第44話 高次たる僕

『それで・・・いったい何をしたいのか理解出来ませんが何かあるなら勝手にやってください。私はこの子を元いた場所へ還しますので』


『・・・ふっ!』


言うだけ言って送還の呪文を再開させようとしたキャトルからゼービスは気合の声と共に光の珠のような物を引き抜き、それを食む。


キャトルの像は崩れ去り、後には頬を恍惚の色に染めたゼービスとそれを傍観する私だけが残された。


そしてゼービスの上げた絶叫が響き渡る。


神を、全を、厄災を呼び込む者を!殺した!倒した!食ったっ!私はやり遂げたぞっ!と。


因果を通じ彼女を覗き見た私には分かる。


それこそが彼女の悲願であり、この瞬間こそ2000年を賭して得るに等しい瞬間であるのだと。


が、しかし私が感じたのはキャトルが食われた事に対する絶望でも怒りでもなく、ある種の憐憫であった。


彼女はまるでキャトルという存在の正体を分かっていない。


『さて、次はあなたよ。クレア。得た力を試すついでにこの手でその命を終わらせ、歴史を正しく進ませてあげる』


『『『『おや、いったいどんな力なのか。是非私"達"にも見せてください』』』』


ゼービスは目を見開いた。


それも無理は無いだろう。何百もの影キャトルが突如として姿を現し、真っ直ぐそちらを見つめているのだから。


『な、なんで私が視えて・・・それにお前は私が食って力を・・・』


ここで彼女は力が人一人分しか増していないことに気がついたらしい。


確かにキャトルは全と呼ぶに等しい存在だ。


しかしその全はキャトルという個が誇るものなどでは無く、キャトルという摂理がその仕事を果たす中で生まれたその個の情報が集積したもう一つの個。その集合こそがキャトルであり全。


故にキャトル一人を食ったところでその個が持つ力しか奪えないのは道理以外のなにものでも無い。


ゼービスが視える様になったのも、彼女が使っていた術を触れただけで見破る程の英傑が数多の世界のどこかにいたという事だろう。


『さて。この場にはあなたの因果律の操作を受けない人間しかいない。さぁ、大人しく天に還り、勇者を送還させなさい。でないと"アイツ"がこちらに来てしまう』


今のキャトルからは表情というものが読み取れないが声色から察するに相当焦っているのだろう。


その言葉に何がおかしいのかゼービスは笑い始めた。


『あはははは・・・あぁ・・・理不尽。全くもって理不尽。あの時と同じだ。唐突に現れてはただ自らの世界を守ろうとしただけの何も分からぬ私達に希望を手放せと軽々しく宣告し、聞かねばその理不尽な力で私達を捻じ伏せて帰っていく。これを理不尽と言わずして何と言おうか・・・』


もう聞く必要も無い。キャトルがそう断じ、歩を進めようとしたその時。


「姉さんっ!無事っ!?」


後ろに"抜剣した"ミヤが立っていた。


『勇猛なる騎士ミヤよっ!お前の姉は魔王によって体を奪われんとしているっ!お前の姉を開放してやれぇっ!』


ゼービスが手を掲げる。


私には分かった。いや、分かってしまった。


"ミヤの因果"がめちゃくちゃに歪められてしまった事を。


「姉さんを返せぇぇぇぇっ!!!」


ゼービスを含めた未来が視えている筈なのにどうしてキャトルは看過したのかという疑問と妹に斬られるという未来を視た衝撃に脳を埋め尽くされた私はミヤの神速とも言える剣を避けきる事が出来なかった。


