第8話「怪物と戦う少女」改3.00
サクラは刀剣の輝きを見つめている。
刀剣の輝きは止まなかった。
刀剣が呼んでいる気がする。
サクラの瞳には刀剣が写っていた。
その魂と共鳴するかのように意識が近づく。
サクラは刀剣を手でつかんだ。
ぎゅっとつかむ。
神聖な輝きは吸い寄せられるようだった。
刀剣をつかんで体の中にエネルギーが注ぎ込まれる。指先から腕を伝って、温かい気が送られてくるようだった。
目を閉じると、騒ぎ立つ心が落ち着いてくる。
サクラは両親のことが思い浮かんだ。
幼い頃に父親に抱きかかえられた時のぬくもりや、母と一緒に誕生日ケーキを切った時の指先の温かさがそうだった。
そして、両親の手がサクラの手を握っている。
つないで並んで歩いた時の記憶が思い起こされた。
刀剣は温かい。
まるで味方になってくれたような安心があった。
温かくて優しいぬくもりを感じたからだった。
指先から伝わるものがサクラを落ち着かせた。
まぶたを閉じていても光りは入ってくる。
目を開ける。
独りでも大丈夫だと思った。
刀剣の輝きはおさまり、静かになった。
光りは段々と細々と小さくなり、次第に元の刀剣がある。
「大丈夫」
言葉をかけてくれてるような信号を感じる。
相手からのを受信して、サクラは反応したのだった。
刀剣を握っている手を回して手首をひねる。
「カチャッ」と鳴った。
刀剣の扱い方を指南してくれているようだった。
刀剣を使ってみたい。
勇気が沸き立つようで、そんな気が起きた。
手に力を入れる。
戦う事を決めた。
指先から力を入れて握りしめた。
何か守られている気がする。
刀剣の刃がギラッと光った。
横に寝かせていたのを立てて構える。
角度を変えて回してみた。
そして、天井に剣先を向ける。
きれいだった。
鋼の輝き。
鍛え上げられてた刀。
きらりと光る。
戦えと言っているようだった。
※※※
「グワァァァーーー」
サクラは怪物に狙われている。
怪物にとっては獲物でしかない。
うなり声で大地が震えているような感覚があった。
ハルがいない事に気づいた。
どこにもいない。
さっきは怪物の背中に乗っていたのに、忽然と消えた。
頭上に明るいものを感じた。
見上げると満月だった。
月明かりで辺りは明るくなっている。
社殿から出てきた時に怪物は森の中にいた。
サクラが外に出て、広場の真ん中に来ると姿を現したのだ。
境内の中心に立つ。
全てが見通せるようだった。
勝てる。
そんな気がする。
サーッと音がしたかと思ったら、目の前で風が通り抜けた。
森が
わさわさと騒がしくなる。
砂が舞っていた。
目に入りそうになる。
一旦、目を閉じてまた開ける。
その時、目の前の光景が違って見えていた。
サクラの長い髪が、なびいている。
意識が全て心に向いているようだった。
一本一本の髪の毛が、風になびいている。
抵抗も反抗もなく、髪は自然の流れに逆らわずにいる。
視界から数メートル。
敵は近い。
怪物に獲物として狙われるサクラ。
さっきまで離れた所にいた怪物が、忍び寄るようにゆっくりと近づいてくる。
「グルるるるぅぅ」
怪物がうなりを上げる。
警戒されているのだろうか。
牙を剥き出しにしていて、目は獲物を捕らえるようにサクラを見ている。
サクラの冷静さを恐れているのか、飛びかかることは無かった。
サクラは動じていない。
恐れていない。
目が怪物のそれと合っている。
一歩たりとも動かない。
剣先を下にしていて、敵愾心は無いようだった。
サクラの様子を感じて怪物は大人しくなっていくようだった。
うなり声が次第に小さくなる。
目をしば立たせて様子が変わる。
前足が後ろに下がった。
サクラは怪物がこのまま立ち去ってくれればいいのにと思った。
ハルを助けたいのに、今ここで戦っても意味が無い。怪物は怖がっている様子がある。
この生き物にも弱い所があるんだ。
だったらお互いに戦わずに済めばいい。
こんなこと止めよう。
でも、戦わなければハルは帰って来ない。
それでなのか、サクラは剣先を怪物に向けた。
戦うことの意志をここで見せる。
剣先は怪物の目に向けていた。
サクラは心の中で「かかって来い!」と言った。
体の重心はやや後ろになっている。
いざとなれば、怪物に飛びかかって斬ることが出来た。
体勢は辛くない。
刀剣は両手で構えて、前に突き出す。
サクラは怪物に警戒心を持ちながら不動だった。
本当は言うと、自分から動いたら隙を突いて飛びかかってくる心配があった。
だからじっとしていた。
風が当たる。
少しひんやりした空気で緊張感が高まった。
お互いの目がピタリと合っている。
ピクリとも動かない。
サクラの髪は風でなびく。
怪物の目は時々パチリと開けたり閉じたりしている。いつ攻撃するかお互いにタイミングを見ている。
サクラも怪物も一向に動かなかった。
サクラはいつの間にか髪がなびいていないことに気づいた。
ついさっきまであった風が止む。
何かが起こりそうな予感だった。
怪物がじっとしているのに耐えられなかったのだろう。
さきにしびれを切らした。
「グワァァァーーー」
うなり声を上げた。
