第4話「模擬戦」

「余興……?」


 頭を傾げていると、教師が集合の号令を出す。


 時間をかけながら全員がグラウンドに集まると、何故かネコが義継と一緒に一年生の前に立たされる。


「え~、これより有坂ネコさんと神在月義継さんによる、模擬演習を行います」


 ざわざわと、生徒達が騒ぎ出す。上級生も同じだ。


 ちらりと義継の方を見ると、会った日と同じような何を考えているのか分からない笑みを浮かべていた。


「模擬戦はこのグラウンド内で行います。装備は28式近接兵装。グラウンドから出たり、一発でも攻撃が入ったら負けになります。ということで、二人とも、準備お願いね」


「(あんの理事長~~~!!)」


 理事長に憤慨しながらも、それを抑えてネコはこの模擬戦の用意を進める。


 格納庫でネコは模擬戦で決められた28式近接兵装を受け取る。


 それは、黒く艶消しの施された柄の無い直刀で、キサラギグループ傘下企業如月鉄鋼製のミーティア用武装のひとつ。有り体に言えば、RS粒子の技術による特殊な合金で打たれた刀だ。


 格納庫で自分の体格にあった長さの物を選びながらネコは義継に愚痴を呟く。


「グラウンド内って、ミーティアの本領はもっと高高度なのに」


「そう言うな、人のサイズで3000メートルまで飛んじゃあ肉眼で見れないだろう」


「そうだけど……」


 不満を隠せないままで、二人はグラウンドの中心で向かい合う。


「そうだ、ネコ」


「どうしたの?」


「右手使えないお前へのハンデだ。私も左手で戦うよ」


 そう言いながら、義継は刀を左手に、それも逆手に握る。


 かちんと、それがネコの闘争心に火をつけた。


 彼我の距離は20m。教師のメガホンによるカウントダウンを聞きながら、姿勢を低くしてネコは構えて、全てのスラスターをアイドリングさせる。


 甲高い駆動音が一年生たちの応援の声をかき消して、今か今かと放出の時を待つ。


「3、2、1……ゼロ!」


 その瞬間、前傾姿勢で全てのスラスターを噴射する。その刹那の加速によりスラスターが猛獣の雄叫びの如く唸りを上げるが、そんなもの気にも留めずに前へ前へと駆けだした。


 同時に、義継も飛び出す。


 メインフレームが直角に装備する義継のミーティアの方が、前へ行く勢いは強く速い。しかし、メインフレームの噴射をすぐにやめて、レッグスラスターの噴射によってわずかに跳ねて慣性によって前へ進む。


 ネコも良く知る地上を翔ける際の低燃費な飛び方だ。レッグスラスターの噴射はわずかに留めてメインスラスターの前へ行く勢いを殺さず、跳ねあがりも最小限に抑えている。


 お互いの距離は一瞬にして詰まり、あっという間に3mも無いところまで近づいた。


 最初に仕掛けたのは義継。レッグスラスターを駆使しながら左旋回でネコの右手側を取ろうと動く。


 対するネコは右手側へ膨らみながら前へ行き、義継を追い越す。そのまま地面に刀を突き立て、それを軸にしながら義継もよりも鋭い旋回を見せて、背後に回り込み、刀を振り下ろす。


 その攻撃に、義継は左脚を曲げて猛烈にスラスターを噴射。急転換して身を捩って左手を振り、刀を受け止める。


 瞬く間に交わされた攻防に、歓声とどよめきが沸き立つ。


 それをよそに、ネコは義継へ吐き捨てる。


「確かに操縦は上手いけど、まだまだ無駄が多いね」


「ははは、そういうお前こそ。へし切りでは刀は斬れないぞ」


 売り言葉に買い言葉、ネコは絶対にコイツを負かすと固く誓いながら後ろへ軽く飛ぶ。


 左足とメインフレームのスラスターを噴射しながらホバリングへ移行する為の着地はまるで羽が地に落ちる様を見るように軽やかで柔らかい。


 そのまま着地の際に面した左足を軸足に、フリーレッグの右脚のスラスターを使い、まるでフィギュアスケートさながらの滑りでネコは旋回する。


 それを追い立てる為、わずかに遅れて義継が前へ踏み出した。ネコの踊るような操縦と違い、義継の動きは合理的かつ実戦的だ。


 旋回するネコの方向へステップする様に大地を蹴って刀を円運動を加えながら横に薙ぐが、ネコは身を捩ってそれを回避する。


 そのまま直線へ一気に加速して突撃。力いっぱいに振り回し、機体の速度と強化外骨格の力を上乗せした重い一撃を叩き込む。


 直接受けるとマズいと判断し、義継はそれを受け流していく。


 ネコはそのまま追い越して、反転。減速しきると、身体の力を抜いて前に倒れこむように前のめりになる。地面に膝に着くか着かないかの瀬戸際まで身体を沈み込ませてから一気に加速。四足歩行の動物のように、右手で地面を叩き更に前へ行く。右手が動かないといっても、指と手のひらが動かないだけだ、腕を振り回す事は出来る。


