第43話 キャトル
「姉さんは下がってて。アイツは私と殿下でなんとかするから」
『いや、彼の目的は私みたいだし、二人はユル君を連れて本隊へ戻りなさいな』
普通に言い聞かせても絶対に引き下がらないだろうし、思考誘導の魔術を言葉に乗せる。
「う、うん、分かった。直ぐに戻ってくるから姉さんはそれまで耐えてて」
・・・思ったより上手くいって姉として少し心配になったがまぁ今は都合が良いので良しとしよう。
去っていくミヤ達に見向きもせず、真っ直ぐと、しかして焦る事無くじりじりと距離を詰めてくる"青年"。
てっきり狂ったかのように襲いかかってくるものだと思っていたが存外理性は持ち合わせているようだ。
『「・・・殺すっ!」』
彼はその身と剣に超電圧を纏うと地を蹴り、次の瞬間には私に肉迫した。
あの剣に斬られ、絶命する未来が見える。
『拒絶』
私は咄嗟に障壁を生み出し距離をとった。
しかし作った障壁は一撃を留めるにしかず、彼の猛攻は止まらない。
防ぐ。防ぐ。防ぐ。
こうしている間にも世界の因果は歪められ本来死ぬ筈で無い人々の命も危険に晒されていく。
当然だ。私という要の役割を負った因果が曲がるべきところを曲がらずに進み続けているのだから。
もうじき私の不甲斐なさのせいで人が死ぬ。
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敵を打ち倒す。
これでいったい何人目なのだろうか。
200を超えた辺りから考えるのが面倒になってしまった。
「・・・ぐっ」
一撃をもらう。
だが、"成長"し続けた俺にとっては毛ほどのダメージにもならない。
敵を薙ぎ払う。
「・・・皆ごめんっ!」
背後でアリサが全力を振り絞りながらもこちらを気遣う声が聞こえた。
「口動かす余力があるなら"海"を防ぐ事に専念しろっ!お前の背中は俺達が守るっ!」
声だけは張ってみたもののここにいる味方の全てが満身創痍だ。
「ぃやぁぁっ!」
バートレイ卿お抱えの殺し屋も何人も斬りその刃が鈍らになったのだろう。暗殺者らしからぬ気迫の声を発しナイフを振るっている。
いつかの任務で一緒になった24番君もサトゥムと共に傷を作りながらも応戦している。
『ええぃ、しゃらくさいっ!なんで吾がこんな肉弾戦なんかぁっ!』
「仕方ないだろっ!記憶を捧げれば確かにお前は強くなるけど、一瞬だけだろ!生き残るより先に僕の記憶が尽きちまうよっ!」
『あぁぁぁっ!もうっ!腹が減ってたまらんが仕方が無いのうっ!』
俺と殺し屋と24番、そして"海"を防ぎ続けているアリサ。
それがこの場における全戦力であり、現状だった。
戦力差は絶望的。しかしここを落とされれば王都は"海"に飲み込まれ、原始へと還る。
絶対に撤退は許されない。
決意を決め、棍を握りしめた時猛烈な熱風が我々の頬を撫でる。
そうそれは太陽をそのまま縮めたような暴力の権化。
あれ程の力、第3王子殿下しかありえない。援軍が来たのだと視線を向けた先に希望は無かった。
「ニルヘム王家に終焉をっ!ニルヘム政権の腐敗を正し、皆が等しく愛される世界にっ!」
その火球を掲げるのは襤褸の布に身を包んだ農民であった。
あれは彼の今までの不満や絶望から生まれた怒りの塊なのだろう。
「我が怒りを受けろっ!傲慢な霊契術師(クソヤロウ)共めっ!」
別にそれを不当だとは思わない。
事実。かの一撃は今まで我々が目を逸らし続けた報いとも言えるのだから。
だが、ここで折れる訳にもいかない。
俺は軍人だ。祖国(ニルヘム)を守る義務がある。
国を守り、娘達の待つあの家へ帰るのだ。
・・・とは言えアレは耐えきれんだろうなぁ。
猛威が迫る。
否。受け止めなければならない。
アレを放った男も手足がふらついている。アルターエゴ服用者は自らの身を燃料にして力を付けると報告を受けたことを鑑みるにきっと彼にとってまさに人生最後の一撃。
ならばその覚悟と威力に応え、俺も全力で防がさてもらおう。
