第3話「ミーティア実習」

 午前の授業が終わればネコが待ちに待ったミーティア実習の時間が訪れる。


 カミツレは他の学校と違って体育の授業がない代わりに「ミーティア」に関連する授業を代替にしてカリキュラムが組まれている。


 一年の最初はまず動かす為に必要な基礎的な知識を座学で学び、やがてグラウンドで上級生の助けを受けつつ実際に装備して動かす段階へ。


 そこから更に進むと、ついに空へと飛び立つ。


 現在は座学が終わり操縦へと移った段階で、座学に関してはネコが持ち合わせている知識は十分。一応教科書にも目を通してあるし、ネコは操縦に関して特に自信があった。


 問題は着替えだ。


 ミーティア装備の際には、専用のパイロットスーツか体操服に着替える事が義務付けられている。


 専用のパイロットスーツはあまり人気がなく、ほとんどの生徒は体操服で授業を受けているが、どちらにせよ着替えなくてはならない。


 当然、女子校の為に更衣室はひとつしかないし、中には教室で着替えようとする生徒までいる。


 いくら女子として入っているとはいえ年頃な女子の下着姿を勝手に見る訳にはいかないとネコは慌ててクラスを後にする。


「ねぇねぇ、着替えどうするの?」


 後を追った佳奈が小声でネコに問いかける。


「大丈夫、この時の為のプランは用意してあるから」


 そういって、佳奈に鞄を持ってきてもらって研究棟へ案内された時の西棟、その三階へと赴く。


 西棟はあまり人気ひとけがなく、その三階ともなればシンと鎮まり帰っていた。


 間違っても人が来ないよう佳奈に見張りを任せ、外から見られない様に窓際からも離れた位置でネコはおもむろに制服を脱ぎ始める。


「うわぁ!? いきなりどうしたの!?」


 慌てて両手で目を隠す佳奈。


「なにやってんの?」


「だって、いきなり服を脱ぐから……」


「あぁ。大丈夫だよ、下に体操服を着てるから」


「えぇ?」


 恐る恐る手を退かすと、少し大きめの体操服を着たネコが目の前に現れる。


 長めの丈の短パンで膝が隠れるようにしつつ、更にハイソックスを履いている。


「わぁ……」


「どうかな。体操服に似合ってるも何もないけど、変なところはない?」


 佳奈の前でくるりと回ってみせ、佳奈に隅々まで確認させる。


「めっちゃかわいい……というか何着ても可愛いとかチートか?」


「流石に何でも可愛くは着こなせないよ。でも、ありがとね」


 褒められて顔を少し紅潮させながらネコは鞄に脱いだ制服を詰めていく。


「さぁ、これでボクはオッケー。付き合わせて悪かったね、一緒に荷物を適当なところに更衣室に置いてきてくれる?」


「う、うん。わかった」


 西館を後にして更衣室へと向かう。


「んわぁっ!?」


 だが、更衣室の前で、佳奈は素っ頓狂な声をあげる。


「どうしたの?」


「えっと……体操服忘れた……」


「えぇっ!? でも、パイロットスーツ借りれるんだからいいんじゃない?」


「そうだけど……一人だけパイロットスーツなの恥ずかしいよ……」


「忘れ物の罰ってことで諦めなよ」


「うん……とりあえず荷物置いてくるね」


 佳奈はうなだれながら更衣室に荷物を置いて、グラウンドへと向かった。


 ミーティア実習は学年合同でやる事になっており、その為、グラウンドには縷々と円香もいた。


 彼女達もまた制服のままだった。


「どうしたの? 二人も制服を忘れたの?」


 その一言で二人は佳奈が体操服を忘れた事を察して苦笑いを浮かべた。


「いえ、私達は元よりパイロットスーツを着るつもりで来ましたわ。キサラギグループの令嬢として、この実習に協力は惜しまないつもりです!」


「私は謝礼が上乗せされるから……あまりにも不人気過ぎて、一定回数パイロットスーツを着て実習に参加すれば『実験に多大な貢献をした』としてボーナスが入るようになったみたい。それでもみんなアレだけは着たくないみたいだけど」


