第42話 変生

私をどこかと繋ぎ止めていた何かがぷつりと切れた。


あぁ・・・目の前に広がるのは無窮の"世界群"。


私はこのまま流れ流されこの空間を漂い続けるのだろうと思った時、ふいに猛烈な勢いでどこかに引っ張られているような感覚を覚える。


見ると、それは無数の"人"であった。


否。それは人に非ず、その者達が世界に置いていった"罪"が集まったもの。


あまりに無機的なこの空間にはあまりに有機的で、ある種の安心感すら感じる"人の浅ましさ"。


それらは私の体を彼らの世界に引摺りながら何かを必死に語りかけてきた。


ある者は復讐を、ある者は制裁を、ある者は純粋な暴力を私に願う。


元より漂うことしか待っていなかった私としては特段構わないという心境だが、何者かが放ったある一つの問いに私は詰まった。


『あんたも誰かしら憎いと思っているんじゃないのか?』


是か非かでいえば、非であるが、私の脳裏にはある一人の存在が浮かび上がった。


私のしもべの筈なのに私よりも目的を優先し、全てを識る筈なのに目的の為にと私にこんな道を歩ませたあの大馬鹿の顔が。


あれ、私は何故忘れていたのだろうか。


守りたいのなら力を御してみせろと言われたのに。


何を守るのか。それはもちろん故郷を、友人を、親を、そして妹を。


「姉さん!姉さんっ!」


・・・うるさいなぁ。


別に守ってやらやくても充分に強いだろうに。


"罪"の声が段々と私を苛むように変化してくる。


キャトルが言っていたのはこれか。


しかし祝詞の完成を以て多くを視てきた私にとって耐えられない程という訳では無い。


むしろ淡々と流れ込んでくる力の無い情報を右から左へ流すよりも、まだ"意思"という力の籠もった情報を与えられ続ける方が心地が良い。


魔王へと、変生する。


意識が体に戻ってくると、こちらを豆鉄砲でも食らったかの様な表情で見ているミヤと第三王子がいた。


その視線の先には私の急所へと突き刺さった矢とそこから漏れている光があった。


なるほど、これが魔王の体か。


矢を引き抜く。


ミヤがこの世の終わりの様な顔をしたが気にしない。


傷は既に癒え、塞がっているからである。


・・・さて精々魔王らしく戦って目立ってくるとしよう。


私が歩みを進めるとミヤが肩を掴んできた。


「姉さん、どこに行くつもり?」


『・・・こんな馬鹿げた事を止めに』


「・・・キャトルはどこ?」


『さぁ。霊契術は互いを認識していないと成り立たないのだから、この世界から消える前に役目を果たす為にどこかで力を温存させているんじゃないかしら』


「それで生き延びれると?」


『えぇ』


必ず戻ってくる。そう伝えてミヤを手を退けようとした時轟音と共に、刀を持ち深い傷を負った少年がこちらへと飛んでくる。


肩から腰にかけて鈍い刃物で力いっぱいに叩き斬られたような傷だ。


『「魔王を・・・殺す。アイツが悪い・・・全部悪い・・・魔王殺す、魔王を殺す・・・」』


何やら不穏な事をブツブツと繰り返し、手には人の骨をそのまま武器へと変化させた様な剣を握る"青年"が立っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「んちょ足速すぎでしょ・・・殿下は炎と炎を瞬時に移動出来るらしいしっ!なんで走るしか移動手段が無い僕がぁっ・・・」


