って、鶴志先輩は僕の頭を帽子越しにわしゃわしゃと撫でまわす。


 この人の真意が分からない。


 入学数日で帽子付きになった僕を目の敵にしているのかと思っていたけれど、何か違う様に思えてならなくて。 


 でも、彼はいきなりネックハントとかいう新しい怪物を相手にさせるという意地悪をしてきた。


 本当に、何がしたいんだか。


「帰るぞ! 一年共!」


 手を叩いて、一年生達を集合させる。


 あとは、昨日と同じ様に陣形を組んで学園まで帰るだけ――。


 その時、大きな…………とてつもなく大きな影が僕達の真上を過ぎ去っていった。


「うわっ!?」


 転びそうになるほどの突風が突き抜けて、皆は足を止める。


 そして、また大きな影が近づいてくる。


 みんなが顔を空へ向けると、そこには巨大な鳥が滑空していた。


 ひゅぅうぅという空を切る音と共に、その巨大な鳥から何かが射出されて――。


「避けろ!」


 鶴志先輩の声が響き、僕はとにかく思いっきり真横に飛んだ。


「きゃあああああぁあぁぁあぁぁああぁぁぁ!?!?!?」


 金切り声の様な悲鳴が上がると共に、血が撒き散らされる音。


 さっきまで僕達が居た場所に、巨大な羽根が突き刺さっていた。


 僕は良い。怪我は無い。


 けれど、鶴志先輩の声に反応出来なかった生徒達は…………。

 

 今の一撃で、2~3人は死んだ。


「世界! 無事か!?」


「大丈夫! 玲央は!?」


「俺は大丈夫! シアンも無事だ!」 


 声を頼りに、土煙をくぐり抜けて僕は玲央達の元へ走る。


「うっ!!」


 また突風が吹きすさぶ。



 その風により土煙は払われ、その化け物は姿を現した。



「ランクA……だと……!?」


 鶴志先輩は思わず口にする。


 ランクA……ネックハントよりも3段階上のランクに置かれている化け物……。


 その巨体は、3階建てと同じぐらいの巨体で、トカゲの頭にカラスの羽根を持った怪物。


「助けて……たすけてぇ……っ!」


 誰かが僕の脚を掴んだ。


 それは、シアンくんの元オーナーで……そうか、さっきの悲鳴は彼女か。


 彼女はさっきの攻撃で片脚が無くなっていた。


 断面からはどくどくと血が溢れて、ここまで這いずってきたらしい。



 僕にはどうする事も出来ない



 一年生達はパニックを起こして、化け物から逃げようと駆け出した。


「離れるな! 離れた方がやべぇ!」


 鶴志先輩の叫び声がする。


 同時に、巨大なカラスの化け物は翼を広げて、自身の羽根をまた射出した。


 放たれた羽根は逃げ惑う生徒達を襲い、一撃で仕留めていく。


「全員、俺の元へ集まれ!」


 鶴志先輩がまた叫ぶ。


 必死に化け物の攻撃を掻い潜って鶴志先輩の元へ辿り着き、僕は思わず声をかける。


「先輩、何か秘策があるんですか!?」


「必死に耐えて増援を待つ! あれだけデカいんだ、学園からでも見えンだろ!」


「そんな……」


 

 無理だ。


 

 あんなの、耐えられる訳が――。


「耐えられるワケがねぇと思ったか!?」


「え、う……はい! どうやって耐えるんですか!」


「だから集まれって言ったンだよっ!!!」

 

