第11話「”選ぶ”という事」

ネックハント達も僕達に気がついた様で雄叫びをあげながら僕達に猛突進してくる。


「玲央!」


「ああ!」


 玲央がすかさず大剣を生み出して、先頭を走るネックハントへ斬りつけた。


 玲央のパワーに奴は後ろへ押し出されるけども、そのかぎ爪で玲央の攻撃を受け止めてダメージは少ない。


「やべぇ、こいつかてぇぞ!」 


 玲央が一発で仕留められないんだ。それだけでもカーヴドレイヴンと格が違う。


「それなら……!」


 僕は今までとは違う銃を生み出す。

 

 弾が出るところが二つ水平に並んだ、大柄な銃。

 

 ショットガンと呼ばれる連射が効かないけど小さな弾を一度にたくさん飛ばす威力の高い銃だ。


 本来なら弾が出るところが一つのところが二つという事は純粋に威力は二倍!


 あんまり遠いと弾が散らばり過ぎたりするので威力が落ちるけど、あれだけ大きいのだからきっと大丈夫。


 そして、僕はもうひとつ作る。


 同じ水平に銃口が並んだものだけれど、今度は銃の長さも持ち手も短く切り詰められたものを生み出す。

 

 これは玲央の為の物。


 片手でも扱える様にしたもので、更に飛距離は短くなるし、拡散しやすくなるけども、最前線で戦う玲央ならばそこは対した問題じゃない。

 

「これを使って!」

 

 それを玲央に投げ渡すと、玲央は左手で掴んだ。


「さんきゅ! 昨日夜中にチマチマ練習してたのってこれか!」


「えっ!? ごめん、眠れなかった!?」


「大丈夫! 俺達の為だもんな!」


 にっ! と僕に朗らかな笑みを浮かべると玲央はネックハントに向き直り構える。


 右手の大剣でとにかく連撃を浴びせて、ネックハントがそれを防ぐ為にかぎ爪で受け止める。


 これは敢えてだ。

 

 奴がかぎ爪で受け止めて無防備になった身体へ向けて、玲央はショットガンを打ち込んでダメージを与えていく。


「僕達も加勢する!」 


「ありがとう」


 児玉くん達の人形生も、玲央の元へと駆けつけてくれた。


 玲央に気を取られていたネックハントは他の人形生達の攻撃を避け切れずに猛攻撃を浴びて、倒された。

 

 あと6匹!


 さぁ、僕も加勢しないと。


 ショットガンを抱えて、僕も玲央達のところへ向かう。


 近接武器を持った玲央達前衛組と、銃を持った僕達後衛組で別れて一匹ずつ対処する。


 後衛組よりももう一つだけ後ろに待機した指揮生達は、怪我をした人形生を回復するのに待機。


 二匹迫ったらすぐに下がるよう僕が指示を飛ばして、突出している方のネックハントを攻撃する。 


 ただし、倒すまで攻撃し続ける必要はない。


 もう少しで倒せるのに……と一匹に固執するあまり他の敵を疎かにして囲まれたら意味が無い。


 ましてや、カーヴドレイヴンと違い数が多くないし、増援も恐らくは無い。


 それなら削れる時だけ削る方がこちらが有利に働く筈だ。


「てめぇらは行かねぇのかよ」


 後方で眺めているだけの指揮生……僕達に否定的な態度を取る人達に対して鶴志つるし先輩が口を開く。


「え?」


「生意気なあいつらだけに任せていいのかって言ってんだ」


「で、でもあいつは帽子付きですし……」


「ハァ?」


 鶴志先輩は彼らの顔を睨んだ。


「それがどうしたよ? 同じ一年だろうが」


「で、ですけど……」


「あいつらはてめぇらのパパママか? おんぶにだっこで恥ずかしくねぇのかよ」


「それは……」


「指揮生とイキり散らすなら義務を果たせ! オーナーの特権はてめぇらの産まれと違って口を開けてりゃ貰えるもんじゃねぇ」


「あ、う……」


「どうせてめぇらは人形生を前で戦わせるだけだろうが。それすらしねぇで何が指揮生だ。えぇ?」


「くっ……」


 鶴志先輩に叱責を受けて、後方に残った指揮生達もこぞって前へ出る。


「お、俺達はエリートなんだ……俺達はエリートなんだ!」


 どうやら自分達のプライドを刺激されて、彼らも張り切っている。


 そんな一年生達を見て、向日葵ひまわり先輩は鶴志先輩に声をかける。


「紡くん達に刺激されて昔を思い出した?」


 そう言われて、鶴志先輩はつまらなさそうにそっぽを向いた。


「そんなんじゃねぇ。上の連中が言い辛い事を俺が言っただけだ」

 

「シアン! 私達がエリート中のエリートだって事を見せつけなさい!」


「はい」


「あの玲央とかいう人形生よりも前に立って! あの化け物を殺して!」


「はい」


 やりとりを聴いて僕が振り返ると、シアンくんは言われたままに剣を作って前へと駆け出した。


「ま、待って!」


 僕の制止を振り切って、シアンくんはネックハントに斬りかかった。


 確か魔術師の暗示を与えられた人の適性は後衛向き!


