第2話「戦うための力」

 僕の背中の傷が癒えていく。


 血を失ったフラつきも解消され、それどころか僕の身体が段々と軽やかに、そして力が溢れていくような……そんな感触を覚えた。


「……で? 何があるんだ?」


 玲央は首を傾げてそう言った。


「えっと……背中の傷が治った!」  


「おぉ! そりゃ良かった! あとは?」


「なんだか……力が湧いてくる感じがする!」


「おぉ! もう一声!」


「もう一声?」


「あるじゃんか! こういう展開だとさ、なんか能力を人型に具現化した物が現れるとか、超能力に目覚めるとか!」


「そういうの出せる? 超能力目覚めた?」


「分からん。特待生、なんか知ってるか?」


「知らない。やり方しかボクは分からない」


「だぁあぁぁぁ!?!? じゃあどうすりゃいいんだよ!」


 玲央が叫ぶと同時にがしゃん! と音を立てて、この部屋の扉が蹴破られる。

 


 現れたのは、あの湾曲した刃の羽根を持つ化け物だ。



「やっべぇ、騒ぎ過ぎたか!?」


「かもしれない!」


「でもよ、なんか力が湧いてくるってンなら!」


 そういうと、玲央は側にあったモップを手に取って、腰を低くしながら構えた。


「これで戦えるって展開、アリだよなぁ!」


 そう叫んで、モップを振りかぶり化け物に向かって飛び込んだ。


「どぅわあああぁぁぁあぁぁぁぁ!?!?!?!?」

 

 飛び込んだ瞬間、彼は叫びながら化け物に殴っ……体当たりをかました!?


「いでででで……」


「玲央! モップで殴るんじゃないの!?」


「ち、違うんだよ! なんか、走ろうと思ったら想ったより勢い良く行ったつうか……」


「あははっ!! なにそれ!」


「でも、これならなんとか……アレ?」


 玲央が握っていたはずのモップを見ると無惨にもバッキバキに折れて、折れた先は異形に刺さっていた。


「あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁ!!!!!」


「折れてるじゃん!」


「う、うるせぇ! くそぉ、なんか素手で殴るとあの羽がこえ~しなぁ!」


 そうブツブツと呟きながら、距離を少しずつ離して玲央は目の前へ手を掲げた。


「なんか出ろ~! なんか出ろ~!! なんか出ろぉぉ~~っ!!」


 三度叫ぶと、ぱぁ! と眩い光を放って、蛍光灯みたいに輝く棒が現れた。


「おっしゃ! 武器を出せるみてぇだ! 世界、お前もなんかやってみろよ!」


「えぇ!? 僕もぉ!?」


 言われるまま、仕方なく僕も目の前に手をかざしてみる。


 う~ん、とは言っても何も思いつかない……玲央みたいに棒で叩くのとか無理そうだし……遠巻きに戦えて……。


 そう、鉄砲だ! 鉄砲鉄砲鉄砲……!


「えい!」

 

 掛け声に合わせ、念じると玲央の様に僕も武器を出せた。


 なんか、L字型で、引き金っぽい奴がついてる。


 うん! 拳銃だ!


