第40話 祝詞の完成
「なぁ、おい、これはどういうことなんだ?」
「俺にも知らねぇよ。まぁ、おおかた反乱分子を殺すだけ殺して市民を逃したんだろうよ・・・食料なんかも大分持ってかれてるし、こりゃしてやられたな」
"籠"からでもそんな声が聞こえてきた。
「ねぇ、この状況はそんなにも痛手なの?」
少女が聞いてくる。
「・・・ここは王都近辺の街と言うこともあってそれなりに大規模な都市だったから補給出来る筈だった兵糧も戦力も相当な量だと予想されてたからな。それに加えてうちの指揮官はお前の力に頼ってここまで結構な強行軍をしてきたから、兵站部隊とも距離が離れてるし・・・何が我々が先に道を開くっ!だよ」
「ちょっと似てた」
「・・・そりゃどうも」
・・・兵站部隊も今頃はニルヘムに襲撃されてその荷ごと全滅だろう。
食料も武器も、そして何より予備の"アルターエゴ"も残り少ない。
この行軍に最初から付き合っていた辺境の民達はもうそろそろアルターエゴを投与しなければ力尽きてしまう。
「さて、どうなることやら」
どうせ籠の中の少女一人いれば勝てるのだ。
問題はその勝ち方にある。
「・・・死にたくは無いな」
「大丈夫。苦しむ彼らの刃があなたに届く前に私が救済するもの」
「頼んだぞ・・・つってもいい歳した野郎があんたみたいのに命預けるのは格好がつかないけどな」
後3日。我々の持久力的にも後3日で片がつく。
退路は既に絶たれ目前には恐らく死地になるであろう敵の本陣がある。
人生最後の夜。俺はふと少女に目をやると、籠の中の寝台で静かに寝息を立てていた。
・・・顔は良いのだから監禁洗脳されるような人生を歩んでこなければきっと肉も付いて良い女に育ったものを。
「勿体ねぇ」
荷物から隠し持っていた酒を取り出すと一気に飲み干し、目を瞑った。
最後くらいは誰にも義理なんか立てずに眠ってしまいたかった。
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朝日が登る。
その光を多くの兵士達が最後に見る朝日なのかと憂いながら各々準備を進める中、私もまたキャトルと共にその陽を眺めていた。
「大丈夫なの?」
『えぇ。後はあなた次第ですよ』
「そう」
後は私が上手く魔王となって立ち回れるかということだろう。
『魔王となる時、あなたには祝詞を2つ獲得した時よりも膨大な情報が流れ込んでくる事でしょう』
その言葉に私は思わず息を飲んだ。
あの時でさえ私は自我を失いかけたというのに更に負荷がかかるだなんて、私は魔王になったとしても自我を失ってしまうのではなかろうか。
『その為の予行練習とは言いませんが、あなたに残り2つの祝詞を授けようと思います』
「で、でもそれは・・・」
キャトル自身は私の事を完全に見失ってしまうという事でしょう?
そう言おうとした矢先、私の口はキャトルに塞がれる。
『大丈夫ですよ。これから先、あなたという存在は私の知覚する世界から消失しますが、他の誰かがあなたを見て聞いて記憶すれば、情報として私の眼には映ります。その間はあなたの事を知覚できますとも』
「・・・」
こちらの瞳を覗き込むようなキャトルの眼は真剣そのもので、有無を言わせないという意志がひしひしと伝わってきた。
「・・・本当にやるしかないの?」
『えぇ。どこかの誰かさんが勝手に運命の行く末を捻じ曲げてしまいましたからね』
静寂が場を支配する。
『もしあなたが、望む未来を掴みたいのなら全身全霊を以て魔王の力を制御してください。私は手伝いませんし、手伝いたくてもその時は手伝えないでしょうから』
「分かったわ」
正直、不安だ。
キャトルの庇護から外れることは即ち、何か絶望的な状況になっても彼は助けてはくれないという事。
「あれ」
そんな事今まであっただろうか。
いや、無かった筈だ。
力こそ借りはすれど基本的にはいつも私が戦っていた。
それなら別に・・・
『問題は無い。でしょう?』
見透かしてやったぞと言わんばかりの顔をするキャトルに腹が立つ。
「えぇ、そうね」
腹は決まった。
『ご武運を』
「・・・もしこれからの私の一生が私の誇れるものになったのなら、いつかまたあなたが私を知覚出来るようにして、お礼をしてあげる」
『・・・ふっ。楽しみにしてますよ』
キャトルのその言葉を皮切りにキャトルという存在が離れていくような感覚が押し寄せてきた。
授けられた祝詞が脳裏に浮かんでは口から紡がれていく。
『「全ての根源をここに」』
『「よもや時は意味を成さず」』
『「全は我。我は全なれば」』
『「我は個を脱す者也」』
『「さすれば我は恒久を識り、人々の標とならん」』
全ての"膜"が剥がれる。
過去現在未来の全てが見える。
全ての営みの音が聞こえる。
そしてクレア=ルーブ=ミーフゥルという個としての意識が溶かされていく。
『あぁ、これが』
世界か。
数多の因果が絡み合い姿を成すその光景はこれからの命を全て眺める事に費やしても構わないと思える程のもの。
いっそこのまま溶け切ってしまおうか。
そんな思考が私を支配する。
元々祝詞とは、違う世界では禁呪として扱われる代物であるらしいし、その力に私が負けてしまったとしてそれを責められる者なぞどこにいようか。
いないだろう。責められるとすればそんな力を与えたキャトルが悪いのだ。
剣戟の音が聞こえる。
いったい"私達"はどれだけ眠っていたのだろうか。
"眼"を開くと、写り込んだのは燃える街。屋敷から引き摺り出される上流階級とそれを寄ってたかって嬲り殺し、金品を奪っていく貧者の大群。
親という寄る辺を喪った子供達は泣きながら燃え盛る街を一人彷徨い、大人はそんな子供を気にかけず互いを血に染めている。
正しく地獄そのもの。
ただ、私達にはそれがどこで起こっている出来事なのか分からない。
どこか懐かしさを感じる街ではあるのだ。そうそれはまるで生まれ育った街であるようなそんな懐かしさが。
「姉さんっ!・・・」
誰の声だろうか。
とても引っかかる声だ。
・・・何か大切なものを忘れている気がする。
忘れてはいけない、何者か達とそれらを守る為にしなければならない事のような、そんな事を。
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