第10話「3日目」

 夜が明けて、3日目。


 玲央は僕の前の席へ勝手に座りながら、一方的にくっちゃべっている。


 鶴志つるし先輩の事とか、向日葵ひまわり先輩の事とか。

 

 暫くすると、シアンくんもやってきた。


 側には自慢げに胸を張っているご満悦と言った顔の女子指揮生オーナーがいて、どうやら彼女がシアンくんのオーナーらしい。


「よぉ、シアン! おはよう!」


 玲央はいつも通り、ニカッと笑いながら手を振ってシアンくんに駆け寄っていく。


 だが、それを阻む様に女子の指揮生が割って入った。


「ちょっと、貴方!」


「うぉっ!? なんだよ?」


 その指揮生は玲央と僕を交互に睨みつけると、不機嫌そうな声をあげる。


「シアンは私の人形なのよ? 声をかけるならまず私に許可を取りなさい」


「はぁ? そんなの別にいいだろ」


「良くないわ! そもそも貴方、入学式の日から思っていたけれど人形生としての自覚が無いんじゃないかしら?」


「自覚だとぉ?」


 やばい。


 これじゃあ初日と同じ展開だ。


「れ、玲央。落ち着いて……」


「そこの人形生もよ!」


「え? 僕ぅ!?」


 ビシッと指を指され、僕は縮こまってしまう。


「生徒会組織に任命されて調子に乗って……人形生として分を弁えなさい!」


「調子に乗ってなんか……」


「本来生徒会組織にスカウトされるべきは、この私! 家柄も才能もある私なのよ!」


 ヒステリックに喚く彼女に気圧されて僕は思わず後ずさりしてしまう。


 僕らを遠巻きに見ている生徒をチラりと見るが、指揮生の一部も頷いている。


 どうやら僕は指揮生からしてみれば人形生の分を弁えていない者として見られてるらしい。

 

 それもそうだ。


 彼ら彼女らは、家柄も良くて家族の期待を一身に背負って英才教育を幼い頃から受けている。

 

 そんな自分達を差し置いて、劣っていると考える人形生達が生徒会にスカウトされて帽子付き……つまり、末端でも組織の長に任命されたんだ。


 目の敵にされても仕方がない。


 居心地の悪さは、それこそ針の筵に座るみたいだ。


「そんなに優秀ならいつかスカウトされるんじゃねーの? つうか、スカウトされるべきって考えるならスカウトされるまで頑張るのが普通だろ」

 

 わぁ。


 珍しく玲央が正論を火の玉ストレートで投げつけた。


 その豪速球はモロにシアンくんのオーナーに直撃したみたいで。


 彼女は顔を真っ赤にして怒りだした。


「貴方達が私より先にスカウトされたのが問題なのよ! 昨日も出しゃばって、あんな雑魚共私達でなんとかなったんだから!」

 

 玲央……どうか抑えて……。


「それは間違ってる!」

 

 わぁ! やっぱりだめだったか!?


 と思って、玲央をチラりとみると、玲央はポカンと口を開けて驚きの表情を浮かべている。


 え? いま怒鳴ったの玲央じゃないの?

 

 玲央は否定の意味で首を横に振っている。


 じゃあ誰が?