「こ、これなら!」


 銃なんてエアガンすら握った事はないけれど、不思議と手に馴染んでいる気がして、僕は迷いなく狙いをつけ、指に力を込める。


 ばんっ。と映画やドラマで聞いた音と共にレーザービームの様な光弾が翔けて化け物の翼の根本を貫いた。


 着弾した場所からはぴゅうぴゅうと血が吹き出てジタバタと悶え苦しみだした。


「ナイスシュートッ!」


 玲央が言いながら、僕に続いて光の棒を振りかぶる。


 ものすごい音を立てながら振り下ろされた棒は化け物の頭を捉えると、ぱぁんッと言う音を立てて弾け、上半身が消し飛んだ。


「うおぉあぉ!?」


 撒き散らされた血と内蔵と羽を受けて、玲央は思わず変な悲鳴を上げて転んでしまった。


「べっ! べっ! きったねぇ!」


「玲央、大丈夫? さっき頭から突っ込んでたし、怪我してない?」


「あ? あぁ、そういえばそうだな? 怪我は特にしてねぇ」


「それも契約の力……なのかな?」


「かもな。特待生、巻き込まれてねぇか?」


「え? うん……」


 玲央がシアンくん手を引いて立ち上がらせる。


 僕はその間、破られた扉から頭を出して、廊下に化け物が残って居ないか頭を警戒する。


「周りにはカラスの化け物はいないみたい」


「よし、じゃあ行くか」


「行くかって?」


「何って、他の連中を助けにだよ」


 そう言って、玲央はニカっと笑って胸を軽く叩いた。


「助けに……って、いいの?」


「どうしてだ?」


「その……あんなに指揮生の事を嫌ってたじゃない」


「そりゃそうだけど……でも、命が危ないなら嫌ってようと関係ねぇ。それを俺達が助けられるンなら助けなくちゃよ」


「玲央、なんだかんだ良い奴だよね」


「なんだかんだは余計だ」


 やりとりを終えると、僕らはシアンくんの方を見る。


「その……シアンくんはどうする? ここで待つ? それとも、僕達に着いてくる?」


「俺達に付き合う事はねぇんだぞ?」


 シアンくんは怪訝そうな顔でお互いの顔を眺めると、首を傾げながら言った。


「ボクはどちらの言う事を聞けば良い?」


「え……?」


「どうしたらいいか、わからないから」


 そう言われると僕も悩む。


 僕達と一緒にあっちこっち回るのはあまり体力の無さそうな彼には酷だと思う。


 けど、抵抗手段が無いのに一人取り残されるのも危険だ。


「玲央、プランに手を少し加えるよ」


「おうよ、オーナー」


「そういう呼び方やめてよ……ごほん……玲央がやりたい様に人助けはやる。でも飽くまでも最優先は僕達の安全。だから化け物をやっつけるにしてもイケイケでやるんじゃなくて、ゆっくり静かに、少しずつ。これでいい?」


「よし、分かった。シアンは世界に任せていいか?」


「うん、任せて」 


 段取りが決まると、僕は左手でシアンくんの手を取る。


「じゃあ、僕に離れない様に着いて来てね、シアンくん」


「わかった」


 そして、僕達はこの倉庫を後にした。


 棒を握った玲央が前を走り、化け物が居るか居ないかを確認。大丈夫そうなら僕達は後に続く。


 それを悲鳴が聞こえる方へ向かって繰り返しながら、突き進む。


 1匹や2匹なら僕が拳銃(みたいな光の塊)で弾をぶつけて、弱ったところを玲央が一気にトドメを刺す。


 そのパターンでなんとかなりそうだけれど、3体以上はやり過ごす。


 単純に、戦える人数より多かったら諦めようという相談の下で決めた事。

 