 鶴志先輩は怒鳴りながら胸に手を当てる。


 心臓の辺りに眩い光が灯り、その光は僕達がドール能力で武器を生み出す際の光に似ていた。


「アルカナ・パペット!」


 鶴志先輩がそう口にすると、胸に当てていた手を空へと振り上げた。


 その手の指先からは糸が伸び、糸には人形が。


 糸を磔に見立てて、逆さに吊られた男の様な糸繰り人形が垂れ下がっていた。


刑死者砦ハングドマン・フォート!」


 糸繰り人形が輝きを放つと、僕達を囲む様に磔が大地から生えてくる。


 それは、さながら砦の様だった。


「あるかな……ぱぺっと……?」


 僕が思わず口にすると、それを耳にした鶴志先輩は苦笑いを浮かべながら言った。


「必殺技みてぇなもんさ」


 次なる化け物の攻撃が訪れた。


 だが、あれだけの威力を持った羽根の砲弾は僕達を囲う磔を境目に出来た見えない壁……つまりはバリアに阻まれて防がれる。


「こ、これなら……!」


「いや……マズいな」


 思わず拳を握った僕とは対照的に、先輩は脂汗を浮かべて顔をしかめる。


「以蔵!」


 向日葵ひまわり先輩が鶴志先輩の元へ駆けつけて、声をかける。


「オレも使った方がいいかな!?」


「ダメだ!」


「え……?」


「防御力が足らねぇ! 佐江のアルカナ・パペットを使えば一年生が吹き飛ぶ!」


「そんな!」


「あの……訳の分からない事ばっかりで、何がなんだか……」


 思わず僕が鶴志先輩に声をかけると、ため息を吐きながら答えてくれる。


「俺のアルカナ・パペットは囲っている人間の能力を平均した数値で砦の防御力が決まる……」


「そして、オレのアルカナ・パペットはオレを中心にして超高温を発生させる」


「だから、俺が耐えてる間に佐江を爆弾にして敵に突っ込ませるってのがいつもの戦法なんだが……未熟な一年生と怪我をして能力を発揮できねぇ奴を抱えてる今、それができねぇ」


「それじゃあ……」


 僕達はお荷物…………?


「そう暗い顔すんな。てめぇがいなかったらもっと平均が下がって奴の攻撃も防げなかった……帽子付きに選ばれるだけはあンな」


 フッと僕に笑いかけた瞬間、また巨鳥の攻撃が行われて防御壁にダメージが入る。


「ぐぉぉおっ!?」


「先輩!?」


「気にすんな!」


 もしかして、いや、もしかするかもしれない。


 さっきから脂汗を浮かべ、顔をしかめているのは、彼が何か苦痛を抱えているのが見て取れる。


 という事は、この磔によって生み出された砦は鶴志先輩の身体へ何か代償を支払わせている……もしくは砦が受けたダメージが先輩に行っている……。


 そう考えるのが妥当だ。


 もしも、先輩がこの猛攻に耐えられなかったら、この砦は失われる。


 そうなれば僕達は――――。


 脳裏に、入学式の日に両断されて死んだ指揮生の顔が浮かび上がってくる。


 そして、同じ様に……あるいはそれよりも酷い事になる僕や玲央、シアン、先輩たち……。


 いやだ。


 いやだいやだ!


 怖い、怖い!


 誰か助けて!


 誰でも良いから助けて!!


「ぐうぅおおぉおっっ!!」


 また鶴志先輩が攻撃によって悶え苦しんでいる。


 2年生達は銃を使って思い思いの反撃をするが、巨鳥は意にも介していない。


 誰か……神様!






 気がつくと、僕は何もない真っ暗な空間に居て、自分がどんな姿勢なのかも分からないぐらい身体の感覚が消えている。




 そして、どこからともなく声が聞こえてきた。


『本当に神様が助けてくれると思っているのかい?』


 思ってないさ。


 本当に神様が居るのなら、神様が助けてくれるのなら、こんな事にはならない。

 

『よくわかっているね』


 何が?


『そうだ。神はもう居ない。神は死んだ』


 まるで生きていたみたいな事を言うな。

 

『それは置いておこう。実はね、僕は君に死なれては困る』


 じゃあ助けてくれるの?


『いいや。僕達は現実の君達に干渉できない』


 なんだそれ。


『でも、君の中に眠ってる力を目覚めさせる事は出来る』


 眠ってる力?


『自分の名前を言ってみて』


 紡……世界?


『そう。君は紡ぎ、世界を繋げる。そういう人間なんだ』


 でも、僕は至って普通の人間で……デュアルランダーなんて特別感のある力があるけれどそれ以外は至って凡庸なんだ。


『そんな事無いよ。君の心に眠るその人形に手を伸ばして』

 

 僕の心に眠る……人形……?


『あぁ。それが君に与えられたもう一つの姿』


 声が遠ざかっていく。


 待って、君の名前は? 一体誰なの?