私の胸目掛けて放たれた剣が左肩に突き刺さる。


ここでミヤを吹き飛ばす事も殺す事も容易いが、私に実の妹に危害を加えられる程の覚悟は無かった。


袈裟、逆袈裟、突きからの一閃。


私の体は5秒と経たずバラバラになり、やがて死を迎える。


その未来はより確実性を秒刻みで高めていき、やがて確定する・・・となった瞬間、力強くも哀しみを孕んだ声が聞こえた。


『・・・失望したぞ。ミヤ』


その姿を現したユーグによってミヤの凶刃は受け止められる。


『自らの守るべきものすら見失ったか』


「違うっ!姉さんをその体を壊して助け出すのっ!」


『お前が斬り付けているのはその姉のものだっ!』


「うるさいっ!そんな事は分かっているっ!」


もはや問答は無用。


二人の間にはそんな空気が流れ出し、やがて二人は斬り結ぶ。


そんな最中ゼービスは叫んだ。


『私に危害を加えようとしてみろっ!今にその娘を殺してやるっ!』


キャトルは動かない。


何故だ。


キャトルならこの状況を打破する方法をいくらでも持ってる筈だ。


なんで私を、皆を救わない。


今まで直接助けてくれた事は少なかったが、こんな時にも私の僕(シモベ)は主人(ワタシ)を助けてくれないのか。


『どうしてなんだよ!キャトル!』


キャトルは答えない。


そう言えば当然だ。彼に私の声は聞こえていないのだから。


『おやぁ・・・これは流石のキャトルも詰みってやつなのかなぁ』


ゼービスの嘲笑は止まらない。


私にどうにかしろと言うのか。力に目覚めたばかりでその使い方もいまいち理解できていないようなこの私に。


分からない。思いつかない。視えない。


『・・・どうしろって言うんだ』


このまま時間を浪費すればアンがやって来る。


そうすればこの国はおろか世界ごと滅ぼされてしまう。


ゼービスを狙えばミヤは殺され、ミヤを狙う勇気も無い。


『ふっ!ひひひひひぃっ!』


ゼービスは笑い続け身を捩っている。


・・・私には何も出来ない。


私は絶望し、キャトルは傍観するなか、私はキャトルの表情に違和感を覚えた。


否、表情は相変わらず像が結ばず読むことはできないが、ただゆっくりとその口角を吊り上げたような気がしたのだ。


そして転機は訪れる。


『「御免」』


ゼービスの首が飛んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


首と胴が離れる瞬間、敵の顔を見た。


黒い髪に平べったくも凛とした印象を受ける顔をした異界の女剣士。


忘れる筈も無い2000年前に喚び出した勇者。


・・・何故だ。こいつは契約者もろとも戦闘不能まで追い込んだ筈。


2000年前は何の役にも立たなかった上に私を斬っただと。


なるほど。私の敗北はそこから始まっていたのか。


あの時、歪みの元凶であるこいつが消滅しなかったのはこの時の為に仕組まれた事だったらしい。


・・・完敗だ。


そう思った。


2000年という費やした時間を盾に傲ってしまっていた。


もちろん怒りはある。憎いしあるがままをそのまま受け入れる事なんてできない。


それらの黒い感情はあんな奴に勝てっこ無かったのだという諦めと綯い交ぜになって腐っていく。


あぁ。全く。


世界を救いたかっただけなのに。


犠牲になるのはある日突然知らない土地に連れてこられ人智を超える何かを殺せと命じられる憐れな魂だけ。


これより優れた方法は他にある筈が無い。


だが、そういう話でもないのだろう。


魔王。


この世界に積もり積もった亡き者共の怨嗟。


それを何ら関係の無い異界の者だけを犠牲にし、祓ってしまおうだなどという考えがいけなかったのだろうか。


・・・全くもってその通り。


もう野心も反骨心も無い。


私はこれから天へと戻り元のこの世界の因果律を正し続けるだけの存在になるに違いない。


そして伝え続けるのだ。


この世界だけが全てでは無い事を。


たとえ神々が束になろうとも面白半分でそれを消し飛ばしてしまう様な存在がいる事を。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


首と体に分かれたゼービスの体が光となって消えていく。


その表情は心做しか憑き物が落ちたかのように清々しいものに見えた。


「本当に助かりました」


『私からも礼を・・・いえっ!お礼を』


「ふふふっ。あなた達がいなければここまで上手くはいかなかったでしょうからお気になさらず。それにお礼ならイーノスに」


『いえ、私は・・・』


あはは・・・褒められるのは慣れぬ故に照れますなぁ・・・


という今までの私の中のイーノスでは考えられない程上擦った声を片手に、勇者を改めて送還しようとしているキャトルの側に寄る。


『魂の寄辺。この者の真なる故郷。今こそ因果の標を追い、この者が安らかに帰郷せん事を願ふ』


勇者の体は塵の様に変化し風に飛ばされ消えていく。


傍から見れば葬ったようにしか見えないがきっと彼の魂は元のいるべき場所へ還ったのだろう。


『これでこちらでの記憶を思い出す事なく一生を終える事ができるでしょう・・・それで、何か御用ですか?クレアさん』


え?もしかして私の事が見えて・・・


『全くもってその姿も声も捉える事が出来ないのでこれは予測であり勘であり、私の希望でしかありません。あなたはゼービスとは違い全ての祝詞を集めて姿を晦ましていますから』


落胆する私を構う事なくキャトルは続ける。


『これはあなた自身でも気付いていると思いますが、全ての祝詞を得たあなたからは寿命という概念が消えました・・・私を責めないでください。元はと言えばあなたが無理矢理"ニルヘムという国が残り、身の回りの人が誰も死なない未来"だなんてものを望むから全てを授けなければいけなくなったのですから』


『・・・元から責める気なんて無いよ』


キャトルがいったいどれほどの未来を読み、勝ち筋を用意していたのかなんて分からないが、きっとあの時、私がキャトルの目指す未来を否定した時から今と過去に渡り想像も絶する程の調整を行っていたに違いない。