 十数分後。


「いた! あの廊下の突き当りだ!」


 玲央の指差す先には、行き止まりになった廊下の先で4匹ぐらいの化け物に追いつめられて、身を寄せ合いながら壁に貼りついている生徒達が居た。


「玲央、先に殴って一匹減らして!」


「おっしゃ! やってやるぜ!」


 風を切って駆け抜け、玲央はあっという間に化け物の最後尾に着いた。


 そして、その勢いのまま真横にフルスイングで化け物の横腹を殴りつけて、本当に一匹減らしてみせる。


 流石に肉が弾ける音……としか言いようがない音が鳴れば、化け物もなんだなんだと振り返る。


 その向いた横っ面へ打ち付ける様に、僕も拳銃で攻撃する。


 流石に玲央ほどの威力は出ないけれど、光弾は化け物の下あごを消し飛ばした。


 それだけに止まらない。


 何度もばん、ばん、ばん、と化け物達の脚や羽を撃って、すぐに玲央へ攻撃出来ないように動きを止める。


 光弾が当たる度にカラスの化け物達は、カラスらしい声で「ぎゃ、ぎゃ」という悲鳴を上げた。


 負けじと、化け物の一匹が傷を負っていない羽で斬りつけようと構える。


「させるかよっ!」


 だが、玲央はそれを止める様に前蹴りを放ち、その威力のあまりに羽はひしゃげて血肉と骨がむき出しになる。


「トドメ!」


 羽も折れ体中を傷つけられて逃げ出そうとする化け物の後頭部へ向かって棒を叩きつけた。


「残りは!?」


「あと一匹になる!」


 僕の言う通り、あまりにも沢山光弾を撃たれて一体の化け物が倒れ伏した。


 最後の一匹は、玲央が睨むと圧倒的に不利なのを理解したのか、窓から飛び出して逃げていった。


「オイ、大丈夫か!?」

 

 化け物が居ないのを確認すると、玲央はすぐさま生徒達に駆け寄った。


「た、助かった……?」


「ありがとう……! アンタは命の恩人だ!」


 彼ら彼女らは口々に感謝の言葉を述べる。


 その中には、指揮生の人も居た。


「あ、あぁ……」


 玲央は照れ臭そうに頬を掻いて目を逸らす。


「そ、それより、他の連中を見なかったか?」


「他の連中?」


「何か心当たりはあるか?」


「えっと……中庭に向かって走ってる人が結構居たのは見たよ。俺達もそこに行こうとしている所で襲われて……」


「なるほどな。世界、中庭へこいつらを連れていく感じでいいか?」


「いいよ。でも、より一層慎重に」

 

 そういって僕は警戒を引き締めながら亀の鈍行と言われても仕方がないぐらいの注意を払って移動を開始する。


 大所帯になってしまったんだ、それぐらいやらないと、僕も玲央もカバーしきれない。妥当な判断だと思う。


 それからしばらくして、僕は遠くで何か悲鳴とは違う音を聴く。 


「なんだか騒がしい」


 僕がそう言うと、玲央も肯定してくれた。


「ああ。ドンパチやってる感じだな」


 流石玲央だ。僕よりも正確に聞き分けてくれる。


 ドンパチやってるという事は、恐らくは僕達と同じく契約をした人がいるのか。


 もしかしたら、助けが来たのかもしれない。


「場所は分かる?」


「ん~~、俺もこの学校がどういう風になってンのか詳しくねぇからな……」


「この方角なら、きっと中庭だ!」


 救助した指揮生の一人がそう言った。


「じゃあ、やっぱり中庭に集まった人達の中で契約した人が出たのかな」


「そういうこったな。じゃあ、加勢に行ってやるか!」


「うん、そうしよう!」


 僕達は進むスピードを少しだけ早めた。


 近づけば近づくほど、音はハッキリと聞こえ、何をやっているのかが鮮明に聞こえ始めた。


 物で殴る音。そう、とにかく物で殴る音だ。


 それは、玲央があの光の棒で化け物を叩いた時の音を数段軽くした感じ。


 それが、一つや二つの少ない数ではなく、いくつも重なったり、断続的に聞こえてくる。


「やっぱり、あそこで皆が戦ってるんだ!」


「よっしゃ! 急ごうぜ!」


「な、なぁ!」


 逸る玲央達を止める様に指揮生達は声をかけた。


「なんだよ」


「ずっと気になってたんだけど、お前達なんであんな化け物と戦えるんだ?」


「それは……契約したから?」


「いやそうじゃなくて……どうしてそうやって自分から戦いに行こうとするのかって事だよ」


「あぁ……それは……」


 そして、僕と玲央は一度目を交わして、また指揮生の方を向いた。



「そうすべきだと思ったから」

「俺がやらなきゃって思った」



 指揮生は理解できない、といった顔で僕達の顔を交互に見る。


「話は終わりか? さっさと行こうぜ」


「うん。戦える人があそこにいるなら、ここにいるよりずっと安全だよ」


「わ、わかった。引き留めて悪かった」

 