 もはや猫科動物と言わんばかりの最大限な前傾姿勢で進むネコに対して、飽くまでも義継は人としての構えでそれを迎え撃つ為にスラスターを咆えさせ、放出される粒子が光として視認できる程の出力で前進する。それはまるで彗星の様な光の尾を引いていた。


 観客の一年生達が息を呑む。一瞬の間に二人はぶつかり合い、振り下ろした刀が鈍い音はグラウンド中、それどころか校舎まで届くほどに激しい。


 加速時のお互いの体勢が違うのは、どちらかが優れているとかプライドの問題ではなくお互いの機体の性質が違う為だ。


 ネコのミーティアはメインフレームが身体と平行している為、スラスターの向きが真下を向いている。その為、メインフレームのスラスターを前進の為に使うには前傾姿勢を取らなければならない。


 打って変わって義継の駆るミーティア。こちらはメインフレームが身体に対して直角になっている為、スラスターの向きが身体の後方へ向いている。


 故に、前傾姿勢ではなく直立、あるいはランニングフォームでの加速が望ましい。 


 何度かの攻防を経て、ネコは気づいた事がある。


 義継の操縦技術は2年生の中でも群を抜いている。天性のものか、努力によるものかは不明だが、卓越したものである事は確かだ。


 しかし、彼女が例えばスラスターを噴射する際などに、ラグがある事を見逃さない。まして、そこからの切り替えにも精細を欠いている様にも感じた。


 ラグと精細を欠くならばそれを加味した上で動くなどの工夫を凝らしているようだがネコの精密なコントロールには及ばない。


 しかし、それで勝利を確信する程ネコは自分に甘くない。


 はっきり言って、ネコは格闘術などの心得は無い。


 刀をただ振り回しているだけだ。


 それに対して、義継は格闘術に精通しているようで、その体幹コントロールと逆手持ちながら見事な剣術によって防御と攻撃を完璧に熟している。


 義継のミーティア操縦における欠点へネコが差し込み、その攻撃を格闘術の心得がある義継が防ぎながら反撃し、それをネコは紙一重で避けていく。


 模擬戦は完全ないたちごっこへと縺れ込んでいた。


「(授業が終わる! このまま引き分けなんかやだ!)」


 ネコは焦りから、安直な突きを繰り出す。


 それを見て、義継が長い足を使って蹴りあげた。


「うわっ!?」


 思わず、ネコは身を引いてその脚を躱す。しかし、突きの為に腕は伸ばしたままだ。


 その瞬間、義継は突きだしたネコの刀へ脚を絡めて体重をかける。


 蹴りはフェイント、本命はネコの突きに合わせて体勢を崩しにかかるこの一手だった。


 避けることのできないネコへ向かって、刀の頭へ右手を添えて義継が突き立てる。


「(しまった……!)」


 ネコが目を伏せたその時、授業終わりのチャイムが鳴り響く。それと同時に、模擬戦は時間切れで終了となる。


「ああ、残念。引き分けだ」


 ネコを解放するや、義継は薄ら笑いを浮かべてあっけからんと口にする。


 対するネコは、むすっとした表情のままだ。


「ねぇ義継。もしかして左利きだったりしない?」


「さぁ、どうだか?」


 ぷくっと頬を膨らませながら佳奈達の元へと戻ると、浮かない気分の彼とは対照的に一年生は大盛り上がりだった。


「すごいすごい! 有坂さん、2年生の神在月先輩とあんなに!」


「ねぇねぇ! なんでそんなに操縦上手いの? やっぱり社長令嬢だから?」


「私達にも操縦教えて!」


「え、えっと……」


 思わず戸惑うネコだったが、その慌ただしさが実質的な敗北の苛立ちを和らげていく。


「(結局は理事長の思い通りだなぁ、まったくもう)」


 不満はある。だが、授業中どちらかといえば興味が無さげだった生徒たちがこんなにも目を輝かせているのは、悪い気がしなかった。


 周りを見ると、佳奈はまた慌てふためいて周りをキョロキョロを見渡していて、それに見かねた縷々が割って入った。


「有坂さんが困ってるでしょ! っていうか、次の授業遅れるからさっさと戻る!」


「「「はーい……」」」


 ふぅ、とため息を吐きながらぞろぞろと格納庫へ戻っていくのを眺めながら、縷々は隣でオドオドしていた佳奈に詰め寄る。


「あんた」


「は、はひぃ!」


「いったいなにをオドオドしてるのよ、こういう時にフォローする為にあんたが相部屋になったんでしょうが」


「うぅ……ごめん……なさい……」 


 佳奈は俯き、その表情は暗い。


