第6話「生徒会組織というもの」

 翌朝。


 食堂で朝ごはんを済ませ、寮を出た。




「うわ、でけぇ」


 玲央が呟くの聞いてその視線の先を見てみると一年生寮の門の背を越える程に上背のある純白の肩マントを羽織った男子生徒が立っていた。


 多分、185cmか190cm。


 ダグラス先輩と同じくらいかそれ以上に大きい事になる。


 その人は白と紺の制服で、肩には3本線。つまりは3年生で人形生ドール


 確か純白のマントは生徒会長と同じ。だから同じ組織の人という事だ。


「お、おはようございま~す……」


 小声で挨拶をしながら、僕達はその横を通りすがろうとする。


 けど、僕の顔をその日本刀よりも鋭そうな目つきで睨んだ瞬間。


 がっ!!!

 

 と僕の肩を掴んだ。


「うわぁ! ごめんなさいすいません!! 先輩の事を舐めている訳じゃないんですぅっ!!!」


つむぎ世界せかい不縛しばらず玲央れおだな?」


「はいそうですだからカツアゲだけは勘弁!!」


 早口で自己弁護を行おうとする僕を他所に、その人は淡々と告げる。


しずく様がお待ちだ。生徒会室まで案内する」


「しずく……さま……?」


「生徒会長の月喰つきばみ雫様だ。これから生徒会組織に入るなら覚えておけ」


「は、はい!」


「なんだよ、てっきりカツアゲかと思ったぜ」


「無駄話はいらん。行くぞ」


 早々に学校への道へ踵を返すと、数メートル先までスタスタと行ってしまう。


 茫然とする僕達を置いてけぼりかと思いきや数メートル行ったところで振り返って、そのバリトンボイスで声を上げる。


「速く来い」


「は、はぁい!!」



 怒られた。



 まだ早い時間というのもあって行き交う生徒の数が少ない廊下を延々と歩く事十数分。


 僕と玲央は生徒会室にやってきた。


 シアンくんは来ないかと玲央が訊いたけど、曰く。


「僕は呼ばれていないから」


 という事で先に教室へ行ってもらう事になった。


 そして、僕達を案内してくれた先輩が扉を開けて、中へと通される。


 生徒会室はとても広く、一つの大きなオフィスとも言えた。


 入って手前には6個のデスクが向かい合わせで3つずつに並び、壁側にはホワイトボードが2つ。


 陽が射す方角には天井から床にまで届く大きな大きな窓がはめ込まれている。


 いくつかの棚やコンロ、小さな冷蔵庫まで完備してあって、ここで暮らせそう。


 デスクから離れた場所には来客との談話用にソファが二つとテーブルが一つ。


 ソファとテーブルを挟んでデスクの先に際豪奢な椅子と机があって、恐らく会長のデスク。


 というか、そこにもう本人が座っていた。


「やぁ、二人とも。よく来てくれたね。彼との挨拶は済んでいるかな?」


「え。あ、すぐに向かうぞと言われたので……」


「せっかちだなぁ、シンは」


「雫様をお待たせする訳にはいきませんから」


「じゃあ、改めて紹介するね。彼は火乃宮ひのみやシン。僕のドールであり、生徒会中央議会セントラルの副会長だ」


「ただいま雫様より紹介をあずかった火乃宮シンだ。人形生の立場ながらこの役職を賜っている」


 そう言うと、火乃宮副会長は頭を下げた。


「じゃあシン。彼らにお茶を」


「かしこまりました」


 雫会長の指示を受けて、火乃宮副会長は棚からティーセットと水差しを取り出してポットに火をかける。


「それじゃあ、そちらのソファにどうぞ」


「あ、はい。失礼します」

 

 ま、マナーってこれでいいんだっけ?


 おどおどしながら、僕はソファに座った。

 

 調度品の何から何まで高級品の様で、今まで座ってきたソファはベンチなのではないかと思うぐらい柔らかなソファに僕達は腰かけた。


「まずは来てくれてありがとう」


「い、いえ! せっかく招待して頂いたわけですから……」


「ンな事より、話ってなんだよ」


「玲央! 馬鹿! マナーってものがあるでしょ!」


「いてっ!」


 べちん! と玲央の頭を叩く。


 だめでしょ! 一応先輩なんだよ!