「あんなの、ただのエロいコスプレだもん!」


「そ、そんなに?」


 どんなものなのか、ネコが想像していると教師と作業服、白衣を着た大人達が現れる。


「皆さん静かに。点呼を取ったら、今回も上級生と一緒に実習を開始しますからね」


 ジャージを着た体育の教師のような人物……事実、教師としては体育の教師が……生徒達の談笑に負けない声量で話す。


 その傍には義継を含む上級生が数名と研究所で見かけた人達もいる。忠人もそこにいてネコに目が合うとウィンクしながら手を振ってくれた。


「いいですか! 絶対に! なにがあっても! 私達の指示に従うこと! もしも変な事をしたらあなた達や、お友達の怪我につながりますからね! それじゃあ準備体操ー!」


 やがてどこの学校でも見られる気怠そうに準備体操をやっていく光景が広がる。


 準備体操が終わると、体育教師が点呼と出欠を取り、それも終わるとグラウンド併設の格納庫へとまばらなペースで向かっていく。


 ネコと佳奈がそれに着いていこうとすると、ネコの肩を誰かが背後から優しく掴んで引き留めた。


 振り返ると、それは忠人だった。


「ネコちゃんはこっち♡」  


 ネコは連れられるまま一つ隣の格納庫へと入っていく。


「ネコちゃんのデータは個別に取るよう理事長から指示を受けてるの」


「なるほど」


「さぁ、順番に装備していくわよ」


 ミーティアはメインフレーム、コアモジュール、強化外骨格エグゾスケルトン、アームパーツ、レッグスラスターの5つで構成される。


 まず最初に装備するのがコアモジュール。機体とパイロットをシンクロする為に中継する為の機構で、これを背中に背負い、脊髄にナノ単位の極小の針を接続させる。痛みはほとんどない。


 そうすることで、コアモジュールがエネルギータンクに貯蓄してあるRS粒子の元となる物質を消費して、大量のRS粒子を生成。独自の発電方法で各パーツに電力を供給すると共に視界にHUDをAR表示させる。


 またコアモジュールから装備者のバイタルサインを専用の端末に送信して確認する事も出来るし、通信として音声を送ることもできる。


 しかし、これらを円滑に行うのに重要なのがシンクロ率だ。


 シンクロ率はそのままパイロットとコアモジュールがどこまでシンクロ出来ているかを表す数値で、高ければミーティアの操縦のレスポンスが速くなったり、発電効率が向上する。また、RS粒子の操作もコアモジュールを通して行うことができる。


 逆にシンクロ率が悪いと、コアモジュールが十分な発電を行えなかったり、各種操作が鈍い、HUDの表示サイクルが遅いなどの不具合が発生する。


 シンクロ率は個々人の適性次第なところがあり適性が極端に低い者は機動すら不可能だ。


「さて、ネコちゃんのシンクロ率はっと……んまぁ! なんとなんと72%! 初めてにしては凄くいい数値だわぁ!」


「ど、どうも」


「心拍数が少し高いけれど、これはドキドキワクワクの興奮から来るものかしらね? カワイイわね~」


 そうして端末を操作すると、油圧の音と共に次の工程へと進む。


 コアモジュールを中心に全体へ這わせるようにして、人間の骨格にも似た金属の薄い甲殻を身に纏う形の強化外骨格を服の上から装備していく。


 自身の肉体を保護すると共にパワーの補助を行うもので、HALが開発したこのタイプは非常にコンパクトで知られている。


 こちらはミーティアと比べて特別目新しい技術ではないが、手の指先までをカバーする細やかな補助機能を有しており、世界各国でも次々と軍事、医療、建設の現場で採用が開始されている。


 そして、ネコが興奮してやまないパーツへ行く。


 これがミーティアの性格を決定づけると言っても過言ではない。


 まずは肘まで覆うアームパーツ。これは物理的な装甲であると同時に手にした装備を解析、接続してFCSと呼ばれる、火器を管理するコンピューターへの橋渡しの役割を持つマニピュレーターでもある。


 この手甲を装備している状態で例えばアサルトライフル等を装備すれば、照準と残弾数がネコの視界に表示されていく。


 脚部に装備するのはロングブーツの様なレッグスラスター。


 ヒールに当たる部分や側面にスラスターがあり、姿勢制御、旋回、加速補助などを行うのに使用し、これによりミーティアは柔軟かつ高い機動力を得る事が出来る。


 この二種類は同時に耐Gスーツの役割を持つ。


「キツくはない?」


「大丈夫、ぴったりです」


 足を上げたり、手を動かしたりしながら動作確認をしてから、最終工程へ移る。


 最後。コアモジュールの上にかぶせる様にして装着するパーツ、メインフレームである。


 ネコが格納庫で見た、機首のない戦闘機の様なパーツだ。この中に各種コンピュータが搭載され、メインスラスターの役割も果たし、ここ次第で全ての運用が変わると言っても過言ではない。


