人形ノ學舎~人権を奪われた僕が、荒廃した世界の学園で美男美女を繋ぐ糸になる!?~

@tote404

第1話「人形ノ學舎」

 基本的人権というものがある。


 人間が人間らしく生きる為の権利だ。

 

 ともすれば、その権利を奪われた僕は人間ではないとされる。


 つむぎ世界せかい。僕の名前。


 僕の家は多額の借金を負って、それに目を付けたこの学園――。


 私立樋渡形ヒトガタ学園に、僕は「人形生ドール」として通う事となった。


 左右で白と紺に別れたツートーンカラーの制服は、僕達が人形生だという証。


 対して、特権階級の少年少女達は「指揮生オーナー」という肩書きを持つ。


 彼らは白に臙脂色の制服を身に纏っている。


 僕達人形生は、彼らに隷属し、ドールとオーナーの契約を結ぶ。


 人形生の中でも特に美しいとされる人形生特待生が今まさにホールの照明に照らされながら高らかに歌って、指揮生と学園に向けて隷属の宣誓劇を演じている。


「私達人形生は、学園卒業まで指揮生様及び学園の人形として付き従う事をここに宣誓します。人形特待生代表、みなもとシアン」


 髪を肩まで伸ばした線の細い中性的な少年が宣誓を終えると入れ替わる様に純白の学生帽を被った月光の髪色の青年が壇上に登った。


 制服の色からして彼は指揮生で右腕には黒の斜線が三本。本数がそのまま学年を表していて、僕達が1本、3本の彼は3年生だ。


 3年生の代表として、彼は言う。


「我が学園で最も重要視されるのは『貴き者ノブレスには貴き義務が備わるオブリージュ』です。新入生の皆様には、その心を忘れずに学生生活を送って頂きたい」


 そう告げた後、彼と僕の目が合った……気がした。


 彼が僕に微笑みを向け、その後で生徒全体を見渡して彼は告げる。


「老婆心ながら最後に……入学式が終わったらなるべく早く契約を結ぶ事をお勧めします。それでは、ご清聴ありがとうございました」


 

 入学式が終わり、クラスは秩序の無い混沌とした光景を繰り広げていた。


 僕達人形生は、重々しいどんよりとした雰囲気に包まれ、僕達を隷属する権利のある指揮生達は、下卑た笑みを浮かべて、僕達を眺めている。


 もう既に少女の人形生に手を出そうと絡んでいる男子指揮生も居て、女子人形生は怯え竦み、身体を無理矢理に触られても抵抗できずに震えているままだ。


 また別の場所を見渡せば、女子の指揮生達が一人の少年。確か今年の代表を努めたシアンくん……彼を取り合っている。


 指揮生は学園のシステムが生み出した甘い汁を下品に舐め啜り、人形生はシステムに逆らえない。


 残酷な、格差が産んだ構図。


 でも、見ていられない。


 僕は堪らず、席から立ち上がり女子人形生に乱暴を働いている男子を止める。


「や、やめなよ……」


「あぁ?」

 

 二人は僕の方を見る。


 男子の方は不機嫌そうな目つき、もう片方は助けを懇願する目。


 クラスの視線を一身に受けて、僕も恐怖に屈しそうになる。


 でも、言わずにはおけない。


「女の子にそういう酷い事するのは、ダメだよ」


「ハァ?」


 僕は至極当然の事を言ったまでだ。


 なのに男子は間の抜けた声と顔で、僕の制服を見て鼻で笑った。


「人形生が何いっぱしの事言ってんだ? 人形生如きが俺に何か言って良い立場かよ、えぇっ!?」


「それは……」


 気圧けおされそうになる。ハッキリ言って、僕はこういうトラブルに向いてない。


 別に気が強い訳でもないし、喧嘩に強い訳でもないんだ。


 それでも、見過ごせないっていう物がある。


「俺達指揮生はてめぇら人権が無い人形生を好き勝手できんだよ! 女を犯そうが殺そうが、俺達は無罪放免! だってお前ら人間じゃ――ぶげっ!?」

 