「ふふっ。じゃあ、玲央くんを待たせる訳には行かないから、早速話を始めよう」


 こんなに無礼な玲央を相手にしても笑顔だなんて、この人は聖人なんだろうか? 

 

「さて、では僕達生徒会はどういう組織なのかについて話させて貰おうかな」


「よろしくお願いします」


「まず、生徒会はその名の通り、生徒達によって運営される組織だ」


「まぁ、そりゃそうだろうな」


「それらはいくつかの役割で複数に分けられている」


 そして、雫会長は手のひらを掲げて、僕達に見せる。


「一つは僕達、生徒会中央議会セントラル


 そういうと、会長は親指を曲げて、一つとカウントする。


「生徒会全体の活動方針を決定する組織で生徒達のトップと言える」


「自分で言うか?」


「事実だからね。それじゃあ次は二つ目」


 人差し指を曲げる。


風紀委員会セキュリティ。ダグラスが委員長を務める組織で……簡単に言えば、昨日の玲央くんみたいに力を使って暴れる生徒を取り押さえる為の組織だよ」


「ウッ……」


「言われてるよ、玲央」


「ど~もすいませんでした~」


「じゃあ続けるね」


 中指を曲げる。今度は3つ目だ。


警備部隊フォース。昨日現れた化け物を相手にする組織。学園の外を防衛しているんだ」


「そうだ! あの化け物なんだったんだよ! それにオーナー契約した途端に溢れてきた力も!」


「玲央、いまは生徒会についてだよ」


「ちぇ~」


「次が4つ目。最初の3つ程派手じゃないけど、部活や生徒会の予算を決める予算委員会ウォール


「予算なんてあるんだな」


「お金が無いと人は動かないからね」


「本質だなぁ」


 そして、最後。全ての指を曲げる。


「最後は給仕部サービス。この学園での日常生活を支える為の組織。シンが部長を兼任しているよ」


「昨日のメイド先輩も生徒会だったのか!」


「初日は全生徒の寮へディナーをサーブする事が決められているからね」


「へぇ~」


 玲央が関心していると、お茶を淹れ終わった火乃宮副会長が僕達と雫会長の分のお茶をテーブルに置いて、口を挟んだ。


「初日だけだ。今日からは食堂でディナーを摂る様に。寮へのサーブを要求するならば、午後15時までに寮の部屋番号と人数を近くの給仕部へ伝えろ」


「給仕部の目印ってありますか?」


「学生服の代わりに給仕部の制服を着る義務がある。見れば分かるだろう」

 

 つまり、少なくともメイドさんに声を掛ければいいって事か。


「今挙げた5つが生徒会組織。そして、カウンターとして生徒会監査部ホークアイがある」


「監査部?」


「僕達生徒会組織が暴走したり学園生活を支える為の仕事を放棄しない様に見張る為の組織だ。場合によっては取り潰したり出来る権限がある」


「そういえば部活もあるっていう話でしたね」


「ああ。部活も一つの組織として権限を持たせてあるし、生徒会と兼任も許可してあるから、興味があれば部活動に入るのも良いよ」


「わ、わかりました!」


 紅茶を啜りながら、今の話を聞いて玲央は口を尖らせる。


「まぁ、なんとな~く分かったけどよ。なんだって俺達なんだ?」


「それは気になってました。僕達の力ってなんなんです? 契約した人みんなが使えるのにどうして僕達を選んだのですか?」


「うん。順を追って説明しよう。シン、こっちへ」


「はい」


 雫会長に呼ばれ、火乃宮副会長が隣に立った。


 そして、手をまっすぐ前に伸ばして力を込める。


 パッと光ったと思えば、火乃宮副会長の手には刀身が炎の様に波打った微光を放つ長剣が握られていた。


 それは、フランベルジュと呼ばれるフランスの刀剣で、その特徴的な形状の刃で傷つけられると、ずたずたに肉が引き裂かれるという……。

 