 思い返せば、今朝も似た様な事があって、結局オドオドして何もできなかった。


 そもそもの話、あの時転んだりしなければ……そう考え出すと、もうネガティブな思考のるつぼにハマりだす。


 目には涙を浮かべ、絞りだすような声でぽつりぽつりと言葉を吐き出していく。


「わ、私、グズで……ノロマだし、ブサイクだし、みんなを怒らせてばっかりになるから……その……今からでも……」


 言い切る前に、縷々がデコピンでその言葉をせき止める。


 突拍子もない事に、るつぼへハマっていた思考は一度、ピタリと止まった。


「何言ってんのよ、これから長い付き合いになるんだけど、私達」


「え……?」


「そうですね、これから長い付き合いになりますね」


「ど、どういうこと?」


 二人の意図が読めない佳奈は、3人の顔を見ながら頭を傾げる。


「これからボク達、友達として学校生活を送るってこと」


「え?」


「聞こえなかった? と・も・だ・ち」


 そういうと、ネコはにっこりと笑った。


 少しの間をおいて、ようやく事態を飲み込んだ瞬間、思わず佳奈は叫んでしまう。


「えええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?」


 目を白黒しながら、再度佳奈は全員の顔を見る。


 縷々はツンと顔を背けて、円香はニコニコと微笑んで。


「ど、どうして? ルームメイトだからネコくんはわかるけど、どうして二人が!?」


「どうしても何も、これからおにいちゃんがバレない様にグループ組むんだから、仲良しこよししてないと不自然でしょ」 


「え、あ……そっか、そうだよね、でなきゃ、私みたいなのとつるまないよね……」


「でも、お友達になりたいのは本当です! だから、落ち込まないで」


「でも……」


 いたたまれずに、佳奈は顔を逸らす。だが、ネコはそんな顔を覗き込むようにして佳奈の目を真っすぐ見る。


「大丈夫、君は一緒にいていいんだよ」


「そんな……私、ほんとに……みんなと違って、ブサイクだし、変な事言っちゃうし」


「ねぇ、自分の事をブサイクなんて哀しいこと言わないで。君は女の子だろう? 君には君にしかない美しさがあって、それを磨く権利と自由があるんだから」


「そんなこと……」


「あるさ。君が君である限り、ボクが持っていない美しさ……今この一瞬にもボクから失われていく美しさを君は手に入れることができるんだ」


「ネコくんが持っていない美しさ?」


「うん、ほら。ボクの顔を見て?」


「超美人」


「そうじゃなくて……ボクはどんなに頑張っても男の子だからさ、あと何年こうして可愛い恰好が似合う姿でいられるかわからない。いつかはスカートを卒業しなくちゃいけない時が来るんだ」


 ネコは目を伏せて自分の5年先、10年先……きっと、男らしくなっているのだろう。 


 身長ももう少し伸びて、身体はもう少し骨ばって、好きでしている今の恰好が似合わなくなっているのだろう……そんな光景が頭に浮かぶ。


 それを振り払って、佳奈の目をまっすぐ見つめる。


「けど佳奈はこれからいつまでも、女の子でいられる。女の子の美しさを追求できる。それが君に与えられた権利だ」


「でも、そんな権利なんか欲しくて貰った訳でも、なりたくて女の子になったわけでもないし……」


「そう、だから自由。君が美しくなるもならないも、君次第だ。けど、もしも自分を磨こうと思うなら、ボクが手伝ってあげる」


「手伝う?」


「そ。美少年を美少女に変貌させるメイクテクを君に施してあげよう」


「えっ!? ネコさん! それは私にも教えてくださらない!?」


 わいわいと騒いでると、後ろから義継が声をかけてきた。


「お嬢さん方、こんなところで何をしているんだい」


「うわでた」


 ネコは露骨に嫌そうな顔を浮かべながら、すすすっと距離を取る。


「酷いなぁ。私も仲間に入れてくれないか? 一応、私もネコをフォローする役回りなんだが」


「嫌。神在月先輩、パイロットスーツ着て来た時やらしい目つきで私達を見てた」


「あっ……。そ、それは仕方ないことっていうか……ネコも見ていたじゃないか!」


「そっちはノーカンなんで」


 一同は(義継を除き)、わっと笑い合う。


「それじゃあ佳奈」


「ん?」


「これからよろしくね」


「は、はい……よろしく……!」

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