 ネコの言う「M2A3F-14」とはここの部位を指す。


 M2とは、ミーティア第二世代機という意味で、A3とはその第三改修タイプ。


 F-14はそのまま実在する艦上戦闘機F-14トムキャットから来ている。


 この戦闘機の特徴は速度域に応じて展開したり折り畳んだりと稼働する可変翼で、それはミーティアにも引き継がれている。


 メインフレームの装着が完了すれば、各部位から出ている基部からRS粒子が放出されて機体とパイロットの身体を覆うようにしてRSフィールドが張られる。


 このフィールドもまたミーティアの特徴である。


 気体と液体の性質を持ち、これが肺に充満すればパイロットを酸素の薄い高高度でも呼吸出来る様にし、フィールド内は常に1気圧に保たれる。そして、様々な攻撃を弾き、旋回時に発生するGを軽減させる完全な防御を発揮する。


「装備シーケンスはこれで全て完了よ。頭痛がするとか、気持ち悪いとかの悪い影響はないわね?」


「今すぐにでも飛び上がりたい気分です!」


 その返答を聞き、忠人はニッコリと笑いながら親指を立てる。


「固定アームを解除するわよ。動かし方はわかる?」


「当然、完璧です!」


 そういうと、ネコは両足を軽く広げ脚部とメインフレームのスラスターを軽く吹かし、格納庫内に小さな風が巻き起こり、ネコがわずかに浮き上がる。


「このままトリプルアクセルだって決められます!」


「それじゃあ、そのまま思うようにグラウンドへレッツゴーよ!」


 忠人の声援を受け、ネコはボバリングで滑るように格納庫を飛び出した。


 外では、既に装備を終えた生徒からグラウンドに出ていて、まだ慣れない者は人の助けを借りながら覚束ない足取りでヨタヨタと歩いていた。


 彼女達の装備するミーティアは、ネコの物とは大きく違っていて、ネコの物はメインフレームを身体に平行してフレームを背負っているのに対して、他の生徒達の物は垂直に背負っている。