「僕達が彼らに助けられたのは事実だ!」


 その声の主はクラスの端っこにいた。


 あれは……入学式の時に助けた指揮生だ。


「彼らは入学式の日から戦うのも精一杯な僕達を守る為に戦ってきた。生徒会はそういう高潔な人間が集まる組織だ! なら彼らが先にスカウトされてもなんらおかしくない!」


 彼の言う言葉に同意する指揮生も少なくはない。


 指揮生全員から同意の言葉が得られると思っていたシアンくんのオーナーはたじろいでしまい、目に涙を浮かべている。


「な、なんでよ! なんで指揮生が人形生の肩を持つのよ!?」


「命の恩人を非難する事は許さない。当たり前のことだ」


「相手が人形生なら関係ないわよ! あいつらは私達が死なない様に身体を張るのが当たり前!」


 彼女はもう涙と鼻水で顔がぐっちゃぐちゃだ。


 その辺りでHRが始まる事を知らせる予鈴が鳴り、半ば強制的に事態は区切られた。


 クラスのみんなが自分の席へ戻る中、僕達はさっきかばってくれた指揮生達へ声をかける。


「さっきはありがとうございました。僕達の事をかばってくれて」


 彼らは僕の言葉に微笑むと、優しい言葉を返してくれた。


「感謝しなければいけないのは僕達の方だ。君達があの日駆けつけてくれなければ今頃こうやって話も出来なかったんだから」


 そして、右手を差し出した。握手をしようという話らしい。


「自己紹介が遅れたね。僕は児玉こだま


つむぎです」


「俺は不縛しばらず玲央!」

 

 よかった。僕達のやった事は大きなお世話でも、無駄でもなかったんだ。


 




 そして、今日の学校外実習……つまり、あの森へ足を踏み入れて、化け物達と戦う時間が来た。


「今日はもっと奥へ行く。他人を助けようなんて甘い考えなんかもてねぇだろうな」


 鶴志先輩は僕達を睨みながらそう言った。


 どうやら鶴志先輩も僕達を目の敵にしているみたいだ。


「大丈夫! 今日の敵は数が少ないから一匹に何人かで掛かれば楽勝だよ!」


 向日葵先輩は変わらず太陽みたいな明るさで僕達を元気づける。


 そうして、僕達は森の中へ足を踏み入れた。


 舗装されていない道を一年生達はぜぇはぁ息を上げながら歩く。


 対して、警備部の二年生達は外回りが仕事なので、苦もなく歩き続けている。


 彼らはただ歩いてるだけじゃない。

 

 鶴志先輩が率いる班と向日葵先輩が率いる班の二つに別れて、鶴志先輩の班は僕達の前を歩いて、向日葵先輩の班は僕達の後ろを歩いている。


 これで前後どちらから突然化け物達が現れても一年生を守れる様な形になる。

 

 その機敏かつ無駄の無い動きはまさに軍隊。

   

 そんな屈強な上級生たちに守られながら、僕達は昨日の広場よりも先の場所に着いた。


 そこは沢だった。


 向こう岸までの幅で一番広い場所は3mくらいだろうか?


 深さも脛まで浸かるところが多くて、一番深いところでも腿まで。


 一見すれば、一休みするのに適した場所。


 だが、明らかに近づいてはいけない場所だ。


 死神が持つ鎌のような曲線を描く、長い一本のかぎ爪。


 その化け物が瞳に写ればそれがすぐ目に入る。


 2mはあろうかという体躯でゴリラにハイエナの頭を取り付けた様な怪物だ。


 それが群れを成して沢でたむろしていた。


「奴らはネックハント首刈り。ランクで言えばDマイナスと言ったところだな」


「敵にもランクがあるんですか?」


 鶴志先輩の言葉に、僕はひとつ質問を投げかける。


「あぁ。おめぇらがカードを配られた時に見たステータス表記。あれと同じ6段階評価でな」


「つまり下から数えた方が早い敵なのか……」


「昨日戦ったカーヴドレイヴンはEランクだよ! でも10体以上の群れを形成してたらDマイナスの扱いをしてね!」

 

 それを元に考えると、ネックハントというゴリラは1体でレイヴン10体分の強さって事になる。


 そして、見える範囲にいるネックハントの数は4、5、6……。


「7体……レイヴン70体分かぁ……」


 数の差が圧倒的に違うから実際には違うのだろうけども、それでも昨日よりも戦いは厳しくなるのは目に見えている。


「それじゃあ、頑張れよ」


 皮肉な笑いを浮かべながら、鶴志先輩は僕の肩を叩く。

 

 人形の向日葵先輩と違って、本当に意地悪な人だな!

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