第6話「怪物を見た少女」改3.00
朝から保健室にいる。
今日は登校してきた時から空は青く見えていた。
グラウンドには白線が引かれていた。
雲一つ無い快晴の空から太陽の光りがグラウンドに注ぐ。
白線がそれに反射して光っていた。
剣とドラゴンの続編が出たと知り、昨日サクラは本屋に立ち寄っていた。
シリーズの続編が出ると知った時にはワクワクが止まらなかった。
駅から本屋までの道で、期待を膨らませた気持ちでいっぱいだった。
読めるんだ!という希望を感じた。
でもふところ事情を考えると、新刊を買うのは難しかった。
「サクラ」
いつもとは違う時間に現れたハル。
保健室のドアを開けて、立っていた。
「ハル!」
サクラは驚いた。
声が出ていたし、電気が通ったかのように脳内の信号を感じた。
今日はまだお昼休みになっていない。
授業中だ。
サクラは不安を感じるが、なぜかハルにニコニコされて、いつもの笑顔で近づかれた。
すぐには部屋に入ってこなかった。
一歩一歩、はずかしそうに近づいていた。
何かもったいぶっている・・・。
ああ、そうか。
そういうことか。
サクラは気づいた。
自分の誕生日を話したことがあり、ハルは覚えていてくれていたのか。
今日はその日で、だからハルの行動を理解した。
ハルは手を後ろにして、少しずつ近づく。
その行動を可愛いなと思いながら、サクラは黙って見ていた。
ありがとうハル。
せっかくのサプライズなんだろうけど、驚かないよ。
サクラはそう心の中で言ったが、ハルのサプライズに期待していた。
どんなプレゼントが渡されるのか気になった。
すると、心がじんわりと熱くなり、気持ちも晴れていることで嬉しくなった。
サクラはグッと、堪えた。
おもわず口から言葉がこぼれそうになるのを堪えて胸の中で抑える。
「誕生日、おめでとう」
ハルは元気な声で言ってくれた。
ハルのキラキラした瞳に艶のある唇。
表情が明るく、太陽の女神を感じさせた。
ハルが手を後ろにしてコソコソしていたから、プレゼントもあるのだろうと思った。
それは違ったけど、おめでとうの言葉が頭の中で響くと、ハルの優しさに感謝しないといけないなと思った。
※※※
「お昼休みだね」
サクラがハルに言う。
もうお昼休みの時間だった。
肩の力が一気に抜けて脱力する。
疲れた。
二人はお弁当を食べて話しをする。
でもサクラはハルの食事の様子が気になっていた。
こんなに可愛いのに、早食いで、あっという間にお弁当の中身がカラになった。
黙って様子を伺いながら食事をしようとする。
サクラはマイペースで食べることに努めた。
「そういえば、新刊がでたね」
「知ってたんだ」
「うん、でもまだ買えないね。しばらくしてからかなぁ」
「そうだね」
「剣とドラゴン」の新刊の話だ。
ハルも気になっていたようだった。
ハルが満足した顔でニコニコしている。
その様子から彼女の好奇心が高まっているんだなとサクラは感じた。
ちょっと話すのに疲れを感じると、黙ってしまった。ハルも黙る。
息が少しつまる感覚がして、呼吸をしたら「つー」とため息とは違う息を吐いていた。
話が続けられなくなっていた。
二人の会話が途切れそうになった頃。
「ガラッ」
耳に入ってくる滑る音。ドアが急に開いてサクラは雷でも落ちたかのような驚きで反応した。
私とハル以外誰もいなかったその部屋に、突然人影が現れた。
ハルがドアの方に振り返っている。
かと思えば、すぐにサクラの方に向き直った。
顔は穏やかな表情で維持されている。
とても落ち着いていた。
背の高い女子生徒が入ってきた。
体格が良く、すらりとした細身の体が気になった。
(私とはちがう。かっこいいな)
そう思ったサクラは、堂々としている女子生徒をまじまじと見た。
彼女の性格は、臆すること無く言い放つタイプかもしれない。
そんな想像をした。
「あ、当番で来ただけよ」
視線に気づいたのか、彼女が今まで前を向いていた顔をこちらに向けた。
そして救急箱を手に持ち、戸棚の方へ歩いた。
ドアの右にある棚へ向かう。
片方の手で手を伸ばし、消毒液と包帯をつかんだ。
箱の中に入れる。
「失礼したわ」
お辞儀をされた。
こちらも頭を下げる。
美男子ともとれるかっこいい顔立ちの彼女。
サクラは見とれていたのかもしれなかった。
※※※
窓から見える景色を眺めていた。
話すのも疲れてきたなあと感じた時だった。
ハルとの会話に力が入っていて、胸の中でグッと籠もって何かを感じた。
窓から夕陽が差し込む。
グラウンドの白線はかすれている。
きれい。
そして、放課後までハルと過ごした。
※※※
「ちょっと、お手洗いに行ってくるね」
「うん」
「泣いちゃだめだよ」
「な、なかないよ!」
からかうハルに、ムキになるサクラ。
少し緊張していた。
体の緊張を感じ取られたからか、ハルにからかわれたのかも、しれない。緊張を解くために。
ハルが廊下に出た。
靴の音を響かせている。
そばを離れられると寂しさがつのった。
部屋からいなくなられると、怖くなる気がする。
でも、ハルの足音を思い出すと安心してきた。
・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・。
幸せ。
幸せを感じる。
今までに経験したことのない満たされた気持ち。
幼い頃の時のような感覚が混じっていた。
胸の中でじわっと温かくなっているのを感じる。
このままずっと、このままでいて。
今の状態がずっと続いて欲しいと、サクラは手を重ねて祈った。
せっかく手に入れた幸せ。
失いたくない。
ハルの瞳はキラキラしてる。
心が澄んだ清純さ。
サクラは心地よくて温かいものに包まれた感覚だった。
気持ちはもう抑えきれなかった。
※※※
夕陽が沈みそうな時で、辺りが暗くなりかけていた。とても神秘的な気もするが、そばにハルがいないことを思うと寂しくなる。
不安がつのる。
ハルの帰りが遅い。
心配だ。
どうしたんだろう?