 彼が言い終える前に滔々とうとうと語る彼の顔面を僕の脇から抜けて現れた少年が殴った。


 僕は彼の姿に凄く見覚えがあった。


 男の子らしい短髪に、ライオンの鬣みたいに綺麗で艶やかな赤みのある茶色髪をした彼は……。


玲央レオ!」


「さっきから聞いてりゃあグダグダと! 女に乱暴すんなって簡単な事が分かんねぇのかよ!」


 彼は僕の幼馴染だ。


 父の取引先の子供。同じ学校で、僕が中学へ上がる前までいつも一緒に居た子だ。


「てめぇ……人形生が指揮生に手を出してタダで済むと思ってンのか!」


「思ってねぇよ! それでもお前をブン殴らなくちゃ気が済まねぇからブン殴った! 以上!」


 そして、彼もまた僕と同じ人形生だった。


「許さねぇ……絶対に許さねぇ! 学園と親父に言いつけてやるからな!」


「自分じゃ何もできねぇって自分から言っている様なもんだぜ、それで特権階級名乗ってンなよ!」

 

 ぎゃんぎゃんと二人の男子が吠え合っている様は、まるで縄張り争いの様で、いつどちらかが嚙みつくか、ハラハラしてしまう。

 

 誰か止めてくれないかな……。


 発端になった僕が言うのもなんだけど、そう期待を込めて周りを眺めても僕達を遠巻きに見ているだけで何もしようとしない。


 こりゃダメだ……そう思って、遠目で窓を見やると、曇り空に浮かぶ何か黒い影が校舎へ向かって飛んでいるのが見えた。


 カラスか、それとも何か別の鳥?


「れ、玲央……」


「なんだよ、世界」


 今にも暴れ出しそうな玲央の肩に手を置いて、僕は少し彼を下がらせる。


「なにか……変なのが近づいてない?」


「あぁ? それと今なんの関係があんだよ」


 そして、僕の言葉に全員の視線が窓の方へと向いて…………。


 何かが、校舎に突っ込んできた。


「ぐぎゃあああぁあああぁぁぁああぁぁあ!?!?!?」


 そして、悲鳴と血しぶきが上がった。

 

 カラスの様にどす黒く、にも関わらず人の背丈ほどの大きさがあって、湾曲した刃の着いた羽根を持った鳥の化け物。


 それが、今まさに僕達を言い合いをしていた指揮生の上半身と下半身を引き裂いて、血と内蔵を床一面にぶちまけた。


 更に、同じ様な怪物は続々とこのクラスへと飛び込んできて、それは生徒を……人形生も指揮生も関係無く目掛けて突っ込み、人間をただの肉塊へと変えていく。


 クラスはパニックに陥り、指揮生と人形生は入り乱れて逃げようとクラスの出入り口に殺到する。


 その煽りを受け、逃げ惑う指揮生に押し飛ばされてシアンくんが化け物の目の前に投げ出されてしまった。


 彼はゆっくりと……今起きている状況が見えないかの様にゆっくりと立ち上がるも目の前の化け物からは逃げようとせず立ち尽くしている。


「危ない!」


 僕はそう叫びながら、シアンくんを突き飛ばした。


「世界!」


 化け物の鋭い羽根が僕の背中を浅く切り裂いて血が滲む。


「ぐっ……」


 痛みに泣き出しそうになるのを堪えて、僕はシアンの手を引いて立ち上がらせる。


「逃げるよ!」


 シアンくんに言い聞かせて、僕達もクラスの外へ飛び出した。


 彼の手を引き、その少し前を玲央が走る。


 そうやって、校舎の至るところで響く悲鳴と絶叫を遠巻きに聞きながら、僕達は玄関口まで来た。


「ここもダメだ!」


 玲央が言う。


 一年生全員と思わしき人数が玄関口に押し寄せて、けれど玄関口からも化け物達がぞろぞろやってきて阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