 なのに前へ出たら……!


「うっ!」


 結果は火を見るよりも明らかだ。


 ネックハントはシアンくんの攻撃をものともせず、羽虫を払う様に横殴りでシアンくんを吹き飛ばした。

 

「シアン!」


 玲央が叫ぶ。


 別のネックハントを相手取っていた玲央がすぐにはシアンくんの元へと駆けつけられない状況。

 

 シアンくんは上体を起こしたまでで、立ち上がって逃げようともしない。


 入学式の日と同じだ。

 

 ネックハントがかぎ爪を構えて、シアンくんの首を刈ろうと振り上げた。


 間に合って――っ!


「いったァ……っ!」

 

 シアンくんを庇い、またあの日の様に僕は背中に傷を負う。

 

 制服の替えがあったかなぁ。


「この……!」


 けど、あの日と違うのは僕に戦う力があるという点。

 

 ショットガンを腰だめに構えて何発も撃ち込めばネックハントはたまらず後ろへ下がっていった。


「シアンくん、大丈夫!? ああいう時は逃げなくちゃ!」


「どうして」


「え?」


「どうして君はそうやって自分勝手に動くの?」


「自分勝手……?」


「ボクを助けろなんて誰も命令していない。ボクも逃げろなんて誰も命令していない。なんで?」 


「それは……」


 なんで、なんでだろう。


 いや、考えるまでもないか


「シアンくんが放っておけないから……かな?」


「ボクは誰よりも綺麗に、愛される様に育てられた。だから……勘違いだよ」


「それでも僕は君に構うよ」


「どうして? 人形生に選択権なんか無い」


「あるよ。だって、人形生の前に僕達は人間じゃないか」


 後ろの方で、シアンくんのオーナーが喚いてる。


「勝手に私のシアンに触らないで! シアンもそんな奴と話してないで私の命令を聞きなさいよ!」


 うん。


 流石に僕も怒ろうと思おう。


「うるさいな、シアンくんは怪我をするところだったんだ! 心配の一つでもしてあげたら!?」


「シアンは人形特待生代表なのよ! 私というエリートに相応しい人形なんだから私の命令を聞いて私の思い通りに動くのが役目なの! これはそういうシステムなんだから!」


「だったら!」


 それならさぁ、当たり前のことをしようよ。


「だったら君はシアンくんの為に……オーナーとしての義務を果たしたの!?」


「はぁ……?」


「自分の物だって言い張るのならそれに見合う努力は!? シアンくんは凄い人間だ! 頭も良いしマナーも良い。顔だって凄く良い!」


 良いしかいえない。語彙力の無さが露呈するなぁ。


「わ、私は名門の家だから……」


「産まれの前に行動で示してって話だよ!」


 この人と話していてもラチがあかないなぁ!


