第5話「一日目の終わり」

「是非とも我々生徒会組織に加わって欲しい」


 開いた口がふさがらない僕達を置いて、会長はそのまま話を続けて行く。


「で、でも……力に目覚めた人間なら他にもいるし……」


高貴なる者にはノブレス高貴なる責任が伴うオブリージュ。君達はその責任を率先して果たした。それこそ我々生徒会組織に求められる精神性であり、そして……君には他の人とは違う特別な力がある」


「特別な力?」


「他の指揮生オーナーが何故誰も戦わないのか、疑問に思わなかったかい?」


「なんでって……あれ……?」


 一度、自分の先入観を取っ払って状況を整理しよう。


 玲央のオーナーである僕は戦ってた。対して他の人形生のオーナーになった彼らは戦ってない。


 人形生を戦わせて安全圏で縮こまっている風に見えていたけど本当にそうだろうか。


 もしかして、戦えなかった……?


「気づいた様だね」


 会長は笑みを絶やさず、僕を見つめている。

 

 でも、僕と玲央が生徒会……?


「決められないなら、まずは僕達生徒会組織について――」


「会長」


 会長がまた何か話を広げようとしたところで、それにダグラス先輩が割って入る。


「予定が押していますので、もしも話が長くなるようでしたらまた後日にお願いできますか?」


「あぁ、それは悪かったね。そういう事だから世界くん、玲央くん。明日の朝にでも生徒会室に来てくれるかな?」


「は、はぁ……?」


「君にも、知りたい事があるだろう?」


「……わかりました……」


 僕が頷くと、会長は満足気に立ち去っていく。


 入れ替わるように、ダグラス先輩は玲央が突っかかって出来なかったリスト作りを始めた。

 

 僕達は順番に並んで、契約したオーナーとドールをリストに書き込んでいく。


 どうやらこれは寮の組み分けにも関わる様で、大事な作業を僕達は中断してしまったみたいだ。


 ダグラス先輩が率いる迷彩柄マントの生徒達……確か、風紀部と言ったっけ。


 彼らは僕達に対して「余計な仕事を増やしやがって」みたいな恨み節の視線を向けている。


 至極ごもっともです。玲央もちゃんと謝ってほしい。


「次、みなもとシアン」


「はい」


 シアンくんが風紀部の人に呼ばれて前に出る。


 あれ? そういえばシアンくんは契約していたっけ?


「なんだ、契約した指揮生がいないのか?」


「はい」


 やらかした。


 そうだ、シアンくんはずっと僕達と居たんだから契約する相手が居なかったんだ。


 中庭でのドタバタ騒ぎでも契約をする暇は無かったみたいだし。


 これは悪い事をしてしまったかな


「ふむ……じゃあ、不縛しばらず玲央れおつむぎ世界せかい


「は、はい!」


「使われていない4人部屋がある。源シアンのオーナーが決まるまでは3人で住んでくれ」


「わかりました」


「わかった」


「はい」


 3者3様の返事をして、風紀部に案内される事数分。


 校舎を抜けて、豪奢な一年生寮の二人部屋フロアを抜けた先。


 棟の隅っこに、その部屋はあった。


「元々契約相手の居ない人形生を住まわせる暫定的なすし詰め部屋だ。あまり期待はするな」


 風紀部の人がそう言って通したのは、すし詰め部屋というにはあまりにも……あまりにもだった。


 ベッドとデスクだけの簡素な私室が一人一部屋ずつ用意されている4LDK。


 広々としたリビングは高級な調度品が置かれていて、ひとつのテーブルを囲む様にソファが4つ。


 これなら8人くらいまで部屋に呼んでパーティーが開けそうだ。


 キッチンも大型の冷蔵庫が二つにオーブンなど基本的なキッチンに必要な物が全て揃い踏み。


 ダイニングは楕円系のラウンドテーブルに椅子が4つ。真っ白なテーブルクロスまで敷かれてる。

 

 私室はふっかふかのベッドとデスク、クローゼット類と私室として申し分ない。


 これ、東京だったら2~30万はくだらないんじゃないか……?