 火乃宮副会長はすぐに生み出したフランベルジュを消し去って、両手を腰に当ててまた雫会長の側に控えた。


「今の様に武器を生み出し、そして人間離れした身体能力」


「そう! それだよ! 一体何なんだ?」


「学園側はこれを、ドール能力と呼んでいる」


「ドール……能力……?」


「指揮者の剣となり矛となり戦う従者としての能力。だからそう呼ばれている」


「ドール……だから他の指揮生は使えなかったんですね?」


「ご明察」


「え? 何の話?」


 僕は昨日の事を思い出す。


 校舎の窓から覗いた時に見えた、人形生を戦わせて自分達は身を寄せ合っている指揮生オーナー達の姿。


「本来なら、オーナー側には武器を生み出す力も、身体能力も、化け物に殴られても平気な防御力も無い……だから、飽くまでも指揮者オーナー


「そういう事」


「え? でも、だったらなんで世界や雫会長は普通に戦えてンだよ!」


「すまないがまた後でね。本来のオーナーの能力について話をしよう」


「本来のオーナーの力?」


「うん。何も、オーナーだってただ後ろでぼうっと見ているだけじゃないんだ」


 雫会長が言いながら手を掲げると、火乃宮先輩はドール能力でナイフを生み出して……なんと自分の掌を切ってみせた。


「わぁあぁぁぁぁあぁぁ!?!?! なんで!? 火乃宮先輩! 血! 血!」


「オイオイオイオイオイオイ!! 急に頭がどうかしちまったのかよ!?」


「落ち着いて、落ち着いて。シンもごめんね、痛い思いをさせて」


「いえ、こうした方が彼らにもわかりやすいでしょう」


 そして、火乃宮副会長は雫会長に跪き、怪我をした掌を掲げる。


 雫会長も、掲げた手に自分の手を重ねた。


 そして、雫先輩が手を退かすと掌の傷は跡形も無く、最初から無かった様に消えてしまった。


「き、消えた!? ま、マジックか?」


「もしかして、これがオーナーの能力!?」


「そう。傷を癒す能力だ」


 そうか。


 玲央と契約した時、僕の背中の傷が治ったけれど、アレは契約の効果やドール能力じゃなくて、僕自身のオーナーの能力からなのか。


「他にも、ドール能力を行使する為の鍵もまた、オーナーの役目だよ」


「鍵?」


「従者が好き勝手に力を使えない為の、鍵だ」


「じゃあ、僕が玲央に力を使うな~って念じれば?」


「俺はただの人間ってコト?」


「大正解!」


 パチパチと生徒会長が手を叩く。


 けど、玲央はあんまり気にしないで続ける。


「んでもってよ。散々勿体ぶって、結局会長と世界がドール能力? を使える理由はなんだ?」


「ごめん、理由は分かってないんだ?」


「はぁ? なんだよそれ!」


「期待外れでごめんね。そもそもドール能力やオーナー能力が何故契約すれば扱えるのかも解明されていないからね」


「じゃあ、結局俺達わけわかんね~力を使ってるって話か」


「うん。でも、オーナーになる者の中には、極々稀にオーナーでありながらドール能力も扱える人間が存在する」


「それが……僕?」


「そう。在校生で見れば、君を含めて11人。たったこれだけだ」


「えっと……確か一年生で入学したのが指揮生と人形生合わせて500人で……」


「減った分もあるけどね。それでも、全校生徒322人中11人だ」


 322人? 全校生徒で?


 いや、その事実にも衝撃だけれど、その322人中の11人に僕が入ってる?


