#よねこ生誕祭88

ひなた華月

#よねこ生誕祭88

「おばあちゃん、お誕生日おめでとう」


『わざわざありがとねぇ、実久みく。あんたもやっと受験が終わって遊びたいだろうに……』


「いいよ、いいよ。どうせ暇だし、私はこうしておばあちゃんとゲームしてるほうが楽しいし」


 私はテレビに映っているゲーム画面を見つめながら、おばあちゃんにそう返事をする。


『そうかい? あんたくらいの年齢なら、彼氏の1人や2人くらいいるもんだけど……って、こんなこと言ったら、モラハラって奴になっちまうかねぇ?』


「ならないよ。別におばあちゃんに私のプライベート知られても全然困らないし……あっ、おばあちゃん、敵、後ろにいるから気を付けてね」


『あいよ』


 私の指示を聞いたおばあちゃんは、後ろから近付いてきた相手チームのキャラクターを見事なエイム操作で撃退した。


実久みく、あたしたちのエリア、ちょっと塗られ始めたんじゃないかい?』


「やばっ。ちょっと味方の援護してくる。おばあちゃんはそのまま敵のエリアに攻めといて」


 そんな会話をしながら、私たちは某ゲームのオンライン対戦に勤しんでいた。


 このゲームは、可愛いキャラクターたちがステージでインクを塗りあう陣取りゲームみたいなものなのだけど、そのポップな世界観とは裏腹に、かなり奥深いゲーム性が話題を呼んで、今ではその会社の看板ゲームの1つとしても数えられるほどのビックタイトルとなっている。


 私はそんなゲームを、今日もおばあちゃんと一緒にプレイしていた。


 おばあちゃんと一緒にゲームをしているなんていうと、高校の友達なんかはよくビックリするんだけど、実は、私のおばあちゃんは昔からゲームがすこぶる上手くて、いつも私の遊び相手になってくれていた。


「あっ、そうだおばあちゃん。おばあちゃんの誕生日、みんながツ〇ッターでお祝いしてたよ」


『本当かい? そりゃあ驚きだねぇ』


 そして、おばあちゃんは今日で88歳を迎えてもなお、ゲームの腕前が劣るどころか、ますます上達の一途を辿り、今ではちょっとした有名人になっていた。


 というのも、おばあちゃんはとにかくアグレッシブな性格で、興味を持ったことなら躊躇いなく片っ端から実践していくのだ。


 結果、1年前からゲーム実況の配信を始めたおばあちゃんは、年齢の物珍しさだけでなく、その腕前と巧みなトーク術が相まって今では誕生日に『#よねこ生誕祭88』というハッシュタグがトレンド入りするくらい、その界隈では大人気のゲーム配信者になっていた。


『こんなばあさんの誕生日を祝ってくれるなんて、今の若い子たちは優しいもんだ』


「それだけ、みんなおばあちゃんのことが好きなんだよ」


 実際、おばあちゃんのゲームチャンネルは10万人以上の登録者数を誇り、メディアの取材なども何度かされたりしている。


「……本当に、私と違って凄いよね、おばあちゃんは」


 ついつい、そんな愚痴を零してしまうと、おばあちゃんは私の異変を感じとったようだ。


『なんだい、実久。何か悩み事でもあるのかい? まぁ、あんたくらいの年齢なら、悩みなんて尽きないだろうけどね』


 そういって、おばあちゃんは私にそっと、優しく問いかける。


『おばあちゃんで良ければ、話くらいは聞いてあげるよ』


 もし、これがお母さんならば、「別に」と不機嫌に答えたかもしれないけれど、相手がおばあちゃんとなると、私も素直な孫へと変貌してしまう。


「私ってさ……将来どうなるのかなーって思ってさ」


『そりゃ、どういう意味だい?』


「うーん、別に、深い意味はないんだけどさ。私って、別に何かやりたいことがあるってわけじゃないの。こうして、おばあちゃんと一緒にゲームしてるだけでも楽しいっていうか……」


『そうかい、そりゃあ、おばあちゃん冥利に尽きるってもんだよ』


「だけどさ、他の子たちは、みんな叶えたい夢とか、将来なりたい職業とかがあって、そういう話を聞くたびに落ち込んじゃうんだよね」


 それこそ、来月から進学する大学だって、私の場合は家から近くて自分の偏差値で合格できるってだけで決めたのだ。


「だから、この先もただなんとなく生きていくんだろうなぁ~って、そう思うと……ちょっと落ち込む」


 自分でも、上手くこの感情を説明することができなかった。


 別に夢に向かって頑張りたいとか、そんなことはこれっぽっちも思っていない。


 だけどやっぱり、自分が空っぽで何もないことにふと気づいてしまうと、劣等感のようなものが沸き上がってくるのだ。


 そんな私に、おばあちゃんなら何か的確なアドバイスをくれるかと思ったのだが、返ってきた言葉は、意外なものだった。


『へぇ、そりゃあ、いいことなんじゃないかい?』


「えっ?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまった私に向かって、おばあちゃんが言った。


『いいかい、実久。将来やりたいことがないってことは、これからいくらでも好きになったものに熱中できるってことじゃないかい』


 続けて、おばあちゃんは得意げな声で私に告げる。


『おばあちゃんを見てみなよ。こんな年になっても、若い子たちと一緒にゲームを楽しんでんだよ。死んだじいさんが見たら、さぞビックリするだろうね』


 そう言ったおばあちゃんは、私にはどこか自慢げに笑っているように感じた。


『だから、別にあんたも急いでやりたいことを見つけなくていいんだよ。やりたいことなんて、生きてりゃいくらでも出来てくるもんさ』


「……そっか。なんか、おばあちゃんが言うと、説得力があるね」


『当たり前さ。なんたってあたしは、88年生きてるんだから』


「あはは、それもそっか」


 いつの間にか、私も声を出して笑っていて、気が付けば、テレビ画面ではゲームが終了して、チームマッチの結果発表が行われていた。


「ねえ、おばあちゃん」


 そして、試合の結果が表示される前に、聞いてみる。


「おばあちゃんってさ、これからやりたいことってある?」


『やりたいこと? うーん、そうだねぇ……そんなのはいっぱいあるけど……』


 悩むようにおばあちゃんが唸っていると、テレビから『ファンファンファンファ~ン~』と、気の抜けたようなような効果音と共に『LOSE』という文字が大きく表示された。


『とりあえず、次の試合は絶対に勝ちたいねぇ』


「オッケー、了解」


 そう返事をしたのち、私はすぐに再戦するボタンを押した。




 今日は、私の大好きなおばあちゃんの88歳の誕生日だ。


 孫として、今度こそはおばあちゃんに勝利を捧げようと気合いを入れるのだった。


 END


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