『僕はサンダルフォン。君の兄弟であり半身。大丈夫、いつでも側にいるからね』


 そして、意識は光を取り戻して、身体の感覚が帰ってくる。


 僕の身体は既に、自分の心臓の位置に添えられていて……。


「そうか。僕にも使えるんだ……」


「なんか言ったか?」


「いえ……」


 ぎゅっと目を瞑り、僕は息を整える。


 そして、叫ぶんだ。僕に与えられた、人形の名前を。


「アルカナ・パペット……!」


「何?」


 怪訝そうな声を漏らした鶴志先輩。


 無視して悪いけど、僕はそのまま先輩と同じ様に手を掲げる。


 僕の指先から糸が伸びて、目の前にその糸で吊り下げられた人形があった。


 その人形が取っているポーズには見覚えがある。


 昨日、あのカードに浮かび上がった僕の暗示。


 THE WORLD 21。


 ならば、君の名前は


世界をワールド・繋ぐリンク・ストリングっ!」


 人形が光となってはじけ飛び、それは光の糸となってその場に居るみんなの身体へと伸びて行く。


 その時だ。


 僕の意識はまた暗闇へと放り投げられる。


 けど、さっきと違うのは誰かの記憶……誰かの見た情景が暗闇に浮かび上がって行く事だ。


『また人が死んだ』


 それは鶴志先輩の声だった。


『また守れなかった』


 その声に覇気は無く、浮かぶ情景に映る誰かの握り拳には、涙の粒が滴り落ちていた。


『長なんて……こんな思いをするなら……!』


 二の句が聴こえようという時に、情景は遥か遠くへ過ぎ去っていった。


 次に浮かび上がったのは、向日葵先輩だった。


『どうしてオレを見てくれないの』


 向日葵先輩の声もまた、あの太陽の様な朗らかさは無くて……。

 

『生きているオレより、死んだアイツなの?』


 僕は一体、何を見せられているんだ?


 やがて、意識はまた現実に引き戻される。


「今の……なんだ……?」


 全員の視線が僕に集まる。


「世界! お前、またなんかしたか?」


 玲央れおが僕の肩を叩く。


「え? た、多分……」


「そっか! なんか、力に溢れてくるっていうか……単純にいつもの倍ぐらい動けそうなんだよ!」


「え? どういう事??」


「世界ィ!」


「ひゃい!」


 今度は鶴志先輩に声をかけられた。


「これがてめぇのアルカナ・パペットだな?」


「え? あ、う~ん??」


「てめぇが出した糸……わかるな?」


「は、はい……糸を出しました……」


「アレと繋がった奴、全員におめぇのオーナー能力分のパワーを載せる……と言ったところか?」


「で、でも僕ってカードで能力見た時、凄くなだらか~な数字でしたけど……」


「ば~か。ドール能力とオーナー能力は別だ」


「へ?」


「てめぇのオーナー能力はとんでもねぇ数値だ。てめぇと契約したらどんな奴でもS相当まで能力値が引き延ばされる」


「それって……」



 確か、カードを配られた時に先生が呟いていた。


『オーナーに恵まれたな』


 それって、僕のオーナー能力を指してたってこと? 



「佐江! アルカナ・パペットを使え! 今なら大丈夫だ! その証拠に俺はさっきから痛くも痒くもねぇ!」


「おっけー! でも、注意してよね。オレだって世界くんのパワーが上乗せされてるんだからさ!」


 向日葵先輩は太陽の様な明るい笑みを鶴志先輩へ見せると、クラウチングスタートで駆け出した。


 わずか0.1秒でとてつもないスピードに至り、そして走り幅跳びの要領で化け物の顔面まで空気が弾ける音を立てて飛んでいった。


「アルカナ・パペット! 双子の太陽ダブル・サンズ!」


 その名の通り、向日葵先輩の周りに太陽の様な火球が二つ浮かびあがり、それはオレンジ色から白、そして青色へと移り変わって……爆発した。


「うわっ! あっつつつつつつつつつつ!!!!」


 玲央が慌てふためているが、これでも砦の効果で熱は遮られている方だろう。


 現に向日葵先輩の発した炎は周囲の木々を燃やすどころか即座に灰と化している。


 それをゼロ距離で受けてしまったあの化け物は身体の半身はまるまる消し飛んでいて、残った部分も黒焦げだ。


 爆心地に居た向日葵先輩は何事も無かったかの様に着地して、真夏の砂浜に素足で降り立ったかの様に飛び跳ねている。


「やったよ! 以蔵!」


「ちっとは手加減しろや、佐江」


 向日葵先輩が戻ると、二人はお互いに手を叩き合った。

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