託すもの

せてぃ

前最高司祭ラトーナ・ミゲル

 自分は、もう長くない。

 天蓋付きの寝台の上、ラトーナ・ミゲルは思った。

 寝台は、年老いて小さくなったラトーナの身体にはあまりに不釣り合いなほど大きく、精緻な彫り物と金銀があしらわれた作りは、老いさらば得た身には華美でありすぎた。同じくらい手を凝らした装飾の肌掛けを乗せた身には、もうそれらに見合うだけの力はなかった。

 七八歳。

 八十を目前にして、老いた身体は言うことを利かなくなった。まだ為さねばならぬことがあると言うのに。


「クラウス」


 ラトーナは側に控えた少年に、近くに来るように声をかけた。

 十代後半の少年は、寝台に身を預けるようにして上半身をラトーナに近づけた。


「明日、少女がここへ来ます。彼女とあなたには、辛いことを頼むことになる。どうか、彼女を助け、彼女と共にこの大陸を、この大陸に生きる人々を、密かに守る戦いに、力を尽くして欲しいのです。クラウス」


 ラトーナはクラウス少年の頭に手を置いた。

 十年。

 ラトーナは自分の成すべきことに掛かるであろう時間を、そう推察していた。

 八八歳。

 自分はその日まで生きて、自ら目的を果たすつもりでいた。自分以外に、この過酷な暗闘を背負わせないつもりでいた。

 しかし、この身体はもたなかった。魔法の力を帯び、人知れず戦い続けてきた身体は。

 おそらく、もって一年。二年は間違いなくもたないだろう。

 まるで他人事のように自分の命の加減が分かる。

 クラウス少年が大人になる頃、そして自分が後継者と見込んだ少女もまた、大人になる頃にこの暗闘は終わるだろう。この大陸を脅かす力。人の手が作り出した罪。あの百魔剣との戦いが。

 クラウス少年が頭に置かれたラトーナの手を取り、握り返した。

 温かな手だった。

 この少年と、そして自分と同じく魔剣を扱うことのできる力を持った少女を、本当に動けなくなる前に見つけ出すことができたのは僥倖ぎょうこうだった。

 まだ、託すことができる。

 呪いのような暗闘に、若い二人の身を委ねさせることになる。

 それでもまだ、わたしは託すことができる。

 託さなければならない。

 残されたわずかな時間を掛けて、全てを託す。


「ありがとう」


 手を繋いだクラウス少年が、応じるように頷いた。感謝を述べたラトーナはその手の温もりに、少しだけ赦された気がしていた。

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託すもの せてぃ @sethy

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