「こっちだ!」

 

 息を切らして走る僕とシアンくんを玲央が先導しながら、やがて倉庫みたいな部屋に辿り着く。


「ハァ……ハァ……っ!」


 玲央は扉を塞ぐ様にもたれかかり、肩で息をする。


「なんなんだよ、あの化け物! 見たことも聞いたこともねぇぞ!」


「ぼ、僕も……いっ……つぅ……」


「そうだ、世界。お前大丈夫か!?」


「う、うん……多分浅いと思う……んぎぎぎっ……」


「無理すんな。ちょっと服脱げ」


「は、はぁい……」


 渋々と僕は服を脱ぎ、玲央に応急手当を任せる。


 その時間が、僕に冷静さを取り戻させてくれた。


「ねぇ、玲央。気がついた?」


「何がだ?」


「上級生とか先生……見てない気がする」


「そうか?」


「だって、玄関口……多分全校生徒と教師みんなだったらもっと数が多いと思うんだ」


「そりゃそうだけど……別の場所から逃げたんじゃねぇか?」


「それなら教師が一年生も連れていくと思う。僕達人形生はともかく、指揮生を置いて行くのはありえないよ」


「じゃあなんでだ?」


「もしかして、こうなる事が分かってたのかも……」


「じゃあ……一年生は見捨てられたって事か!?」


「たぶん……」


「クソッ! 最低な学園とは思ってたけど、そこまでとはよぉ!」


 憤慨しながら、玲央は床を殴りつける。


 彼の怒りはもっともだ。


 わけのわからないまま、人間として生きる権利をはく奪されて、これからはお金持ちの奴隷ですと言われて。


 そして、今は化け物に命を狙われている。


 どうしたって僕達は運命に翻弄されるしかない人形だと突き付けられているみたいで、どうしようもない感情で心が埋め尽くされてしまう。


 僕でさえそうなのだから、直情的な玲央はもっと怒りに打ち震えている筈だ。


 倉庫に身を隠して、十数分が経った。


 遠くで聞こえてくる悲鳴は減っていき、玲央に応急手当として巻きつけられた彼のカッターシャツは血によって赤黒く変色している。


 血を失ってぼうっとする頭で、僕は何かできないかをずっと考えていた。


 倉庫にあるものではダメだ。せいぜいモップとか、その程度のものしかない。


 ここが理科準備室なら何か薬品をとも考えたけれど、素人の僕達が弄ったとして自滅しかない。



 じゃあ、他に何がある?



 こんな状況に放り込まれたのには意図があるんだと、これは乗り越えられる試練なんだと、自分に言い聞かせないと頭がおかしくなりそうだ。


 何のため、誰のために、こんな状況を……。

 

