第9話「人形の意思」

 作るのはダグラス先輩が作ったあの銃だ。


 引き金を引いていたら、ずっと弾が出続けるのを頭で思い描く。


 中身がどうなっているか、どれぐらい再現できるかは関係ない。


 今はただ、敵を倒す為の力があればそれでいいんだ。

 

 光が収束して、腕と同じぐらいの長さの銃が産まれた。


 アサルトライフル。


 そういうらしい。


 僕はこれを二つ作り出して、玲央に預ける。


「やってやろうぜ!」


 玲央はそれを持って岩の上にぴょんと跳ねて飛び乗ると、どこかで見たアクション映画みたいに銃を腰のあたりで構えて乱射する。


 断続的に鳴り響く銃声と共にもの凄いサイクルで光の弾が飛び出した。


 前衛を担当していた人形生達を包囲する為に固まっていたレイヴン達に、無数の銃弾が襲い、悲鳴を上げながら倒れていく。


 僕も頑張らないと。


 確か、ダグラス先輩がやっていた構え方は……。


 銃の持ち手よりも後ろの、突き出した部分を利き腕の肩に押し当てて、左手は銃の前の腹を持って、安定するようにしっかりと握る。


 それで、銃の上についているところまで頭を傾けてジッと狙いをつける。


 目標は、5体ぐらいで固まって飛んできている連中だ。


「当たれ!」


 ぱぱぱぱぱぱぱぱっと乾いた銃声が僕の耳をつんざく。


 銃弾はハエたたきの要領で飛んでいるレイヴン達を叩き落とし、一気に3体減らした。


 残りも息絶え絶えで、こうなればもう他の人形生達がトドメを刺してくれる。


 やれる! この作戦なら!


「いけるよ! 玲央!」


「あぁ!」


 けれど、それを快く思わない人がいた。


「……胸糞ワリぃ……」


 そうつぶやきながら、僕の前を塞ぐ様に鶴志先輩は木の上から飛び降りた。


「せ、先輩! どうしたんですか!?」


「その"みんなは僕が守らなきゃ"っていういい子ちゃんぶった態度がよ、俺は大嫌いなんだ」


 僕へあからさまな嫌悪感を向けながら、先輩の掌には眩い光を放つ球体が握られていた。


 それを空へ向けて放り投げると、遥か空中で球は弾ける。


 風を切る音を立てながら雨の様に降ってきたのは、槍だ。


 雨が降っても槍が降ってなんて言い方があるけれど、初めて槍が降る光景を見た。


「うわぁあぁ!?」


 みんなは慌ててを身を屈めて、腕で頭を守ろうと手を掲げる。


 けれど、その光の槍は器用に僕達を避けて、カーヴドレイブンだけを貫く。


「今日の授業はこれで終わりだ」


 鶴志先輩の号令と共に二年生の先輩達も木から降りてきて、学園への帰り路をレイヴン達から守る様に先導してくれた。


 何回か襲撃があったけど統率の取れた警備部の先輩たちによって僕達は安全に学園へと辿り着く。


 放課後、夕食を経て、僕達は寮へと戻ってきた。


「俺達の部屋だけ遠いってのがなけりゃあなぁ、いい寮なんだけどなぁ」

 

 玲央を先頭、その後ろを僕とシアンくんという並びで廊下を歩く。


「あれ?」


 玲央が立ち止まり、首を傾げた。


 なんだろう?

 

 玲央のところまで駆け寄ってその視線の先を見ると、スーツケースの類が僕達の部屋の前に置かれていた。


「誰のだろう?」


 僕が疑問の声を上げると、その横をシアンくんが素通りしていき、そのままスタスタとスーツケースの側まで歩いて行く。


「ボクのだ」


「え?」「はぁ?」

 

 未だに事態を呑み込めない僕達を無視して、シアンくんはスーツケースを引いてその場を立ち去ろうとする。


「おいおいおい待てって、どういう事だよ?」


 慌ててその背中を追いかけて玲央が声をかける。


 シアンくんは振り返ると、玲央の質問に答えた。


「ボクのオーナーが決まった。だから、その人の部屋に移る事になった」


「え……でもそんな急に……」


「言われた事だから。それじゃあ」


 これ以上何も言わず、シアンくんは来た道を戻って二人部屋の棟へと戻っていく。



 遠くなるシアンくんの小さな背中を、僕達は黙って見送る事しか出来なかった。



「なぁ、シアンの事どう思うよ?」


 夜になって、玲央は僕に訊いてきた。


「どう思うって?」


「その……なんか変な奴じゃねぇか?」


「悪口は良くないよ」


「ちげぇよ。なんつーか……心配? っていうかさ」


「何が心配なの?」


「こう……温室育ちっつうの? 大事に大事に育てられたんだろうけど、自分の意思ってのが希薄っていうか」


「それは……そうだね。食べていいって言われるまでご飯を食べないし」


「だろ? ココって、変な化け物いるしよぉ……自分で考えて自分で動けないと危ねぇし、そういう誰かに言われないと何も出来ないって感じの奴じゃこの先やっていけないんじゃないか?」


「玲央がそうやって他人を思いやって心配するの、なんか変な感じする」


「変な感じってなんだよぉ~!」


「だって僕達が小さい頃ってさぁ、玲央ってば喧嘩っ早いし、すぐ手が出るし」


「そりゃあ……」


「気弱な僕を守る為だったんだもんね。分かってるよ」


「…………わかってりゃいいんだよ」


 ぷい、と気恥ずかしさを隠す為か玲央はそっぽを向いてしまった。

 

 その後も、僕達は思い出話に花を咲かせた。


 僕が早生まれだからって下級生にからかわれた時、僕のかわりに怒ってくれた事。


 意地悪な子におもちゃを取られた時、取り返す為に沢山たんこぶ作る大喧嘩をやらかした事。


 なんだかいつも僕がいじめられて、それを見て玲央が助けてくれて。


 そんな感じだったなぁ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ボクは誰よりも美しいらしい。


 そういう風に育てられた。


 美しくなれると言われた物はなんだって試された。


 礼儀作法や立ち振る舞いを徹底的に叩き込まれた。


 夜20時には眠り、お菓子の類は禁止。


 眼鏡をかける事になるからスマートフォンやテレビ、ゲーム、読書も何もかも禁止された。

 

 物心ついた時には沢山の大人へ会い行く日々が続いた。


 両親は相手と対面すると、口々にボクの事を自慢する。


 その時間が、一番緊張する。


 普段教えられた礼儀作法をそつなくこなせるかどうか。


 それだけじゃない。


「うちの子にも見習わせたい」


「うちの子よりも賢い」


「うちの子よりも美しい」


 そういった言葉を相手から引き出させる。 


 出来ないと、罰として鞭で背中を叩かれる。


 辛いと思った、逃げたいと思った。


 けど、もうそんな事思わない。



 ボクの意思はない。



 ボクの意思はいらない。



 人形に、意思は必要ない。



 ボクは両親の所有物で、誰かの所有物になる為に産まれてきた。


 いいや、きっと誰もが誰かの所有物になる為に産まれてきているんだ。



 多分、ボクだけじゃないはずだ。

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