旅立ちの果てに

私とは違い、ちゃんと時間に沿って皺くちゃになりながらも少しゴツゴツした手を握る。


「姉さん、ごめんね。私、先に逝く事になりそう」


寝たきりになったミヤの目に涙が溜まる。


「・・・姉さんの旅についていけないのが悔しい」


『いいえ、とても危険で1000や2000年じゃ足りない長い旅になる。たとえあなたが不老不死でも私は連れてかないわ』


この"呪い"に向き合うのは私だけで良い。


「・・・そう」


私の手を握り返す力が強くなった。


「・・・最期に聞きたいんだけど」


『何?』


ミヤの命の灯火が揺れる。


「私、姉さんの自慢の妹になれた?」


『・・・もちろんよ』


手に籠もる力が嘘だったかのように解け、スルリとシーツの上に落ちた。


『・・・我が契約者が世話になったな』


契約が解けつつあるのだろう。体が半透明になり、辺りに霊力の光を散らしているユーグが姿を現した。


『こちらこそ。妹がここまでの人生を歩んでこれたのはあなたのお陰よ』


『礼には及ばない。霊神として当然の事をしただけだ』


ユーグはミヤの安らかな顔を愛おしげに撫でると顔を顰めた。


『・・・これからの目的もやりたいことも無いのは分かっているが、ミヤの最期も見に来ない奴の為にそこまでしてやる義理は無いんじゃないか?』


これだけは聞かないと消えるに消えられないとするユーグに私は宣言した。


『確かにキャトルに会う為に旅をするけれど、何も会うって言うのはただ話すだけじゃなくて、私が気がつくまで自分の都合だけを優先してたりとか、今こうしてミヤの最期にだって立ち会わなかったりだとか、そういうのを全部ひっくるめて清算しに行くのよ』


『そうか。なら出会い頭に一発拳を見舞ってやると良い』


『えぇ・・・そうさせてもらうわ』


ユーグの体が段々透けていき、やがて殆ど見えなくなっていく。


『・・・まぁ、なんだ。本当に世話になったな。また会おう』


『えぇ』


ユーグは体を霧散させ、空へと還った。


私は天を仰ぐ。


時節は夏。雲一つ無い快晴。


思えば私があいつと出会ったのもこんな暑い日だった。




旅立つのにこれ以上相応しい日は無いだろう。




もう私をこの世界に縛るものは無い。


もはやミヤの孫達が管理するのみになった屋敷を出て街を歩く。


あの革命から何十年。この国も大きく変わった。


霊契術師が大翼を占めているのは変わらないが、国政は市民によって選ばれた議員による議会にて行われるようになり、霊契術師以外の人々の地位は上がり、霊契術師達の地位は下がったのだ。


もちろん未だに自ら達がこの国を統べているのだと、蜜の味が忘れられない輩もいることにはいるが、いなくなるのも時間の問題だろう。


あいつに願った通りの未来が訪れた。その事に意味もなくふけりながら歩を進めていると私の"耳"が何かを聞き取った。


「んーーー!!!」


「お、おいっ!静かにしろっ!」


強姦、拐かしの類だろうか。


『助ける義理も人情も無いが』


この世界への最後の善行だと思えば自然と気ものってくる。


『もし、その手を離しなさい』


「あぁん?何だテメェは、正義の味方気取ってんじゃねぇぞっ!」


そう言って男は霊力を雑に固めた様な弾をこちらへちらつかせる。


「へへっ、こいつにかかりゃお前なんて木っ端微塵よぉ。さぁ、分かったならそこに跪いて大人しく待ってやがれっ!こいつが終わったら次はお前だっ!」


『ふん』


私は構わず前へ出る。


もし相手があれを放とうともあんな豆鉄砲でどうにかなる程私はやわでは無いのだ。


「ちぃ、舐めやがってっ!・・・いいぜぇ、これからどうせまた霊契術師が覇権を握る時代が来るんだ!霊契術師様を舐めた報い、その身に刻んで死に晒せやぁっ!」


『分散(ベラク)』


「・・・っ!」


『眠れ』


私が唱えると霊力の塊は霧散し、指は相手の額を捉え、彼を昏倒させた。


男は力無く地に伏せ、女は状況が理解出来ないとでも言いたげに目をパチクリとさせている。


『さて、大丈夫かしら?』


差し伸べた手は振り払われた。


「ひ、れ、霊契術師・・・やめてっ!近付かないでっ!対価なんて何も払えないわよっ!さっさとどっか行ってっ!」


『いや、対価は十分ですよ』


その拒絶という反応だけで。


これで心置き無く旅立つ事が出来る。


女性をそこらにいた衛士に預けると私は今度こそ目的地へ足を向けた。


この世界で最も綻んでいる場所。即ち最も異界に近い場所へと。




ニルヘムでも屈指の霊峰とされる山、その中腹に空いた洞窟のそのまた奥底。


おおよそ人が辿り着けないような場所にその座標はあった。


真夏だというのに空気は冷え切っていて吐く息が白くなる。


見送りは無い。当然だ。


そうなるように全員を見送ってからここに立っているのだから。


私は岩の地面に紋様を刻み、呪文を口遊む。


『我、強欲なる者。彼岸の均衡を崩し、自らの大願を成就せんとする者也。天よ。神よ。我が覇道を、その顛末を御覧じろ。旅立ちの時来たれり。我が呪われし旅路に祝福あれ』


体が不思議な浮遊感に襲われ、私は違う世界、正しく異世界へと旅立った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・」


懐かしい夢を見ていた。


数えにて旅立ちから4526年目の朝、私は久しく見ていなかったものを後に覚醒した。


「・・・さて、征かねば」


あの後いったい幾つの世界を渡り歩き、滅ぼし、あるいは救ってきただろうか。


残りの祝詞は後一つ。


私はもはや一寸の感動も無い世界間転移を発動させる。


背後では真っ赤に輝く超高層ビル群がその天寿を全うしようとしていた。


次はどんな世界なのであろうか。


ここ暫くは世界を滅ぼしてばかりだからそろそろ世界を救いでもして人々の歓声でも浴びたいところだ。


私は自らの掌を眺めながら世界を去った。



どれだけの時間が経とうともいっこうに変化する兆しも見えないその呪われた手を。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

続編とも呼べる作品ですが、私が来年、少し定期的に小説を書ける状況になさそうという事で"公募用"として仕上げる事に致しました。(本人の経験を増やしたいというのもあります)

もし、楽しみにしてくれていたという人がいたのなら本当に申し訳ありません。

ですが、いづれかは(再来年あたりでしょうか)このカクヨムにも投稿致したいと思っておりますのでどうか宜しくお願いします。

毎年7月10日にクレアの旅行記的な話を投稿したいと思っております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

高次たる僕 松房 @628537

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