心臓の脈が速くなっている。
胸の中にモヤモヤがあって抑えきれなくなっていた。
「グるるるるる」
声がした。
とても低いうなり声だった。
人の叫びや呼ぶ声ではない。
空気が震えそうな不気味な声だった。
「グるるるるる」
えっ?
なに?
獣がうなる声なのかな?
人間の声ではないのは、あきらか。
声が近づいてくる。
犬が低い声でうなることはあるけど、それとは音量が違うし、地鳴りぐらいのレベルに感じる。
「グるるるゥゥゥ」
え!?
なに、なに!?
怖くて落ち着かなくなる。
危険察知の信号が脳内で起こる。
ベッドから立ち上がり、ドアへと向かう。
恐る恐る、一歩一歩廊下の方へ近づく。
不審に思い、廊下に出てみる。
正体の分からない声を聞くのは不安だった。
息を殺すように、声は出さないようにした。
正体が近づくたびに、緊張は高まっていく。
危険なのに、それに興味がいくのはまずかった。
「ドン」
ドアから一歩出て廊下を見ていた。
突然後ろから何かにぶつかった。
「痛ぁ、」
黙っていられるほど、穏やかな感覚ではなかった。
背中にぶつかった感覚。
おもいっきり前に倒れて床に全身を打つ。
痛みが走った。
背中を触ると濡れている。
手を頭にあげると髪がベトベトしていた。
手に気を取られていると、ドロッとしたものがかかった。
振り返って顔を上げる。
体をひねって、視線が斜め上を向いた。
サクラは固まる。
そいつは、ゴツゴツした顔に、裸ん坊の体。
吹き出物が体に張り付き、真っ黒いドロッとした液が表面に着いていた。
目がギョロッとしていて、口を大きく開けていた。
「グワァァァ!」
うなり声を浴びせられる。
肉食恐竜が獲物を捕らえるようにしてくるように。獲物を怖がらせて動けなくするみたいに。
怪物の口元からよだれと思われるドロドロの液体がドバドバと落ちてきた。
そして、大きな口が飛びかかった。
サクラは飛びかかる口を避けて、後ろに飛んだ。
「ガラン、ゴロン、ドン」
体が浮いた瞬間、体が前に折れて丸まる。
着地しようにも出来なくて落ちた。
床を転がって、保健室の窓側の壁にぶつかる。
痛いなんて、もんじゃない。
体を起き上がらせようとすると、激痛が背中を走った。
ひめいが上がりそうになる。
骨一本折れていないかと心配になった。
「なに、どうしたのサクラ?」
ハルの声だった。
トイレから帰ってきたようだった。
なんで、今来るの?
今来たら怪物に気づかれるのに。
恐怖心が走った。
ダメ!
きちゃ、ダメだから!
こっちに来ないように叫ぼうとする。
でも、痛くて声が出なかった。
全身の痛みで立つのがやっとだった。
「グワァァァァァァァァーーー!」
怪物の声が大きくなる。
獲物を見つけたみたいな鋭さだった。
ハルの声が廊下に響く。
「キャアアアアアアアアーーーーーーー!」
金縛り。
固まって動けない。
驚きと恐怖。
ハルの中ではそれが起きている。
怪物は、うなり声を止めた。
目の前から消える。
正確には廊下の奥に勢いよく移動して、消えたようだった。
ハルに飛びかかる怪物。
サクラは保健室の壁にもたれかかっている。
食われているハルの絵が浮かんだ。
【続く】
※作者より※
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
この話を書けて本当に感謝です。
サクラは恐怖の中で、ハルを想う。
ハルがどうなるのか、これからの話にご期待下さい。
よろしければ☆一つでも頂けると嬉しいです。
感想もお待ちしております。
では。
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