「M3F-15……! 換装による形態変化を取り入れた第三世代機!」


 少年のように目を輝かせて、生徒達の装備するミーティアを眺めるネコ。


 しかし、忠人に言われたことを思い出してかぶりを振ると、生徒達の中から義継を見つけ出し、格納庫を出た時と同じ様に滑って近寄り声をかけた。


「やぁ、義継」


「あぁ、ネコか」


 ふと、ネコは義継の恰好をまじまじと眺める。


 身体にぴったりと張り付くラバー状の衣服になっていて、身体のラインがよく分かる物だ。足の付け根から下はそのまま肌を出していて、造形としては旧スクール水着が近いか。


「確かにこれは恥ずかしい……」


「私としては少女達に自分の身体を魅せる事が出来て光栄だよ」


 そう言って、何を考えているのか分からないような薄ら笑いを浮かべて義継は胸を張る。


 スラっと細く、それでいてしっかりとした恵まれた体躯だ。本人としては衆人に見られて恥ずかしいものではないのだろう。


 遅れて、円香がやってくる。


「あ、ネコさん……あ、あんまりジロジロ見ないでください」 


 ああは言ったもののやはり恥ずかしいのか、頬を染めながら下腹部を隠す。レッグスラスターの開口部へ、むにっと肉が載って、尻が若干食い込み始めてる。


「良いな、実に良い。安産型は素晴らしい」


「こらこら失礼だって」


 そういうネコも目は円香に釘づけだ。


「ぐっ……うっ……胸が苦しい……」


 下唇を噛みしめながら現れたのは縷々だ。


 円香以上のサイズを持つ縷々のことだ。そのキツさは想像以上だろう。


 現に、胸ははちきれそうにして少し動くたびに音を立てている。


「一年でも類い稀なサイズだな。並ぶ者はそういないだろう」


「ホントに見違えるぐらいに成長したなぁ」


 しみじみと頷きながら周りを見ると、佳奈の姿が無かった。


「あれ? 佳奈は?」


「あぁ……アイツは……」


 暫く待つと、格納庫からヨタヨタと産まれたての小鹿のような足取りで佳奈が現れる。


「ひぃ、ひぃっ……」


 佳奈も例のパイロットスーツを着ているが、平坦な胸に対して脂肪の乗った下半身と3人とは比べるのも悲惨な体型である。


「貧乳の割に尻がデカいな」


「驚異の格差社会を見ている気がする」


「み、見てないで助けてぇ!」


 くすくすと笑いながらネコは佳奈の元に駆けつける。


「ほら、手を貸してあげるから」


「ありがと……すいすいーって滑るようにして、どうやったの?」


「ん? ホバリングしながら姿勢制御で……」


「あぁぁ、ごめん、もうわかんない」


 ネコに手を引かれるまま、佳奈は3人の場所までたどり着く。


「いやぁ、実は前の授業を受けてなくてさぁ……」


「だめだよ、ちゃんと授業には出なくちゃ」


 全員の装備が終わったのを確認すると、体育教師が声を張り上げた。


「はい! その場で止まって! 今日の授業では浮くところまで頑張ってみましょう! けれど、焦りは禁物ですからね!」


「浮くだけ? なんなら飛んでみせるのに」


 得意げに笑いながら、ネコは浮かんだまま片足を捻って軽くスラスターを噴射。その勢いでくるりと優雅に回ってみせる。


 こうしてミーティア実習が始まった。


「ネコ、元より操縦を教える手筈だったろ? 3人を任せていいか?」


「うん、構わないよ」


「じゃあ、私は他の一年を見てくるよ」


 義継を見送ると、ネコは3人に向き直った


  

「えっと、まず浮くには足とフレームの推力バランスと姿勢が大事で……といっても姿勢はある程度メインフレームのコンピュータがやってくれるから、推力を出し過ぎないのがポイントかな」


 そういって、ネコは3人の前で実演してみせる。


 まるで重力から解放されたかのようにネコは浮き上がり、すぐに着地する。


「垂直に浮くだけならすぐにできると思うけど、まずはぴょんっと飛んでみるところから始めるのがいいと思う」


「わかりましたわ! 飛ぶんですのね!」


 そういって、円香はぴょんぴょんと垂直に跳ねる。


 その度に胸がばるんばるんと暴れて、佳奈は口をだらしなく開きながら凝視している。


「すっげぇ……」


「……ごめん、飛ぶのはミーティアのスラスターを使ってね」


 ネコは飽くまでもポーカーフェイスを決め込んだ。


 視線は、言うまでもなくだが……。


 次に3人は一列に並んだ。


「次はさっきの小さなジャンプする為に使ったスラスターをキープしてみよう。ボクが手を握っててあげるから安心して」


「スラスターをキープ……スラスターをキープ……」


 ネコの手を取って、言われた通りに円香は足とメインフレームのスラスターを噴射する。


 すると、不安定ながらも両足は地面を離れた場所で漂い始める。


「わぁ! 私、浮きました! 浮きましたよ! ネコさん!」


「うんうん、上手上手!」


 次は縷々の番だ。


 ミーティアのアームパーツ越しとはいえ、ネコに手を握って貰えている事にご満悦なのか、いつものクールな顔つきとは正反対のでれでれとした表情を浮かべながらネコに声をかけられるまでボーっとしていた。


 慌ててスラスターを吹かして多量の土埃を巻き上げたが、円香よりも安定して浮いた状態をキープしている。


「すごいすごい! もう手を放しながらでもいいんじゃないかな?」


「え? ま、待って……あ……」


 事実、ネコが手を放してもその安定した姿勢は崩れることはなかったが、うなだれる様にして縷々は着地する。


「つ、次は私だね」


「落ち着いて、ゆっくりだよ」


「と、とりゃー! うぎゃあっ!?」


「わぶっ!?」


 ネコのかける言葉も空しく佳奈は急激にスラスターを噴射してしまい、そのままの勢いでまたネコを押し倒してしまう。


「い、勢いは評価する……」


 せめてもの賛辞を贈るネコだったが、佳奈にはセンスというセンスが無いようで、いくら繰り返しても、ただ浮く事を成功させる事すら難しかった。


 ミーティアの操縦は己の身体を動かすかのように脳の信号で操縦する。


 本来であれば何十時間と習熟が必要な機械の操作を、学校のカリキュラム程度の時間で習得させられる所以ともいえる。


 しかし、空を飛べるような翼が生えたからといって、すぐさま羽を広げて空を飛べるだろうか?


 飛べるものは飛べるかもしれない。だが同様に、飛べないものは飛べないだろう。


 ミーティア操縦の難しさはそこにある。


 佳奈のように、突然生えた翼を羽ばたかせる感覚が掴めない者に、ミーティアで空を飛ぶことは難しい。


 そして、人が無意識に行うような動作を言語化できないように、ミーティアの操縦もまた言語化しづらい。


 システムによって簡略化が進んでいるとはいえ、それでも最後に飛び立とうとするのには、人の意思が必要な事に変わりはなかった。


 佳奈が手間取っていると、義継がふらりと現れた。


「どうしたの? 義継」


「理事長からの頼みだ。ちょっとした余興に付き合ってくれ」

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