第41話 胎動
一言で言おう。
濁流はもう誰にも止められないほどまでに大きくなってしまったと。
今朝方、街で火の手が挙がった。
王都内市民の武装蜂起は予想がついていた。
少し経ったタイミングで攻め込んでくるアムレザルと付き随う反乱分子の動きも予想出来ていた。
では何故眼下の街はほぼ壊滅という状況まで追い込まれているのか。
それは"国中"から"自らの意思"で集まった総勢40万にもなる大軍が半ば強襲をかけるような形で王都に殺到したからである。
彼ら、いや奴らは貴族を殺し、アムレザル軍も殺し、時に同胞である筈の市民すらも殺した。
状況を改めよう。
アムレザル軍は"海"を使っての攻撃と共に全戦力を以て突撃を敢行。
少し遅れてそれに乗じる形で反乱軍が王都に侵入。
それに対しニルヘムは"盾"で"海"の攻撃を阻止し、アムレザル軍と反乱軍の陸上戦力には王都防衛の為に残った戦力と学生隊をぶつけた。
学生を戦力として数えるのは心苦しいが仕方がない。
「準備出来ましたよ。お父さん」
「・・・ダリア」
振り返ると腰に六本のナイフを下げ、ぴっちりとした動きやすい"仕事服"を着た妻であり娘がいた。
私は今から目の前にいる年端も行かない華奢な娘を一人死地へ追いやるのだと考えると胸が締め付けられるような心地がして思わず膝をついて抱きとめた。
「お前を死地に向かわせると言うのにここに残るような酷い父親で、夫で、すまない・・・」
私の頭をその嫋やかな指がなぞる。
「そんなこと言わないで。あの日あなたが私を引き取ってくれたから勉強だって受けられたし、友達だって出来た。私、あのままあの村にいたら口減らしにどこかへ売られて、良くて娼婦だったもの。私ね、本当にあなたの事愛してる。ちょっと理屈家なところもたまに甘えたくなる性分も、全部引っ括めてあなたが好きよ亅
指はそのまま私の顔を輪郭を伝い、最近剃れていなかった顎髭へと至る。
「だからあなたの為に死んだとしても私、後悔はしないわ。けど、最後に少しだけ・・・妻として愛して」
「あぁ」
柔らかく、けれどしっかりとした重みのある接吻だった。
なんて軽い体なのだろう。
こんな体では送り出したあと直ぐに力尽きてしまうのではなかろうか。
「・・・離してダーリン。そろそろ行かなくちゃ」
「・・・あぁ」
腕を解く。
「お前の帰還を心より、いや心から願っている・・・」
「司令官がそんな顔をしないで。しゃんとなさいな」
彼女は他人には中々向けることのない
「それに私の夜のしつこさは知ってるでしょ?あんなに情熱的な口付けだけされて何もせずに死ぬなんてありえないわ」
「っ!・・・そうだな。帰ってきたら何より先にお前の相手をしよう」
「えぇ。約束よ」
そうして彼女は窓から消えた。
せり上がってくる不安を窓から薫ってきた物の燃える臭いが押し込め、私を現実へと引き戻す。
「さて」
指揮官としての務めを果たそう。
会議室を出て5分。そろそろ戻らねば戦線が滞ってしまうからな。
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「ちょ、ちょっとっ!待ち給えっ!そっちは優先度の低い地区だっ!戻ってこいっ!」
「こっちには私の家があって何故か目を覚まさない姉さんがいるっ!」
学生隊の列を抜け、時折現れる暴徒を気絶させながら家へ向かって駆ける。
隊列がかなり遠くなり、誰も私を止める者はいなくなったと息をつき進もうとすると、誰もいない筈の炎から第三王子殿下が出てきた。
「隊列に戻ってこい。君の決して曲がらない意志は平時であれば魅力そのものだが、今は状況が状況だ。その意志は曲げてもらわねば困る」
殿下の顔にいつものヘラついた様子は無く、真剣そのものだった。
王族だとそれだけで納得してしまうような強い視線とプレッシャー。