「僕の家よりも広いかも……」


「こういう時って、埃と蜘蛛の巣だらけの物置みてぇな部屋に放り込まれるもんだと思ってた」


「またアニメかゲーム?」


「おうよ」


 そんなくだらない事を話しながら、僕は荷解きを終えた。

 

 時間は18時を回った頃。


 扉をノックする音が響く。


「僕が出るよ」


「サンキュ」


 扉を開けると、メイド服を着た女の子が立っていた。


 すぐ側には細かな意匠が施されたロイヤリティのあるサービスカートに、食事が載せられている。


「えぇっと……こんにちは」


「こんにちは! 給仕部サービスの者です! ディナーをお持ち致しました!」


「あ、ありがとうございます」


「いえ! これが我々の職務ですので!」


 サービスカートが部屋の中へ運びやすい様に僕は扉を開けてダイニングまで彼女を通す。


 その後、僕と玲央は彼女が人数分の料理をテーブルに並べるの手伝って見送った。


「お手伝い感謝します! 19時に食器の回収へ来ますので、また後ほど!」


 優雅な佇まいで去っていく彼女はまさに、一流のメイドの品格を持っていた。


「折角可愛いメイドさんが持ってきてくれたんだ。さっさと食べようぜ!」


「うん。色々あって僕もうお腹ぺこぺこだよ」


 早々に席についた僕達に対して、シアンくんはリビングのソファに座ったままだ。


「シアンくん、食べないの?」


 声をかけると、シアンくんは首を傾げて言った。


「食べていいの?」


 何を遠慮しているんだろう? 僕は笑顔を向けながら返した。


「いいんだよ。ほら、皆で食べよう?」


「わかった」 


 シアンくんは頷くと、静かに椅子に座った。


「じゃあ、いっただっきま~すっ!」


「はい、いただきます」


「……いただきます?」

 

 牛肉のステーキに付け合わせの野菜、スープ、パンというザ・レストランって感じのメニューに僕は舌鼓を打つ。


「うんめぇ! 流石お金持ち学校だなぁ!」


「こ、こんなに美味しいステーキ初めて食べた!」


 味わった事のない高級料理に大はしゃぎする僕らと比べて、シアンくんは静かにお行儀よく食べている。


 流石は人形特待生。それも代表だ。


 見た目の美しさだけじゃなくて気品と教養も求められるらしく、食べる姿すら芸術品の様な雰囲気を醸し出している。


 お肉は一口くらいの大きさに切り分け、唇についたソースを舌で舐めとる様な事はせず、しっかりナフキンでふき取る。


 スープを飲む仕草も流麗。


 スプーンと食器が擦れる音を立てず、啜る音も立てず、人を不快にさせる要素を排除している。


 パンを食べる時も、一口サイズにちぎって食べている。ステーキのソースに浸して直接かぶりついている玲央とは大違いだ。


「凄い……デーブルマナーが完璧だ……」


「どうかしたの?」


「いや、気品に溢れる振る舞いを欠かさなくて偉いなぁって」


「こんなの、当たり前の事だよ」


「ウッ」


 ざくっと突き刺さった。




 その当たり前の事が出来ないのがこの僕と玲央のふたりです……。




 食事も終わり、お風呂も終わって、そして、ついには就寝時間が来た。


「スマホ、繋がらないや」

 

 これだけのサービスが充実した寮だけれど、唯一電波もWi-Fiも飛んでなくて、スマホはただの光る板と化している。


「まぁ、こんな森の奥深くだから仕方ないか」


 ベッドの脇に置いて、僕は寝返りを打つ。


 父さん、母さん、元気かな。


 化け物に襲われて死にそうになった、なんて言ったらきっと驚くだろうな。


 そんな事を考えているうちに、僕の瞼はとろんと落ちて来た。


 仕方ない。


 あんなにも色んな事があったんだから。


 明日は会長のところに行って、話を聞いて……。


 それから……。


 それ……から……。



 あれ、そういえば僕達って、どうやってこの学校に来たんだっけ?



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