「停滞と成長を司る我が女神よ・・・」
『その必要はありませんよ』
圧倒的な絶望の前に一人の影が立つ。
『減衰(デューク)』
影がそう唱えると火球は消え失せ、放った男は力尽きる。
「君は・・・」
『本当は彼女との契約も切れた今、こうして義理を果たすような事をするべきなのか迷いましたが』
その"像を結ばない"姿には驚かさせたものの、漏れ出す緑色の光には見覚えがあった。
『やっぱり勝てそうだったのに負けるのは悔しいですし、彼女だけでは少し荷が重そうでしたので"道楽的に"助けに来ました』
「キャトル」
「なんだてめぇはぁっ!」
こちらの緊張の線が切れたと踏んだのか反乱軍がこちらになだれ込む。
『こっちは格好良く登場してるんだから邪魔しないで欲しいんですけどねぇ』
キャトルが指を鳴らすと敵のその全てが崩れ落ちた。
確認すると脈もあるし息もある。
どうやら深い眠りについているだけのようである。
『さて、私がこうして来てしまった以上時間との勝負です。なに。時間はかけませんよ。あと一時間と少しここを守ってもらえれば全てが片付きます』
正直その姿やさっきの彼女との契約が切れたという発言など気になる事は多くあるが、今は気にしている場合では無い。
『全てが終われば知ることができますから』
であっても。
「我々はここにいるだけでいいのか?」
『えぇ。後は全て』
瞬きをする。
目を開いて見えたのは数え切れない程の人の影。
像は結ばないものの、老人や少女、兵士に奴隷、果ては何やら尻尾らしきものが生えた者までいるのが分かる。
『『『我々にお任せください』』』
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私は相手の攻撃を防ぎながら目を見張った。
因果が捻じ曲がり、その命が散ろうとしている人々をキャトルが救わんとしているのである。
別に救おうとしている事に驚いているのでは無い。
あの姿から私との契約が切れたのも分かる。
では何故キャトルはこちらの世界に干渉してくるのか。
キャトルが契約も無しに干渉するとなればその世界は確実に歪む。
そんな世界をアンが見逃す訳が無い。
なんでそこまでの危険を冒すのか。その答えは聞かずともなんとなく想像出来た。
私がこのまま事を成さずに死にそうになっているのが悔しいんだろうなぁと。
そしてもっと派手に立ち回ってもフォローしてやると。
『・・・分かったよ』
だったら加減が出来なくて不安だった分も使って徹底的にやってやる!
相手はあいも変わらず打撃一辺倒。
まずは自分と相手の小手調べだ。
指定したポイントに創り出すのは時限式の砲台12門。
この場を取り囲む様に設置したそれにここを狙撃させる。
一発でも普通の人間に当たれば即死の一撃が彼に全方位から殺到する。
命中。
これで終わってくれれば楽なのだがこの程度でくたばる相手でも無いだろう。
気絶させれば良いのだ。そうすればキャトルが送還してくれる。
ならば。
『これでっ!』
奴を"壁"の中に隔離し、その中の空気を振動させた。
あまりの振動に"壁"に罅が入る。
どうせならありったけを。
出力を更に上げる。"壁"の外の物も壊れ始め、"壁"が崩壊した跡には耳から血を流し、気絶する青年がいた。
・・・正直あの振動の中で体がぐちゃぐちゃになっていない方が驚きなのだが。
『これでいい?』
『えぇ。とは言ってもあなたの声は聞こえていませんし姿も見えませんが』
予想です、と私とは全然違う方を向いてキャトルは言うと、青年の体に手を当て呪文を唱え始める。
が、しかし。
『隙を見せましたね。キャトル』
『この不快感・・・私から権能を奪おうとするだなんてクレアさんとは考えられませんが・・・あぁ。ゼービスですか』
突如として現れた女神にキャトルの体は突き抜かれていた。
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