しかし引き下がるわけにもいかない。
「姉さんの安全を確認出来たら直ぐに合流する。霊契術込みの私の足はあなたも知ってるでしょ?それに集団戦においてあなたがこうやって私を引き止めて、戦線を離脱してる方が問題じゃない?」
「君を呼び戻す為なら安いくらいさ。さ、戻ろう。君はもっと自身の力に責任を持つべきだ」
繋ごうとしてきた彼の手を振り払う。
「・・・私に姉さんを見捨てろと言うの?」
「あぁ。これが非情であるとも分かっている。だがしかし王族として言うぞ。ミヤ=ルーブ=ミーフゥル嬢、君のその力を我が国最大の矛として振るえっ!今まさに家族や財産、果ては命まで奪われんとする無辜の人々の為にっ!」
それに、と王子は続ける。
「君の姉も失敗作などと呼ばれてはいるが霊契術師端くれ。しかも素性の知らない霊神によって余程強くなっていると聞いている。ならば優先すべきはより多くの賊を倒しこの王都から敵を排斥することだろう?」
「しかし・・・」
私は自分に誓ったのだ。
私がここまで来ても首を縦に振らない事に痺れを切らしたのか王子は私の手を掴もうとしてくるが、その手はユーグによって止められていた。
『諦められよ。ミヤはこと姉の事になると誰にだって曲げられないからな』
「女神ユーグ・・・」
ユーグは法と秩序を司る神、王族である王子は信奉しているのだろう。彼は手を引いた。
『それにこうして説得するよりもさっさと姉を訪ねて
「・・・分かりました。ただし危険があれば問答無用で引き返させます」
『それで良い』
さっさと行くぞ、と急かされ走り出す。
見知った角、見知った道。見知った街並み。
それが赤々とした炎を上げ音を立てて崩れそうとしてる光景を前に私の胸の内には不安がつのった。
次第に家の前に血痕が残る家も増えてくる。
数多の賊と戦ったのであろう男とそれが殺した賊たちの死体が目に映る。
「・・・ここは危険性の低い区画ではなかったのかっ!まさかこの程度で収まっているとでも言うのか!」
『後者だろうな。元々の数が違い過ぎる』
「・・・」
大路を抜け家が見えてくる角が目前まで迫った。
「・・・あと少しっ!」
角を、曲がる。
見えたのは思いつく限り最悪の光景だった。
私の家へ無遠慮に入り込む属共。
乱暴に表へ引摺り出される姉さん。
・・・何が起こっている?
そんな疑問を抱く間もなく私の体は動き出していた。
「ユーグゥッ!」
『応』
家まで大の大人が全力で走っても5分ほど。
よく見ると姉さんへ向けて凶刃が振るわれようとしているのが分かった。
普通ならば姉さんを助ける事は出来ないだろう。
だが今の私ならば。
『「
私の踏み込みに距離は関係無い。
剣を横一文字に一閃すると、7人の賊の死体が転がった。
ユーグの剣は断罪の剣。
故に相手の業が深ければ深い程速く、重くなる。
『「あぁ・・・なんて罪深い」』
逃げる者、立ち向かってくる者、その尽くを斬り伏せる。
どれほど弱き者が徒党を組もうと所詮は有象無象に過ぎない。
この時、そんな油断が私の心に生まれた。生まれてしまった。
背中に守っていた筈の姉さんの体に矢が深々と刺さっていた。
見上げると王子が放ったであろう火炎に身を焼かれて消えていく人影が一つ。
「・・・姉さんっ!?」
「落ち着き給え、まだ治療すれば何とかなる」
取り敢えず姉さんを平らな場所に寝かせ、治癒を掛けようとした時、私と王子は異変に気がつく。
姉さんの金に近かった髪色は白へと変色を果たし、肝心の傷口からは血では無く何か光の様なものが漏れていた。
何か得体の知れないものに変質しようとしている。そんな直感が私を突き動かす。
「姉さんっ!起きてよ!姉さんっ!」
私の声に反応したのか姉さんの瞼がゆっくりと持ち上がった。
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