空に向かって顔を振り上げる。
我慢していたのを振り払ったようだった。
突進してくる。
「ズサァァァ」
サクラはすぐさま横に体を動かした。
殆どスライドしているようだった。
そしてすぐに斜め前に滑る。
地面の砂利が、靴にこすれた。
すばやく横、斜め前と動いていく。
体は不思議とすばやかった。
攻撃を受けないように動いていた。
刀剣がサクラに力を与えてくれているからだろうか。
刀剣を握っていると普段はあり得ないくらいに力が出る。
身体能力が著しく上がって強くなっているとサクラは実感した。
剣先を怪物に向けた。
突進してくるかもしれないから威嚇して防ぐ。
そう簡単には攻撃を受ける訳にはいかなかった。
腕を伸ばして怪物に突きつけている。
強さを見せるように。
サクラは斬りつけるタイミングをうかがった。
距離が近かったから一瞬の判断が危険を呼ぶ。
唾を飲むと喉がゴクリと鳴った。
まだ5月なのに額から汗が流れる感覚があった。
思考がフル回転で働いている。
呼吸の一つ一つが生命を維持しているようだった。
怪物はよだれをドバドバたらした。
口を大きくあけて、中からあふれ出たものを足下に落とす。
ビタビタビタと音を立てて飛び散った。
口元についているのを、ぬぐっている。
顔がニヤついていた。
気持ち悪い。
まるで喜んでいる表情を見せていた。
気味の悪さを感じる。
口元がクイッと上がり、シワが寄っている。
目が笑っていた。
「なにごとか!?」
背後から突然の声があった。
年配の男の人なのか、潰れた声だった。
サクラは、いったい誰がいるんだと気になって振り向いた。
誰なの?
そう気になったが、その行動がまずいと思ってすぐに前を向いた。
焦りが出ている。
こんな自分じゃ駄目。
サクラは自分の心に隙があると感じた。
それを待っていたかのように、怪物が動いた。
うなり声を上げ、牙を見せて突進してきた。
もしここで判断を間違えたら死ぬ。
そう感じたサクラは刀剣を槍のように構えた。
「ブサ」
すぐさま引き抜く。
ゴツゴツした皮膚から血が流れていた。
怪物が奇声を上げる。
動きが止まった。
サクラはそこを狙って大きく斜め上から刃を斬りつけた。
「グシャァァァ」
血が噴き出す。
さっきの奇声がもっと大きくなった。
痛みに堪えている
それでも怪物は諦めようとせずにいた。
何が何でも食おうとする気持ちが強かったようだった。
サクラはとどめを刺す。
さっき槍のように構えた姿勢で体に突き刺した。
「グシャッ」
※※※
怖くなって目を閉じた。
全てが真っ暗になった。
時が止まったかのような静けさがある。
どうなったんだろう?
目の前で起きた事が見たくなった。
ゆっくりと目を開ける。
息が止まるようだった。
体がくっつきそうな距離。
刃の先を目でたどっていく。
剣先は怪物の喉元を貫いているようだった。
怪物の動きがなく、固まっている。
真っ黒い血が流れている。
赤ではなく黒なのが、ショックだった。
ドロドロしたのがサクラの体の下へと流れていく。
いつの間にか足下はぐちゃぐちゃになっていた。
サクラの顔が引きつった。
過去がフラッシュバックする。
自分がこの手で刺したことでだった。
倒さなければ自分が食われていた。
仕方が無い。
でも血を見たらサクラの理性が壊れていた。
手が震えている。
手首が痙攣する。
怪物に恐怖を感じた。
怪物の目は潤んだ涙を溜めていた。
こぼれ落ちる。
まぶたを閉じた。
怪物は息が止まったかのように、静かになった。
あきらめを見せたのだろうが、サクラはそれが理解出来なかった。
「ドスン」
目の前で倒れた。
地面の砂利が四方に飛び散る。
サクラの思考は停止したかのように止まっていた。
何も考えられない。
顔に手がふれる。
ベットリした血がついていた。
震えが止まらない。
黒い血だからか怖かった。
手が震える。
それが全身に伝わっていって足も震えていた。
刀剣の刃には黒くドロッとした血がついている。
戦う前には鋼の輝きを感じさせたが、今は汚れに染まったものに見えた。
本当に自分がやってしまった。
サクラは後悔した。
「カン」
刀剣を落とす。
下に落ちてる固い石に当たって、高い音を響かせた。
サクラは力尽きる。
体が膝から折れた。
足が支えられない。
「バタン」
地面に倒れ込んだ。
全身の力が無くなり、動けない。
背後から誰かの声が聞こえる。
耳を伝っているが、何を言っているのか分からなかった。
目の前の石ころが霞んで見える。
まぶたが下がった。
もう何も感じない。
サクラはブラックアウトした。
【続く】
※作者より※
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
この話を書けて本当に感謝です。
サクラの攻撃力とすばやさが欲しい。
でも出来れば戦いたくないです。
今後の少女サクラの刀剣日記にご期待下さい。
よろしければ☆一つでも頂けると嬉しいです。
感想もお待ちしております。
では。
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