『今、あなたはきっと私が勝手にやった事に対して勝手に感謝を感じているのでしょうね・・・でもまぁ、そうやって感謝を感じているのならそのお礼とでも思って、一つ頼みを聞いてくれませんか』


私は向こうには伝わらない事を承知で静かに頷いた。


『"開く"祝詞もあれば"閉じる"祝詞もあります。もしあなたがこの世界への未練を断てる様な時が来たのなら、世界と世界を渡り、閉じる祝詞を探す旅に出てみてください。きっと辛い旅になります。時間もかかるでしょう。そして集めきった後、私が視ることの出来なかったあなたの旅の話を聞かせてください』


『うん。きっと・・・いつか・・・絶対にっ!』


キャトルは元々朧げだった体を更に溶かす様に去っていった。


いつの間にか流していた涙を拭い、頬を張った。


・・・本当に勝手な奴だ。


だから、絶対に会って説教をしてやる。


待っててね。私の恩人。



我が高次たる僕よ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おーい、大丈夫かよ。熱中症か?」


「あぁ、いや大丈夫だよ」


悪友と下世話な話をしながら帰路につく。


「そういやー、いつも胸とか太腿とかの話しかしてねぇけど、それ以外で好きなタイプとかあるん?」


「そりゃぁ決まってんだろ?」


思い浮かべたのは明るくて少し姦しかったけど素直で優しかったあの娘・・・


「リンダみたいな・・・」


「あん?リンダって誰だよ」


リンダって誰だっけ。そんな自己問答が頭を駆け巡り、何故か涙が止まらない。


「お前、いつの間に外人の彼女なんて・・・ってなんで泣いてんだよっ!?」


さっきまでかろうじて思い浮かべられていた影が消えていく。


「あーもー別れた彼女思い出して泣くくらいなら名前出すんじゃねぇっつーの。ほら、奢ってやるからラーメン食いに行くぞっ!」


そのまま腕を引かれて、ラーメン屋の戸を潜る頃には彼女の面影はすっかりと頭から消えていて、リンダという名前が誰のもので俺とどんな関係があったのか。


それを思い出す術を俺は持たなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


全てが終わり、夕陽に照らされた丘に腰を下ろした。


『何をそんなに不貞腐れている?』


『知ってるくせに聞くんじゃねぇよ。だいいち、私の楽しみを奪ったのはお前じゃねぇか』


私の隣に像を結ばない、紅い光を漂わせた少女が座る。


『にしても今回は随分と人間に肩入れしたじゃねぇかよぉ、キャトル』


『まぁ偶にはね。それに彼女はこれから数多の世界を渡り、その世界の歪みとなりつつも大元を正して回るだろう。アレはそういう星の元に生まれた女だ』


アンは忌々しげに顔を歪めると立ち上がった。


『まぁいい。この世界は前代未聞の歪みに晒されながらもそれを乗り切り新しい形となることで歪みを正した。その事実さえあれば私はもう用は無い。帰る』


『そうかい、私はもう少しここに残るよ』


あぁ、それと。


私が呼びかけるとアンは振り返った。


『君にもいつか死ぬほど一人の人間に肩入れしたくなるような時が来るさ』


『馬鹿言え、そんな訳ねぇよ』


静かになった草原に寝そべる。


『大変だったなぁ。今回は』


確かに私は未来を識るけれどそれは人々の想像する"識る"とは少し異なる。


私は個の集合体。その私が未来を識っているという事は結果だけを知っているのではなく、実際にその時を体験しているという事に他ならない。


悠久の時間、数多なる可能性の全てを一人一人。


今回は総じて256兆5768億3268万9462回同じ時間を過ごした事になるだろうか。


『・・・いやぁ。酔えるものなら酒でも呑みたい気分だ』


とても長い半年だった。


あぁ。とてもとても。


『また会える日を楽しみにしてるよ。マイマスター』



また会う時は再びあなたの高次たる僕として。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

《後書き》


……はい。これにて「高次たる僕(こうじたるしもべ)」完結です。

まずはここまで読んでくれた読者の皆々様に感謝を。

私の技量的に気持ちの悪いところもたたあったでしょうに(実際三点リーダーも書いてる途中で覚えました)最後まで付き合えていただけて私は本当に幸せ者です。

これからこれの続編となる作品(だいぶ舞台は変わりますが……)を投稿するにあたって7月はその構想を練ったり書き溜めたりする期間にしたいと思います。

「ここ良かった」「ここはあんまりだったな」などのご意見ご感想などございましたらTwitterもやっておりますので、送ってくださると大変励みになります。(アドバイスにもなりますしね)

また、1周年となる7月10日にも何か投稿したいと考えておりますのでどうかよろしくお願い致します。

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