 僕達は「廊下を走るな!」と書かれた張り紙を無視して廊下を駆けていく。


 やがて中庭を眺める事の出来る場所へ差し掛かり、窓からは降り立った何匹もの化け物に対して、人形生達が玲央の持っている様な光の棒で戦っているのが見えた。


 しかし、多勢に無勢な様でジリジリと押されている。なのに指揮生達は人形生達ばかりを前に出して、その後ろで身を寄せて怯えている。


 少しムッとなったけど、皆が皆進んで戦える訳じゃないんだと言い聞かせて、中庭へ行く為に渡り廊下まで足を踏み入れた。


 そして、渡り廊下まで着くと、校舎内で指揮生とシアンくんを残し、この人達が中庭の一団まで辿り着く為の路を切り開く為、僕達は飛び出した。



「オラオラァ! 邪魔なんだよ!」

 

 玲央がそう叫びながら、化け物達をボコボコに殴る。


 ここに来るまでに何度も戦ってきたお陰で、玲央はだいぶ慣れたのか一撃一撃で正確に化け物達をやっつける。


 どうやら玲央のパワーは相当高い様で、他の人形生が複数人でタコ殴りにしてようやく一体倒せるところを、玲央なら一発で吹き飛ばしてしまう。


 その力に、人形生達は唖然として固まってしまう。


 だが、すぐに玲央に叱咤されて手を動かし始める。


「俺がすげぇからって手を止めんなよ! みんなで生き残るんだ!」


 玲央の言葉に奮起されて、一年生達は「おぉぉおぉぉ!」と声を上げて、闘志を燃やす。

 

 僕がやる事は変わらない。


 玲央が戦いやすいように、拳銃を作ってひたすらバンバン撃ちまくる。


 僕が銃を使うのを見て、そういう事も出来るのか! と気づいた他の人形生達も銃を作るようになってきた。


 僕達たった二人の加勢。


 それでも、とても大きく勢いの変わる増援に人形生達は奮起している。


 空を飛ぶ化け物達を僕を含めた銃を生み出した人形生達が削り、地上に降り立ったら玲央の率いる体育会系組がタコ殴りにする。


 完全な連携だ。


 けど、それ以上に化け物の数が多い。


 どれだけ倒しても、どれだけでも化け物は湧いてくる。


 次第にみんな体力が切れて、動けなくなって、化け物の一撃で吹き飛ばされる。


 契約の効果で傷は浅いみたいだけれど、何度も殴られてはいずれ……。


 ぞわ、と背筋に悪寒が走る。


 その瞬間――。


「うわっ!?」


「玲央!」


 玲央が化け物攻撃をモロに喰らって、吹き飛ばされてしまった。


 怪我は浅いけれど、服は裂けて、血が滲んでいる。


「来るな!」


 駆け寄ろうとした僕を抑える様に、玲央はそう叫んだ。


「でも……!」


「俺は大丈夫! 大丈夫だから!」


 言いながら立ち上がるけれど、玲央の脚はフラフラとおぼつかない。


 助けなきゃ、助けなきゃ!


 玲央に迫る化け物に向かって、僕は何度も射撃した。


 けれど、僕が減らす数よりも、現れる化け物の数の方がずっと多い。


「オラァッ!」


 玲央が目の前に居た化け物に向かって、棒を振り下ろした。


 けど、その勢いで玲央は体勢を崩して、膝を着く。


「くそっ!」


 悪態を吐きながら玲央が顔を上げると、また次なる化け物が玲央へ羽の湾曲した刃で切り裂こう横へ凪いだ。


「ここまでか……ッ!」

 

 玲央が身をすくめて目を伏せたその瞬間。


「ぐぎゃあッ!?」


 化け物が醜い断末魔の悲鳴を口にしながら、上半身が空高くまで吹き飛ばされていった。


 残る下半身の足元には、化け物を貫いたらしい光の矢が突き刺さっていた。


 それを皮切りにして校舎の屋上から何発もの光の弾が降り注ぎ、大地に居る化け物と空から飛来しようとする化け物を殲滅していく。


「一年生諸君ッッ!!!!!」


 力強く雄々しい声が、拡声器に乗って校舎の上からビリビリと空気を震わせて伝わってくる。

 

「よくぞ生き残ったッッッ!!!」

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