「……仕組まれてた……なら……?」


 そして、僕はふと入学式の時に生徒会長から言われた言葉が頭を過ぎる。


 ――――早めに契約する事をお勧めします。


「契約に何か意味があるんだ……」


 僕がそう呟くと、それを聞いた玲央が怪訝な顔で僕の顔を覗き込む。


 高校生になって少し男らしくなった端正な顔立ちが間近に映って、僕の心臓はドキッと跳ねる。


「うわぁっ!? 急に顔を近づけないでよ、ビックリするから!」


「おっと、悪い。でもどうしたんだ? ケーヤクがどうとかって」


「いや、うん……生徒会長がさ、演説で契約を早く結んだ方が良いって言ってたよね」


「あぁ」


「もしかして、この状況を見越して言ったんじゃないかって……」


「はぁ? あんなの、早い事イイ感じの奴隷を見繕えって話じゃねーのか?」


「そ、そうかな……? でね、玲央にお願いがあるんだけど……」


 僕は玲央の顔を見上げる。


 昔から、玲央の方が僕よりも体格が良くて、身長も大きいから見上げてばっかだったっけ。


 あれから僕も身長は伸びたけど、やっぱり今でも玲央の方が少し高くて、間近で彼の目を見ようとすると、少し見上げる形になる。


 その構図に少し居た堪れなくなったのか、玲央は目を逸らした。


 そのタイミングで僕は言う。


「玲央、僕と契約をして欲しい」


「はぁ!?」


 目を丸くして、玲央はまた僕の方を見る。


「僕がドールでいいから! もしかしたらこの状況を打開できるかもしれなくて……ダメかな?」


「それは……」


 迫る僕から逃げるように、玲央は身を仰け反らせて引いて行く。


 数瞬言い淀み、そして玲央は答える。


「いや、ダメだ。お前がドールはダメだ」


「え、そんなぁ……」


 ダメって。


 ダメって。


 僕がドールなの、そんなに嫌かぁ……。


 がっくりとうなだれる僕を見て、玲央は大慌てで声を上げる。


「わぁわぁわぁ!! そんな落ち込むなって!! あと誤解だよ誤解!」


「誤解って?」

 

 思わず滲んできた涙を拭って、僕はまた玲央を見上げる。


 彼は照れ臭そうに頬を掻きながら、ばつが悪い口ぶりで素っ気なく言った。


「だから――俺がドールをやるよ」


「え、なにそれ!?」


「当たり前だろ!」


「玲央の事だから、俺が絶対にオーナーだ! って言い張るのかと思った」


「俺の事なんだと思ってんだ」


「やんちゃで元気いっぱいで仕切りたがり」


「なんだよそれぇ~~~!」


 彼は顔をしかめて、頭をかきむしった。


 それでふわふわと跳ねる髪はホントに憎たらしいぐらい綺麗だ。


「あぁ~~……なんだ、クラスでよ、あの男子が女子に乱暴働いた時に……結局俺も手が出ちまったけど……最初に動いたのはお前じゃん?」


「え? あ、そうだね」


「そっちの特待生が襲われそうになった時真っ先に動いたのも、上級生や教師が居ないのに気づいたのも世界じゃねぇか」


「うん……」


「俺は気づけなかったし動けなかった。こういう時、冷静に行動へ移せるお前の方がオーナーっつうの? よく分かんねぇけどそういうの任せた方がいい……俺はそう思う。だからお前がやってくれ」


「わ、分かった!」


 と意気込んだはいいものの……。


「オーナー契約ってどうやるの……?」


「知らねぇのかよ!?」


 がくっ、と玲央は古い漫画みたいにズッコケた。


 そんな僕らを見かねて、シアンくんが立ち上がった。


「二人とも、学生証を出して」


「学生証? これか?」


「そういえばこれ、常に携帯しろって言われてたね」


 そう言って、僕達は揃って学生証を取り出す。


「学生証の四角に親指を乗せて、オーナーになる人が上にドールになる人が下に来る様重ねて」


 シアンくんに言われるまま、学生証は重なる。


 その瞬間、二つの学生証を繋ぐ様に二重の円環が現れだした。


「な、なにこれ!?」


「だ、大丈夫かよ!?」


「黙って。まずオーナーになる君、僕の言う言葉を繰り返して」


「は、はい!」


「汝を我が従者ドールとして迎え、指揮者オーナーとして導く事を誓う」


「えっと……汝を我が従者として迎え、指揮者として導く事を誓う……?」


 僕がシアンくんに続いてその言葉を口にする二重の円環の外側の方へ、ブンッという音と共に僕の名前が浮かび上がる。


「そしてドールになる君。我は汝を指揮者として認め、従者となる事を誓う」


「あぁ……? 我は汝を指揮者として認め、従者として戦う事を誓う」


 次に、僕のと同じ様に円環に玲央の名前が浮かび上がった。


 二人の名前が重なった時、学生証から声が響く。


『ミカエルの名の下、両者の主従を認める』

 

 そして学生証から発せられる輝きが僕達二人の身体を突き抜けていった。

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