「シアンくん、休みの日が来たら街まで遊びに行こうよ!」


「それは命令……?」


「違うよ。ただ誘っているだけ。行きたくないなら行かなくていい。行きたいなら行けばいい」


「でも、ボクには選べないよ」


「選べる……選んでいいんだよ。だって、僕達はもう高校生なんだから」


「高校生……? ねぇ、街に行って何をするの?」


「何をしようね。行ってから考えるのもいいな。でも、新しい……その……コスメが欲しいな!」


 僕が意を決してそういうと、玲央が反応する。


「コスメ!? 世界、お前そういう趣味あったのかよ!」


「い、いいじゃんか!」


「てか、部活の説明受けた時に美容研究会に反応したのってそういう理由かぁ!」


「もうっ!! 玲央は黙ってて!」


「いいや、黙ってらんねぇ! 二人だけ遊びに行くなんてずるいぞ!」


 ネックハントを一匹片付けて、玲央は持前の俊敏さで僕達の側まで駆けつけた。


「シアン、ゲームセンター行った事あるか!?」


「ない……ゲームも遊んだことない……」


「だったら行こうぜ! 格闘ゲームにUFOキャッチャー、音ゲー!」


「玲央ってばそればっか!」


「カラオケもいいよな。帰りにはマ〇クへ行ってよ」


「ボクの知らない店ばかりだ」


「そう。外の世界にはシアンくんの知らない事が……楽しい事が沢山ある」


「でも、どうしてそれをボクに?」


 怪訝そうな顔で訊くものだから玲央と僕はお互いに顔を見合わせた後、笑顔を向ける。



「「友達になりたいから」」



「とも……だち……」


 けれど、それを遮るようにあのオーナーはまた叫ぶ。


「やめて! シアンを穢さないで! 悪影響なのよ! あんたは!」


「またあいつ……」


「シアンは私の所有物! 私だけの物なの!」


「所有物……そうだ……ボクは……」


 シアンくんがそう呟いた。


 だめだ。


 そんなのだめだ。


「違う! シアンくんは誰の物でもない! 自分で必死に考えて生きてる!」


「生きてる……」


「シアンくん、選んで。君が何をしたいのか。僕は……それを尊重したい」


「本当に、選んでいいの?」


「うん」


「だったら……ボクは……」


 オーナーはひっきりなしにシアンくんの名前を呼ぶ。


 シアンくんは振り返って、物憂げな顔でそれを眺めている。


 木漏れ日に照らされる彼の顔は儚い芸術品の様で。


 でも、きっと初めて訪れた「自分で選ぶ」という試練にずっと目が泳いでる。


 思えば、僕も彼を人間扱いしていなかったのかもしれない。


 だって、人形特待生。それも代表。


 浮世離れした雰囲気に、僕もまた彼を人形と感じていた。

 

 でも、彼はずっと考えていた。


 どうして僕達は命令されずに動くのか。


 自分は何をどうすればいいのか。


 考えに考えて、でもどうしようもなくて……。


 それは、どうしようもなくこの学園に人形として連れてこられた僕達と一緒だ。


 でも、これからは違う。


 自分で考えて自分で選ぶ。


 それはとっても難しくて辛いことで、誰かに選んで貰う方が楽な時もある。

 

 けど、選択権が無いまま人形みたいに生きるのだって辛い。


 それなら、自分で選ぶ方がずっと幸せだ。


 大きなお世話かもしれないけれど、僕はシアンくんに幸せになって欲しい。


 だから、その為に僕は彼が選べるように守りたいし、選んだ願いをできる限り叶えたい。


「ボクは……ごめん……人形特待生だから」


「シアンくん?」


 彼は立ち上がって、その手に細身の剣を生み出した。


 僕と玲央は、シアンくんの選択を黙って見守るしかない。


樋渡形ひとがた学園校則第9条4項、人形特待生限定権利を行使!」


「シアン……?」


 オーナーの指揮生がか細い声をあげる。



「オーナー契約破棄を申請!」



 シアンくんが叫ぶと、彼の名前が刻まれた光臨が目の前に浮かびあがった。 

 

『ミカエルの名の下、契約破棄を承認』


 光臨からその声が流れると、シアンくんは手にした細身の剣でそれを縦に両断した。


 オーナーの子はそれを聞いて膝から崩れ落ちて放心している。


「ボクは貴方のドールになりたい……そして……一緒に遊びに行きたい」


「シアンくん!」


 僕は頷くと、学生証を取り出した。


「汝を我が従者として迎え、指揮者として導く事を誓う」


「我は汝を指揮者として認め、従者として戦う事を誓う」


 そして、僕らの名前が刻まれた二つの光臨が重なり、またあの声が流れる。



『ミカエルの名の下、両者の主従を認める』



 そうして、光が僕らの身体を駆け巡った。


「これなら……使える」


 シアンくんがそういうと、手にした細身の剣を光に返す。


 そして、彼の周りに光の球体がいくつも浮かび上がった。


つむぎ世界せかい……貴方がボクの、真のマスターだ」


「わかった。残りを片付けよう!」


「おっしゃ、きたぁ!」


 玲央が手を叩くと、また大剣を持って突っ込んでいった。


 両手で振り回したその威力にネックハントが弾き飛ばされていく。

 

 それを見てシアンくんが手を前に掲げると、周りに浮かび上がった球体が大きな槍と化してネックハントを刺し貫いていった。


 その威力は玲央の打撃による一撃にも勝るとも劣らない。

 

 やっぱ、魔術師の暗示は名前の通り魔術師みたいな戦い方が適してるみたいだ!


 高火力な二人がいれば奴らも敵じゃない!


 それに、戦っているのは僕達だけじゃなく、他の人形生達もいる。


 長々と話す時間で加勢に行けなくて本当に申し訳ない限りだ。


 けど、二人が揃えばみるみるうちに数が減っていき、そして最後の一匹も二人のコンビネーションで片が付く。


「シアンくん、玲央! お疲れ様!」


「ああ。美化活動部、最高のチームだ!」


「チーム?」


「おうよ。お前が世界のドールになったンなら、お前も俺達と同じ、美化活動部のチーム!」


「だね。これからよろしく、シアンくん」


「……わかった。でも、条件があるよ、マスター」


「何? なんでも言って」 


「その……ボクも玲央みたいに、シアンって呼んでほしい」



「わかったよ、シアン!」

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