『さぁさ、あの二人を本陣に戻すのが役目なんだろ?なら急がな!』


一人本隊を抜け出したミヤさんを追っていった第3王子殿下を追う。


何故僕が人外のスピードを持つ彼らを走って追っているのかと言えば、曰く第3王子殿下はミヤさんに惚れていて信用出来ないからだそうだ。


しかも殿下はお目付け役を真っ向から付けると信じられていないと感じ、功績を立てようと尚更一人で先走ってしまうらしい。


・・・実に難儀な御方だ。


『右』


「応」


角から出てきた賊を本人が気付かぬ間に刎ねる。


接触し立ち止まっていた二人が動き出した。


方角的に向かっているのはミヤさんの家だろうか。


訓練に付き合ってくれと何度か呼ばれたことがある。


それならば先回りのしようがあるというもの。


ミヤさんの家まで後は角を一つ曲がり真っ直ぐ行くのみといったところでこちらに物凄い勢いで迫る"何か"に気がついた。


殺気と呼ぶのも憚られる様な猛烈な死の気配。


直感の赴くまま身を捩ると、そこを骨の様な何かが通っていった。


間髪入れられずに放たれる第2撃。


「・・・っ!」


刀を沿わせ軌道を変える。


相手もこれには驚いたようでお互いに距離を取った。


手が痺れている。


沿わせただけでそれだ。正面から打ち合えばどうなるかなど火を見るより明らかだ。


躱して斬る。


それしか無い。


『「うらぁっ!」』


「・・・っ!」


二度目の剣戟。


初撃は半身を引いて躱し、二段目が来る前に一撃を入れる。


そのつもりで足を踏み出したが、慌てて防御へと刀を回した。


剣が伸びたのである。


しかも振るわれている途中に伸びていたのだから性格が悪いとしか言いようがない。


剣士同士の戦いというのは相手の間合いを理解して初めて成り立つものだ。


そして奴はその膂力で伸縮自在の剣を使うときた。


あぁ、なんて戦いづらい。


連撃が止むことは無く、受け流す程に体は悲鳴を上げる。


途轍もない威力と密度に何度も死を予期した。


・・・今相手をしているのは本当に人間なのか。


そう思える程に感じる、技術でも無くセンスでも無く、ただ単純な力の差。


正直霊契術の恩恵が無ければ今頃は細切れだろうとも思える。


流石に限界が来たのか、奴が息をついたタイミングで全力を振り絞り距離をとる。


既に手の感覚は存在しない。


足も立て続けに強いられた限界を超える踏ん張りのせいで力が入らず、意識も朦朧としている。


が、ここで大人しく殺されるつもりも無い。


今戦っているのはミヤさんの家から直ぐそこまでとは言わずともそこそこ近い場所である。


奴はその膂力と技もひったくれも無い攻撃でたいぶ大きな物音を立てている。


ミヤさんと殿下の二人ならきっと気付いてくれる筈。


奴が踏み出した。


同時にその剣も弧を描き、こちらへ向かってくる。


しびれを切らしたような雑な一撃。


これはいける。


そう確信し避けようと体を動かした時、ふと違和感を、いや違和感などでは無く明確な異変に襲われた。


霊契術の恩恵が切れている。


視界の端に、姿を現しただただ茫然としているコマツがいて。


それでも初撃はなんとか避けきったが、そこから放たれた腰から肩に向けての逆袈裟をもらい僕の体は"打ち上げられた"。


そうして少しの浮遊感を味わった後に僕の意識は途絶える。


自らのしもべに対して幾ばくかの疑念を抱きながら。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


王都で革命の火蓋が切って落とされる。


道中なんかよりもより強烈で、地獄を地獄たらしめる様な臭いが漂い始める。


「・・・本当に俺にこの革命が止められるのか?」


『えぇ。出来ますとも。魔王を倒し世界を平和にするのがあなたの使命、出来なければ困ります』


「きゃぁっ!」


そう言って徐ろにリンダの体を拘束し、首筋にナイフを押し付けるゼービス。


「な、なにを・・・っ!」


『怨むならこうせねばならなくなる程、"予定"を早まらせた魔王とその仲間を怨みなさいな』


リンダの首をナイフが刎ねる。


いとも容易く。そんな形容が似合う程には彼女の首は簡単に飛んだ。


「ーーーーっ!」


俺は声にならない叫びを上げ、ゼービスに殴りかかるが拳はゼービスの顔のすんでの所で静止していた。


『私が作った体なのだから私に危害を加えられる訳無いでしょうに・・・まぁ、それはそれとして、"血肉を喰らいなさい"』


「え?」


体が勝手に動く。


嘘だ。


嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。


俺は食べたくないのに。


俺の口は止まらない。


リンダの血をしゃぶり、その肉を引き千切る。


喰らえば喰らう程力が増していくを感じる。


彼女の明るい笑顔が。


それほど長い期間ではなかったものの着実に仲を深めていったこの世界で出来た最も輝いていた記憶が脳裏を掠めていく。


頭の次は腹を裂きその中身を。それすら平らげれば次はその健康的な太腿を。


貪っていく。


食えども食えども食欲は止まらない。


あぁ・・・なんで。




こんなことになったんだ。

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