「オーナーとドール、二つの能力を扱う者をデュアルランダー。そう呼んでいる」 

 

 デュアルランダー。


 なんだかカッコいい名前だなぁ。


「その希少さ故に、デュアルランダーを有する組織は強い権限を持つ」


「じゃあ、やっぱり生徒会組織にも他のデュアルランダーが?」


「ああ。中央議会以外にも風紀部のダグラスがそうだ。あ、ちなみになんだけど彼女は女性だよ」


「ハァ!? あのナリで!?」


「側にいたらぶも女性だ」


 それを聞いて、玲央はガックリとうなだれた。


 僕も驚いている。


 方向性は違えど、どちらも長身のザ・イケメンって感じがしてたし……。


「かぁ~~~っ!! なんかすげ~敗北感……で、他にはどこがそうなんだよ?」


「警備部もそうだね。兼任を含めて良いならシンが部長を務めている給仕部と中央議会・会計が委員長を務めている予算委員会も含まれるから、生徒会全てになるね」


「さ、流石は生徒会……」


「そして、当然監査部にもいるし、部活動だと園芸部ガーデン美容研究会ビューティだ」


「び、美容研究会!」


 僕は思わず声を上げてしまった。


「どうした? 世界?」


「い、いやなんでも……」


 首を傾げる雫会長と玲央だった。



「あとは、何処の組織にも属していない無所属ザ・サードが一人。以上だね」


「ふぅん……」


 一通りの説明を受けて、玲央は口を尖らせる。


 つまり、不貞腐れているんだ。


「それって、俺は世界のおこぼれで生徒会に入れってことなのか?」


 ぐでぇ、と身体をソファに預けて、お行儀悪く足を延ばす。


 誤解ですよね?


 そんな視線を雫会長に送るとその視線に気づいたのかそれとも玲央の不貞腐れる姿を見ての事か、ふふっと爽やかに笑った。


「いや、それは誤解だよ」


「誤解?」


 玲央が怪訝そうな顔で雫会長の顔を見る。


 よかった、ちゃんと玲央にも玲央で生徒会に呼ぶ理由があったんだ。


「昨日、僕は言っただろう? 君達の行動はまさにノブレス・オブリージュに基づいた行動だ。それを誰に言われるでもなく実行できる者は少ない」


「でも……俺は昨日も言ったけど、ただ当たり前と思った事をやっただけだぜ?」


「玲央。それは違うよ」


「え?」


「人によって「当たり前」っていうのは違う。玲央が当たり前と思っている事も人からすれば当たり前じゃない。玲央がその事を「当たり前」だと思うから会長は玲央の事を生徒会に入れたい……っていう事なんですよね?」


 僕は確認するように会長の方へ目線を向けると、会長は恥ずかしそうに頬を掻いた。


「僕の言いたい事を全て世界くんに言われてしまったね」


 まぁ、僕も自分が言ってる事を他人に整理して言われると、凄く恥ずかしいから会長がそうなるもよくわかる。


 浮世離れした雰囲気あるけれど、会長もやっぱり人間なんだな。


 そんな事を考えてると、会長は玲央に向き直って言った。


「さっきも言った通り、僕は君の気高い精神性を評価しているから組織に迎えたい。だから前向きに検討してくれると嬉しいな」


「なんかそう言われると……なぁ?」


 照れ臭そうにしながら、玲央は僕の方を見る。


 どうする? とでも言いたげな表情だ。


 僕としては、自分に務まるのか……という気持ちの方が大きい。


 どの組織へ就くにしろ、聞いているだけで大変そうだ。


 風紀部に配属された日には、ダグラス先輩みたいな鬼軍曹~って感じの人にちゃんとついて行けるだろうか?


 と、とりあえず、そこを訊いてみよう。


 そういえば今日は玲央ばっか質問しているし。


「あの、一つ質問なんですけど……僕達が生徒会組織に入ったとして、どこの部署へ配属になるんですか? その……風紀部とかだったり?」


 僕の質問を受けて、会長はよくぞ訊いてくれました! と言わんばかりに手を叩き立ち上がる。


「君達を迎え入れた配属先をずっといつ言おうか心待ちにしていたんだ!」


「そ、その組織とは……」


「その名も…………美化活動部イレイザーっ!!」


 玲央がガクッとズッコケた。

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